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2007年7月5日産経新聞


上智大学名誉教授 渡部昇一


 ■頼山陽が評価した毅然たる日本の姿

 ≪歴史詠った『日本楽府』≫

 頼山陽が生前に出版した本は1冊だけであり、それが『日本楽府』である。日本66州にちなんで66◆(けつ)ある。日本の歴史のうち、頼山陽が自分の関心をひいた事件を66選んで作詩したのであった。

 何しろ歴史上の事件を踏まえた作品であるから一読しても何のことやらわからないものもある。刊旨の序文をつけた篠崎小竹のような学者でも「最初読んだ時は、舟に乗って霧の中を行くようなもので、岸が見えない感じがした。しかし目を凝らして見るうちにだんだん岸の木々が見えるようになり、そのうち絶景が見えて、欣然(きんぜん)として拍手するような気になった」という主旨のことを記している。

 旧制中学で学んだ者ならば、元寇を扱った「蒙古来」の冒頭の部分「筑海ノ颶(グ)氣、天ニ連ラナツテ黒シ。海ヲ蔽(オオ)ヒテ来ル者ハ何ノ賊(ゾク)ゾ。蒙古来ル、北ヨリ来ル…」とか、明智光秀の反逆を扱った「本能寺」の冒頭部分「本能寺、溝ハ幾尺ゾ。ワレ大事ヲ就(ナ)スハ今夕にアリ…」を暗記している者も少なくないと思う。

 ふた昔近く前に私はこの66◆全部に注をつけることを試みたことがあった。最近、必要があって旧著を読み返したところ、今まで気づかなかったことに1つ気が付いた。それは大部分が日本の中の事件を扱っているこの楽府が、冒頭と末尾の◆で、日本とシナ(王朝としてはそれぞれ隋と明)との外交関係を扱っていることである。

 ≪聖徳太子と秀吉の気概≫

 第一◆は聖徳太子-推古天皇の摂政-が隋の煬帝(ようだい)に与えた返書の有名な言葉にもとづいている。「日出づる処の天子、書を日没する処の天子に致す…」とか「東天皇敬(つつし)んで西皇帝に向(まう)す…」とか伝えられる話である。これは古代において、日本が正式の国書の中で、日本の天皇と、隋の皇帝を同格に置いたものとして重要であるが、頼山陽はさらに一歩すすめて、日本の国体(英語で言えばコンスティチューション)とシナの国体との差を明快に指摘しているのだ。

 「日ノ出ズル處 日ノ没スル處… ★(エイ)ハ顛レ劉は蹶(ツマズ)キ日ヲ趁(オ)ウテ没ス 東海ノ一輪ハ旧ニ依ツテ出ズ」

 シナの歴史の最初の帝国の秦(★氏)も滅びたし漢帝国(劉氏)も滅びた。つまりシナ大陸では大帝国ができても次から次へと滅んでいるが、東海の日本では、太古から同じ日輪(皇室)が出ているというわけで、日本文明がシナ文明と異質であることをわずか数行の詩の中に端的に示しているのである。

 一方最後の第66◆はあまり有名でないが、「封册(ホウサク)ヲ裂(サ)ク」である。これは豊臣秀吉が、明の神宗(名は翊釣(ヨクキン))から文禄の役の講和修約として受け取った文書の中に、「爾(ナンジ)を封ジテ日本国王ト為ス」という文言があったので、大いに怒り、明の使者の前で引き裂いたという話を題材にしたのである。

 「史官(僧承兌(じょうたい))読ミテ日本王ニ到ルヤ 相公(秀吉)怒リテ明ノ册書(サクショ)を裂ク… 朱家(明朝)ノ小児(朱翊釣)敢(アエ)テ余(ワレ)ニ爵(シャク)センヤ 吾國ニ王(皇室)アリ誰カ覬覦(キユ)センヤ… 地上に阿釣(明の神宗朱翊釣)ト相見ザルモ 地下ニ空(ムナ)シク唾(ダ)ス恭献(足利義満)ノ面(ツラ)」

 もっともこの時の明の封册を書いた文書は今は国宝として残っているというから「裂封册」は史実ではないが、秀吉が怒って明使を追い返したことは確かである。

 ≪現代の日本政府の無定見≫

 ここで重要なのは、日本はシナの朝廷から封册書、つまり王侯に封ずるという辞令を受ける関係でないことを、秀吉が怒りを以て表明していることである。日本は朝鮮など、シナ周辺の国とは違って、「日本」という観念ができてから、常にシナ大陸の帝国とは対等だったことを秀吉は知っていたのだ。ただ足利義満は貿易の利を求めて明から册封を受け恭献王という諡(おくりな)をもらった。しかし義満は天皇ではなかった。頼山陽はその義満を秀吉とくらべて非難しているのだ。

 ところで宮沢内閣の時、天皇陛下の中国ご訪問を実現させた。これは中国から見ると周辺国の君主の朝貢である。朝貢という言葉を知らない世代のためにあえて品の悪い言葉を使わせてもらえば、サルやカバにおけるマウンティングの儀式である。蒋介石も周恩来も毛沢東も日本を敵視しても軽蔑しなかった。天皇陛下訪中以後、急に江沢民も温家宝日本に対し傲慢になった。日本政府が聖徳太子や秀吉の気概も知識も持たなかったからである。私は小学校のころに聖徳太子と秀吉のシナに対する態度を学校で教えられたというのに。(わたなべ しょういち)

 ◆=門がまえに揆のつくり

 ★=瀛のつくり
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:23


 http://www.chosunonline.com/article/20070710000009

 米政府は、北朝鮮と平和協定を締結するため、早ければ年末にも北朝鮮側と協議を始めることを希望している、と米紙ウォールストリート・ジャーナルが9日付で報じた。

 同紙は、米国側6カ国協議首席代表のクリストファー・ヒル米国務次官補の発言を引用、米政府は米朝間の50数年間におよぶ敵対関係を公式に終わらせるため、実現可能な案を考慮し始めたとし、冒頭のように伝えた。

 同紙は、北朝鮮が重油5万トンを受け取る代価として、寧辺の核施設を閉鎖することが予想されると報じ、北朝鮮が核放棄のステップを予定通り進めるならば、米政府は年末ごろ平壌と公式に平和協定を締結するための協議を始める計画だと伝えた。
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:22


 http://j.people.com.cn/2007/07/09/jp20070709_73436.html

 中国初の慰安婦被害事実調査報告の全容が7日公表された。調査は「慰安婦」設置は旧日本軍による組織的な行為だったと結論づけている。

 これまでは相当数の日本の政治家が「慰安婦の存在は軍の一部による行為であり、軍の組織的な行為ではない」と公言してきた。「京華時報」が伝えた。 

 中国元「慰安婦」被害事実調査委員会は7日、日本人戦犯による供述を最初に発表した。

 供述は、第2次世界大戦中に旧日本軍が安徽省巣県、江蘇省呉江、山西省聞喜、霍県、陽曲、湖北省当陽、宜昌、荊門、黒竜江・吉林・遼寧3省の数都市などに慰安所を設置したことを明らかにしている。 

 調査委員会は、旧日本軍によって「慰安婦」に強制徴用された中国人女性338人の名前が記載されている資料の存在も明らかにした。

 彼女らは1944年4月から1945年8月までの間、旧日本軍の軍医による身体検査に合格した後に、河南省、山東省、唐山、天津などの旧日本軍駐屯地に移送され、性奴隷(すなわち「慰安婦」)にされた。 

 資料はまた、日本の関東軍が南方の部隊から、南京に5カ所、杭州に1カ所の慰安所を設置し、中国人11人と朝鮮人、日本人からなる「慰安婦」29人を監禁したとの報告を受けていたことも明らかにしている。 

 調査委員会は、軍医による身体検査があったこと、各地に慰安所が設置されたことから、「慰安婦」の強制徴用が旧日本軍による組織的な行為だったことは明らかだとしている。
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:21



 ■「自虐」問い直すきっかけに

 米国の原爆投下を是認したとして、国内で激しい批判にさらされた久間防衛相が辞任した。こうした形で問題が収束したことについて、評論家の宮崎哲弥氏は、原爆投下という戦後日本における根源的問題を、またぞろ日本人は直視し問い直す機会を失ってしまったと指摘する。

 宮崎氏は言う。

 「そもそも久間氏は原爆投下を是認したわけではない。彼の発言の根幹は、原爆投下をどのように受容するか、なのです。そこで彼は、内心忸怩(じくじ)たる思いを残しながらも《しょうがなかった》と発言した。

 つまり、久間氏は《日本は原爆投下を本当は納得していない》というメッセージをアメリカに向けて発信したと受け止めるべきでしょう。ところが、彼の発言の真意はまったく理解されることなく、《しょうがなかった》という言葉が憎悪のアイコンとなって、フレームアップされていったのです」

 原爆投下をどのように受容するか-。アメリカの保護・監視下に置かれた戦後の日本は、アメリカとの直接対決につながるこの問題を直視することなく、ここまでやり過ごしてきたといえる。

 「だからこそ、この問題について、昭和天皇から左翼まで《しょうがなかった》という理屈で折り合いをつけてきたのではなかったか」と宮崎氏は言う。

                   ◇

 久間発言を厳しく批判するリベラル派、平和勢力、左翼だが、彼らと久間氏の受容の仕方には、結論において明確な違いがあるようには見えない。彼らの中には原爆投下を「侵略戦争によってアジア人民に迷惑をかけた当然の帰結」と主張する勢力すらあるのだから。

 宮崎氏は、近年まで原爆投下が絶対悪とはみなされていなかった資料を示す。長崎平和研究所が10年前に広島、長崎の中学、高校、大学生を対象に行った意識調査では、原爆投下について「戦争だから仕方がない」「早く戦争を終わらせるためやむを得なかった」と答えた学生の割合は、実に42・2%に上った。

 「当時、被爆地の学生ですら、これだけの割合が『しょうがない』と答えているのです。これこそが『自虐』的な平和教育のたまものでしょう。こういう教育を是とした人々に久間発言を批判する資格があるのか、と私は問いたい」

 返す刀で宮崎氏は保守勢力も批判する。

 昭和50年9月に訪米された昭和天皇は帰国後の公式記者会見(10月31日)で、広島への原爆投下について質問され、次のように語られた。

 《この原子爆弾が投下されたことに対しては遺憾に思っていますが、こういう戦争中であることですから、どうも、広島市民に対しては気の毒であるが、やむをえないことと私は思っています》

                   ◇

 「いま久間氏の発言を批判するのであれば、昭和天皇の発言も批判しなければ筋が通りません。繰り返しますが、戦後日本の原爆受容の“公的”なあり方は昭和天皇から左翼まで《しょうがなかった》だったのです。

 この《原爆投下の戦後レジーム》から脱却したいと望むのであれば、日本人は独自の原爆観を打ち立てなければならない。久間発言は唯一の被爆国たる日本が、原爆使用を絶対悪として否定する立場を内外に宣明するまたとないチャンスだったといえます。

 それこそが《戦後レジーム》からの“もう一つ別の出口”といえるのではないか」

 もちろんそうなれば、アメリカのみならず「原爆投下は侵略戦争の当然の帰結」とする中国、韓国などとも摩擦は避けられない。その覚悟なしに言挙げはできない。

 「つまらぬ辞任劇によって議論にフタをし、政局の問題に縮退させてしまった。参院選を間近にしての仕儀だったとはいえ、返す返すも残念な幕引きでした」

                   ◇

 ≪発言要旨≫

 日本が戦後、ドイツのように東西で仕切られなくて済んだのはソ連が(日本に)侵略しなかった点がある。米国はソ連に参戦してほしくなかった。日本に勝つのは分かっているのに日本はしぶとい。しぶといとソ連が出てくる可能性がある。

 日本が負けると分かっているのにあえて原爆を広島と長崎に落とした。長崎に落とすことで日本も降参するだろうと。そうすればソ連の参戦を止めることができると(原爆投下を)やった。

 長崎に落とされ悲惨な目に遭ったが、あれで戦争が終わったんだという頭の整理で、しょうがないと思っている。米国を恨むつもりはない。

 勝ち戦と分かっている時に原爆まで使う必要があったのかどうかという思いは今でもしているが、国際情勢、戦後の占領状態などからすると、そういうことも選択としてはあり得るのかなということも頭に入れながら考えなければいけない。
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:21


 (ヒューライツ大阪 07/6)

 http://www.hurights.or.jp/news/0706/b17.html

  韓国では2007年4月27日に、戸主制廃止による戸籍法にかわるものとして、新たに「家族関係登録等に関する法律」が制定され、08年1月1日より施行されることになりました。

 2005年3月に、女性団体を中心とする市民団体が長年要求してきた戸主制の廃止を柱とする民法の改正が実現し、それに伴って新しい身分登録制度が導入されることになっていました。

 2年以上検討が行われた結果、個人単位の登録を基本とする「家族関係登録等に関する法律」が成立しました。そして、大法院(最高裁)は07年6月4日に、新制度についてその詳細を発表しました。

  まず新法の精神は、個人の尊厳と両性の平等の憲法の理念を具体化することであると述べています。

 この法律によって家単位の戸籍編成のシステムから、個人別登録のシステムとなり、韓国の「戸籍」が大きく変わります。

 そして戸主とその家族を束ねていた「本籍」の概念が無くなり、個人が自由に「登録基準地」を決めることができます。

  また韓国は、夫婦別姓ですが、これまで子は父の姓を継ぐものとされていました。

 今後は、婚姻時に夫婦が合意していれば、母の姓にすることが可能にとなり、離婚・再婚等による事情で子どもの姓の変更も可能となりました。

 その他、親養子制度(特別養子制度)の導入や個人情報の保護の強化などが盛り込まれています。
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:20


   62歳の旧日本兵の遺児も初めて姿―上海市 (Record China 07/7/6)


 http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20070706-00000005-rcdc-cn
 
 2007年7月5日、上海市の大学内に、中国従軍慰安婦資料館が開館した。開館セレモニーには3人の元慰安婦が参加。

 その一人、韋紹蘭さんが産んだ旧日本兵との子供、が初めて公開の場に姿を見せた。
 
 2007年7月5日、上海市の上海師範大学内に、中国従軍慰安婦資料館が開館した。

 開館セレモニーには、万愛花(ワン・アイホア)、韋紹蘭(ウェイ・シャオラン)、林亜金(リン・ヤージン)の3人の元慰安婦が参加、社会各界から集められた義捐金を受け取っていた。

 このセレモニーには、韋さんの息子・羅善学(ルオ・シャンシュエ)さんが初めて公開の場に姿を見せた。広西チワン族自治区桂林市出身の韋さんは、1944年日本軍に強制されて慰安婦となったと主張している。

 45年に日本兵の子供を出産した。それが羅善学さんだという。その出生の事情から差別を受け、羅善学さんは今年62歳になるが結婚できず、母親と一緒に暮らしている。

 社会の差別を恐れ、元慰安婦は自らの経歴を公開することを拒んできたが、中国政府及び社会の支援のもと、差別を受けてきた状況は変化を見せつつある。現在、中国国内の経歴公開に同意した元慰安婦は47人に上る。
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:20


 http://www.mainichi-msn.co.jp/today/news/20070705k0000e010042000c.html?¬ification_id=37583&message_id=37583

 配偶者の暴力から被害者を守る「ドメスティックバイオレンス(DV)防止法」の一部改正案が5日、衆院本会議で全会一致で可決、成立した。

 裁判所が出す接近禁止命令をはじめとする保護命令の対象に「生命・身体に対する脅迫行為」を加えるなど、保護命令制度を拡充したのが特徴だ。早ければ来年1月にも施行される見通し。

 改正内容は、裁判所は身体的な暴力を伴わなくても「生命・身体に対する脅迫行為」があれば保護命令を出せると明記。保護の対象を被害者の親、子供、支援者にも広げた。

 また、加害者に対し被害者、その親族への接近禁止を命じる場合、(1)「無言電話」や「連続しての電話、ファクス、メール」(2)汚物や動物の死がい、わいせつな文書・図画の送付--なども併せて禁止できる、としている。

 DV防止法は議員立法で01年に施行され、3年ごとの見直しを規定。

 今回、別居後も電話やメールで面会を強要されたり、実家への押しかけなどに悩む被害者が多いことが内閣府の調査で判明。自民、公明のプロジェクトチームが改正案をまとめ、上程した。
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:19
※こんな所に抗議をしても無駄かもしれませんが、完全にオルグするための私立学校(中・高)ですね。

 こんな学校は全国に結構あるのかもしれません。調べていてゾッとしました。もう、泣きたくなってきます。

 頭に来た方はぜひ抗議をお願いします。




◆埼玉の中3生、修学旅行で「集団自決」地に 「平和」努力を決意

 (琉球新報 07/7/5)

 http://ryukyushimpo.jp/news/storyid-25208-storytopic-7.html


 埼玉県から修学旅行で沖縄を訪れている自由の森学園中学校(潮瀬治校長)の3年生が「集団自決」や「無防備宣言」を学ぼうと戦争体験者の話を積極的に聞いている。

 コースを企画し、渡嘉敷村の前島と渡嘉敷島を訪れた中島大地君(14)=埼玉県川口市=は「何をやっていけばいいのかは分からないが、沖縄を訪れて戦争へ逆戻りしないようにしたいと思った。あらためて憲法9条に対する思いが強くなった」と話している。

 自由の森学園では、半年前から生徒が修学旅行のコースを企画。伊是名村でのホームステイや基地問題、伝統文化など投票でコースを選んだ。集団自決や無防備宣言などについて考えたのは「前島コース」のメンバー16人。

 前島コースは、中島君が無防備地域宣言運動全国ネットワークの会員が描いた漫画「無防備マンが行く!」を読んだのをきっかけに企画した。

 2日は渡嘉敷島の住民、3日は前島の住民から沖縄戦の証言を聞き、壕などを見学した。

 生徒らは前島で食糧や水、部屋の余裕がないなどの理由で日本軍の駐屯を断り、結果的に住民の命が助かったこと、日本軍がいた近くの渡嘉敷島では集団自決で次々に住民が命を落としたことなどを聞き、命の大切さを感じた様子。

 中島君は、沖縄戦の「集団自決」への日本軍の強制に関する記述が修正・削除された教科書検定問題に対して「本当のことをちゃんと伝えてほしい」と要望。

 「戦争をするのは簡単で、平和をつくり上げるのは難しい」と平和を守ることの大切さを指摘した。

 同学園の齊藤理子教諭(32)=埼玉県飯能市=は「証言者は2人とも『鬼畜米英』などと教えられた教育は恐ろしいと繰り返していた」と振り返り、教科書検定問題に対し「すべてを覆い隠すより、真実を受け止めて考えていくことが大切だと思う」と話した。



■自由の森学園

 http://www.jiyunomori.ac.jp/

 〒357-8550 埼玉県飯能市小岩井 613

 TEL:0429-72-3131

 FAX:0429-73-7103

 info@jiyunomori.ac.jp


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■ 西岡伸之さんの講演(終了しました) 07/6/6
 

講演者 : 西岡信之さん(無防備地域宣言運動全国ネット 沖縄支部)

日 時 : 6月6日(水) 午後1時30分より~

(学校13時発の飯能駅南口行き、東飯能西口行きのバスが学校に戻ります

およそ13~15分後に発車します、これに乗車すると参加できます)

場 所 : 自由の森学園図書館

参加費用 : 無料


内 容

1  沖縄戦の経過と無防備地域宣言について

2  憲法九条や無防備地域宣言の問題

これは中学3年修学旅行の事前学習として行うものですが関心のある方の参加を歓迎します。
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:19


 (河北 07/7/4)

 http://www.kahoku.co.jp/news/2007/07/20070704t11034.htm

 仙台市の男女共同参画推進審議会委員として、「新しい歴史教科書をつくる会」の元副会長で明星大教授、高橋史朗氏への委嘱を検討している梅原克彦市長の方針に女性団体などが反発していることについて、梅原市長は3日の定例記者会見で、

 「一部の委員を審議会に採用すべきでないというのは、言論の自由、民主主義の破壊。まったく理解に苦しむ」と痛烈に反論を展開した。

 同審議会は、市長の諮問機関。委員の任期が6月末で満了となり、市が新委員の人選を進めている。女性団体などは「共同参画を推進すべき審議会に、相いれない立場の委員を入れるべきではない」と主張している。

 梅原市長はこれまで、市の各種審議会を含めた個別の人事に関しては「解説は一切しない」との姿勢を貫いてきた。

 しかし、3日の記者会見では通常のスタンスから踏み込み「日本は中国でも、旧ソ連でも北朝鮮でもない。自由な言論を排除するのは民主主義に反している」と語り、今人事に対する思い入れの強さをうかがわせた。

 梅原市長の反論について、高橋氏を選任しないよう求める要望書を提出した婦人民主クラブ県支部協議会の大木れい子会長は、「人選は市長の権限かもしれないが、市長自身が男女共同参画推進の立場なのかどうか疑問視せざるを得ない」と語った。

 人事をめぐる議論の応酬に関し、東北大大学院文学研究科の長谷川公一教授(社会変動論)は「特定の思想を色濃く持った人を委嘱することに、市民が反発するのは当然だ」と女性団体の主張に理解を示す。

 一方、仙台市の男女共同参画推進施策に携わってきた同市幹部は「国の審議会などでは多様な意見を持った委員を委嘱するケースもある」と、市長の方針に一定の理解を示しながら、「仙台市には推進施策に取り組んできた長い歴史があり、仮に違う考えを持った人がメンバーになっても方向が揺らぐとは思わない」と見通しを述べた。



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●仙台市役所

〒980-8671 宮城県仙台市青葉区国分町3丁目7-1 

代表電話 022-261-1111 


●市へのメールはこちらから↓

  https://www.city.sendai.jp/shimin/koutyou/voice/


●男女共同参画課

  FAX:214-6140
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:18


 http://www.sanin-chuo.co.jp/news/modules/news/article.php?storyid=407741006
 
 竹島(韓国名・独島)を日本領として彩色した江戸時代の日本図が、島根県邑南町で見つかった。

 水戸藩の地理学者、長久保赤水(ながくぼ・せきすい、一七一七-一八〇一)が作製した地図の改訂版で、東京の国立国会図書館が所蔵する初版本にも同様の彩色があるのが判明。

 赤水が竹島を日本領と認識していたことが明らかになった。赤水の別の地図を基に、竹島を自国領とする韓国側の主張を覆す史料として注目を集めそうだ。

 見つかったのは、中国の時代ごとの地図十二枚を収録した地図帳「唐土歴代州郡沿革地図」(一八五七年刊)に添付されていた、「亜細亜小東洋図」という東アジア図。邑南町矢上の小売業「山本商店」の蔵に保管されていた。

 この中で「ヲヤ」と表記された隠岐島の北西に、「松シ」と書かれた現在の竹島を表す「松島」と、「竹シマ」と書かれた韓国・鬱陵島を示す「竹島」が描かれ、朝鮮の青色ではなく、日本領を示す茶色の彩色があった。

 さらに、竹島問題に詳しい国立国会図書館の塚本孝部長が同館所蔵の初版本(一七八九年刊)を確認。邑南町で見つかった地図と同じく朝鮮領は青色、日本領は薄茶色に塗られ、現在の竹島と鬱陵島にも薄茶色の彩色があり、赤水が両島を日本領と認識していたことが明らかになった。

 韓国側や一部の日本側研究者は、赤水が作製した「改正日本輿地路程全図」(一七七九年刊)にある「松島」と「竹島」に彩色がないことから「両島は日本領ではない」とし、韓国領である証拠としている。

 これに対し、島根県の杉原隆・竹島研究顧問は「改正日本輿地路程全図では、現在の竹島と鬱陵島を無人島として彩色しなかっただけ」と指摘。

 「赤水が両島を日本領と認識していたことは、韓国側の主張を覆す意味で重要だ」と述べた。
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by sakura4987 | 2007-07-14 10:17

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