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 (産経 2008/12/16)


 ■日本の経験伝え恐慌防げ

 ここ数カ月の各国経済の落ち込みはあたかも、全世界が大恐慌に向かって突き進んでいるようだ。

 米国はもとより、欧州も景気が大幅に悪化。中国でも不動産バブルが崩壊した。日本でも11月の新車販売台数が前年同月比27%も落ちたように景気が後退している。

 日本は国内にそれほど大きな問題を抱えてはいないが、外需に偏り過ぎたため、輸出先の米国や中国、欧州の落ち込みのあおりを受けている。小泉純一郎内閣のころから内需拡大をなおざりにしていたツケが表面化した形だ。

 過去を振り返ると、同じことが全世界で起きたのは大恐慌が始まった1929年ごろまでさかのぼらなければならないだろう。

 世界経済の急激な落ち込みを引き起こしたのは、いくつかの国で起きた住宅バブルの同時崩壊だ。

 住宅バブルが崩壊すると、逆資産効果だけでなく、住宅を借金で買った人たちや彼らに金を貸した銀行のバランスシートが壊れてしまう。借金は残っているのに、それに見合う資産がなくなっているからだ。

 そうなると民間は一斉に利益の最大化から債務の最小化、つまり、貯蓄を増やし、借金を減らす方向に動く。これは個々のレベルでは正しい対応だが、みんなが同時に同じことをすると、民間の貯蓄と借金返済分を借りて使う人がいなくなり、それがデフレギャップとなって総需要が減少する。29年に始まった大恐慌では、この減少に歯止めをかけられず、米国の国内総生産(GDP)が4年間で46%も消滅する事態に陥った。

 今の世界はまさに大恐慌の入り口にさしかかり、市場も企業も、消費者も真っ青になっている。

 ところがここに一縷(いちる)の希望がある。日本がこの問題に対して答えを出したからだ。

 90年代の日本は、バブルのピークから商業用不動産の価格が87%も下がった。株や土地の下落によって1500兆円もの国民の富が失われた。企業は95年ごろから多い時で年間30兆円の巨額の借金返済に動いていた。

 それでも日本のGDPは18年間、一度もバブルのピークを下回ることはなく、失業率も5%台で好転した。これは大変な成果である。

 では、なぜ日本は恐慌を防ぐことができたのか。

 政府が民間の貯蓄と借金返済分を借りて使うことを十数年間やってきたからだ。財政赤字は大きくなったが、その結果、国民所得(=GDP)は維持され、民間はその所得で借金返済を続け、2005年ごろからバランスシートはきれいになった。日本はどんなに資産価格が下がっても、正しい財政政策で国民所得を維持できることを人類史上初めて証明したのである。

 ところが、ここ十数年の日本の財政政策を評価しない人たちが内外を問わず大勢いる。彼らは「あんなに公共事業をやっても日本の経済は成長しなかった」とたたいている。しかし、この種の批判には実は暗黙の前提がある。

                   ◇

 「政府が財政政策をとらなくても経済はゼロ成長だった」という前提だ。「何もやらなくてもゼロ成長なのに、あれだけの公共事業をやっても成長しなかった。だから無駄なモノに金を使った」と批判する。だが、当時の日本は民間のデフレギャップ(貯蓄+借金返済)がGDP比で10%近くあり、数年でGDPが半分消えても不思議ではない状態だった。目前の大恐慌を防げたのは果断な財政政策をとったからなのだ。

 1930年代の大恐慌で米国が失った富はGDPの1年分といわれる。バブル崩壊後の日本では、株と土地だけでGDPの3倍もの富が吹き飛んだ。われわれが受けたダメージがいかに大きかったかがわかる。にもかかわらず日本は国民所得を維持することができた。この教訓を世界が学び、日本の成果を世界が理解すれば、危機に苦しむ各国国民の気持ちがどのくらい楽になるだろうか。

 くしくも現在の日本の総理大臣、麻生太郎氏は日本経済が抱える問題の本質を当初から完全に理解していた数少ない政治家であった。

 麻生首相は、もともと経営者なので、バランスシートの問題を理解している。借金返済の苦しさもその恐ろしさも理解している。また、民間が債務の最小化に向かっているときは中央銀行の金融緩和が効かなくなることも分かっている。だからこそ、麻生首相は財政出動の必要性を訴えているのだ。

 しかも外需が激減した今の日本は、少なくとも真水10兆円の政府支出の拡大が必要だ。減税をしても借金返済や貯蓄に回って景気対策にならないからだ。

 11月に行われた主要国と新興国20カ国による緊急首脳会合(金融サミット)でも麻生首相は日本の経験を訴え、財政出動に反対だった米国のスタンスを変えた。首脳声明にも財政出動の必要性を明記した。麻生首相は極めて重要な日本の成功例を必死で海外に伝えているのである。

 海外もようやく日本の成果に気付き始め、日本から学ぼうとしている。以前はあれだけ日本の公共事業と銀行への資本投入をたたいていた欧米諸国が、今やすべてこれらの政策を採用している。中国も57兆円もの景気刺激策を決めた。われわれはずっと正しいことをやってきたのだ。

 麻生首相は国内で、失言したとか、字を読み間違えたとか、想像もできない低次元の問題でたたかれているが、海外では中国の胡錦濤主席も米国のブッシュ大統領も必死に麻生首相の話を聞いて参考にしようとしている。日本の総理の話がこれだけ世界で注目されたことが過去にあっただろうか。

 日本にも優秀な政治家は多数いるが、海外に日本の経験を自身の言葉で、そして英語で話せる政治家はそう多くない。麻生首相は日本が世界を正しい方向へ導くためには不可欠な人物なのだ。

 字を読み間違えたくらいで、政権をつぶしてしまえという今のマスコミ世論は正気の沙汰(さた)ではない。
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by sakura4987 | 2008-12-17 13:26


 (産経 2008/12/16)


 ■「これから長州男子の肝っ玉をお目にかけます!」(高杉晋作)


 周囲の山野は一面の銀世界だった。元治元(1864)年12月15日夜、馬関(山口県下関市)に隣接する長府の港を見下ろす功山寺。一幅の名画のような光景だった。見守るのは亡命中の尊皇派公家。月光のもと、紺糸威(おどし)(縅)の小具足(こぐそく)に、兜(かぶと)を首にひっかけた高杉晋作は、大音声に冒頭のことばを披露すると踵(きびす)を返し、馬上の人となった。そして同じ年のきょう(翌日)明け方ごろ、わずかな手勢を率いて保守派が牛耳(ぎゅうじ)っていた馬関の長州藩支所を占拠する。

 孤立無援、多勢に無勢。しかし、この「馬関の義挙」が幕末の雄藩・長州藩と時代を回天(かいてん)させる。高杉は「いまは一里行けば一里の忠、二里行けば二里の義を尽くすとき。志士は一瞬でも立ち止まってはならぬ」と鼓舞した、と『東行(とうぎょう)(高杉の雅号)先生遺文』にある。命をかけて行動をともにしたなかに、のちの初代総理大臣、伊藤博文がいた。彼は後年、次の漢詩を高杉にささげている。

 ≪動如雷電(動けば雷電のごとく)/発如風雨(発すれば風雨のごとし)/衆目駭然(衆目愕然(がくぜん)として)/莫敢正視焉(あえて正視するものなし)≫

 忠義をしる乱世の英雄。幕末にたとえられる現代に最も必要な人物でもある。
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by sakura4987 | 2008-12-17 13:26


              国学院大学教授・大原康男


 ≪■田母神問題の陰の主役≫

 田母神前空幕長の論文問題は発生から2カ月近くになろうとするのに、まだ論争は収まりそうにない。その論点も筆者の歴史認識に対する評価や政府のとった措置の妥当性をはじめとして、文民統制の意義、自衛官の言論の自由、さらには論文応募の是非とそのタイミングからマスメディアの論調に至るまで多岐にわたっており、保守派の中でも見解が分かれるが、これまでの論議を踏まえ、遅まきながらも少しばかり私見を述べてみたい。それは今回の問題の陰の主役と言ってもいい「村山談話」についてである。

 辻元清美衆院議員の質問主意書に対して11月14日に出された政府答弁書によれば、空幕長解任の理由は「先の大戦に関する政府の認識と明らかに異なる見解が述べられている」ことが「不適切である」とともに、「憲法に関連する重要な事項について不適切な形で見解を述べている」ことにあるという。

 後者は、現状では自衛隊は領域警備も集団的自衛権の行使もできないとの批判に対してであろうが、集団的自衛権については麻生太郎首相も見直しを示唆しており、単なる付け足しに過ぎない。もちろん、問題は前者にあって、明言してはいないものの「先の大戦に関する政府の認識」が「村山談話」を指しているのは疑うべくもない。

 ≪■定義できぬキーワード≫

 周知のように、「村山談話」は、平成7年6月9日に衆議院でなされた“終戦50年国会決議”への不満から、終戦の日にあらためて村山富市首相の談話として発表されたものであるだけに、「過去の一時期、国策を誤り」「植民地支配と侵略」「多大な損害と苦痛を与え」「痛切な反省」「心からお詫(わ)び」といった自虐一色に塗りつぶされた章句のオンパレードである。

 この一面的かつ粗雑な歴史観についてここで論ずる余裕はない。何よりも強調したいのは、そうした歴史認識の具体的な内容に立ち入るまでもなく、そもそも本談話が歴代内閣によって金科玉条のように墨守されるほどの実体を有しているのかという根本的な疑念である。

 ここでのキーワードの一つは「国策を誤り」であろう。「村山談話」の11年近く後に長妻昭衆院議員が出した質問主意書に対する政府答弁書(平成18年6月13日)は、驚くべきことに「お尋ねの『国策を誤り』については、個々の行為に対する評価等をめぐり様々な議論があるところ、政府として、その原因を含め、具体的に断定することは出来ないと考える」と述べ、その判断を完璧(かんぺき)に放棄してしまった。終戦60年に当たる前年の終戦の日に発表された「小泉談話」から「国策を誤り」がすっぽり抜け落ちていることと見事に符合している。

 それ以上に重要なキーワードは「侵略」である。この語の定義について鈴木宗男衆院議員が提出した質問主意書に対する政府答弁書(平成18年10月6日)でも「国際法上の侵略の定義については様々な議論が行われているが、確立した定義があるとは承知しておらず、お尋ねについてお答えすることは困難である」と答弁、同じように確固とした見解が出せないことを正直に告白している。

 ≪■侵略も植民地も消えた≫

 ここでふと想起するのは、“終戦50年国会決議”を最も熱心に推進した加藤紘一自民党政調会長(当時)と決議案の内容について折衝したときのこと。私が「どうしても『侵略的行為』とか『植民地支配』という言葉を入れたいのならば、それらが何を意味するのかきちんと定義してほしい」と求めたところ、加藤氏は「われわれは学者じゃないから、そんなきちんとした定義は出さなくていい」と平然とうそぶいた。「村山談話」のいい加減さはここから始まっていたのだということを再認識した次第である。

 このようにキーワード中のキーワードですら確かな定義ができない「村山談話」がいかに空虚なものであるか、これ以上多言を要するまでもない。そんな曖昧(あいまい)な基準で田母神論文「日本は侵略国家であったのか」を裁断できるはずがあるまい。

 興味深いのは「国策を誤り」を削った「小泉談話」が出される直前、平成17年8月2日の“終戦60年国会決議”では、50年決議にあった「侵略的行為」や「植民地支配」という文言がきれいに消えていることだ。これら一連の事実は10年の間に何らかの変化が生じ、「村山談話」が必ずしも固定的な「政府見解」ではなくなっていることを示唆しているのではないか。

 何をおいてもこのような代物を担ぎ続けることの愚かさを広く訴え、歴史観を含めてあらゆる面から「村山談話」を検証し直す論議を巻き起こすことが肝要であろう。
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by sakura4987 | 2008-12-17 13:25


 (産経 2008/12/16)


 自民党の古賀誠選対委員長は15日夜、各派閥事務総長らと会談し、衆院選選挙区での自民党候補が公明党の支援を得る見返りに「比例は公明」と訴えてきた衆院選比例代表での公明党との協力関係の見直しに言及した。公明党からは「急に何を言い出すのか」(幹部)と反発の声が早くもあがっており、両党間に亀裂が広がるのは必至だ。

 出席者によると、同席者が「宗教団体関係者から公明党を切るべきだといわれた。自民党の支持層が戻る」と指摘したのを受け、古賀氏は「比例の180議席をみすみす公明党に渡していいのか。『選挙区も自民、比例も自民』だ。そうしなければ弱体化する」と強調した。

 また古賀氏は「自民党は比例票が問われている。(自民党の候補は)比例票が入らないような変な言い方はやめるべきだ。わたしは公明党から推薦を受けていない」と述べたという。

 菅義偉選対副委員長も「麻生太郎首相も私も(公明党の推薦を)受けていない」と応じた。

 自民、公明両党は原則的に「比例は公明」と呼びかけないことで合意している。だが、公明党が選挙区で支援する自民党の各候補に対して、比例の支援を求め、自民党の候補が応じてきた実態がある。古賀氏の発言には、保守層の自民党離れを食い止めるねらいもあるとみられる。

 一方、公明党や支持母体の創価学会の幹部は同日夜、古賀氏の発言の真意を探ろうと躍起になった。ある公明党幹部は「選挙のタイミングや消費税問題で自民党側に強く迫りすぎたせいか」と頭を抱えた。別の幹部は「自民党執行部が比例の協力を解消するといっても、われわれの支援が必要な自民党の候補は多い。古賀さんのいうようにはいかない」と反発した。
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by sakura4987 | 2008-12-17 13:25


 (産経 2008/12/14)


 妊婦受け入れ拒否が続いたのを機に、周産期医療のあり方が問われている。この20年で、出産できる病院は約6割に減少した。産婦人科医も減り続け、母体搬送の“都府県境超え”は日常茶飯事という。この緊急事態をどう受け止めればいいのか。対策はあるのか。小説『産声が消えていく』(祥伝社)を刊行した医師、太田靖之氏に聞いた。

 深夜の手術室。妊婦の緊急手術を始めたとたん、別の妊婦の容体が急変する。当直医はひとり。「至急、もう1組カイザー(帝王切開)の準備を」-。

 小説には実体験が描かれている。太田氏は米国で医師国家試験に合格後、国内で勤務医となった。ところが「あまりの激務に」疲れ果てて一度は離職した。“燃え尽きた”主人公はかつての自分そのものだという。

 徐々に復帰するつもりでいたが、求めに応じるうち再びハードワークに。全国を飛び回り、飛行機の搭乗回数は今年だけで100回を超えた。休みは月2日しかないそうだ。「静岡の病院は医師2人体制。私が行く36時間だけ、どちらかの先生が休める。沖縄では70代の先生1人が一島のお産を支えている。日本中で産科は崩壊しています」

 産科医が減る一因は訴訟のリスクだ、と太田氏はいう。

 「いくら医学が進歩しても死亡率はゼロにならない。科学が及ばない部分は存在し続ける。ところが、お産はうまくいって当然という風潮から、医療の責任が問われ始めた」

 例えば500人に1人とされる脳性麻痺(まひ)。「原因特定は難しく国が支えるべきだが、日本では医師を訴えなくては救済されない」

 現場に衝撃を与えた“モンスター判決”もある。大阪高裁は平成15年、救急患者を救命できなかったとして奈良県立五条病院に対し、遺族に4900万円を支払うよう命じた。「最善を尽くした」とする主張は通らなかった。

 もちろん、故意や怠慢による医療事故ならば医師は責任を問われなければならない。「ただ、力が及ばないこともある。万全でなければ、受け入れを制限せざるを得なくなる」。判決後に、救急患者の受け入れ拒否が7倍に跳ね上がった地区もあるという。

 無用な刑事訴追を減らす制度を構築する。労働基準法を順守する。この2つが達成されれば「医師は現場に戻る」と太田氏は言い切る。

 死亡事故を受けて、文部科学省が打ち出した定員増の対策には懐疑的だ。「医師が逃げた原因に取り組んでいない。劣勢の戦場に兵を送り込んでも、また去るだけでしょう」。厚生労働省に対しては「医師余りの時代がくるといっていたが、医学の進歩が医師の増加を吸収した。循環器内科など昔はなかった科が増えている。一方で産科医は減るばかり。医療再生のため、根本から政策を見直すべきだ」。

 問題は根深い。立ち止まっている余裕はない。
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by sakura4987 | 2008-12-17 13:24


 (産経 2008/12/13)


 東京都内の妊婦が複数の病院から搬送を断られ、出産後に脳内出血で亡くなるなどの痛ましい事件が相次いで起こりました。
 この問題を受けて、都の周産期医療協議会では、脳内出血の併発など緊急を要する妊婦を必ず受け入れる拠点病院や、救急搬送業務を担うコーディネーターの設置などについて検討を進めています。

 ただ、問題の背景を探ると、救急医療とは別の問題も見え隠れします。

 病院側が搬送拒否する理由で最も多いのは、「新生児集中治療室(NICU)の満床」だといいます。満床になる一因として、NICUでの治療の必要性が高まる出生時体重が2500グラム未満の低出生体重児出産の増加があげられています。

 医療関係者はこうした傾向の背景に、個人差はあるものの、一般的に出産体力が低下するといわれる35歳以上の高齢出産の増加を指摘しています。

 厚生労働省の調査でも、35歳以上の妊婦が低出生体重児を出産する割合は、20代の妊婦よりも高いという結果が出ています。

 これまで、自らの出産についてのイメージはまったく浮かびませんでした。

 今年で30歳。

 妊婦や出産をとりまく環境について、もっと真剣に考えようと感じているきょうこのごろです。
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by sakura4987 | 2008-12-17 13:24


 (産経 2008/12/17)


 ≪■「チャングム」のまやかし≫

 近頃、会合で話をすると10人に1人位は韓国時代劇チャングムのファンがいて、物語をそのまま史実だと思いこんでいることが多いので、正しておきたい。まず朝鮮の李朝では、女子が宮中に出仕すると王様と疑似婚姻関係に入るので一生外に出られない。チャングム女史のように出たり入ったりはできない。

 ドラマでは李朝時代は色彩にあふれているが、ほんとうは顔料がないので民間に色はない。中国の清朝でも日本の江戸時代でも陶磁器に赤絵があるが、朝鮮には白磁しかないのはそのためで、民衆の衣服が白なのも顔料が自給できないからである。民芸研究家による「朝鮮の白は悲哀の色」というのも、今では真っ赤なウソである。上流階級だけは中国で交易する御用商人から色のある布を買っていた。

 李朝は清朝や江戸時代と異なり、技術革新を嫌い、低レベルの実物経済で500年もの統治を可能にしたのであり、どこに似ているかといえば、いまの北朝鮮に似ている。19世紀初めの朝鮮の儒者が、「(我が国の拙(つたな)きところ)針なし、羊なし、車なし」(鄭東●『晝永編』)といっている。

 針は粗雑なものがあったが、ちゃんと縫うには中国から針を買わねばならなかった。当時の中国針は優秀で、日本も輸入している。羊はモンゴルに征服された高麗にはいたが、いつの間にか滅びた。車は西洋文化が流入するまではない。木を曲げる技術がなかったからである。だから李朝には樽(たる)もない。液体を遠方に運ぶことすらできなかった。かつて日本が保護したとき、韓国はそのような国であった。

 ≪■歴史教科書にも国内批判≫

 韓国の歴史教科書について、最近では韓国の学者の間でも批判が出始めている。日本がやってきて、せっかく李朝期にあった韓国近代化の芽を摘み、植民地期にひたすら収奪したという論はもはや無理の限界に来ている。批判には、「このような収奪論には実証的な根拠が確実ではないという問題点がある。コメは日本に収奪されたのではなく、経済論理に従って日本に輸出されたのであり、それにともなって日本人を含む韓半島(韓国人は朝鮮半島をこう呼ぶ)全体の所得が増加した」(教科書フォーラム編『代案教科書 韓国近・現代史』2008年3月)と書かれてある。

 振り返れば韓国の歴史教科書もはじめからナショナリズム一辺倒であったわけではない。初期には、日清戦争で「日本の勝利となり、下関条約が結ばれ朝鮮の独立が認められた」(★佐鎬『中等世界史』英志文化社、1959年)とか、朝鮮は清の「半属国」だった(金聲近『高等世界史』高等学校2・3学年用、教友社、1962年)とか、平然と言っていた。

 日本が強制的に保護条約を押しつけたと居直るのは、70年代の中頃からのことで、朴正煕政権の後半、力量を持った民族ではなかったことが被植民地支配の原因だったと、ひそかに反省し始めたときであった。

 ≪■利権あさる一部マスコミ≫

 ところが、82年6月26日に日本のマスコミが、教科書検定で日本の中国への「侵略」が「進出」に書き換えられたという誤報を行った。日本ではちょうど検定制度をめぐって政府と日教組が大揉(も)めだったときだ。

 中国・韓国からのはげしい抗議が始まり、結果として近隣諸国条項(1982年11月24日、教科用図書検定基準)が設けられ、その影響で文部省の第6期学習指導要領(1989年告示)で、「とくに朝鮮については我が国と深いかかわりがあり、従前よりもさらに重視するようにする」という但(ただ)し書きがついてしまった。

 反省の機会を失った韓国の歴史教科書は、日本の自虐史観に反比例するように、どんどんと自尊的になり、「しかし日本は帝国主義列強よりもさらに残忍にアジア各国を蹂躙(じゅうりん)し、20世紀の歴史を悲劇で飾った第二次世界大戦を起こした。このような悲劇は日本の朝鮮強占ではじまり、これは隣の国との友好関係を破壊したところにその原因がある」(申チェシク・洪ソンピョ『高等学校世界史』ポヂンヂェ、1990年)とまで、歴史の歪曲(わいきょく)を行うようになっていったのである。

 日本の自虐史観の対照には韓国の自尊史観があるのであり、それはひずんだ鏡のように日韓の関係を歪(ゆが)めてきた。もはやポストモダン期にある日韓では、世論は反日でも贖罪(しょくざい)でも盛りあがらない。盛りあがっているのは、韓国の反日市場で利権をあさり、同じく日本の贖罪市場で利権の維持に汲々(きゅうきゅう)とする、一部マスコミと学者たちにすぎないのではないか。(ふるた ひろし)

●=志の士を兪に

★=恵の心を日に
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by sakura4987 | 2008-12-17 13:23


 (産経 2008/12/12)


 ≪■蔓延る賤民資本主義≫

 強欲資本主義が世界を横行してゐる。悪(あく)の野蠻國(やばんこく)が三つある。

 米國、ロシヤ、シナ。

 三者に共通する野蠻は、他者を際限なく貪(むさぼ)る者を野放しにしてゐる點(てん)にある。これでは、世界は修羅(しゅら)の巷(ちまた)になるほかない。

 「金儲(もう)けは悪いことですか?」と問ふた人が居た。

 悪事に決つてゐるではないか。

 それが目的なら。それがけじめを辨(わきま)へぬなら。

 給食費を拂(はら)つてゐるから、「戴(いただ)きます」「御馳走(ごちそう)様」と言ふ必要はないと言つた母親が居(ゐ)た。植物にせよ動物にせよ、生ある物の生命を戴いて生きることへの感謝の念が根本にあり、育てた人、調理した人への謝意も含むことを忘れた罰當(あた)りな發言(はつげん)である。

 このやうに、日本も腐つて来た。

 責任ある地位に居ながら、税金や利權(りけん)にたかるだけで責任を果さぬ「背任横領の徒」が蔓延(はびこ)つてゐる。

 とつくの昔に占領が終つて獨立(どくりつ)した筈(はず)なのに、日本弱體(じゃくたい)化の占領政策を政府もメディアも後生大事に守つてゐるのでこんなことになつた。

 略字・漢字制限・現代假名(かな)遣(づか)ひは、戰後育ちに戰前の書物を讀(よ)ませぬための日本文化断絶(だんぜつ)策だつたのに、政府もメディアもひたすら遵守(じゅんしゅ)してゐる。こんな政府もメディアも「反日の元兇(げんきょう)」と言はざるを得ない。

 ≪■野蠻國へ退化するか≫

 正統を護持せずに、何で日本が日本で居られやうか。

 私は5年前の5月に「反日蔓延る不思議の國日本」を、昨年3月に「動物文明から植物文明へ轉換(てんかん)しやう」を、この欄に書いた。再讀三讀して頂きたい文章である。

 日本は元禄以降、つまり18世紀に世界最初の文明國を築いた。

 勤勉實直(じっちょく)・薄利多賣・見ず知らずの他人を信用してかかる高信用社會(かい)である。

 西歐(せいおう)が高信用社會を築くのが19世紀だ。

 ロシヤとシナは現在に到るまで、やらずぶつたくりの低信用社會の儘(まま)に留まつてゐる。

 米國は原住民も黒人も排除した「市民」だけで造つた人造共和國である。移民社會だけに、下層民を信用してゐない。

 だから大統領を選ぶのに、一般國民の直選にせず、大統領選擧人(信用ある名望家)を選ばせる間接選擧を採用して現在に到る。

 共和國(國民が市民共同體を形成し、自由で平等で友愛の間柄)と帝國(人民は雜多で不自由・不平等・差別)の二重構造なのだ。

 日本は天皇家を宗家とする家中心の安定した社會構造を持つてゐた。それを、占領軍が民法を長子相續(そうぞく)から均分相續に變(か)へた。

 それ以來、家も近隣社會も國民共同體もばらばらに分解した。そこへ慾惚(よくぼ)けと邪魔臭がりに基くやらずぶつたくりの利己主義が蔓延して、今や野蠻國に退化しつつある。

 ≪■みそぎによる浄化を≫

 占領軍に限らず、外國は日本を弱體化することによつて生延びやうとしてゐる。

 19世紀ロシヤにニヒリズムが生れて以來、人生と社會を根底から破壞するニヒリズムが世界に蔓延して來た。共産主義(レーニン主義)は、ロシヤ・ニヒリズムの嫡出子である。

 曾(かつ)て素晴しい共存共榮(きょうえい)の社會を築いた大和民族がかうまで墮落(だらく)した姿を見るにつけ、私は「死んでも死に切れぬ」思ひを禁じ得ない。

 美と崇高への獻身(けんしん)、謙虚で強くて慈愛に満ちてゐたあの立派な日本と日本國民は何處(どこ)へ行つた?

 みそぎによる浄化が必要だと思ふ。臥薪嘗胆(がしんしょうたん)による國民精神の再生が不可欠だと思へてならない。それが日本だけでなく、世界をも救ふ筈である。

 幸か不幸か、目下、米國の強欲資本主義に端を發する金融危機が、世界經濟を破綻(はたん)に導きかけてゐる。

 これが、日本を含む人類の浄化に役立つかも知れない。といふより、これを契機に新しい共存共榮が出來るやうに文明を轉換すべきである。

 奪ふ文明、人間性を破壞する文明から、與へる文明へ、多元的で寛容な美と慈悲の文明へ。

 幸ひ、日本には天皇陛下が居られる。今上陛下が體現してをられる美と崇高と獻身と優しさこそ、日本を救ひ、世界を救ふ植物文明の原理である。

 日本は、慾惚けと邪魔臭がりと引籠りから脱却し、生きる歡びに目覺めるべき秋である。物的欲望は最小限に抑へ、仲間との絆(きずな)に基く聯帯(れんたい)と心の豐かさを求めるべき秋である。

 (この原稿はその趣旨から「正漢字・歴史的假名遣い」で執筆しました)

 (いはら きちのすけ)
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by sakura4987 | 2008-12-17 13:22


 (2008/12/9)


 もはや離婚は芸能人や一部の人達の特権ではなくなった感がする。最近は普通の家庭でも見られるようになった。離婚率の上昇傾向に加え、いわゆる熟年離婚の増加が顕著である。従って、財産分与や慰謝料の金額も高額になりつつある。慰謝料は離婚に伴うものがよく知られるが、その他交通事故や不当解雇に伴うものもある。どちらにしろ、慰謝料を受け取るものには税金がかからない。

 ただし、「財産分与」と「慰謝料」とは性格が異なる。財産分与は税法上は「贈与」である。

 しかし、結婚してから破綻するまで二人が共同して額に汗して蓄えたものを、離婚に際して分けるという意味から、慰謝料は特に「非課税」とされている。財産分与としてもらう方は非課税なのだが、あげる方に課税上の問題がある。分与する財産が現預金であれば問題はないのだが、不動産等の場合には税法上は時価で相手方に売ったことになる。

 つまりあげた方に不動産の譲渡所得が発生する場合がある。財産分与で特に多いのは自宅。自宅の場合は居住用財産の譲渡ということで、譲渡益から3,000万円の特別控除が可能なので、税金がかかる場合は少ない。

 日本では夫婦という関係は、法律上、必ず籍を入れていないと認められない。フランスなんかと異なり、形式で判断する。20年以上別居していても籍が入っていれば法律上は夫婦であり、20年以上同棲していても籍を入れていなければ他人関係だ。

 最近、財産分与や慰謝料を巡る裁判で、入籍していない男女の争いが多くなっている。未入籍の同棲を「事実婚」というのだそうだが、事実婚でも財産分与を受け取れる場合が多くなっている。

 そうすると、税法では財産をもらう方に贈与税が発生することになる。事実婚でも二人で蓄えた財産を分与してもらうのに、贈与税がかかるのは不合理だ。しかし事実婚の財産分与まで贈与税非課税としてしまうと歯止めがかからない。

 そこで贈与税非課税とするには、ただ一つ。裁判にかけることである。つまり「民事訴訟等、また訴訟に準じた和解等によって、民法上の財産分与請求権が発生している事実が認められる」のであれば、離婚に伴う財産分与と同様に扱うと国税庁は言っている。

 これは重大なことである。

 事実婚はおろか愛人関係にある場合にも、民法上の財産分与請求権が認められるのであれば、贈与税は非課税となるのである。いよいよ日本もフランス的になってくるのだろうか。
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by sakura4987 | 2008-12-17 13:22


 (産経 2008/12/12)


 今年1~11月に全国の警察が認知した刑法犯のうち通り魔による殺人、殺人未遂事件の件数は13件、死傷者数は死者11人を含む42人で、現在の形で統計を取り始めた平成5年以降、最多となったことが11日、警察庁のまとめで分かった。また、65歳以上の高齢者による殺人(未遂を含む)が増加。「介護疲れ・看病疲れ」という動機で妻や夫を殺害するケースが大幅に増えており、介護問題の深刻さをうかがわせている。

 警察庁によると、同期間の刑法犯全体の認知件数は前年比4・9%減の167万4773件。通年でも昨年を下回り、6年連続の減少となる見通し。殺人や強盗、放火など警察庁が「重要犯罪」としている罪名の認知件数では殺人だけが前年を上回った。

 通り魔事件について見ると、今年は3月に茨城県土浦市のJR荒川沖駅で無職の男(24)が通行人を刃物で襲い、1人を殺害、7人にけがを負わせた事件が発生。東京・秋葉原で6月、派遣社員の男(25)が通行人をトラックではねたり刃物で襲ったりして7人を殺害、10人に重傷を負わせた事件など一度に複数の被害者が出る事件が相次いだことが死傷者数を押し上げた。

 通り魔事件ではこれまで、認知11件、死傷者数32人の平成8年が最多だったが、今年はこれを大きく上回った。

 吉村博人警察庁長官は11日の記者会見で、「経済社会状況がよくなく、その影響が通り魔に限らず出てくることは十分予想され、注意していきたい」と述べた。

 一方、刑法犯として逮捕されるなどした高齢者は今年11月までに4万5059人で、昨年を上回るペースで推移。罪名別では、暴行が1871人(昨年は1703人)で急増。万引も2万4917人と高水準で推移している。

 未遂を含む殺人は、158人(同110人)。このうち親族間の殺人が108人(同36人)。被害者が配偶者だったケースは61%を占めた。犯行動機では「介護・看病疲れ」とした高齢者が21人で、昨年(5人)を大幅に上回った。
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by sakura4987 | 2008-12-17 12:17

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