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<   2007年 03月 ( 57 )   > この月の画像一覧



http://www.bll.gr.jp/news2007/news20070305-5.html

利用者らがあいつぎ抗議集会

青館存続求めて「怒りの太鼓ライブ」


 老人福祉センターや青少年会館、人権文化センターなどの施設事業の廃止、縮小の方向を示した大阪市の「地対財特法期限後の関連事業等の総点検調査結果に基づく事業等の見直し等について」の方針案(見直し案)に反対する集会を、あいついでひらいた(2296号でも既報)。

 老人福祉センターの積極的な活用を求める市民集会を06年11月27日に、青少年会館の廃止に反対する「怒りの和太鼓ライブ」を11月29日にひらき、施設利用者らが「大阪市の一方的な事業廃止はおかしい」と訴えた。

 老人福祉センターの積極的な活用を求める市民集会は、大阪市北区の中之島中央公会堂でひらき600人が結集、「すべての高齢者が安心と尊厳を持って暮らせるよう、施設の積極的活用と施策を求める」集会アピールを確認。

 代表団が大阪市長あての要望書を提出し、各議員団への協力要請をおこなった。

 「怒りの和太鼓ライブ」は大阪市役所前でおこない、青少年会館を利用する子どもや保護者ら400人が参加、太鼓の演奏とともに「青少年会館をなくさんといて」と訴えた。


≪交流の場をなくさんといて≫

 しかし、大阪市は、こうした利用者の声を聞くことなく06年の10月に公表した「見直し案」を11月29日に原案通り決定し、12月中旬から今年の1月にかけて施設利用者に説明会をひらいた。

 それにたいして、12月8日、住吉住宅集会所で「大阪市の方針に反対する抗議集会」をひらき、地区住民ら98人が参加、「施設はかけがえのない交流の場」だと反対を訴えた。

 また、12月20日に浪速老人福祉センターでひらかれた大阪市の説明会には、施設の利用者200人が参加し、「超高齢化時代を迎える時に廃止するのはおかしい」などの意見があいつぎ方針の撤回を求めた。大阪市は「みなさんの声を持ち帰り、検討していきたい」とのべた。



◆≪参考≫施設をなくさないで

   大阪市の統廃合などの「提言」に

      市内各支部が一斉に抗議行動へ (解放新聞 06/11/27)

http://www.bll.gr.jp/news2006/news20061127-4.html



◆一つひとつきめ細かにとりくみ

    差別糾弾闘争を強化していこう (解放新聞 07/3/5)

http://www.bll.gr.jp/news2007/news20070305.html

(前略)

 このような差別事件に対応するためには多様で柔軟な形態が求められる。

 多様で柔軟な差別糾弾闘争の形態とは、具体的差別事件の内容、悪質度、行為者の状況、被差別者の感情、社会に与えた影響、事件後の諸事情などをふまえ、当該の部落差別事件の差別性や背景・課題を明確にしつつ、以上のべた諸事情を勘案し、確認会や糾弾会を設定しない、あるいはできない形態であっても、国際条約や国内法、広報宣伝活動、電子空間活用など、これまでの成果を活用し、あらゆる戦術を駆使することである。それらの形態も差別糾弾闘争であることはいうまでもない。

 当該の部落差別事件の背景や課題を社会的課題に高め、それらを克服していくための立法措置をはじめとする制度や社会的システムを確立していくことも差別糾弾闘争である。

 今日、これら多様な形態をもつ差別糾弾闘争が弱体化している。一つひとつの差別事件にたいしてきめ細かくとりくむ必要がある。あらためて差別糾弾闘争が部落解放運動の原点であることを忘れてはならない。部落解放運動にたいするバッシングを跳ね返すためにもていねいな差別事件にたいするとりくみが必要である。

 そのためにも「差別糾弾闘争強化方針」で示された人権性・合法性・組織性・公式性・公開性・透明性・明確性・本質性・当事者性・正当性・迅速性・最新性・教育性・指導性が差別糾弾闘争の全過程を通じて透徹されなければならない。

 こうした原則をふまえつつ、萎縮することなく差別糾弾闘争を強化していこう。



◆住民票削除の差し止め、大阪高裁認める

  ~他の住民票削除にも影響か (JANJAN 07/3/2)

http://www.janjan.jp/area/0703/0703010872/1.php

 大阪市西成区の釜ヶ崎解放会館を住所として住民登録をしていた男性(34)が、大阪市が職権で住民登録を削除しようとしていたことについて、削除処分の差し止めを求めて大阪高裁に抗告していた件で、同高裁は3月1日、

 「大阪市西成区長は抗告人に対し、大阪地裁での住民票削除差し止め請求事件の判決確定に至るまで、仮に住民票の削除処分をしてはならない」として住民票の削除を認めない仮処分の決定を下した。

(後略)




★大阪市への意見先

〒530-8201 大阪市北区中之島1丁目3番20号

メール:http://www.city.osaka.jp/shimin/opinion/01/index.html


★人権室

電 話:06-6208-7611
FAX:06-6202-7076
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by sakura4987 | 2007-03-11 09:03


 日本独自の情報能力をどう構築するか。その方向性を示したのが、政府の情報機能強化検討会議(議長・塩崎恭久官房長官)がまとめた中間報告である。

 具体的な内容は、首相官邸の情報収集力や分析力をアップするための組織強化策であり、情報を保全する新たな法整備の検討-などだ。

 縦割りの克服などの問題はあるが、官邸が司令塔としての機能を十分果たすために必要な方策である。

 日本の安全に直結する北朝鮮の核や国際テロリストをめぐる情報は、「不足」していると中間報告も認めている。自前で国益に資する情報収集・分析体制の構築は喫緊の課題であり、日本の総力を挙げねばなるまい。

 日本の情報組織は内閣情報調査室、警察庁、公安調査庁、外務省、防衛省などにまたがっている。官邸で各組織が定期的に会うのは内閣情報会議(官房長官主宰、次官級)と合同情報会議(官房副長官主宰、局長級)だ。

 だが、現状はいずれも懸案事項の報告に終始しているとされる。各組織は情報を抱え込み、首相や官房長官に直接報告する。これでは組織が相互補完して最高意思決定機関の官邸を支える仕組みにはならない。

 中間報告は政府全体が情報を適切に共有するため、(1)各組織は内調に連絡担当官を派遣・常駐させる(2)新設される内閣情報分析官が情報の信頼度を判断した「評価書」を作成する-などとしている。ただ、各組織から直接報告するルートも残すとしており、縦割りの弊害が出ない運用をすべきだ。

 一方、情報の抱え込みは情報漏洩(ろうえい)の懸念ともからむ。日本の機密保全の不十分さには、同盟国から不信の目が向けられている。国家公務員法などの守秘義務規定の懲役刑は1年以下だ。情報漏洩への罰則強化に向けた法整備検討を盛り込んだのは当然だ。

 同時に国家の重要な防衛、外交機密を外国のスパイから守り、スパイや協力者を処罰する「国家機密法」制定も議論を尽くさなくてはなるまい。

 最終報告は半年以内にまとまるという。対外情報機関の設置は今回、「検討」となっているが、対外情報庁の設置まで踏み込んでいいのではないか。日本が過酷な国際環境で生き抜くための知恵と工夫が求められている。
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by sakura4987 | 2007-03-11 09:03


http://www.mofa.go.jp/mofaj/area/senkaku/

 尖閣諸島は、1885年以降政府が沖縄県当局を通ずる等の方法により再三にわたり現地調査を行ない、単にこれが無人島であるのみならず、清国の支配が及んでいる痕跡がないことを慎重確認の上、1895年1月14日に現地に標杭を建設する旨の閣議決定を行なって正式にわが国の領土に編入することとしたものです。

 同諸島は爾来歴史的に一貫してわが国の領土たる南西諸島の一部を構成しており、1895年5月発効の下関条約第2条に基づきわが国が清国より割譲を受けた台湾及び澎湖諸島には含まれていません。

 従って、サン・フランシスコ平和条約においても、尖閣諸島は、同条約第2条に基づきわが国が放棄した領土のうちには含まれず、第3条に基づき南西諸島の一部としてアメリカ合衆国の施政下に置かれ、1971年6月17日署名の琉球諸島及び大東諸島に関する日本国とアメリカ合衆国との間の協定(沖縄返還協定)によりわが国に施政権が返還された地域の中に含まれています。以上の事実は、わが国の領土としての尖閣諸島の地位を何よりも明瞭に示すものです。

 なお、中国が尖閣諸島を台湾の一部と考えていなかったことは、サン・フランシスコ平和条約第3条に基づき米国の施政下に置かれた地域に同諸島が含まれている事実に対し従来何等異議を唱えなかったことからも明らかであり、中華人民共和国政府の場合も台湾当局の場合も1970年後半東シナ海大陸棚の石油開発の動きが表面化するに及びはじめて尖閣諸島の領有権を問題とするに至ったものです。

 また、従来中華人民共和国政府及び台湾当局がいわゆる歴史的、地理的ないし地質的根拠等として挙げている諸点はいずれも尖閣諸島に対する中国の領有権の主張を裏付けるに足る国際法上有効な論拠とはいえません。
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by sakura4987 | 2007-03-11 09:02


http://www.nishinippon.co.jp/nnp/column/syasetu/20070305/20070305_002.shtml

 「もちはもち屋」と言うように、外交は外務省、軍事は防衛省の仕事である。

 しかし、「もち屋」意識が強過ぎて、横の連携がうまくいっていないという。

 縦割り行政の弊害を除き、首相官邸が中心となって一元的に外交や防衛問題に対応できる仕組みができないか。

 安倍晋三首相のこうした考えに沿って、有識者による「官邸機能強化会議」が、「国家安全保障会議」の創設を柱とする報告書をまとめた。

 米国の国家安全保障会議(NSC)を参考としたので、日本版NSCと呼ばれる。常任メンバーは首相、官房長官、外相、防衛相の4人で、必要に応じて財務相らも加わる。今国会に法案を提出し、来年4月の発足を目指す。

 同様の組織は、1986年に設置された安全保障会議がある。だが、実態は形骸(けいがい)化している。防衛計画大綱など、内定している案件を追認するだけで、安全保障や危機管理について長期的な国家戦略が論議されることはなかった。

 隣国の北朝鮮はミサイル発射や核実験を強行し、世界各地でテロが相次ぐ。現状をみれば、外交・安全保障政策の重要性は、残念ながら、増すばかりだ。国家的な非常事態への備えを怠らず、万一の場合には、迅速に情報を収集・分析し、的確に対処できる体制は整えておかなければならない。

 だから、報告書が目指す理念は理解できるが、この内容で官邸が外交・安保の「司令塔」として十分に機能するかどうかは疑問だ。

 新組織は、常任の首相補佐官の下、自衛官や民間専門家を含む20人程度の専任スタッフが事務局として実働する。約200人のスタッフを擁する米NSCと比べると、心もとない。この程度なら、今ある組織や制度をうまく運用すれば事足りるとの意見もある。

 成否の鍵を握るのは、スタッフを束ね、省庁との調整役となる補佐官だろう。米国では、ニクソン政権のキッシンジャー氏など実力者がにらみをきかせる。

 ともすれば省益に傾き、情報を囲い込みがちな官僚機構と渡り合える力量がなければ、実効は上がるまい。

 気掛かりなのは、国会や閣議との関係だ。選挙で選ばれる米大統領は強大な権限を持つが、日本は議院内閣制であり、国権の最高機関は国会である。政府の最終意思は閣議で決定される。

 官邸の権限強化が、首相と少数の閣僚による独断専行につながることはないのか。首相が憲法改正を視野に、集団的自衛権の見直しや自衛隊海外派遣の恒久法化などを検討し、実現させる装置として新組織を考えているのならなおさらだ。

 報告書が、秘密保護のために情報漏えいを厳しく罰する法の制定を求めたこともひっかかる。国民の目の届かないところで、国の将来を左右する政策がこっそり論議されることがあってはならない。
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by sakura4987 | 2007-03-11 09:02


少子化のスピードは世界一

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2007/03/04/20070304000005.html

 韓国の少子化が世界で最も早い速度進むなか、租税体系は結婚・出産を奨励する形態とはかけ離れたものになっていることが分かった。

 経済協力開発機構(OECD)が2日に集計した「勤労賃金租税比較」資料によると、昨年1年間で韓国の独身勤労者が得た勤労所得のうち、所得税や国民年金など各種社会保険料が占める割合を示す「勤労者公的負担率」が18.1%を記録した。

 これはつまり、100万ウォン(約12万4000円)を稼いだ場合、18万1000ウォン(約2万2400円)を所得税や国民年金保険料などに支払ったことを示すものだ。

 一方、配偶者と子供2人を養う勤労者の公的負担率は16.8%で、独身勤労者より1.3%少ない程度にとどまった。つまり結婚し、子供を2人もうけても、税金・社会保険料の負担に特別な恩恵がほとんどないというわけだ。

 こうした韓国の事情とは異なり、大部分のOECD加盟国では独身勤労者から高い比率の税金・社会保険料を徴集し、結婚して子供を持つ勤労者に対しては各種負担を大幅に軽減している。

 例えば米国の場合、昨年独身勤労者から28.9%の所得税・社会保険料を源泉徴収する一方、配偶者と子供2人を養う勤労者からは11.7%の徴集にとどめ、17.2%もの優遇を行っている。

 また、ドイツも上記のケースの場合、公的負担率の差が16.3%(52.5%→36.2%)あり、ルクセンブルグでは何と23.5%(36.5%→13.0%)に達している。

 さらに英国の6.1%(33.9%→27.8%)、フランスの8.2%(50.2%→42.0%)、スウェーデンの6.1%(47.9%→41.8%)など、大部分のOECD加盟国が子供を持つ勤労者を大幅に優遇する政策を取っている。

 OECD加盟国30カ国全体の平均では、上記のケースの場合、公的負担率の差は10.0%(37.5%→27.5%)で、韓国の8倍に達している。
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by sakura4987 | 2007-03-11 09:02
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――解放同盟への補助金違法支出の取材から
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[初出]月刊部落問題(2001年6月号)

http://www15.ocn.ne.jp/~almarid/works/huseikanshi.html#shimin

もくじ
市民に説明できない公金支出
ゴルフ、温泉、宴会三昧が実態
「参加意欲を高めるため」――温泉旅行の意義
だれでもできる不正調査活動


「タブー」。同和行政について、とくに部落解放同盟との関係でそれが語られる場合、しばしば使われることばだ。おそらく同和行政は、各地の自治体において、もっとも透明性の低い分野の一つにちがいない。たんに市民にたいして開かれていないというだけでなく、議会にたいしても、情報が十分公開されているとはいいがたい。たとえば、元副知事逮捕で連日新聞をにぎわせている高知県の不正融資事件は、そのことをきわめてわかりやすく示してくれている。

 しかしその一方、おそらく多くの人が想像しているほどの「タブー」は、もはや存在していないのではないか、とも思っている。わたしは京都市の同和行政と部落解放運動の現状の取材をはじめて八年になる。取材を通して、同和行政の密室性を日々感じているのは事実だが、一介のフリーライターという立場からでも、手間ひまさえ惜しまなければ、同和行政と運動団体の不正常な実態について、かなりのところまで知ることができたからだ(くわしくは、拙著『だれも書かなかった「部落」』『「同和」中毒都市』いずれもかもがわ出版刊参照)。

 本稿では、最近の取材で明らかになった行政と解放同盟との相変わらずの「共犯関係」の実態とともに、一人ででもできる同和行政不正調査の方法の経験を報告してみたい。


■市民に説明できない公金支出■



 一九九〇年代に入ってからおこなわれた三回の京都市長選挙において、同和問題は大きな争点になった。市民的な関心を呼び、体制側が防戦にまわらざるを得ないほど、許しがたい実態があった。特別立法自体が二〇〇二年三月で完全終結することを思えば、当然だが、そんな京都市の同和行政もここ数年で、規模はかなり縮小されてきているのはたしかだ。

 だが、相変わらず、全国的にみても異彩を放つ制度はいまだ「健在」だ。一定の人員内なら、運動団体(解放同盟・全解連)の推薦によって市職員に採用される同和「選考採用」(「雇用対策」として実施)、運動団体の会議や集会などの組織活動に運動団体所属の市職員が勤務中でも従事できる同和職免、年間約五〇〇〇万円にのぼる運動団体への同和事業助成金(補助金)――これが異彩のワースト3とでもいおうか(このうち、全解連は職免と補助金については自主的に返上している)。いずれも、制度の存在が広く公開されると、とうてい市民的合意の得られるはずのないものばかりだ。

 公的な「制度」とはとてもいえないが、家賃を二〇年以上滞納しても明け渡しを求められることなく居座ることが認められる改良住宅入居者の問題も、脱線したままの同和行政の実態を示す典型例といえるだろう。

 以下、最近になってその実態の一端がようやく明るみになった同和補助金について、紹介しよう。

 同和補助金は「京都市同和対策事業助成要綱」にもとづいて支出されるもので、その趣旨は「同和問題の解決に有効かつ適切と認められるものにたいする助成」(要綱第1条)とある。団体が実施する事業(学習会や夏祭り、敬老の集いなど)個々に、総経費の三分の二の範囲内で支出される。

 京都市が補助金交付の対象としているのは、解放同盟、全解連の両京都市協議会と各支部、それと金額・件数は少ないが、同和地区内の自治会など。全解連京都市協は一九九五年、同各支部は九六年からそれぞれ補助金を返上しているので、現在、運動団体で受給しているのは解放同盟のみである。

 京都市協分の補助金の詳細については、京都市は九六年頃から実態を公開してきたが、支部分については公開を拒否してきた。九七年九月、わたしが京都市公文書公開条例(情報公開条例)を活用して、運動団体支部宛ての補助金支出関連公文書(九七年度上半期分)の公開を求めたところ、市は事実上非公開の決定をくだしたのである。いつ、どこの支部が実施したどんな事業に、どれだけの補助金を出したのか、そのいっさいの公開を拒否したのだった。「公開することによって、運動団体との信頼関係が損なわれるおそれがある」というのがその理由。

 おかしな話だ。「同和問題の解決に有効かつ適切と認められる」立派な事業に市民の税金を使っておきながら、市民に何も公開できないのはなぜか。なぜ「信頼関係」が損なわれるというのか。


■ゴルフ、温泉、宴会三昧が実態■



 同和補助金支出の裏に、かなり大きな不正が隠されていると確信し、わたしは京都地裁に、京都市を相手取り公文書非公開決定の取り消しを求める訴えを起こした。

そして、二〇〇〇年一〇月、一審に続き大阪高裁でも「全面公開」を命じる判決が出る。京都市はこの判決を受け入れ、同年末、補助金支出に関する公文書を開示した。

 実態は、想像以上にひどかった。一口でいえば、解放同盟の高級旅館での温泉三昧に巨額の血税が湯水のごとく空費されていたのだ。

 京都市と京都市教委は、一九九七~一九九九年度の三年間に、解放同盟支部が実施した一一九件の行事(事業)にたいし、合計八〇九五万円の補助金(事業助成金)を交付していた。このうち六一件五四二二万円が、「学習事業」と銘打って解放同盟各支部が実施した旅行への交付だった。その行き先、補助金額は表のとおり。北陸を中心に全国各地の温泉、有名旅館、あるいはスキー場、ゴルフ場とセットになったホテルの名前がヅラリ並んでいたのだ。

〔事例1〕辰巳支部学習会:支部が市に提出した「事業実施計画書」「報告書」によると、九七年一二月一四~一六日実施。行き先和倉温泉(一泊二万円)。支部員三七人参加。「事業目的」は「部落解放三大闘争勝利に向けて、一層強固な運動が必要であり、学習会を取組み、奮闘していく」。二泊三日の日程中、学習会は二日目の一〇~一五時のみ。その学習テーマは「情勢報告」「同和対策事業の見直しの動きについて」など。学習会の講師は支部長、副支部長がつとめたことになっている。

〔事例2〕千本支部幹部学習会:同じく「計画書」「報告書」によると、九八年一一月三~四日実施。行き先は白浜温泉(一泊二万八〇〇〇円)。支部員一五〇人参加。「事業目的」は部落問題の完全解決に向けた解放理論を身に付け、資質の向上を図り、相互交流を通じて団結を強め、解放運動を発展させる」。移動の車中で「啓発ビデオ観賞」、一日目の一五~一八時に「千本のまちづくりについて」をテーマに学習。講師はいない。

 どの「学習会」もこんな調子だ。「決算報告書」によると、各事業とも、補助金は宿泊費や交通費だけでなく、旅館での懇親会、車中での飲食代(ビールとおつまみ?)の支払いにも充当されている。

 また、「報告書」をみるかぎり、各事業とも数時間程度学習会を開いていることになっているが、どうも疑わしい。市は学習事業内容を示す資料の提出を支部に求めているが、そんな資料は六一件中一枚もない。

 九八年度のある「学習」事業に参加した関係者は実態をこう語る。「宿についたらすぐにゴルフ場に直行ですわ。夜は宴会とカラオケ、それにマージャンもやったな。学習なんてだれがやりますかいな」

 わたしが法廷の場で争っている間、日本共産党京都市会議員団の独自調査で、解放同盟のいくつかの支部の温泉旅行に補助金支出されている事例が明るみになっていたので、ある程度は予想はしていたが、ひどすぎる。
 

■「参加意欲を高めるため」――温泉旅行の意義■



 ひどいのはこれだけではない。六一件の中には、そもそも架空の事業をでっち上げていたり、参加人数を水増しして、補助金をだまし取っていたケースも、その後の取材で明らかになった。

 わたしは今日の同和地区と解放運動において、「同和」の名を冠した特別の補助金制度実施の妥当性をまったく認めない。行き先が温泉でなくても、まじめに学習会がおこなわれていようと、そんなことにかかわりなく、これらは不必要な公金支出だと思う。

 しかし、そういう主張は抜きにしても、一民間団体が参加者を「身内」(=支部員)に限定した温泉旅行、レジャー、行楽に、年間数千万円もの血税が「同和問題の解決」を題目に空費され続けてきた事実は、とうてい容認できるものではない。京都市はいったいこの実態を市民にどう説明するつもりなのか。

 温泉旅行への同和補助金は違法支出だとして市民が起こした補助金の返還を求める監査請求にたいし、京都市監査委員は今年三月、次のように回答している。

「(温泉地での学習事業は)参加者の参加意欲を高め、またその事業効果を高めるために行われているものであり、これによって、大きな成果を挙げてきたことが認められることから、必ずしも妥当性を欠く違法不当なものということはできない」

 税金で温泉につかる状況を常態化させておいて、いったいどんな「事業効果」を高めたというのか。

 もう一方の当事者、解放同盟側(市協事務局長)もわたしの取材にこう反論している。

「全体として部落の経済状況は向上しているが、階層化が進み同盟費も払えない住民もいる。また地区内では高齢化が進み、困難を抱えてUターンしてくる人も増えてきている。われわれとしても行政から自立した運動をつくっていかなくてはならないと思っているが、今も行政としての支援を必要としている実態は残っている」

 今年四月、温泉旅行に公金を支出したのは違法だとして、一九九七~九九年度の三年間六一件約五四〇〇万円の返還を、京都市長ら関係職員に求める住民訴訟がはじまった。ムダに使われた公金を取り戻すことはもとより、裁判を通じて同和補助金の実態、行政と解放同盟の歪んだ「信頼関係」を解明していきたいと思っている。


■だれでもできる不正調査活動■



 すでにふれたが、わたしは以上の事実を、おもに情報公開条例を駆使して、市みずからが作成、保管している公文書を入手することによって確認した。情報公開条例を使った各地の市民オンブズマン活動(行政監視)は、国政も揺り動かす重要な成果をあげているが、同和行政の不正監視活動にも、この方法が使うべきだと思う。これのもっともいいところは、だれでもできる、一人でもできるということだ。支援のため団体まわりする必要もなければ、会議を開いたりすることもない。

 もちろん情報公開条例は万能ではない。行政にとって都合の悪い情報は、あれこれ理由をつけて公開しないこともあるだろう。また、市民の側は行政にどんな公文書が存在しているか前もって知ることができないこともあり、すぐにめざす情報が記載された公文書に行き当たらないことも多い。だがそれでも、時間をかけて請求をくりかえしていけばかなりの情報は蓄積されていくはずだ。

 記者クラブ加盟の記者でもなく、市会議員のような調査権限もない一市民が、同和対策課の窓口に行き、「同和補助金の公文書を見せて欲しい」「同和選考採用のことを知りたい」といくらねじ込んでも、応じてもらえる可能性はきわめて低いだろう。だが、情報公開条例の手続きにのっとって請求すれば、行政のほうはそれに応えなければならない義務が生じる。たとえ公文書を公開しない場合でもその理由を市民に説明する責任がある。

 また、最終的に「非公開」決定がくだされたとしても、その取り消しを求めて裁判に出ることもできる。裁判といっても、情報公開訴訟の場合、そうたいそうなものではない。弁護士を頼んだり、とくに専門知識がいるわけでもない。費用も提訴時に印紙八七〇〇円分を添付するだけである(この費用は勝訴したら返却される)。非公開決定の妥当性を立証するのは行政のほうだ。こちらはただたんに「常識から考えて納得がいかない」程度の反論をくりかえしていればよいのだ(実際には多少はリクツめいたことをいわなければならないが)。事実わたしは、自由法曹団の弁護士や共産党市議などの助言を受けながらも、基本的には一人で法廷にのぞみ、完全勝訴を果たすことができた。

 時間がかかるのが難点だが、しかし、本当に知りたい情報、光を当てたい闇があるのなら、試みてみる価値は高いと、わたしは思う。

 次に、情報の活用について。せっかく得た情報も、公表しなければ意味がない。同和行政の不正について、掲載してくれるメディアなんてあるのか。わたしの場合、『ねっとわーく京都』という京都市職労のバックアップで刊行されている月刊誌に書くことができたので幸いだったが、そういう媒体がなくても発表の方法はいくつかある。

 まず第一に、記者クラブで記者会見を開くことだ。市役所内に市政記者クラブというのがあるので、そこに事前に会見を申し込めばよい。「同和」「解同がらみ」の不正をマスコミが記事にするものか、と決め付けてはいけない。わたしも実行してみて認識を新たにしたが、会見を開けば必ず記事にしてくれるものだ。うれしいことではないが、わたしが『ねっとわーく京都』に書いた詳細なレポートよりも、朝日新聞や京都新聞に載るベタ記事のほうが、反響ははるかに大きい。

 第二の発表方法として、インターネットの利用がある。ホームページをつくって、明らかになった情報を載せたり、電子メールマガジンを発行することもできる。メールマガジンは、無料で宣伝、配信代行してくれる業者があるので、そこを利用することをもできる(わたしもメールマガジンをつくり、専門業者を利用して配信している)。

 とはいえ、マスコミに載る記事はともかく、個人がインターネットで発信する情報が、どれほどの効果があるか、わたしにはわからない。おそらく、行政や運動団体の不正行為の抑止力までには到っていないだろう。だが、もし税金の使われ方に疑問なり納得のいかないものを感じることがあるのなら、たとえ無力でも、異議申し立てをするべきだと思う。
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by sakura4987 | 2007-03-11 09:01


http://www.data-max.co.jp/2007/03/_1_106.html

 2月1、2日の両日、九州大学医学部百年記念講堂で「日中韓シンポジウム」(九州大学アジア総合政策センターの主催)が開かれた。「新しい連携と地域アイデンティティの形成に向けて」という副題のついたシンポジウムは、4つの分科会で報告・討議が行われた。

 筆者の強い関心を引いたのは、日中韓で同時進行する少子高齢化問題に関する取り組みだった。

「中国や韓国は、若くて元気のいい社会に見えても、人口構造をよくよく見ると、日本と同じような少子高齢化という変化が起きている」(小川全夫・九州大学名誉教授)
 という指摘に驚いた。この「メガトレンド」に気づいている識者たちは、意外に多くない。福岡は少子高齢化対策をめぐる東アジア3カ国の協力体制構築の中心軸にもなりうるという。

 2日間のシンポジウムから要点を紹介したい。

■ 韓国の超高齢化

 小川名誉教授は現在、山口県立大学大学院教授として教壇に立っている。東アジアの少子高齢化問題を、一貫して訴え続けてきた研究者だ。基調報告でこう指摘した。
「中国は2000年、老年人口の割合が7%に達した。一人っ子政策をやめたとしても、日本と同じような少産少死型の人口構造に変わりつつある。韓国は世界で一番子どもの生まれない国になった。こうした事情は時間的なずれがあるにしろ、日中韓の共通した課題です」

 「日本は高齢者率(総人口に占める65歳以上の人口比率)7%を超えた1970年から、その割合が14%に達した1994年まで、わずか24年しかかからなかった。フランスは115年かかった。これからの人口高齢化を予測すると、韓国が世界で最も早く高齢化すると見られている」

 筆者が驚いたのは、韓国における高齢化の驚くべきスピードである。翌日の分科会で、呉錫崙氏(東国大学日本学研究所研究員)は次のように報告した。
「韓国は2000年に高齢化社会(65歳以上が全人口の7%以上)になった。2019年には超高齢化社会(同20%以上)になる。わずか19年しかかからない。日本は24年かかった。韓国の高齢化社会の最も大きな特徴は、世界で類例がないほど、そのスピードが速いという点である」

 “漢江の奇跡”と言われるほど目覚しい経済発展を遂げた韓国が、こんどは超スピードで超高齢化社会になるという。その“恐怖の展望”に韓国民は気がついているのだろうか。筆者は実感として「否」と言わざるを得ない。

 韓国の合計特殊出生率(ひとりの女性が一生に出産する子どもの数)は、1970年には4.53だったが、1980年2.83、1990年1.59、2000年1.47と急落してきた。20年間で半減してきたのである。2005年の数値は1.08で、日本の最新値(2005年)の1.26をも大きく下回っている。
 呉錫崙氏は
「少子化の原因は、出生率低下のせいだけではない。可妊世代(15-49歳)の数が急激に減っているのが、少子化の主因である」
 と指摘。
「出世率が多少回復しても、出生数の減少は制御する方法がない」
 と危機感を募らせた。
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by sakura4987 | 2007-03-11 09:01
2007/02/26 08:56

http://tamezou.iza.ne.jp/blog/entry/123821/

 小野田さんが仰る「問題にして騒ぎ出す者たちの狙い」について大変示唆に富む情報がある。

朝日新聞「従軍慰安婦」記事数の変動
http://www.akashic-record.com/jgi-a.html

 これを見ると「従軍慰安婦」というのはソ連崩壊により新たな戦略の必要性に迫られた左翼が編み出した反日工作なのであろうという推測が浮かんでくる。


小野田寛郎「私が見た従軍慰安婦の正体」

「正論」平成十六年一月号より

 首相の靖国神社参拝や従軍慰安婦の問題は、全く理由のない他国からの言いがかりで、多くの方々が論じているところだ。南京大虐殺と同様多言を弄することもあるまいと感じていたのだが、未だに妄言・暴言が消え去らない馬鹿さ加減に呆れている。

 戦後六十年、大東亜戦争に出征し戦場に生きた者たちが少なくなりつつある現今、私は証言として、「慰安婦」は完全な「商行為」であったことを書き残そうと考えた。

 外地に出動して駐屯する部隊にとって、治安維持と宣撫工作上最も障害になる問題は、兵士による強姦と略奪・放火である。そのためにどこの国もそれなりの対策を講じていることは周知の通りである。大東亜戦争時、戦場には「慰安婦」は確かに存在した。当時は公娼が認められている時代だったのだから至極当然である。

 野戦に出征した将兵でなくとも、一般に誰でも「従軍看護婦」と言う言葉は常識として知っていたが、「従堰慰安婦」と言う言葉は聞いた者も、また、使った者もいまい。それは日本を貶める為に後日作った造語であることは確かだ。

 淫らな言葉だが、中国戦線では「ツンコ・ピー」「チョウセン・ピー」と呼んでいた筈であるが、他の人の見ている所でする筈のないことだけに、「慰安所」のことも「慰安婦」のことも、公の場で自己の見聞を正確に発表する人が少ない。あまり詳しいと「よく知ってるね」と冷笑されるのが落ちだろう。

 では何故、君は、と私に聞かれるだろうが、幸い私はその実態を外から観察出来る立場にあったから、何も臆することなく、世の誤解を解くために発表することが出来るのだ。

◆漢口の「慰安所」を見学

 商社員として十七歳の春、中国揚子江中流の漢口(現武漢)に渡った私は、日本軍が占領してまだ五カ月しか経っていない、言わば硝煙のにおいが残っている様な街に住むことになった。当時、漢口の街は難民区・中華区・日華区・フランス租界・日本租界・旧ドイツ租界・旧ロシア租界・旧英国租界に分かれていて地区ごとにそれぞれ事情に合った警備体制が敷かれていた。

 日華区とは日本人と中国人とが混じって住んでいる地区で、そこに住む中国人は中華区に住む者と同様「良民証」を携帯しており、そうでない者は警備上難民区に住まされていた。難民区は日本兵も出入りを禁止されていて、私たち在留邦人は届け出て許可を得なければ出入り出来なかった。それだけ危険な場所だった。

 私は、仕事が貿易商だから、難民区以外はよく歩いた。ある日、汚れた軍服を着た兵士に「慰安所はどこか知りませんか」と路上で尋ねられ、一瞬思い当たらず戸惑った。しかし看板に黒々と「漢口特殊慰安所」と書いて壁に掲げていて、その前に歩哨と「憲兵」の腕章をつけた兵隊が立っている場所を思い出したのでその通り教えてあげた。映画館と同様に日華区にあった。汚れた軍服から推測して、作戦から帰ってきた兵士に間違いない。街を警備している兵士は、そんな汚れた軍服で外出してないからだ。

 私は「特殊慰安所」か、なるほど作戦から帰った兵士には慰安が必要だろう、小遣い銭もないだろうから無料で餅・饅頭・うどん他がサービスされるのだろうと早合点していた。

 ところが、私の知人が営む商社は日用品雑貨の他に畳の輸入もしていて、それを「慰安所」にコンドームなどと一緒に納入していたので「慰安所」の出入りが自由であった。彼に誘われて一般在留邦人が入れない場所だから、これ幸いと見学に行った。

 私たちは、憲兵に集金の用件を話してまず仕事を済ませた。日が暮れていたので「お茶っぴき」(客の無い遊女)が大勢出てきて、経営者と私たちの雑談に入ろうとしてきたが追い払われた。そこには内地人も○人も中国人もいた(現在、鮮○は差別用語とみなされ、使われない。しかし朝鮮半島が日本統治だった当時は「日本人、朝鮮人」などと言おうものなら彼らに猛烈に反駁された。彼らも日本人なのだからと言う理由である)。

 群がってきた彼女たちは商売熱心に私たちに媚びてきた。憲兵は特別な事情の時以外は、部屋の中まで調べに来ないからである。料金は女性の出身地によって上中下がある。また、利用時間も兵士は外出の門限が日没までだから日中に限られるが、下士官は門限が長く、将校になれば終夜利用出来る。料金も階級の上の方が割高で、女性たちは当然、同じ時間で多く稼げることになる。

 半島出身者に「コチョ(伍長─下士官)かと思ったらヘイチョウ(兵長─兵士)か」、「精神決めてトットと上がれネタン(値段)は寝間でペンキョウ(勉強)する」とか、笑うどころではない涙ぐましいまでの努力をしているのも聞いた。内地人のある娼妓は「内地ではなかなか足を洗えないが、ここで働げば半年か一年で洗える」といい、中には「一日に二十七人の客の相手をした」と豪語するつわものもいた。

◆どこにもいなかった「性的奴隷」

 ここで親しくなった経営者の話を紹介しよう。「体力的に大差がない筈なのに、内地人は兵士たちと言葉が通じるために情が通うのか、本気でサービスして商売を忘れ健康を害してしまう。そのために送り返さねぱならず、経営者にとって利益が少ない。兵隊さんには内地人ばかりで営業するのが本当だが」と本音を漏らしていた。

 私の育った街には花柳界があったので、芸妓と酌婦をよく眼にしたが、当時は玄人女と呼ばれた彼女たちの外出姿でも一般の女性と見分けることが出来た。その目で見れば漢口の街でも同様だったが、特に朝鮮人の女たちは特色があった。というのは彼女たちは数人で外出してくるのだが、民族衣装ではなく、着慣れないツーピースの洋装のせいで着こなしが悪く、また歩き方にも特徴があって一目で見分けられた。

 彼女たちは実に明るく楽しそうだった。その姿からは今どきおおげさに騒がれている「性的奴隷」に該当する様な影はどこにも見いだせなかった。確かに、昔からの言葉に、「高利貸しと女郎屋の亭主は畳の上で往生出来ぬ」というのがあった。明治時代になって人身売買が禁止され「前借」と形は変わったが、娘にとっては売り飛ばされた」ことに変わりはなかった。

 先述の「足を洗う」とは前借の完済を終えて自由の身になることを言うのだが、半島ではあくどく詐欺的な手段で女を集めた者がいると言う話はしばしば聞いた。騙された女性は本当に気の毒だが、中にはこんな話もある。「『従軍看護婦募集』と騙されて慰安婦にされた。私は高等女学校出身なのに」と兵士や下士官を涙で騙して規定の料金以外に金をせしめているしたたかな女もいた。またそれを信じ込んでいた純な兵士もいたことも事実である。日本統治で日本語が通じた故の笑えない喜劇でもある。

 ところで、その「慰安所」にどれだけの金が流れたのだろうか。これが「慰安婦」が「商行為」であった確かな事実である。私の次兄が主計将校で、漢口にある軍司令部に直接関係ある野戦衣糧廠にいたので「慰安所」について次のような統計があると教えてくれた。

 当時、漢口周辺には約三十三万人という兵力が駐屯していたが、ある理由で全軍の兵士の金銭出納帖を調べた。三分の一が飲食費、三分の一が郵便貯金、三分の一が「慰安所」への支出だった。貯金は給料の僅かな兵士たちにとって嬉しいことではなかったが、上司から躾として教えられている手前せざるを得なかったのが実情だった。私も初年兵として一ケ年、江西省南昌にいたが、食べたいのを我慢して貯金した。

 一人の兵士がそれぞれ三等分して使った訳ではないだろうが、人間の三大欲は食欲、睡眠欲と性欲と言われるだけに、貯金を睡眠に置き換えると全く物差しで測った様な数字である。ちなみに当時の給料は兵は一カ月平均十三円程で、その三分の一を約4円として計算すると三十三万人で総額約百三十二万円になる。「零戦」など戦闘機一機の価格は三万円と言われたが、実に四十四機分にも相当する。

 サラリーマンの初任給が四十円そこそこの頃だったのだから、経理部の驚くのも無理のない話である。

 以上が、私が商社員として約三年半の間、外部から眺め、また聞き得た「慰安所」と「慰安婦」の実態である。

 私が漢口を去った昭和十七年夏以降に、漢口兵站(作戦軍の後方にあって車両・軍需品の前送・補給・修理・後方連絡線の確保などに任ずる機関)の副官で「慰安所」等を監督した将校の著した『漢口兵站』と照合してみたが、地名・位置等について多少の相違点は見いだしたが、本題の「慰安所」について相違はなく、より内情が詳しく記されていた。これでは誰がどう考えても「商行為」であるとしか言いようがないだろう。

 「商行為」ではない、軍による「性的奴隷」であるとそれでも強弁するとすれば、知らな過ぎるのか、愚かで騙されているのか、そうでなければ関西人が冗談めかして言う「いくらか貰うてんの?」なのかもしれないが、あまりにも馬鹿げた話である。

◆問題にして騒ぎ出す者たちの狙い

 次に、軍関与の暴論について証言する。私は二十歳で現役兵として入隊、直ちに中支の江西省南昌の部隊に出征した。初年兵教育が終わって作戦参加、次いで幹部候補生教育、途中また作戦と、一ケ年一度の外出も貰えずに久留米の予備士官学校に入校してしまったから、外出して「慰安所」の門を潜る機会に恵まれなかった。

 だが初年兵教育中、古い兵士には外出がある。外出の度にお土産をくれる四年兵の上等兵に「外出でありますか」と挨拶したら「オー、金が溜ったから朝鮮銀行に預金に行くんだ」と笑って返事をしてくれた。周りは周知の隠語だからクスリと笑うだけだった。

 南昌には師団司令部があった。「慰安所」には内地人も朝鮮人も中国人もいて、兵士は懐次第で相手を選んで遊んだのだろう。私は幹部候補生の教育を、南昌から三十キロ以上も離れた田舎の連隊本部で受けた。

 「慰安所」は連隊本部の守備陣地の一隅に鉄条網で囲まれて営業していた。教育の末期に候補生だけで本部の衛兵勤務につくことになった。もちろん勤務は二十四時間である。

 私は営舎係だったので歩哨に立たないから何度も歩哨を引率して巡察に出た。巡察区域の中に「慰安所」も含まれていた。前線の歩哨は常時戦闘準備をしている。兵舎内の不寝番でさえ同様だ。鉄帽を被り、銃には弾を装填し夜間はもちろん着剣である。その姿で「慰安所」の周囲だけならまだしも、屋内も巡察し、責任者の差し出す現在の利用者数の記録を確認する。軍規の維持とゲリラの奇襲攻撃を警戒しているからである。

 考えてみるまでもない、そこで遊んでいる兵士は丸腰どころではない。もっと無防備で不用心な姿の筈である。その将兵を守るべき責任は部隊にあるのは当然だ。それに性病予防の問題もある。そんな田舎に医師や病院がある筈がない。性病予防のため軍医や衛生兵が検査を実施するしかない。

 「慰安所」の経営者は中国人だったし、日本では当時公認の娼妓と呼ばれた女たちも中国人だった。彼らも食料やその他の生活用品が必要だ。大人数なのだから、それなりの輸送手段もいる。辺鄙な場所だから部隊に頼る以外方法がない。部隊が移動する時もそうなるだろう。

 私の話す湖北省の言葉もだいたい通じたので、経営者と立ち話をして彼女たちについてそれなりの様子も聞き出せた。今でも「慰安所」の両側に部屋のある中廊下を巡察した不粋な自分の姿を思い出すが、こんな漫画にもならない風景が現実にあったのだ。これは私の部隊だけではないと思う。

 もう六十年も昔のことである。時代が変わり、また平時と戦時の違いもある。したがって娼妓(ここでは慰安婦に相当する)に対する解釈も当然変化している。そうであるにもかかわらず、すでに証拠も不完全になっていることを幸いに、今更これを問題にして騒ぎ出す者たちの狙いは何なのか。言えることはただ一つ、不完全だからこそ喚き散らしていれぱ、何かが得られると狙っているということだ。

 戦場に身を曝し、敵弾の洗礼を受けた者として最後に言っておく。このことだけは確かだ。野戦に出ている軍隊は、誰が守ってくれるのだろうか。周囲がすべて敵、または敵意を抱く住民だから警戒を怠れないのだ。自分以上に強く頼れるものが他に存在するとでも言うのならまた話は別だが、自分で自分を守るしか方法はないのだ。

 軍は「慰安所」に関与したのではなく、自分たちの身を守るための行為で、それから一歩も出ていない。

 「異常に多く実を結んだ果樹は枯れる前兆」で「種の保存の摂理の働き」と説明されるが、明日の命も知れぬ殺伐とした戦場の兵士たちにもこの「自然の摂理」の心理が働くと言われる。彼らに聖人君子か、禅宗の悟りを開いた法師の真似をしろと要求することが可能なのだろうか。

 現実は少ない給料の中から、その三分の一を「慰安所」に持って行ったことで証明されている。有り余った金ではなかったのだ。

 「兵隊さん」と郷里の人々に旗を振って戦場に送られた名誉の兵士も、やはり若い人間なのだし、一方にはそうまでしてでも金を稼がねばならない貧しい不幸な立場の女性のいる社会が実際に存在していたのだ。買うから売るのか売るから買うのかはともかく、地球上に人が存在する限り、誰も止めることの出来ないこの行為は続くだろう。根源に人間が生存し続けるために必要とする性さがが存在するからだ。

 「従軍慰安婦」なるものは存在せず、ただ戦場で「春を売る女性とそれを仕切る業者」が軍の弱みにつけ込んで利益率のいい仕事をしていたと言うだけのことである。こんなことで騒がれては、被害者はむしろ高い料金を払った兵士と軍の方ではないのか。
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by sakura4987 | 2007-03-11 09:00


国を憂い、われとわが身を甘やかすの記より

2007/03/09 16:

http://abirur.iza.ne.jp/blog/entry/130519/

 本日も慰安婦問題について書きたいと思います。私は、社会部時代から10年以上もこの問題に関していろいろと書いてきたので、正直なところ、少々うんざりしている部分もあるのですが、やはり反論すべきところは反論しなければならないと思うので、しつこいですがこだわってみます。

 慰安婦問題をめぐる米下院の対日非難決議案は、「この『慰安婦』という日本政府により強制された軍の売春制度は、20世紀最大の人身売買事件のひとつで、その残虐性と規模において前例がない」としています。しかし、この短い文章の中にも、いくつもの誤りがありますね。間違った前提の上に、間違った事実認識と悪意を重ねてつくったかのような決議案といえます。

 米国という国は、自分達が常に正義であるかのように振舞いますが、実際にやっていることは違いますね。和平を求める日本の特使受け入れ要請を断った上で、落とす必要のない原爆を実験目的で2発も投下し、何の罪もない非戦闘員を大量虐殺して、いまだに謝罪ひとつしたことのない国ですから…。

10数年前の話ですが、硫黄島協会の設立者である故・和智元陸軍大佐の娘さんを取材した際に聞いたところによると、米兵は硫黄島やパラオなどの戦場から、日本兵の頭蓋骨を持ち帰って灰皿にしたり、遺体から歯を抜き取って記念のペンダントにしたりと、「野蛮」なことをいくらでもしていたようです。和智氏のところに戦後何十年もたって「遺族に返還したい」と送ってきたそうでした。こうした問題について、日本人が優しいからあまり言わないだけだということを、彼らにもそろそろ気付いてもらいたいところですね(無理でしょうが)。

 話が脇にそれました。このブログでたびたび紹介している「史実を世界に発信する会」が、マイク・ホンダ下院議員に出した公開質問状に添えられた資料がよくまとまっているので、そこから世界各国の慰安婦事情を記した部分を引用します。ホンダ議員がこれをきちんと読んでいるのかどうかは分かりませんが…・。

 《■世界各国に存在した「慰安所」「慰安婦」
 そもそも、第2次大戦が行われていた1940年代には、軍隊用の売春施設は特に珍しいものではなく、世界各国に存在していた。なぜなら、「戦場におけるセックス」の問題は、どの国の軍隊にとっても重要かつ解決困難な課題だったからである。

 (1)ソ連
 世界難民問題研究会協会のドイツ課長であるライヒリンク博士によれば、ソ連赤軍がベルリンまで侵攻してくる間に、190万人の女性が強姦されたという。そのうち140万人は旧ドイツ東部領など、50万人は後のソ連占領地域において強姦されたとされる。ライヒリンク博士は、強姦の結果として生まれた子供の数をつかむことは不可能だとしつつ、その数を29万2000人と推定している。数値の相当性の問題はおくとしても、こうした戦場の現実が「慰安所」の存在を要求するのである。

 (2)アメリカ
 アメリカ軍は1945年5月8日時点で、160万人の兵士がドイツに駐留していた。ハイデルベルクの米軍司令部は、45年3月から4月の間に裁判所で487件の強姦が扱われたとしている。1943年のシシリー島占領後、米軍はドイツ・イタリア軍が運営していた慰安所をシステムと人員ぐるみ引継ぎ、軍医とMPが規制した。
 アメリカ軍が日本に進駐したとき、最初の1か月、それも神奈川県下だけで2900件の強姦事件が発生した。7年の占領期間中には2536件の殺人と3万件の強姦事件を起こした。事態を憂慮したGHQは、ついに東京都に慰安所の設置を要求した。これはうわさや誇張ではなくれっきとした事実である。

 (3)フランス
 フランス軍は45年4月21日にシュツッツガルトを占領した。福祉・保険関係の責任者になったガウブ教授はこう報告している。「女性住民はこの災難に十分な準備がなく、多くの場所で強姦事件が何百件となく起こった。60歳以上の女性も16歳以下の少女もこれを逃れることはできなかった」。

 (4)ドイツ
 ソ連に侵攻したドイツ軍は、ソ連ではスターリンが売春を禁じていたので、慰安所を新設せざるを得ず、慰安婦はしばしば強制徴用された。ドイツ本国への強制労働を拒否した若い女性は、代わりに慰安所で働かされた。ユダヤ人も同様であった。
 ノルウェー、デンマーク、ベルギー、オランダ、フランスではドイツ兵の子供が約20万人生まれたといわれる。

 (5)韓国
 ベトナム戦争に参加した韓国軍は、現地の慰安婦を米軍同様に利用し、ベトナム人との混血児がたくさん生まれている。そして韓国では、第2次大戦後も長期にわたり、米軍専用の売春施設が存在し、これを国家が管理していた。

 このように、戦場における性の問題は世界的な普遍現象である。日本軍は確かに慰安施設を戦地に誘致し利用していたが、これは専ら強姦事件の発生を最小限に抑えるための措置であった。

 日本の軍隊公娼システムにおいて、慰安所を運営したのは民間業者であり、軍の関与は生活物資の供給や衛生管理等にとどまる。こうした軍隊公娼システムは当時の世界各国に普通に存在していたものであり、日本だけがことさら非難をされる筋合いは全くない。》

 こうした事情をみるにつけ、どうして日本だけがこんなに批判されなければいけないのかと、改めて理不尽さに憤りを禁じえません。以前、ある元駐米大使にインタビューした際、彼は「歴史は勝者がつくるんだから仕方がない」と述べていましたが、戦争が終わって60年以上もたつのに、いつまで敗戦国民扱いに甘んじていろというのでしょうか。

 現代史家の秦郁彦氏の著書「戦場と性」によると、旧日本軍の慰安婦は合計2万人から2万数千人で、日本人が4割、現地人3割、朝鮮人2割、その他1割と推定されるそうです。北朝鮮やホンダ氏が根拠なく主張している「20万人の朝鮮女性を強制連行」なんて、南京で30万人が虐殺されたという虚構と同じぐらいにありえない話ですね(そのでたらめな話が世界に流布されている点でも同じか)。

 日本だけでなく、世界中の戦後レジームをなんとかしてほしいと、大声をあげたくなる気持ちです。でも、国際社会は力がすべてですから、 非力な日本が何を言っても、なかなか通じないのでしょうね。諦めるつもりは毛頭ありませんが、歯がゆくて仕方がありません。
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by sakura4987 | 2007-03-11 08:59


http://www.sankei.co.jp/seiji/shusho/070304/shs070304001.htm

 世耕弘成首相補佐官(広報担当)は4日のテレビ朝日番組で、従軍慰安婦の動員をめぐる旧日本軍の強制性に関する1日の安倍晋三首相の発言について、

 「首相就任直後の国会答弁通り。強制性の定義は広義、狭義といろいろあるが、(従軍慰安婦におわびと反省の気持ちを表明した1993年の)河野官房長官談話を引き継ぐことは変わっていない」と強調した。

 韓国や米国で首相発言を河野談話見直しの動きと警戒する見方が出ているため、それに反論した。政府関係者によると、首相官邸は韓国政府や米国メディアなどに首相の真意を説明する必要があるか検討している。

 首相は河野談話継承を明言した昨年10月の衆院予算委員会で「狭義の強制性」を「家に乗り込んで強引に連れて行った」、「広義の強制性」を「行きたくないが、結果としてそうなった」と説明した上で「狭義の強制性については事実を裏付けるものは出てきていない」と答弁した。
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by sakura4987 | 2007-03-11 08:59

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by sakura4987