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 (メルマガ「頂門の一針」 2008/6/30)


           平井 修一

 我が国には朝日新聞など容共左派の言論が満ちあふれている。日本新聞協会に加盟する109紙の2007年度の一般紙発行部数は4696万部で、産経と読売に代表される「保守派・どちらかというと保守派」は1500万部ほどだから、3分の2は容共左派だろう。

 しかし、共産主義を正面から唱える新聞はまずない。共産主義は煎じ詰めれば「一党独裁」で、民主主義は圧殺される。言論の自由はなく、権力者に合わせて口をパクパクするだけである。中共のネット紅衛兵のように。

 韓国の民主主義と言論の自由はここ20年の歴史しかない。つまり戦後の40年間は北の共産主義と厳しく対峙していたため主に軍事独裁政権下にあった。この間、北は韓国に工作員を送り、あるいは洗脳し、強力なネットワークを作ったろう。

 北から学資を得ていたと見られる2人の大統領、金大中、ノムヒョンはほとんど北の代理人であった。政権トップがアカだから政権中枢や行政府などは学生運動の前科者も多数採用された。

 アカは、選挙に勝って政権をとるなんて絶対に考えない。政権は銃口から生まれるという「暴力革命」であってこその共産主義である。反対者を皆殺しにして党と人民を純化し、屍と焦土の上に鉄の団結を築くのが正統派である。

 「帝国主義の内部崩壊を待つというのは、マルクス主義の本質的なダイナミズムを無視したものである。革命家は、忍耐強い傍観者として資本主義の瓦解を待つことはできない。革命家の役割は、最終的危機を促進することである」(P&M.ファーブル「マルクス以後のマルクス主義」)

 韓国のアカは「李明博政権はあと少しで倒れる、手を緩めるな、苦しいけれど、奴らも苦しいのだ、押して押して押しまくれ!」と思っている。共産主義に無知・無防備だから、北を良い国、日米を悪い国と考える国民は多いのだ。民度が低いと民主主義と自由は暴走する。


 東亜日報6月28日社説「暴徒と化したデモ隊にいつまで踏みつけられるのか」。

 <デモ隊は暴力デモを批判した新聞社と記者にも無差別に暴行を加えた。レインコートとマスクで顔を覆ったデモ隊は、世宗路にある東亜日報と朝鮮日報および系列ホテルの社屋に押し寄せ、出入り口のガラスの窓を石で割り、制止する戦闘警察隊とホテル職員に暴行をはたらき、建物の社名のロゴを引きはがした>

 大陸のDNAなのだろう、面目躍如の狂牛ぶりで、

 <建物に汚物を投げつけるだけでは足りず、出入口にごみを捨て、小便をかけたりもした。彼らは東亜日報の社屋前の掲示台から太極旗(韓国国旗)と社旗を引き下ろし、ごみ袋をつるして拍手し歓呼した>

 アカにとっては牛肉なんてどうでもよく、危機を煽って混乱させ、内乱を起こして革命政権を樹立、北主導で南北統一を図るのが大戦略なのだ。敵を血祭りにする。

 <一部デモ隊は、デモ現場を取材していた本社写真部のピョン・ヨンウク記者をつかまえて殴りつけ、記者が逃げるとまたつかまえて「服を脱がせて殺せ」と叫び踏みつけた。ピョン記者は失神し病院に搬送された。25日夜には朝鮮日報の記者がデモ隊につかまって1時間暴行を受けた。紅衛兵の人民裁判と大差ない蛮行だ>

 アカはすっかり戦闘モードである。ソウル市役所前の広場と光化門交差点が2ヵ月にわたって暴力デモに制圧され、6月5日から始まっているはずの国会も開けない状況だ。「それどころか国会議員の一部は国会に背を向け、不法デモの現場へ出向いている」という。煽動しているのだろう。

 <狂牛病国民対策会議は「政権退陣運動も辞さない」と公言した。デモの現場では「非暴力を主張するなら家に帰れ」という言葉が公然と聞こえる。ポータルサイト・ダウムの討論ルームには「まだ闘いは終わっていない。生半可な非暴力の論理でお茶を濁ごすのではなく、決定的な瞬間に公権力を完全に無力化しなければならない」といった主張も溢れている>

 政府は拱手傍観、ほとんどなす術がないようだ。李明博は元活動家の前科者(国家内乱扇動罪)という負い目もあるからアカの暴力を力でねじ伏せるという決断ができない。今はビジネスマンで思想性が希薄なために商談はできても腕力の喧嘩はできない。

 アカから死人が出ればアカは大喜びで、一気に攻め立てるというのが伝統的戦法であるから、これを恐れているのだろう。政府が決断できず、国会が開けないとなれば、軍事クーデターで事態を沈静化するしかない。

 これは韓国の伝統的なやり方で、1961年5月16日、後に大統領になる朴正煕少将(第2野戦軍副司令官)による「5・16軍事クーデター」は10万人の赤い学生デモを鎮圧した。文民の張勉内閣にはこれを抑える力がなかったという。

 1979年10月26日、その朴大統領と車智!)大統領府警護室長が金載圭韓国中央情報部(KCIA)部長に射殺された。金載圭は、反政府学生らが釜山の米国文化館を占拠した事件について、朴大統領らから学生運動の弾圧が生ぬるいとして無能をしばしば叱責されたため犯行に及んだもの。

 朴大統領暗殺後、韓国は「ソウルの春」と呼ばれる民主化ムードが続いていたが、軍部は保守派と民主派に分裂していたようである。1979年12月12日、全斗煥陸軍少将が、戒厳司令官の鄭昇和陸軍参謀総長を逮捕し、軍の実権を掌握した(粛軍クーデター)。

 全国各地で反軍部民主化要求のデモが続いていたが、全斗煥の新軍部は1980年5月17日、全国に戒厳令を布告し、野党指導者の金泳三、金大中や、旧軍部を代弁する金鍾泌を逮捕・軟禁した(5・17非常戒厳令拡大措置)。

 これに反発した活動家ら1980年5月18日から27日にかけて全羅南道の道庁所在地、光州市で韓国軍と衝突し、多数の死傷者を出した(光州事件)。

 2008年6~7月の危機を李明博は乗り切れるのか、それとも軍事クーデターが起きるのか。元アカの小生が思うに、北の勢力=デモ隊は今のチャンスを逃したら赤化統一は大きく遠のくと覚悟しているから絶対に引かない。

 街頭デモとゼネストでソウルを制圧するだろう。小生が韓国軍の幹部なら同志を募って連判状を作るだろう。小生が大統領なら革命またはクーデターが起きる前に最高司令官として戒厳令を布告するが、どうなるのだろう。目が離せない政局になってきた。(参考:ウィキ)
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by sakura4987 | 2008-07-02 09:46


 http://www.chosunonline.com/article/20080630000035


◆米国産牛肉:暴力デモを報じないKBS(下)

 http://www.chosunonline.com/article/20080630000036


 公共放送のKBSやハンギョレ新聞、京郷新聞などが警察のデモ隊鎮圧を批判し、不法な暴力デモを正当化するような報道姿勢を見せ、論議を呼んでいる。これらメディアの報道は一貫して「警察の強硬鎮圧で被害を受けたデモ隊」に焦点を合わせている。


■デモも暴力性扱えば歪曲(わいきょく)報道?


 28日夜にKBS第1テレビで放送されたメディア批評番組「メディアフォーカス」。冒頭の「暴力をめぐるダブルスタンダード」と題した報道では、警察がデモ隊によって暴行される場面の写真を掲載した朝鮮日報、東亜日報、中央日報の1面を緊迫した音楽とともに映し出して始まった。続いて、3紙の「光化門、法は死んだ」「占領された太平路」などといった記事タイトルを取り上げ、「過激な見出しでデモ隊の不法行為と暴力を強調した」と批判した。デモ隊がハンマーを持った写真(中央日報23日付1面)、デモ隊が警察のバスによじ登り、旗を振る様子の写真(朝鮮日報同日1面)も紹介された。


 対照的に京郷新聞とハンギョレ新聞の関連記事に対しては、「衝突や緊張の高まりなど暴力性を強調するより、双方のにらみ合いの状況を説明することに集中した」と友好的に伝えた。同番組は京郷新聞の記事を紹介しながら、「デモを暴力として眺める歪曲された視線を分析し、大多数のデモ隊が非暴力を維持しようとした点を説明した」と伝えた。デモ隊の暴力行為に焦点を合わせた報道は事実の歪曲だというニュアンスだった。番組では放送各社による関連報道に対する分析は全くなかった。


■一方的な報道に視聴者反発


 26日夜にKBS第2テレビで放送された「生放送時事トゥナイト」も同様だった。同番組では約4分にわたり警察に鎮圧されるデモ隊の様子を集中的に伝えた。デモ隊の暴力的な姿は警察車両をロープで引っ張る場面のわずか6秒だけだった。


 同番組は「デモ隊側の負傷者は100人に達することが分かった」と伝え、負傷者のインタビューを流した。番組は登場人物が「戦闘警察とのもみ合いで指の先を切断した」と報じたが、事実とは異なった。一方で、制作陣は警察側の負傷者やデモ隊の不法行為には言及しなかった。警察は加害者、デモ隊は被害者という印象を与えるものだった。


 放送は当局関係者を取材せず、デモ主催団体「狂牛病の危険のある米国産牛肉の全面輸入に反対する国民対策会議」のパク・ウォンソク状況室長のインタビューだけを30秒にわたり2回流した。パク室長は「政府の強硬な鎮圧が事態を悪化させている」と批判した。パク室長は不法暴力デモを主導した容疑で逮捕状が出ている人物だ。


 KBSのインターネット掲示板には、こうした報道姿勢を批判する書き込みが増えている。ある市民は「警察バスを破壊する行為を『よくやった』と言い、警察を暴力警察呼ばわりするのが公共放送といえるのか」と指摘した。高麗大学メディア学部の沈載喆(シム・ジェチョル)教授は「最近デモ隊の一部は不法行為に及んでおり、警察の対応は法を守る上で当然の対応だ。客観的な報道が必要だ」と述べた。KBS放送綱領には「法律に反する行為を正当化する報道や論評を行わない」「デモ、公演などの行事を扱う場合には、そのデモや行事に影響を与えることがないように努める」と定められている。


■インターネット放送も警察批判


 デモ現場の模様を中継する一部インターネット放送も警察を非難する映像で埋め尽くされている。29日午後、ハンギョレ新聞のホームページには「80年代式鎮圧が華麗な復活、血を流したキャンドル」という記事がトップに掲載された。同紙の映像取材チームが撮影した長さ3分の動画は、警棒と盾でデモ隊を押し戻す警察や、放水や粉末消火器の噴射を避けて逃げる市民の姿を中心に構成されている。京郷新聞のホームページに掲載された動画も同様だった。韓国外国語大新聞放送学科の金寓竜(キム・ウリョン)教授は「一部メディアが社会の混乱を招き、現行法を無視するような記事を書いて声を張り上げるのは理解不能だ」と語った。
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by sakura4987 | 2008-07-02 09:45


 (産経 2008/6/30)


 大規模事業所や工場に二酸化炭素(CO2)の排出削減を義務付ける東京都条例が成立した。

 個別の事業者に排出枠を割り当てて削減義務を課す国内初の試みだ。国に先行して、企業同士が現実の排出量と枠との過不足分を取引する排出量取引制度も始める。

 温暖化防止のための自治体の積極的な取り組みである。だが、問題がある。国の制度設計が決まる前に、EU(欧州連合)方式による都の排出量取引制度がスタートする可能性が高いことだ。

 国と都の制度が違えば、企業は二重の対応を迫られ、混乱や不平等感が強まりかねない。都には国との整合性がある制度設計を慎重に進めるよう求めたい。

 都条例は、エネルギー消費量が大きい約1300の事業所に対して平成22年度から排出削減を義務付ける。その際の排出枠は、各事業所の17~19年度の平均排出量を基準に割り当て、32年度までに15~20%の削減をめざす内容だ。

 排出量取引の最大の難問はこの排出枠の決め方である。それ次第で企業は多額のコストをかけて、排出削減に取り組まねばならない。だから、公平な排出枠の設定を工夫する必要がある。

 その点で都が採用するEU方式は、過去の削減努力を反映するのが難しく、努力を怠ってきた方が有利になる。EUはこのため、2013年から排出枠を公開入札で企業が購入する「オークション方式」を採用する方針だ。

 このように排出枠の決め方は難しい。都と比較すると国の動きは一段と慎重である。福田康夫首相は今秋から排出量取引制度を試験的に実施する方針を打ち出したものの、本格実施の時期を明示していない。排出枠に関しても環境省や経済産業省などが個別に設定方式を検討している段階である。

 排出量取引制度はそもそも温室効果ガスを減らす補完的手段の一つにすぎない。効果を疑問視する見方も根強い。それなのに、新たなビジネスチャンスとの期待もあって、先進各国は標準化を競っている。都は、EUと米国の一部の州などと連携をめざすなど国の枠を超えようとしている。

 自治体の自主的な試みは尊重されてしかるべきだ。だが、国と自治体で異なったルールや制度ができた場合、混乱するのは企業を含めた国民の側であることを忘れてはなるまい。
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by sakura4987 | 2008-07-02 09:45


 (朝鮮日報 2008/6/28)

 http://www.chosunonline.com/article/20080628000018


 ソウル南大門警察署機動隊長の警衛(警部補に相当)は27日午前1時、ホテルで乱闘を繰り広げた暴力グループを現行犯逮捕し連行中、デモ隊に取り囲まれた。容疑者が「市民が捕まった」と叫ぶと、周辺にいた数百人が一斉に駆け寄ったのだ。警衛はひどい暴行を受けた上でデモ隊に引きずられていった。シャツと下着が破れ、腹部や胸がのぞくほどだった。デモ隊は「ひざまずけ」と指示し、抵抗する警衛を椅子に座らせた上で、1時間にわたり罵声(ばせい)を浴びせたり、脅したりしてつるし上げた。群衆は「なぜ民間人を拉致しようとしたのか」と警衛を追及した。


 警衛が「コリアナホテルで植木鉢をひっくり返し、騒動を起こした現行犯を連行しようとした」と訴えたが、デモ隊は「善良な人間を拉致し金を巻き上げようとしたのではないか」などと叫んだ。韓国戦争(朝鮮戦争)当時に朝鮮人民軍が警察官を捕まえ、市場の中央に座らせて行った人民裁判のような光景だった。南大門署長が駆けつけると、民主社会のための弁護士の集い(民弁)に所属する弁護士は「市民が拉致の現行犯で(警衛を)逮捕したもので、立件の上、徹底的に取り調べてほしい」と逆に申し入れ、警衛を解放した。こんな人物が司法試験に合格し、弁護士を務めているのだ。


 この模様はインターネットでも生中継された。ソウルのど真ん中で法秩序を守る第一線のとりでである警察の幹部が暴力グループに捕まり、「人民裁判」を受ける場面が全国に放映されたのだ。周辺の至る所に布陣していた警察も誰一人として救出しようとしなかった。


 暴力グループは警察に向かって、銀玉鉄砲を撃ち、戦闘警察は酸性の液体をかけられデモ隊の餌食になった。デモ隊の中には「非暴力」を叫ぶ人もいるが、「非暴力を叫ぶやつは家に帰れ」という声にかき消されている。コリアナホテルでの騒動を制止しようとした女性は屈強な男に首や腕をつかまれたり、髪を引っ張られたりして、リンチのような仕打ちに遭った。警官隊もホテル内に数十人いたが、恐れをなしてその場面を見守るだけだったという。光化門一帯の路地では夜通し至る所でこのような事態が起きている。騒動の現場で警察は一人も逮捕しなかった。警察がこんなに無気力ならば、国民は自分で自分を守るしかないのだろうか。
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by sakura4987 | 2008-07-02 09:44


 (産経 2008/6/28)


 ソウル市内では27日も米国産牛肉輸入に反対する抗議集会が開かれ、数万人が参加した(ロイター)


 ソウルの中心街で1カ月以上にわたって続いている米国産牛肉輸入反対の反政府デモが、機動隊に対する暴力的攻撃や新聞社への襲撃など過激化している。大統領官邸や政府庁舎などが近い韓国の中心ともいうべき光化門交差点付近は連日、連夜、無秩序な過激デモでマヒ状態が続いている。

 韓国政府は「不法デモには断固対処」というが、事態はほとんどデモのなすがままだ。保守派を中心に秩序回復を求める世論が高まりつつあるものの、牛肉問題で「反政府ロウソクデモ」を支援しあおってきたテレビが依然、デモ支持の報道を続けており、沈静化の兆しが見えない。

 経済界などでは「政情不安を印象付け対外的な国家信用度を落とすもの」として事態を憂慮し、公権力による秩序回復を強く求めている。

 最近のデモは一般市民が減り、労組や学生、政党、各種団体など左派や革新系が主導する「専門的な反政府組織、活動家が目立つ」(警備当局)。数千人、数百人規模で深夜から未明にかけて都心の路上を占拠し、警備の機動隊を襲撃、警備車を破壊し機動隊員に集団暴行を加えている。

 26日夜は光化門近くの朝鮮日報や東亜日報まで襲われ、玄関のガラスドアを破壊し、外壁にハシゴをかけて新聞社の社名の文字板まではがし投げ捨てるなどやり放題だ。保守系の両紙がデモに批判的というのが理由だが、デモ隊は朝鮮日報の関連企業で日本人観光客も多いコリアナホテルにまで乱入している。

 デモ側は「大統領官邸へ進撃」を叫び、光化門交差点で阻止線を張る機動隊と毎晩のように衝突を繰り返している。“破壊”された警備車は数十台に上り負傷者も増えつつある。

 近年の民主化や左派・革新系政権下で催涙弾を使えなくなっている警備陣は時折、放水や消火器でデモの攻撃に対抗しているが、テレビ報道はこれさえ「過剰鎮圧」と非難している。新聞社襲撃についても、テレビや他の新聞はさして非難の報道をしていない。

 政府はデモが当初、牛肉問題をテーマに一般市民を含む市民運動風の「ロウソクデモ」で始まったため強い規制を控え、本来は不法の路上占拠も黙認してきた。この“柔軟姿勢”がデモを勢いづけたかたちだ。ここにきて強く出るべきかどうか政府には依然、迷いがあるようだ。
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by sakura4987 | 2008-07-02 09:44


 (世界日報 2008/6/23)


 保護的で寛大な子育て/巨匠や長者らの才能を開花

               獨協大学教授 佐藤 唯行


■アングロ・サクソンと対照的

 英語には「ジューイッシュ・マザー」(ユダヤの母親)という言葉がある。「過保護で子供に甘い母親」という意味である。その子育てはベタついた母子関係を築きあげてきたと考えられ、従来、否定的に評価されてきた。

 ところが近年になり、「ジューイッシュ・マザー」たちの保護的かつ寛大な子育ては、キリスト教徒の母親の子育てとくらべ、子供の個性・創造性の成長を促してきたと再評価されるようになった。その特色は、①服従・協調を美徳とは教えない②自分自身の独自性を築くことを奨励する③体罰を控える・懲罰的手法は採らない――というものだ。

 これらはアングロ・サクソンの伝統的子育てとは極めて対照的なものである。自分の子供に規律や団体精神を身につけさせるため、フットボールやボート競技に参加させたり、感情の抑制を幼いころから求め、時に体罰をも辞さないのがアングロ・サクソン的な子育てである。これに対してはるかに寛大で子供に甘いのが「ジューイッシュ・マザー」の子育てである。その起源はユダヤ教の聖典タルムードにまでさかのぼることができる。「スマホート篇Ⅱ・6」には「子供を決して脅し罰してはならない」という規定もある。

 ユダヤの母親たちは発育期にあるわが子が、みずからの才能を発見し、個性的な生き方を発達させてゆくために必要な、のびのびとした環境を与えようと、昔から努力を惜しまなかったのである。この点について、ウォール街の長者番付にも名を連ねた大物ヘッジファンド・マネージャーのマイケル・スタインハート(一九四一―)は女手ひとつで自分を育てあげてくれた母についてこう回想している。

 「母は学校のことで私にプレッシャーをかけることなく、私の過ちを裁くことなく、無条件の愛を私に捧げてくれた。……母が私にどれだけ私心なく、尽くしてくれたかをいくら誇張しても誇張しすぎることはない」

■子の才能を見つけ伸ばす執念

 また、マイクロソフト社のCEO、スチーブン・バルマー(一九五六―)も少年時代を振り返り、「私がおこなおうとするすべてのことについて、母は常に私を支えてくれたのであった。母は偉大なパートナーであり、親友でもあった」と語っている。

 さらにハリウッドの鬼才、世界的映画監督のスチーブン・スピルバーグ(一九四七―)は、子供のころは「問題児」で近所の家の窓にピーナツバターを塗りたくったり、八ミリカメラでおもちゃの機関車が衝突するシーンをフィルムにおさめることに熱中し、学校の勉強はろくにしなかったという。

 しかし、スピルバーグの母親は、このような彼をあえて型にはめようとせず、「あなたの悪いところは独創的すぎるところね」と苦笑しながらその生き方を認め、終始温かく見守り続けたそうである。もし母親が規律と服従を重んじる権威主義的な子育てで臨んでいたならば、少年スピルバーグは懲罰に萎縮してしまい、彼の天分は育たなかったであろう。

 ユダヤの笑い話のなかにも、「自分の息子がはじめてヴァイオリンの練習を始めたとき、ユダヤの母親はすでに息子が第二のハイフェッツ(ロシア生まれの天才ヴァイオリニスト、一九〇一―八七)になることを夢みているのだ」という話があるくらいだ。これはいまだ幼いわが子のなかに、何が何でも才能の片鱗を見出そうとするユダヤの母親たちの執念ともいえる思い込みを表現したジョークといえよう。けれど、ひとたびその片鱗を見出したあかつきには、それを育てるために万難を排していくユダヤの母親たちの寛大かつ過保護な子育ては、子供たちの才能開花にひと役買っていることは間違いないであろう。

■日本人とも共通点ある子育て

 さて、ユダヤ人と日本人との間には勤勉さ、倹約精神、教育の重視など、少なからぬ共通点があることがすでに知られているが、先に述べた「寛大な子育て」も実は知られざる共通点ではなかったのかという気がしてならない。そして、その起源も「平成のニューファミリー」などではなく、ゆうに江戸の昔までさかのぼれるのではないかと筆者は考えるのである。

 その根拠のひとつが、幕末、長崎に徳川幕府が設立した海軍伝習所で勝海舟、榎本武揚ら多くの俊英を育てたオランダ人海軍士官、ウィレム・カッテンディーケ(一八一六―六六)がしるした日本滞在記である。その中で彼はすぐに子供を笞打つヨーロッパ人の子育てに対し、「子供を罰せず、子供に夢中な日本人」の子育てに注目しているのである。「裕福な暮らしの人だけでなく、貧しい庶民も自分の子供を心底いつくしみ、大切に育てている」と彼は指摘しているのである。

 カッテンディーケが指摘した「寛大な子育て」はユダヤ人の場合と同じように、日本の子供たちの才能開花にプラスの影響を及ぼしてきたのではないだろうか。教育学の専門家に尋ねてみたい疑問である。
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by sakura4987 | 2008-07-02 09:43

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by sakura4987