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<   2007年 02月 ( 101 )   > この月の画像一覧



大森勝久

http://1st.geocities.jp/anpo1945/kakushinseiryoku.html

(1)革新勢力の思想と大東亜戦争

 今日の「右翼」は、戦前の昭和時代の政府と軍部とマスコミを乗っ取った革新勢力を支持し、大東亜戦争(日中戦争と太平洋戦争)を支持する。この革新勢力は戦前、「反自由主義、反議会制民主主義、反・正しき個人主義、反・資本主義、反米英、反ソ・反共」を掲げて、「国家革新」「国家改造」を主張し、上からの革命を実行していった。彼らは当時も今日も右翼と見られているが、彼ら自身が「革新派」を自称したように左翼であり、極左であった。彼らは、「皇国」「日本主義」「天皇親政」を連発して民族派を装ったが、法と明治憲法を否定し、「天皇主権」を唱えて明治憲法の天皇制(立憲君主制)を否定した。彼らは、法が支配する立憲君主国・自由主義国の日本を否定した反日勢力であった。

 軍部内の彼らは「統制派」と言われた。リーダーの陸軍省軍務課長の永田鉄山が1931年に書いた「皇政維新法案大綱」は、天皇主権によって、一切の政党を禁止し、既成言論機関を閉止し、全国に戒厳令を布告し、憲法を停止し、両院を解散し、資本の私有を禁止し無償で国有とする、という内容であり(竹山道雄『昭和の精神史』83頁。講談社学術文庫1998年第10刷)、共産主義とほとんど同じ革命思想であった。

 革新勢力が「反ソ・反共」を唱えたのは、ソ連や共産主義が独裁主義や全体主義であるためではない。この点では、今見たとうり共通している。ソ連が日本侵略を狙い、共産主義が天皇制打倒を目指しているから、反ソ・反共なのである。革新勢力は確かに、ソ連を祖国としない点、天皇を廃止しない点で共産主義と決定的に異なるが、プロレタリア独裁の替りに、反明治憲法の「天皇主権」によって、天皇にスターリンになってもらい独裁主義・全体主義を敷き、資本主義を否定するというのだから、共産主義に近似した極左の思想なのである。永田鉄山が死亡した後は、東条英機が統制派のリーダーになっていった。

 彼ら革新勢力が「反米英」を叫んだのは、米国、英国が法の支配を堅持する自由主義、議会制民主主義、資本主義、正しき個人主義の国であるからである。彼らの思想、彼らが乗っ取った左翼革命国家(反日国家)日本の国家目標、つまり大東亜共栄圏建設から見ると、米国や英国は、「日本に敵対する悪の帝国主義国家」であったのである。それゆえ「反米英」が叫ばれた。彼らの革命思想は、ファシズム=全体主義とか、天皇制社会主義、国家社会主義と呼称された。統制派の他にほぼ同じ革命思想を持つ「皇道派」もいた。

 真正な保守主義者=真正な自由主義者であられる昭和天皇は、法と明治憲法を厳守なされたから、「天皇主権」に断固反対されていた。天皇は、1936年の 2・26事件(クーデター)を起した皇道派を憎み、この事件を軍部支配のために利用していった統制派を批判されていた。

 統制派や皇道派などの革新勢力は、ナチス(ドイツ国民社会主義労働者党)信奉者と同じで、自らの誤った革命思想と誤った理想を妄信していたから、彼らにとっては理想の追求、実現こそが第一義であり、日本国と民族がどうなるかは第二義的問題であったろう。彼らにとっては国際法も、米英ら旧世界が創ったものであって、守る必要はなく否定して当然のものであった。だから彼らは、既に中国との戦争を4年以上も戦っていたにもかかわらず、日本国が滅ぶ危険性があったにもかかわらず、世界一の工業大国米国と英国とオランダに「不戦条約」を踏みにじって侵略戦争を仕掛けていったのだった。

 310万もの日本人の貴い命も失われた。大東亜戦争を回避しようと思えば、いつでもできた。革命思想を狂信していた軍部、政府、マスコミにその意志がなかっただけである。「自存自衛の戦い」と言われるが、当事者たちが責任逃れや自己正当化のためにした歴史の偽造である。

 この統制派・皇道派などの革新勢力と大東亜戦争を支持するのが、今日の「右翼」であるのだが、彼らは、革新勢力が前述したような共産主義とほぼ同じ全体主義・侵略主義の革命思想を信奉していた極左勢力であることを認識しているであろうか。また右翼に影響されている保守派は、この認識を持っているだろうか。


(2)大東亜戦争を主導した共産主義グループ

 ただし、大東亜戦争(1937年~45年)を主導した勢力は、スターリンの秘密指令を受けた正体を偽装した共産主義者グループであった。近衛文麿首相やゾルゲ・尾崎秀実グループ等である。彼らは主勢力の革新勢力に正体を偽装して、政府や軍部やマスコミの中枢に潜入し、革新勢力の戦略目標を利用しつつ、自らの戦略目標を実現するべく政治謀略活動に全力を挙げていったのであった。

 獄中の共産主義者も1933年、「天皇制社会主義」に偽装転向して次々と釈放を勝ち取って(天皇制打倒はやめたと言えば、資本主義を否定していても釈放された。体制の思想が革新思想であったからだ。治安維持法は全く機能していなかった)、近衛首相のブレーン集団や企画院や陸軍省軍務局や参謀本部あるいはマスコミ等に採用されていった。そして謀略の戦いを精力的に展開していったのである。この正体を隠した共産主義グループが戦前の政府と軍部とマスコミを乗っ取ったもうひとつの革命勢力であった。

 スターリンの秘密指令を受けた身分を偽造した共産主義者は、近衛文麿首相を筆頭に、祖国ソ連の防衛、中国共産党の救出と中国の共産化、アジアからの米英仏蘭の自由主義国の追放と共産化(ソ連圏の拡大)、日本の敗戦と敗戦革命による日本の共産化という戦略目標を実現するために、政治謀略を実行し、大東亜戦争を主導(近衛首相による)していったのである。歴史が示すとうり、日本の共産主義国化を除き他の目標は実現された。

 日本を支配する革新勢力が反米英仏蘭であり、英米系の蒋介石国民政府に敵対していたから、近衛たちはそれを利用したのである。

 日中戦争は、スターリンと中共(毛沢東)と日本の共産主義者の共同の謀略戦争でもあった。日中戦争を勃発させ、和平はつぶして長期戦に持ちこむ。近衛首相の「蒋介石国民政府を相手にせず」声明(1938年1月16日)もこれである。日中戦争によって、壊滅寸前状態にあった中共を救出し、日本軍と蒋介石国民政府軍に長期戦を戦わせることで、中共が漁夫の利を得られるようにした。中共軍は前線で日本軍と戦うことはせず、勢力・軍事力を温存し、国民政府軍が日本軍に敗北し退却した地域を中共の支配地域にして勢力を拡大していったのである。

 日中戦争の勃発と長期戦化は、日本軍の北進を阻むことになり、ソ連の防衛になる。日中戦争の長期戦化は、日本と蒋介石国民政府を支援する米英との対立を激化させ、戦争へ発展させていくことを可能にする。ソ連やその指令に従う共産主義者から見れば、敵国同士を戦争させることはソ連と共産主義勢力にとって大きな利益になるのだ。なぜならば、ソ連の敵国同士が戦争すれば、双方ともソ連を侵攻できなくなり、ソ連の防衛に益するし、敗北した国では共産革命が勃発する可能性が高くなるからである。

 ソ連と共産主義者にとっては、太平洋戦争は日本を敗戦に追いやり、敗戦革命で日本を共産主義国化するための謀略戦争であった。敗戦革命とは、第一次大戦でドイツに破れることになるロシアにおいて、1917年のロシアが勃発していったことを根拠にしたレーニンの革命論である。1928年のコミンテルン第六回大会決議は、共産主義者にとっては戦争反対運動は誤りであり、帝国主義国同士の対立を深化させて戦争に発展させ、敗戦革命で共産主義政権を樹立することが正しい戦略だと謳っている。日本の共産主義者はこれを知っている。共産主義者が大東亜戦争に反対したというのは真っ赤な嘘であり、歴史の偽造である。

 近衛首相らは、敗戦革命で日本を共産主義国化するべく、「対英米戦争準備を整え、南方の進出態勢を強化す。対英米戦を辞せず」との国策要綱(南進政策) を1941年7月2日の御前会議で決定するなど、日米英戦争に向けて最大限の努力を払っていったのであった。もし日本軍が要衝の地であるインドシナ半島南部(サイゴン)へ進駐(同年7月28日)しなければ、米国の石油禁輸制裁(8月1日)もなく、日米英開戦へ至らなかった。

 この御前会議の決定は、6月22日に日本の同盟国ドイツがソ連に侵攻した直後のことであった。近衛首相ら共産主義者と日本国海軍は、日本の北進(日独によるソ連挟撃)を阻止するために、急遽、南進政策を決定していったのである。中川八洋教授は次のように主張している。「『日本をしてソ連との戦争をさせないために、英米との戦争をする』親ソ・共産主義者グループと、『英米との戦争をしたいがためにソ連との戦争をさせない』海軍とが暗黙に結合して、日本政府の最終的な意思となったのである」(中川教授『近衛文麿とルーズベェルト―大東亜戦争の真実―』63頁。PHP研究所1995年8月刊。改題『大東亜戦争の「開戦責任」-近衛文麿と山本五十六―』立弓社2000年12月刊)。この決定は、ソ連防衛のためでもあった。

 対米英開戦という日本の政策が決定した後の1941年10月15日、ソ連のスパイ・情報工作グループ「尾崎・ゾルゲグループ」が一斉逮捕された。近衛首相は慌てて別の嘘理由を作って翌日辞表を提出し、統制派のリーダーの東条英機陸相に首相職を譲った。反米英の極左の革新派で対米英戦強硬派の東条は、近衛が敷いた路線を突き進んでいったのであった。

 日本共産化プランが成功しなかった理由は、次であろう。まず、尾崎秀実グループが摘発され、近衛文麿も首相の座を去ることを余儀なくされて、国家権力を行使できる日本共産化革命の秘密指導部がなくなったことである。そしてまた、米軍の急北上と、昭和天皇の御聖断によって、ソ連軍の対日侵略と日本本土上陸の前に終戦になり、米英軍が保障占領のために日本本土に上陸したからである。


(3)大東亜戦争の開戦責任を問い裁く

 戦前の昭和時代の日本は、共産主義を摂取して成立した、主勢力である「右の左翼」の革新勢力=天皇制社会主義勢力(ファシズム勢力)と、「左の左翼」の共産主義グループによって、政府と軍部とマスコミが乗っ取られてしまっていた。当時の日本は、左翼革命国家、反日国家になっていた。だからこそ、軍国主義になり、亡国に至る大東亜戦争を実行していくことになったのだ。

 しかし私たちは、次のことを忘れてはならない。日本には少数派ではあるが、日本国と法・明治憲法に忠誠を尽す保守主義勢力(真正な自由主義勢力)がいて、最後までこれら革命勢力に抵抗していったのである。昭和天皇と鈴木貫太郎首相ら一部の重臣、そして一部の政治家や資本家や有識者たちである。何よりも昭和天皇の御存在と明治憲法の存在が大きい。そのために日本は、準・全体主義体制で留まることができた。終戦することができたのも同様である。

 謀略を行なった戦前の共産主義者たちは戦後、日共や社会党左派に入党していったから、両党の幹部は歴史の真実を知っている。だが彼らは決してそれを明らかにすることはなく、歴史を偽造した。戦前の体制と大東亜戦争に反対した天皇をはじめとする保守主義勢力をも、侵略戦争実行の犯人にデッチ上げ、自分たちは侵略戦争に一貫して反対してきたと歴史の偽造をなしてきたのである。一方の戦前の革新勢力も、反米英、反ソ・反共以外の自らの思想を隠蔽し、かつ責任回避のために、また自己正当化のために「自存自衛の戦い」論を流布してきたのであった。

 私たちは日本国民自身の手で、国民に310万人もの犠牲を強いた狂愚の大東亜戦争の開戦責任を明確にして裁いていかなくてはならなかった。しかし日本国民はこの最重要の政治課題を放棄してきたのであった。そのため、国民は思想的・政治的に強くなれず、国民全体に法の支配の思想が全く獲得されず、政府や議会が法を否定した政治をしても許してしまう「お上に弱い国民」から脱却することができないできた。国民の愛国心も国防心も希薄化していった。だから、国防の責務や国の名誉を守り高める責務などの国益と国民の利益を守る責務を実行し得る政治家や官僚は極めて少なく、私益や党益や省庁益に汲汲とする政治家と官僚が余りに多く、それが国民にも許され続けることになってきたのである。また、左翼も「右翼」も跋扈し、中共からは「歴史認識問題」等で不当に糾弾され続けることになっているのである。

 大東亜戦争は、その担い手が右と左の反日勢力(革命勢力)であったことから論理の必然として、国益に敵対するものであることは言うまでもなく、国の存立そのものを否定する戦争であった。断固非難されなくてはならない。「自存自衛の戦争」論は、革新勢力の誤った自己正当化の言でしかない。

 日中戦争は、現在、日本の脅威になっている中共を救出し、中共が支配する中国を誕生させるための戦争であった。スターリン、毛沢東、日本の共産主義者が共同して謀略をなしていったのである。だから1960年代に、佐々木更三を団長とした日本社会党が訪中した際、佐々木が「日本は戦争により中国に多大な迷惑をおかけしました」と謝ると、毛沢東は「なにも謝ることはない。日本軍は我々に大きな利益をもたらした。日本軍のおかげで中国共産党は中国を手に入れることができた」と答えたのだ。

 たしかに日本は、「誤った革命政府」の行為だとしても蒋介石国民政府の中国を侵略したのであるから、日本国民はそのことを深く反省しなくてはならない。だが前述の如く、日中戦争は中国を共産化するための戦争であったから、中共政府に批判される理由は一片たりともない。いわゆるA級戦犯は、中共からすれば中国共産化の功労者なのである。中共は、全部理解した上で、真実の歴史を知らない日本政府と国民を屈服させるために攻撃を続けているのである。思想戦で絶対に負けてはならないのだ。

 大東亜戦争は完全に誤った戦争であった。だからこそ、阻止できなかった反省をこめて総理大臣はより一層、靖国神社に参拝して御霊に哀悼の意を表さなくてはならないのである。「A級」は心の中で除外しておけばよい。遊就館の思想(自存自衛の戦いとか反米英思想)は完全に間違っている。批判して正していかなくてはならない。

 私たちが大東亜戦争を反省する、裁くということは、この戦争を推進した共産主義勢力と革新勢力、その流れをくむ今日の「右翼」を批判し、解体していくということである。また、この戦争が誕生させた共産中国を解体していくということだ。中共は中国国民を8800万人も殺害している独裁政党である。

 日本が日米同盟を飛躍的に強化し、米国の協力を得て核武装を実現していくためには、保守勢力が自らを思想的に深化発展させていくこと、共産主義勢力と「右翼」を解体していくこと、ロシアや中国の情報心理戦に勝利していくことが不可欠になる。そう考えたので、この文を書いた次第である。(中川教授はこのテーマについても80年代から繰り返し主張してみえる。「右翼」が氏を嫌うのはこのためである)(2006年3月22日記)
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:23


民主主義的政党内閣に幕 5・15

2・26 軍部大臣現役制で軍独裁へ

昭和天皇「自ら近衛師団を率いて鎮圧に」

 昭和七年の五・一五、同十一年の二・二六両事件は、暗殺横行、政治マヒの軍部テロ、クーデターの象徴として、日本が破滅へと向かう戦争へ、巨歩を進めるものであった。五・一五が、大正十年の原敬首相、昭和五年の浜口雄幸首相などのテロに続き、犬養毅首相射殺で政党内閣を終わらせ、亡国への開幕のベルを鳴らしたとすれば、二・二六は陸軍の皇道派青年将校が表に出て元老、重臣を殺傷したクーデターとして亡国劇を始めたと言ってよい。ともに主役は青年将校の、直接行動に訴えて時局を正そうという動きで、また背後には、有力な思想的指導者もいた。

 青年将校のテロ

 両事件の背景に、昭和四年、米ウォール街に発した世界恐慌、その影響をもろに受けた日本の不景気と、これを増幅した浜口内閣の金解禁による日本農村の極度の不況があったことは疑いない。軍人の将校、下士官、兵も大部分は農村出身者だった。そして農村の悲惨と、これを無視した政財界の腐敗、政争に愛想をつかせた結果が、国家改造を目指すファッショをもたらし、テロ、クーデターを誘発したのである。

 首相が官邸で撃たれた。昭和七年五月十五日午後五時半ごろ、三上卓中尉(28)ら四名の海軍青年将校と、五名の陸軍士官候補生が乱入し、犬養首相(78)の顔面を銃弾二発が貫き、同夜十一時二十六分、首相は絶命した。

 表門から入った海軍将校らは首相に面会を断られると、拳銃を取り出して首相の居間へと押し込んだ。その間に裏から入った陸軍士官候補生が合流し、犬養は「話を聞こう」と招き入れたが、将校らは「問答無用」と次々に拳銃を発射。首相官邸のほかに別動隊が警視庁や変電所、内大臣邸、政友会本部などを襲撃したが、大した被害はなし。事件に参加したのは海陸軍の急進派に、橘孝三郎を指導者とする愛郷塾生の農民決死隊、右翼血盟団の残党らであった。

 事件の中心となった青年将校たちは、前年十月の、陸軍将校による軍部政権擁立を図った事件以来、血盟団の井上日召らと結んで国家改造を計画しており、この日は東京を混乱に陥れて軍部政権樹立を図ったものだった。

 犬養は岡山県出身。一八九〇年の第一回衆院選で当選して以来、尾崎行雄らと藩閥政治打倒の先頭に立った。しかし一九二九年(昭和四年)に政友会総裁となってから親軍的傾向も示し、ロンドン海軍軍縮条約締結の際には、統帥権干犯問題を持ち出して浜口内閣を攻撃した。事件前年の十二月から首相を務め、満州事変の解決には悩んでいた。

 事件後、犬養の後継総裁である鈴木喜三郎が首相に指名されるべきなのに、そうした憲政常道論に風は吹かず、元老西園寺公望は、軍部の政党内閣反対の声に押され、重臣らとの会談を通じて元朝鮮総督で退役海軍大将の斎藤實内閣を奉請、これで大正十三年の加藤高明内閣以来八年に及んだ政党内閣は幕を閉じた。

 昭和十年八月の陸軍皇道派、相沢三郎中佐による統制派、永田鉄山軍務局長斬殺事件は、直接には皇道派、真崎甚三郎教育総監更迭を怒ってのものだが、両派対立が抜き差しならぬことを示した。この事件の責任をとって辞任した林銑十郎陸相の後任の川島義之大将は、事件で意気揚がる皇道派の青年将校に断固たる処置がとれず、二・二六事件を誘発した。

 陸軍の二大派閥

 一九三〇年代、陸軍には皇道派と統制派の二大派閥があった。皇道派は真崎や荒木貞夫元陸相らを中心とし「君側の奸」を討ち、国体明徴、天皇親政を実現するよう主張、直接行動によって国家改造をもくろむ青年将校を育成した。これに対し永田鉄山ら統制派は、皇道派のやり方に批判的で、政治、経済、思想の全面的再編による総力戦体制の確立を目指し、昭和九年の林陸相就任以降、優勢となり、二・二六事件後の粛軍によって統制派の覇権が確立した。

 昭和十一年二月二十六日未明、大雪に見舞われた東京で、超国家主義者、北一輝の影響を受けた皇道派青年将校が「昭和維新」を目指すクーデターを起こした。皇道派が、統制派に対する劣勢回復を狙ったもので、「尊皇討奸」の旗の下、統帥権干犯や真崎教育総監更迭など、国体を破壊する元凶と目した元老、重臣、統制派軍閥など君側の奸を除き、国家改造を実現すべく決起した。

 この事件は、歩兵第一・第三連隊を中心に、近衛歩兵第三連隊・野戦重砲兵第七連隊の兵を含む約千四百名の部隊が完全武装して行動した。決起軍は、岡田啓介首相(69)の暗殺には失敗したが、斎藤實内大臣(79)、高橋是清蔵相(83)、渡辺錠太郎陸軍教育総監(63)を殺害、鈴木貫太郎侍従長(70)に重傷を負わせ、その後、首相官邸、警視庁、国会議事堂、陸相官邸など永田町一帯を占拠した。

 決起軍は統制派の将軍、幕僚の一掃、さらに皇道派の真崎、荒木らの擁立に望みをかけた。しかし天皇は、内大臣らの暗殺に憤り、当初から断固鎮圧の意向を示し、統制派を中心に鎮圧に向けて軍の主導権を確保して行った。岡田首相は、義弟で秘書官の松尾伝蔵大佐が誤認されて射殺されたため、女中部屋の押し入れにこもって危うく難を免れた。鎮圧を主張する陸軍参謀本部の要求で二十七日午前三時から戒厳令が施行された。斎藤内大臣が殺され、鈴木重傷、岡田首相は身代わり射殺の報を受けた海軍は、陸戦隊を上陸させる一方、旗艦長門以下四十隻の軍艦が東京湾に集結して、艦砲射撃の姿勢を示した。

 天皇は、武官長に重ねて鎮圧を催促し「朕が最も信頼する老臣をことごとく倒すのは、真綿で朕が首を締めるに等しい行為。朕自ら近衛師団を率いて鎮圧に当たらん」との決意を示し、これが事件の帰すうを決めた。二十八日午前五時、香椎戒厳司令官に反乱部隊の原隊復帰を命ずる奉勅命令が下された。香椎司令官は「今からでも遅くないから原隊へ帰れ。抵抗する者は逆賊だから射殺する。お前たちの父母兄弟は、国賊となるので、みんな泣いているぞ」とのビラをまいて帰順を呼びかけた。「兵に告ぐ」のラジオ放送も。この結果、一発の弾丸も撃たれず午後一時までに投降が終了。「昭和維新」の夢は露と消えた。

 同年七月七日の紙面は「反乱将校ら十七名死刑の判決下る(その後、次に記す北ら二名が死刑、刑死者は計十九名)。准士官以下四十七名処断」と軍法会議の厳しい判決を伝えた。

 決起将校らが唱えた国家改造は、一君万民的な天皇制国家の実現を目指す変革だった。この代表的人物が「日本改造法案大綱」を著した北一輝。北は、天皇大権の下に戒厳令を施行し、憲法を停止、議会を解散して国家改造内閣の組閣を説いた。さらに貴族院の廃止、私有財産の制限、大企業の国営化なども示し、国家社会主義による国家改造計画も述べている。北の思想は、陸軍予備役少尉の西田税によって「昭和維新」の名の下に青年将校の間に広められ、二・二六事件の思想的背景となった。事件後の裁判で北、西田は民間側の黒幕として死刑になった。

 ロボット内閣へ

 二月二十八日に岡田内閣が総辞職したため、元老西園寺(88)らを中心に後継首班の選考が進められ、最初は近衛文麿貴族院議長(46)に組閣が命じられたが、近衛が健康を理由に辞退したため、三月五日、前外相の広田弘毅(59)に大命が下った。広田の組閣に対する陸軍の介入ははなはだしく、閣僚の顔触れから基本国策に及び、これらの要望を飲んだ広田はようやく組閣にこぎつけたが、組閣後も陸軍の発言は強まる。広田内閣はほとんど軍のロボット内閣と化して、日本を大規模な軍備拡張と国際関係悪化へと導いて行く。

 両事件の結果、政財界も元老重臣もふるえ上がり、物騒な世の中はますます物騒になった。軍靴の音は高まり、戦争へと歩を進めた。二・二六の結果、軍部大臣現役制が同年五月十八日復活し、この制度で軍が首を横に振れば軍部大臣は決められず、組閣できなくなった。陸軍の主流を占めた旧統制派は、かつての皇道派の精神主義以上に、組織的計画的に着々と軍部独裁を進めた。事実、広田ロボット内閣退陣後、宇垣一成が組閣の大命を受けたが、陸軍の後輩に忌避されて陸相を得られずに流産した。代わって林元陸相が陸軍の意のままに組閣した。が、四カ月で近衛内閣へ。これに先立つ十一年十一月二十五日には英米との対立をもたらした日独防共協定が締結され、十二月十二日には中国の国共合作が成る西安事件があり、近衛内閣の下、翌十二年七月七日の盧溝橋の一発で日支事変(日中戦争)は中国全土に波及した。

 世界恐慌に対応するどころか、金解禁などの失敗で農村や零細企業労働者の窮乏は深まり、政党、財閥など特権階級の無能、腐敗への強い不満が増幅されて行った。これはマスコミや国民の共鳴をも呼び、結果的に軍部独裁をもたらすことにもなるのである。
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:23


 ■いまは日露交渉に「最も悪い時期」


 ≪「武器」を持たない交渉≫

 ゲーツ米国防長官は、プロイセンのフレデリック大王が述べた「武器を持たない交渉は、楽器を伴わない楽譜と同じだ」との表現を最近記者団に披露していたが、日本の北方領土に関する対露交渉にもあてはまるだろう。「武器」や「楽器」を自ら放棄し、失敗は認めず、「毅然とした態度で」とか「ねばり強く」交渉すべしなどと空虚な掛け声だけで腹の内を見透かされてしまった。

 1956年の日ソ共同宣言以来51年になろうとしている現在、北方領土は一ミリたりとも動かず、「政経分離」の原則はとっくの昔に崩れ、カネや技術などが滔々(とうとう)とロシアに流れていく様を見ていると、日本外交は惨憺(さんたん)たる敗北を喫したのだと断定しないわけにはいかない。

 昨年12月13日の衆議院外務委員会で麻生太郎外相は、北方四島の面積を折半する解決案を考慮しているのではないかと誤解されるような発言をした。わが子4人が拉致され、いくら相手がしたたかだろうとて、2人の返還だけで手を打とうなどと考える親はいない。麻生外相ほどの政治家が国の尊厳のかかった領土問題で、このような発言をするのは、何らかの計算があって誰かの真意を試そうとした観測気球ではないかと推察するほかない。


 ≪言葉失う政府の対露姿勢≫

 それよりはるかに恐ろしいのは、外相と質問者の前原誠司・民主党衆議院議員が意気投合したかのように、いまが北方領土問題を打開する「いい時期に来ている」との認識で一致していることである。国内で権力を強めつつあるプーチン大統領さえ説得できればロシア国内の異論は収まるとでも考えたからなのだろうか。またまた相手に擦り寄り、日本が持っている貴重な「武器」や「楽器」を巻き上げられた屈辱の歴史を繰り返すのではないかと心配になる。

 領土をどうこうする前に日本外交の目標はプーチン訪日をいかに実現するかといった手段に神経を集中し、相手の歓心を得ようとする。一昨年の訪日に際して何の見返りもなく、先方が望むトヨタ自動車の進出、世界貿易機関(WTO)加盟支持、退役原子力潜水艦の原子炉解体といったどえらいカードを自ら申し出た日本側の対応には言葉を失った。

 日露交渉の時期は「一番悪い時期に来ている」と私は考える。一つは石油と天然ガス価格の高騰によりロシアは労せずして財政が潤い、いくら経済支援の人参をぶら下げてみても先方にとってさしたる魅力ではなくなってしまったという事情がある。もう一つは「強いロシア」を旗印に掲げてきたプーチン政権の不可解なまでの排外的ナショナリズムだ。一昨年5月の対独戦勝60周年記念式典も一つの機会となり日本をナチドイツ並みに扱う言論がロシア側有力者から相次いで飛び出した。

 日露賢人会議は何をする組織か知らないが、ロシア側の座長であるルシコフ・モスクワ市長は「ソ連の対日参戦は同盟諸国の相互支援に基づく国際的義務だった」とうそぶいた。またロシアの新聞報道によると、グリズロフ下院議長は「日本が北方領土を失ったのは、近隣諸国侵略に対する処罰だ」とまで言い放っている。どういうつもりだったのか、戦勝式典に小泉純一郎首相が出席した。


 ≪コール元西独首相の才覚≫

 米国のジャーナリズムの日本批判にはこまめに反論する外務省もロシアの大物のとてつもない暴論には何故か沈黙している。さらに、与野党の政治家やロシア問題の専門家の一部は自分こそはいかにも知恵者だと言わんばかりの顔をして、ロシアの前に「落としどころ」の案を提示しておどけてみせる。交渉のチャンスはどこかを見定めようなどとの冷静さはない。

 1990年の東西両ドイツの統一にはいくつもの偶然が働いたかもしれないが、西独のコール元首相が当時のソ連と東独情勢を読んだうえで打ち出した両独マルクの等価交換が決定打となった。一気に統一の流れができる。目先のことだけにかまけていた日本にはコール首相の才覚がなかった。

 いまのロシアでは、プーチン大統領の民主主義に逆行する言動が目立ち、ジャーナリストのポリトコフスカヤ女史の暗殺、連邦保安局(FSB)元幹部、リトビネンコ氏毒殺事件などの陰惨な事件の続出に世界は疑惑の目を向けている。安倍首相も麻生外相も得意の価値観外交でロシアの外濠を埋め、国内の軽挙妄動を戒め、領土問題の原点に戻る「いい時期に来ている」と思うが、どうだろう。(たくぼ ただえ)




◆【主張】北方領土の日 妥協排し「四島」一枚岩で (産経 07/2/7)

 きょう7日は27回目の「北方領土の日」である。北方四島の日露2等分論など、戦後62年の全国の返還運動に冷水を浴びせるような妥協案が政・学界、マスコミなどで幅をきかせ始めている。この中で、安倍晋三首相と麻生太郎外相は万難を排して東京の「返還要求全国大会」に出席し、政府は「四島一括返還」の大原則で一枚岩であるとの立場を内外に強調すべきであろう。

 特に麻生外相は昨年12月の衆院外務委員会で自ら「2等分」案に言及した責任がある。全国大会での毅然(きぜん)とした発言が期待される。国民の悲願である四島全面返還に向け、「主張する外交」の骨太の戦略を示してほしい。

 小泉純一郎前首相は全国大会を過去2年連続で欠席し、「日本政府の領土返還熱は冷めた」との誤ったメッセージをロシア側に与えてしまった。

 プーチン政権は今、「四島の主権はすべてロシア側にあり、国際法で確定済みだ」と歴史をねじ曲げた高圧的な姿勢に終始している。「未曾有の石油景気で日本のカネを必要としなくなった」(ロシア筋)ほかに、対露外交でのこうした不作為もクレムリンを一段と傲慢(ごうまん)にさせている一因だ。

 不作為といえば、昨夏に歯舞海域で漁民1人が射殺されたロシア国境警備艇による日本漁船銃撃事件は半年が経過した。ロシア側の一方的裁判で「有罪」とされた船長は根室帰還後、一転「無罪」を主張しているのだ。外務省などは今後、ロシアにどんな対抗措置をとる所存なのか。まさか、このまま幕引きではあるまい。

 スターリンのソ連による終戦直後の四島不法占拠は、北朝鮮の拉致事件と同様の国家犯罪である。しかし、2等分論などの跋扈(ばっこ)や相次ぐ不作為の背景には、政府や国民の間で戦後一貫して国家主権と国益が蹂躙(じゅうりん)され続けているとの深刻な歴史認識の風化がある。これでは、常に日本の国論分断をもくろむロシアの思うつぼだろう。

 四島から追い出された旧島民約1万7300人が現在、半分以下に減った中で、返還運動の原点である根室の市民(出身者も含む)約100人が30年ぶりに6日、都心でデモを行った。民間の新たな返還運動体の旗揚げの兆しもある。ソ連崩壊からまだ15年だ。安易な妥協論を排し大原則に戻ろう。
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:22


http://www.asahi.com/life/update/0204/001.html

 国民健康保険の保険料を支払っていない人から滞納額を回収するため、市町村が個人の預金口座や不動産を差し押さえるケースが増えている。

 朝日新聞社が政令指定都市15市と東京23区について調べたところ、05年度までの4年間で平均約1.7倍に増えていた。

 保険料収納率が全国平均でも90%ぎりぎりまで落ち込み、強硬策をとらざるを得なくなったためだが、国保には低所得者が多く加入しているだけに「強制的手段には疑問」として慎重な自治体もある。

 地方自治法などでは、自治体は国保料の滞納者に対し、預金口座や保険、不動産などの差し押さえができると定める。

 朝日新聞社の38自治体調査では、差し押さえ総数は01年度は1495件だったが、05年度は3057件。総額では6億6000万円が、18億3000万円となった。

 1自治体平均では4年間で48件から80件と、1.7倍になっている。指定市では2.6倍だ。

 厚生労働省に情報公開請求して得た資料でも、国保料滞納による差し押さえは全国で01年度の4万4112件、156億円が、04年度は6万8488件、245億円と約1.5倍に増加。実施自治体は、39%から55%へと増えている。

 ただし、厚労省データは、差し押さえの定義や数え方が自治体によって違うため、本社調査では新規分に限定するなど統一した。

 理由としては、ほとんどの自治体が「保険料収納率の向上」をあげる。

 38自治体で最も多く実施している横浜市。4年間で3倍を超え、今年度も前年を上回るペースだ。

 市は「どんなに督促しても相談に来てもらえず、財産調査で多額の預貯金がみつかることはよくある。資力があるのに払わない人に限定して実施している」。

 一時87%台まで落ち込んだ収納率は88.77%に回復した。

 神戸市は収納率が90%近くに下がったため03年度から始めた。2年で90.93%とやや回復。市は「差し押さえれば、実際に物件を換価しなくても自主的に支払う人が多い。効果は大きい」と話す。

 ただ、差し押さえには財産調査などに人手がかかり、費用対効果の問題もある。05年度11件だった北九州市は「1件に何日もかかるので、比較的簡単にできる口座や保険に絞っている」。

 これまでゼロの千葉市は「必要性は感じるが、今の職員数では無理」という。

 5年間で6件のさいたま市は「国保は高齢者など低所得者が多い。『払わない』人と『払えない』人を区別したうえで慎重に対応すべきだ」。

 年間30件がゼロになった東京都港区は「滞納者は調査をしても財産がないことがよくある。差し押さえは労多くして功少ない」。今は期間限定の保険証発行などで対応している。

 全国平均の保険料収納率は、05年度の速報値で10年ぶりに上向いたものの、90.15%。大都市部は87.16%。市町村の国保は64%が赤字だ。

 厚労省国保課は「収納率の持ち直しは、市町村が差し押さえやコンビニ収納など総合的に取り組んだ結果だ。滞納者の少なくとも1割は、払えるだけの財産があるとみられる。差し押さえをしているのは滞納全体のごく一部。負担の公平性を考えれば取り組みはまだ不足している」と話す。
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:15


 (世界日報・・・統一教会系のためご注意を 07/2/2)

「平等法」施行を優先

 英国では「平等法2006」が四月から施行されるに伴い同性愛カップルへの養子斡旋(あっせん)も合法化されることになるが、カトリック教会はこれを拒否。英政府は例外措置を認めず、問題化している。

 英政府は昨年秋、「平等法2006」を提出したが、同法は年齢、身体障害、性別、人種、宗教を理由にした、学校、企業、公共サービス機関などでの差別を禁止している。

 同法の上記条項部分は英議会で既に承認されているが、さらに同性愛者など性的志向を理由にした差別を禁止する条項をも議会で今月通過させ、同法を四月六日に施行する方針だ。

 しかしカトリック教会は、性的志向を理由にした差別を禁止した場合には同性愛カップルに対しても養子斡旋をしなければならなくなる、として同法に反対。同教会などが営む宗教関連機関は例外措置にするように英政府に要請した。

 英国国教会やイスラム団体などはカトリック教会の立場を支持し、与党労働党内でもカトリック信徒の議員たちは同情的であった。野党保守党内もキャメロン党首が例外措置を支持せず、意見が分かれた。

 ブレア首相は一月二十九日、宗教関連機関に対して平等法施行後も二十一カ月間の猶予期間を与えるものの、同法の例外措置は認めないとの声明を出した。

 これに対して、英国カトリック教会トップのマーフィー=オコーナー枢機卿は「宗教的良心は法制によって蹂躙(じゅうりん)された」と述べて、政府の方針に深い失望感を表した。

 「平等法2006」導入の背景には、欧州連合(EU)の欧州委員会が二〇〇〇年に宗教的信条や性的志向を理由にした雇用差別を違法とする「枠組み指令(フレームワーク・ディレクティブ)」(加盟国への行動指令)を出したことがある。

 EU加盟各国はこの指令に沿って国内法を整備する必要があるが、同性愛者を完全に平等に取り扱うかどうかは各国によって判断が異なる。同性愛者への養子斡旋問題に関して、カトリック教徒が強いポーランドでは宗教機関に例外措置が設けられている。

 欧米先進国では同性愛者の社会的権利が拡大しつつあり、同性愛者の結婚を合法化している米国カリフォルニア州ではカトリック教会の養子斡旋機関は閉鎖に追いやられている。

 EU諸国でも宗教的価値よりも世俗主義に基づいた社会的平等や権利の法的擁護が進んでいる。

 今回の同性愛者への養子斡旋問題に関して英メディアは、デーリー・テレグラフ紙がキリスト教的価値観から同性愛を「耐えがたい悪徳」として反対する論調を行う一方、タイムズ紙は平等法導入によってカトリック教会を含めて宗教と宗教的行為の自由が規制されることを批判するコメントを掲載した。
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:15


http://japanese.yna.co.kr/service/article_view.asp?News_id=712007020400600&FirstCd=06

 米科学技術専門誌ポピュラーメカニックス2月号は、北朝鮮が少なくとも20カ所の生物兵器施設と12カ所の科学兵器工場を運営しており、化学兵器在庫は5000トンに上ると報じた。

 同誌は米政府の情報報告書を引用し、北朝鮮が1987年3月に生物兵器禁止条約(BTWC)に署名したにもかかわらず、軍需工場の第5機械工業総局の主導で世界で最も広範囲な生物化学兵器プログラムを増強してきたと紹介した。

 北朝鮮の生物化学兵器プログラムは、民間研究所内に秘密裏に生物化学兵器施設を置いていた旧ソ連のモデルにならったものとみられ、炭疽(たんそ)菌や水痘、コレラ、ペスト、ボツリヌス毒素などを兵器化する能力を備えているとしている。

 また、炭疽菌などを粉末化し致命的な兵器を作る能力を持ち、目標地域に低い高度で巡航できるミサイルを利用しこれを噴射する攻撃を加えることも可能だとの懸念を示した。

 このほかにも5000トンの化学兵器を保有しているとみられ、北朝鮮のミサイルや砲弾の30%はこうした化学兵器を搭載することができると報じている。

 同誌は脱北者の話として、北朝鮮が生物化学兵器を外部に向け使用したことはないが、政治犯を対象に実験を行っていると伝えた。

 専門家はこうした現状に対し、北朝鮮政権が崩壊し兵器の統制能力を失えば、化学兵器が武器仲介業者に販売される恐れがあり、それが最も恐ろしいシナリオだと懸念しているという。
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:14


 北朝鮮の核実験に対する制裁として国連が採択した禁輸措置に予想外の“抜け穴”があった。

 地中海の入り口にある自由貿易港、英領ジブラルタルの帰属を求めるスペインが、「ジブラルタルに制裁を発動する権限はない」と主張し、欧州連合(EU)内の調整が難航しているためだ。

 このままでは「金正日総書記はジブラルタル経由で高級ブランデーや高級腕時計を入手できそう」(英紙フィナンシャル・タイムズ)と、懸念する声があがっている。

 北朝鮮へのぜいたく品禁輸は、国連安全保障理事会が昨年10月に制裁の一部として採択。

 これを受けて米国や日本など各国が高級時計やiPod、高級マグロなどぜいたく品の北朝鮮への供与や販売、移転阻止する措置を講じた。

 こうした中で対応が遅れているのがEU。その障害となっているのが自由貿易港であるジブラルタルの扱いだ。

 EUがジブラルタルに制裁発動の権限を認めたことに対し、スペイン外務省が、「ジブラルタルに外交権はない。制裁の発動権限を有するのは英本国だけで十分だ」と主張、ジブラルタルに制裁権限を認めないよう求めたためだ。

 英国はジブラルタルが制裁の発動権限を持つのは当然としているが、ジブラルタルの帰属を求めるスペイン政府としてはジブラルタルの権限がさらに強まれば、ますます英領として独立色を強めるとの懸念がある。

 実際、ジブラルタル政府はスペインへの帰属を拒否しており、昨年11月に行った住民投票では、英領にとどまるべきだとする回答が多数を占め、外交や防衛で自治権強化を望む動きも表面化している。

 ジブラルタルはイベリア半島南端の小さな半島で、6平方キロ余りの土地に約3万人が住む。

 1704年に英国が支配し、1713年のユトレヒト条約により英国が総督をおいて統治している。以来約300年、英国とスペインが領有を争ってきた。

 昨年9月に両国が調印した協定では、ジブラルタルを発着する民間機のスペイン領空通過が認められ、スペインとの移動も手続きが簡素化されたが、帰属問題の結論は先送りされたままだ。
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:14


http://www.kyoto-np.co.jp/article.php?mid=P2007020500114&genre=J1&area=K1F

 柳沢伯夫厚生労働相の「女性は産む機械」発言に対して、浄土真宗本願寺派(本山・西本願寺)が5日、安倍晋三首相あてに抗議文を送った。

 抗議文は厚労相の発言を「いのちの尊厳性という観点から女性蔑視だ」ととらえ「人の価値観を尊重した少子化対策を講じるべき立場の少子化対策担当大臣でもあり、国の責務を個人の責任に押し付けかねない重大な問題をはらんでいる」とした。

 また「このような発言を行った厚労相の責任を軽視している」と任命権者である安倍首相の責任にも言及した。
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:13


http://news.tbs.co.jp/top_news/top_news3487546.html

 「ご当人の若い人たちというのは、“結婚をしたい。それから子供を2人以上持ちたい”という極めて健全な状況にいるわけですね。日本の若者の健全な希望というものに、我々がフィットした政策を出していくということが非常に大事」(柳沢伯夫厚生労働相)

 柳沢大臣はこのように述べ、政府の調査で「結婚し、子供を2人以上持ちたい」若者が多かった結果を「健全だ」と評しました。この発言に対して批判の声があがりました。

 「2人以上持ってらっしゃる方は健全で、持てない方は不健全だという風に受け止められますので、極めて不適切な発言だと思います」(民主党・蓮舫参院議員)

 「(柳沢厚労相の)意識、認識というか、考え方というか、体質というか、それが変わっていないと」(民主党・小沢一郎代表)

 「基本的な考えが変わっていないからですよね。そこを変えていただかないと、私は厚労相としての仕事を本気でやっていただけないと思います」(公明党・浜四津敏子代表代行)

 「またかという思いはいたします。冗談じゃないですよと」(公明党・松あきら参院議員)

 柳沢大臣の続投を確認したばかりの政府・与党も戸惑いを隠せません。
 「(柳沢氏は)とくに価値観を、健全、不健全というようなことで言っているわけでは決してないと」(塩崎恭久官房長官)

 「(Q.なぜ“健全”という言葉を使った?)それは全体の状況が健全だと自分が思って、思いますよということを申し上げた」(柳沢厚生労働相)

 「柳沢大臣が何をやろうとしているかという真意をくみ取るべきではないかと思いますね」(安倍首相)

 去年から閣僚のスキャンダルや問題発言が相次ぐ安倍政権、自民党内からは来年度予算の成立を待って内閣改造すべきとの声も上がり出しています。
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:13


http://www.asahi.com/kansai/news/OSK200702060036.html

 大阪府大東市の人権啓発団体「ヒューネットだいとう」の男性職員(57)が、別の啓発団体でほとんど働いていたにもかかわらず、年間約800万円の給与と賞与を「ヒューネット」側から支給されていたことが分かった。

 「ヒューネット」は同市からの補助金(年約1300万円)で運営されており、市は「今後、勤務の実態がある団体から給与が支給されるよう是正したい」としている。

 同市によると、「ヒューネット」は、市から啓発活動などを委託されている団体。

 男性職員は、別の啓発団体の事務局長を兼務しており、「ヒューネット」の事務局に出勤した後、職務免除願を提出し、そのまま別の職場で地元住民の相談業務などをしていたという。

 こうした勤務は「ヒューネット」が発足した02年4月ごろから続いていたという。
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by sakura4987 | 2007-02-08 16:12

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987