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 (産経 2008/10/15)


 ついにドイツがソマリアの“海賊退治”に、軍艦3隻をこの海域に送り込んだ。ドイツ憲法は外国の海での武力行使を禁じているが、9月に入るとがぜん方針を転換した。

 それまでのドイツは、日本と同じように第二次世界大戦の呪縛(じゅばく)から、ドイツ船への襲撃を目撃した場合に限って「緊急支援」をするだけだった。ソマリアの海賊に襲撃されっぱなしのドイツ船主協会は、さすがに堪忍袋の緒が切れた。ドイツ政府に対して、「いくら何でも情けない」と武力で追い払うよう嘆願した。

 それでも遠慮深いドイツは、「EU(欧州連合)の決議があれば」との縛りをつけて、ようやく艦船3隻をソマリア海域に出陣させたのだ。

 もちろん、ドイツ以外の国は2007年に2度襲撃をうけ受けたカナダがフリゲート艦を出し、米、英、露、韓国、スペイン、デンマークなどが積極的にソマリア海域に展開している。デンマークの場合は国内法でソマリアの海賊に対処できないものの、海賊10人を6日間拘束したあと、武器を没収して釈放している。

 この海域で今年は8月までに海賊事件が53件発生し、うち身代金目的の乗員誘拐事件は30件にのぼるという。以上、海賊ウオッチャーの山田吉彦・東海大准教授の話である。

 昔の海賊イメージとは違って、あちらは高速船にロケットランチャーやAK47自動小銃を繰り出す重武装で船ごと船員を誘拐する。身代金要求はインフレ傾向にあり、マラッカ海峡の海賊の10倍にもなる。

 4月に日本船籍のタンカー「高山」がソマリア海賊の襲撃を受けるなど5件が被害にあい、うち2隻がシージャックされている。ドイツと同様に日本船主協会も政府に海賊対策を求めたもののラチがあかない。

 政府はねじれ国会を理由に野党の顔色をうかがう。その民主党は参院でインド洋に派遣している海上自衛隊の補給艦派遣ですら法案を否決する構えだ。まして、ドイツやデンマークのように何とかやりくりして自国の船を守ろうという気概もない。

 「国民生活第一」をいうなら、それを支える原油の9割を運ぶ船舶の防衛もまた「第一」に含まれよう。「弱い日本のままがいい」とは、卑屈でかつ時代遅れも甚だしい。

 「ひよわな日本」は賞味期限が過ぎている。そう実感したのは、4度にわたる日本とインドネシアの海洋安全保障ダイアローグ(海洋政策研究財団主催、秋山昌廣会長)を通してだ。

 インドネシア側に対中警戒論はあっても、ユウォノ国防相が「日米同盟は東アジアの公共財」というように、むしろ日本の貢献への期待感の方が強かった。ソマリア沿岸どころか、東アジアからユーラシア大陸の外周にそって変化が激しい。

 中国の軍事費は相変わらずふたケタで増加しており、北朝鮮は核の小型化まで成功しているとの見方もある。ロシアのメドベージェフ大統領もグルジアに侵攻しておいて、「新冷戦も辞さない」と拡張主義を誇示している。

 これら専制主義の台頭によって、日米はいや応なく地政学的な緊張に直面していく。戦争のくびきから踏み出したドイツのありようは、“現代の鑑(かがみ)”ではないか。
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by SAKURA4987 | 2008-10-22 09:49


 (読売 2008/10/10)

 http://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news2/06/20081010-OYT1T00846.htm?f=k


 秋田大、国際教養大、県立大の3大学が2020年をめどに、留学生の受け入れ数を現在の243人から約3倍の800人に増やし、本格的な国際化に乗り出す方針を打ち出した。秋田大は秋田市内に留学生が暮らす「国際村」を設置する計画もあり、関係者は、市民が海外の生活習慣や文化に触れる交流拠点が誕生すると期待している。

 3大学によると、08年9月現在、留学生数は秋田大130人、国際教養大102人、県立大11人の計243人。中国63人をはじめ、米国31人、韓国28人など計34か国・地域から県内に訪れている。

 海外の優秀な人材を受け入れることは、日本人学生の研究意欲の刺激になり、学力向上とともに、大学の海外での知名度向上への効果が期待できるという。

 留学生受け入れ拡大の背景には、全国で11万8千人いる留学生を、20年度までに30万人に増やす文部科学省の政策がある。同省は来年度から、留学生の受け入れに積極的な大学をモデル校に指定し、助成金を交付するなどの支援を始める。

 3大学は共同でモデル校の採択を目指す。国の制度を活用し、留学生向けの日本語教育や就職支援を行うだけでなく、大学職員が海外に出向き、留学生を募集する費用の軽減につなげたい考えだ。

 秋田大が留学生受け入れの柱として準備している国際村構想は、50戸規模の県職員住宅を活用して開村。通学に便利な秋田市内の手形、手形山、千秋矢留の県職員住宅が候補に挙がっている。いずれも県職員が入居しているため、秋田大は10年度の開村を目指し県と調整を進めている。

 家賃を低く抑えられる県職員住宅の活用で、留学生の経済的負担を軽減でき、卒業後も大学院進学などの選択肢が広がる。

 構想では、地域住民向けの語学教室や、トムヤムクンやキムチチゲなどお国自慢の料理教室、母国の伝統文化を披露するイベントを開くアイデアが持ち上がっているという。

 秋田大教育文化学部2年のモンゴル人留学生、ナランゲレル・ホスエルデネさん(20)は「国際村が出来たら、ぜひ入りたい。地域の人と一緒に各国の民族衣装を着て楽しめる国際村祭りを開いてみたい」と楽しみにしている。

 秋田大の吉村昇学長は「留学生と地域住民の交流を図りながら、国際村を中心とし大学や県の国際化を進めていきたい」と意気込んでいる。
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by SAKURA4987 | 2008-10-22 09:49


 (共同 2008/10/12)

 http://www.47news.jp/CN/200810/CN2008101201000518.html


 海上自衛隊の特殊部隊養成課程で、3曹が集団暴行を受けて死亡していたことが発覚。イージス艦衝突事故など不祥事が続いた海自は、10月中にも再発防止策の最終報告をまとめ発表する予定だった。止まらない不祥事に幹部からも「もう、組織はガタガタ」「立て直せるのか」と落胆の声が漏れている。

 海自では昨年、イージス艦情報流出事件やインド洋での給油量をめぐる隠ぺい、航海日誌の誤廃棄など不祥事が相次いで発覚。昨年12月に護衛艦「しらね」で火災が起きたほか、今年2月19日にはイージス艦「あたご」と漁船が衝突する事故が起きている。

 さらに6月には、掃海母艦内で異物が混入された飲料水を飲んだ隊員2人が入院。7月には護衛艦「さわゆき」の火災で海士長が逮捕された。

 隊員の自殺も相次いでいるが、8月には、福岡高裁が、護衛艦内での隊員自殺について「上司の侮辱的言動によるストレスが原因のうつ病で自殺した」と指摘、海自は大きな衝撃を受けていた。

 海自に集中する不祥事に防衛省幹部は「組織がおかしくなっている。陸、空は目立たないのに、なぜ海だけか分からない」と困惑している。


≪関連≫

◆海自で3曹が集団暴行死 1対15で“格闘訓練”

 http://www.47news.jp/CN/200810/CN2008101201000475.html
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by sakura4987 | 2008-10-19 15:33


 (産経 2008/10/13)


 「弟も同じ両親、同じ環境で育てられたので、自分と同じような事件を起こさないか心配だ」。鑑定留置に入ってしばらくしたころ、加藤被告は関係者に打ち明けたことがあった。精神科医の影山任佐(じんすけ)東工大教授(犯罪精神病理学)は「依然として、両親への不満が根強いことの表れではないか」とみる。

 なぜ被告があのタイミングで、秋葉原で無差別殺人を実行したのか。影山教授は加藤被告の生い立ちを、平成12年に西鉄高速バス乗っ取り事件を起こした佐賀市の少年=当時(17)=とダブらせる。

 中学時代にトップクラスの成績だった少年は、高校で不登校に。家庭内暴力で措置入院させられ、「両親に強い怒りや憎しみを感じた。派手な犯罪で借りを返そうと思った」と不満をぶつけた。加藤被告も逮捕直後、「両親とはうまくいっていない」「あんなのは他人だ」と両親に強い嫌悪感を示した。

 影山教授は「高校で成績が落ちて見放され、相当傷ついただろう。生きがいを見いだすため、親元を離れ趣味の自動車関連の仕事を探した。派遣社員でも世間とつながっていることで精神の均衡が保たれていた」という。

 派遣先のリストラ計画が浮上したタイミングで、均衡は破れた。「多くを求めているわけではないのに、それさえも奪われる。殺人予告までして世間の目を向けさせようとしたのに無視され、プライドを切り裂かれたはず」(影山教授)

                   ◇

 酒鬼薔薇(さかきばら)世代。加藤被告や佐賀市の少年は、同い年の少年が中学3年のとき、神戸連続児童殺傷事件を起こしたことから、そう呼ばれてきた。加藤被告が高校時代に家庭内暴力をふるうと、母親は「酒鬼薔薇と同じ年でこわい」と周囲に漏らしていたという。

 自宅に部屋を持ち、パソコンやゲームに熱中してきた世代でもある。森武夫専修大名誉教授(犯罪心理学)は「温室育ちで、小さな挫折で将来まであきらめてしまう。順調な道を歩んでいない人の一部が、同世代の事件に共感してしまう」と分析する。

 加藤被告もゲーム好きだったが、「ストレス発散のために殺人ゲームをやっても、自分の絶望感に追いつけなかった。バスジャックなど連綿とした事件も加藤被告の意識にあったのだろう。殺人ゲームは殺傷のイメージトレーニングにつながってしまったのではないか」(森名誉教授)。

 第2、第3の加藤被告を生まないようにするための特効薬はない。秋葉原事件で被害者を救護中、加藤被告に脇腹を刺されたタクシー運転手、湯浅洋さん(54)は言う。「事件の原因は安直に決めつけられない。ひとつ言えるのは、加藤被告が自分自身に甘いということだ」
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by sakura4987 | 2008-10-19 15:32


 (世界日報 2008010/9)


 いのちの尊厳を保つ道  死生観はその人それぞれに


メンタルヘルスカウンセラー 根本 和雄

 いま、日本人の「平均寿命」は過去最高の男性七十七・一九歳、女性八十五・九九歳であることが厚生労働省の「簡易生命表」(二〇〇七年)で明らかになった。しかも六十五歳以上の高齢者は総人口の22・1%の二千八百十九万人で、この「高齢化社会」の到来は、いかに健やかな人生を過ごすかということと同時に、いかにその人らしい安らかに尊厳のある人生の最後を迎えるかという問いかけでもあると思うのである。

 なぜならば、日本人の痴呆(認知症)高齢者は百六十万人であるが、二〇一五年には、二百六十二万人、二〇二五年には三百十三万人と激増することが推定されているからである(国立精神神経センター推計)。

 また、六十五歳以上の長期ケア施設入所者のなかで寝たきり高齢者は33・1%で、このことは、いかに「健康寿命」(障害を調整した生存期間)を保つかということと、同時にその人らしい安らかな最期を迎えるかということと相俟って極めて大事なことではないかと思うのである。

 なぜならば、ローマの哲人セネカは“生きることは生涯をかけて学ぶべきことである。そして、おそらくそれ以上に不思議に思われるであろうが、生涯をかけて学ぶべきは死ぬことである”と『人生の短さについて』で述べているからである。その生涯をかけて学ぶべき死が、いまや日常生活から隔離されて隠された密室のなかで孤独な死が強いられているのではなかろうか。それは、フランスの歴史学者フィリップ・アリエスが『死を前にした人間』で指摘したように、「転倒された死」であり、意思のない意識すらない物に過ぎなく、孤独な病室で医療機器に囲まれて、ついに何も言わないで旅立ってしまうことを恐れずにはいられないからである。

 一九八一年九月にポルトガルのリスボンで開催された第三十五回「世界医師会」総会で採択された宣言(患者の権利に関わるリスボン宣言)は、“患者は尊厳のうちに死ぬ権利を持っている”(第五条)と明記している。つまり、それは患者自身にとって掛け替えのない私の死であって第一人称の死というべきであろう(フランスの哲学者・ジャンケレヴィッチ著『死とはなにか』でいう第三人称の死と区別して)。

 この「リスボン宣言」に端を発して、“自分の死の迎え方は自分で決めたい”という傾向が強くなるなかで、アメリカ連邦政府は一九九〇年に「患者の自己決定権」という新しい法律を制定し、一九九一年十二月一日付で施行されて今日に至っている。

 また、日本学術会議は一九九四年五月二十六日の総会で、末期患者の意思に基づいて“尊厳ある死”を患者の権利として認める報告を出して承認されている。

 更に、日本医師会は第四次生命倫理懇談会で「医師の倫理」を改定する報告書を提出し“医師が患者に対して充分に説明をするインフォームド・コンセントが重要で、患者の自己決定権を尊重すべきである”と指摘している(一九九六年六月二十四日)。

 これに関連して、ある信仰上の理由から輸血を拒否したのに手術で輸血されたとして、患者が病院(国立)の医師を相手取った損害賠償請求訴訟で、最高裁第三小法廷は「輸血する可能性があることを告げなかったのは、患者が手術を受けるかどうかを決める権利を奪い、人格権を侵害したことになる」として、患者が医療行為を選ぶ権利を人格権の一つと認定したのである(二〇〇〇年二月二十九日)。

 この認定は、自己決定権は憲法第十三条の「自由及び幸福追求の権利」に由来するとして、各個人が有する自己の人生の在り方(ライフスタイル)は自らが決定することができるとしたのである(但し、他者の権利や公共の秩序を侵害しない限りにおいて)。

 人は、<どう生き>て、<どう死を迎えるか>は、全く、その人の固有の価値観によるのであって、“人それぞれであればこそ価値がある”という他はないと思うのである。

 アメリカの精神医学者エリザベス・キューブラー・ロスは、終末期医療の在り方について“手持ちの時間をフルに生きよ”と語っている。また、その著『死ぬ瞬間と死後の生』で次のように述べている。

 “私たちは死ぬことを心配するよりも、今日何をすべきかを心配すべきです。もしあなたが今日、行動ばかりでなく、思考においても、言葉においても、最高の選択をすれば、死の瞬間は祝福に満ちた輝かしいものになるのです。人生のただ一つの目的は、精神的に成長するということです”と。

 “健やかな人生”は同時に“安らかな死”につながり、そこに“いのち”の尊厳が保たれるのではないかと思うのである。

 それは、まさしく“あたかも良く過ごした一日が安らかな眠りを与えるように、良く用いられた一生は、安らかな死を与えられる”(レオナルド・ダ・ヴィンチ『手記』)のではなかろうか。
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by sakura4987 | 2008-10-19 15:31


 (世界日報 2008/10/9)


■綱領で天皇の廃止を展望

 政治家の発言に「失言」はないかと虎視眈々と言葉狩りをするマスコミ陣――。これまで責任を取らされた例は幾つもあるが、文脈を辿れば言わんとすることの例え話が問題にされたケースや、話の本筋から少しそれた感想だったりと、日常的なしゃべりでは何の問題もないものもある。それだけ政治家が就く公職の地位は恐るべきものがある。

 麻生政権発足早々、中山成彬国交相の発言が問題にされ辞任に至ったが、日本共産党の機関紙「しんぶん赤旗」日曜版(10・5)は六・七面に「中山国交相の辞任と麻生内閣の行方」を政権攻撃のため取り上げた。そこには一般マスコミが問題にした中山発言のほか、共産党流の言葉狩りが存在した。「御名御璽」である。

 麻生太郎首相の所信表明演説に噛みついたもので、「わたくし麻生太郎、この度、国権の最高機関による指名、かしこくも、御名御璽をいただき、第九十二代内閣総理大臣に就任いたしました」を問題にした。もちろん、これは法に則った手続きを事実そのまま述べたもので、これを問題にする一般マスコミはない。むしろ枕詞的な前置きとして新聞の演説要旨からは削られている。

 天皇は国会が指名した首相を任命するほか、閣僚も任命する。これは憲法に書かれた通りであり、認証式での詔書には天皇の公印である御名御璽が捺される。ほかに法の公布にも御名御璽は必要である。が、所信表明演説を共産党は「日本の統治の原理が天皇主権から国民主権へ転換したのに、そんな歴史認識が見えません」と日曜版で批判している。

 しかし、所信は失言とは言えない。憲法は前文で「ここに主権が国民に存する」と国民主権を謳っているが天皇についてもはっきりと明記している。「天皇は、日本国民の象徴であり日本国民統合の象徴であって、この地位は、主権の存する日本国民の総意に基づく」との第一条がある。この憲法があることは、天皇陛下がおられ、首相の任命はじめ各国事行為をされることは国民の総意である。つまり、国民主権と矛盾はない。しかも諸外国には王室のある民主主義国家も多いのである。

 ところが、共産党は執拗にこの問題を取り上げ、二日の各党代表質問で志位和夫委員長が、首相に「歴史認識」を問うた。これを報じた「しんぶん赤旗」(10・3)は、「首相は『国民主権に転換したことは、私も十分に認識している』と答えました。同時に『憲政にもとづく総理大臣が一世紀を超えて続いているという伝統、その集積と重みを申し述べたかった』などと答弁。再び憲政の『継続』を持ち出して、時代錯誤的な認識を示しました」と批判した。が、この質問こそ「いまさら何を」との時代錯誤を感じたと見える首相答弁であった。

 さらに同日付「主張」は、「憲法を生かした『国民が主人公』の希望ある日本への道を切り開く」と志位委員長の代表質問の結びの部分を強調している。綱領で「天皇の制度は憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである」と、「天皇の章」の改憲を展望する共産党の言う「国民が主人公」には、天皇の存廃の意味が含まれている。
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by sakura4987 | 2008-10-19 15:30


 (IZA 2008/10/7)

 http://www.iza.ne.jp/news/newsarticle/politics/185014/


 施行が凍結されている鳥取県人権救済条例をめぐり、同県議会(定数38、欠員1)の議員18人が8日、議員発議で同条例を廃止する条例案を9月定例会本会議に提案する。病欠議員が2人おり、廃止法案の可決は確実とみられている。

 人権救済条例は平成17年10月に都道府県で初めて可決したが、法曹関係者らから「人権侵害の定義があいまい」といった批判が相次ぎ、県は翌3月、条例の施行停止を決定。条例見直しを進めた検討委も昨年11月、条例廃止を盛り込んだ意見書を知事に提出していた。

 条例では、差別や誹謗(ひぼう)中傷など広範囲な人権侵害を対象に県民が救済や予防を申し立てることを保証しており、重大な人権侵害が認められた場合、加害者に是正勧告をしたり、従わない場合は氏名や人権侵害の内容を公表できると規定されていた。



 ■鳥取県議会事務局 〒680-8570 鳥取県鳥取市東町1-220

  TEL:0857-26-7460

  FAX:0857-26-7461

  メール:gikaisoumu@pref.tottori.jp
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by sakura4987 | 2008-10-19 15:29


韓国から

 人気女優・崔真実さんの自殺をきっかけに、韓国ではインターネットの悪質な書き込みを取り締まろうという雰囲気が高まっている。崔さんは高利貸しに手を出した男性タレントの自殺をめぐり、自分を非難する書き込みに悩まされていた。
 早速、国会ではネット上の中傷・誹謗を罰する「サイバー侮辱罪」なるものの導入が議論され始めた。野党は言論の自由を盾に反対しているが、韓国では昨年もネットの噂がもとで芸能人が自殺に追い込まれたケースがあり、取り締まりは待ったなしだ。

 実は、韓国は自殺多発国である。昨年の統計によれば、韓国人の死亡原因のうち、自殺はがん、脳血管の疾患、心臓疾患に次いで四位。自殺者数は一万二千人を超え、交通事故による死亡者の一・六倍に達する。経済問題を苦にした中高年男性の自殺が目立ち、その意味では「日本型」とも言える。

 自殺多発の背景について、有名大学病院の精神科医が新聞の寄稿で「社会が自由になり過ぎた弾みで、世の中が乱暴になったため」と書いていた。本来、人同士の距離が近かったはずの韓国社会が、急激な経済発展や価値観の多様化で変化したことも指摘している。

 崔さんの悲報に触れたあるベテラン男優は、「孤独でつらいのは皆同じ。自殺を選ぶのは間違っているよ」と悔しそうに語っていた。崔さんの人気が高かったせいか、「追い込まれる側」の自制力は、あまり話題になっていないが、韓国でも近年、自殺に対する安易な考えを持つ人が増えているという。

 命の尊さを教える宗教が広く普及する韓国社会の皮肉な現実である。
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by sakura4987 | 2008-10-19 15:29


 ■二難猶(なお)残せり。所以(いわゆる)他国侵逼(しんぴつ)の難・自界(じかい)叛逆(ほんぎゃく)の難なり(日蓮『立正安国論』)

 右のことばの大意は「他国からの侵略と内乱。この2つの難が訪れるであろう」である。非常の僧、日蓮が発した警告は現実となった。『立正安国論』の成立から14年後の文永11(1274)年のきょう(旧暦)、九州・対馬沖に大船団が姿を現した。最初の蒙古襲来(元寇)となる「文永の役」のはじまりである。

 有史以来の国難だった。元・高麗軍は三万数千人。対馬と壱岐はたちまち落ち、20日には博多に上陸を許した。「てつはう(炸裂(さくれつ)弾)」や毒矢など見慣れぬ武器を前に鎌倉幕府軍は善戦したが、じりじりと後退していった。

 翌21日、奇跡が起きた。博多沖の大船団が姿を消していたのだ。その理由については謎が多い。従来は「神風(暴風雨)説」が有力だったが、元側の史料には「官(元)軍整わず、また矢尽きる」とある。日本側の思わぬ抵抗に内部分裂が生じ、退却した-という説や2つの要素を折衷した説もある。

 「文永の役」はときの執権、北条時宗を頂点とした挙国体制をもたらした。その一方で、日蓮はその激烈な言動が「幕府批判」とみなされ、不遇の一生を送る。歴史は多く、非常の人、先覚者に過酷である。
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by sakura4987 | 2008-10-11 14:34


 むかし人は、いふべき事あればうちいひて、その余はみだりにものいはず(新井白石『折(おり)たく柴(しば)の記』)

 享保元(1716)年、それまで7年間にわたって、日本の政治の中枢にいた新井白石は旧暦のきょう、「(数え年)六十の無官の老翁」として自叙伝『折たく柴の記』の序文の筆をとりはじめた。冒頭はその書き出しである。意訳すると、「昔の人は言うべきことがあればはっきりとものを言うが、それ以外はことばを浪費することはない」。

 白石は仏文学者、桑原武夫が「日本の百科全書家」と呼ぶほどの学者であり、改革者でもあった。前将軍・徳川綱吉が「100年ののちも続けよ」と遺言した悪法「生類憐(しょうるいあわれ)みの令」の廃止を進言し、財政再建に努めた。

 明治維新の150年前にあって白石は「将軍は天皇の下位」という意見をはばからなかった。また、「天下には富める者は少なく、貧しい者は多い」と説き、仁愛の政治を実現しようとした。『折たく柴の記』にはそんな姿が率直に、ときには激しい筆致でつづられている。

 この自叙伝は、子孫たちに内々に読み聞かせるために書かれたのだが、刊行され、現在も読み継がれている。黄泉(よみ)の国で白石はいまごろ、「しまった。少しものを言いすぎた」と顔を赤らめているかもしれない。
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by sakura4987 | 2008-10-11 14:33

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by sakura4987