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 (中日 2009/5/19)

 http://www.chunichi.co.jp/article/nagano/20090519/CK2009051902000022.html


 映画「硫黄島からの手紙」などで知られる旧日本陸軍の栗林忠道大将が、中尉だった1919(大正8)年に発表した軍の旧態を批判する論文を、出身地・長野市の「人間・栗林忠道と今井武夫を顕彰する会」(井上昭英会長)が発掘した。同会は「軍でタブー視されていた体質を批判する勇気ある内容で、栗林の面目躍如たるものがある」としている。

 栗林大将は1891(明治24)年、西条村(現長野市松代町)生まれ。長野中学校(現長野高校)卒業後、陸軍士官学校に進んだ。1944(昭和19)年、中将で硫黄島守備隊総司令官に着任。米軍上陸後、大将に昇進し、最後の総攻撃で戦死した。

 論文は「吾人(ごじん)ノ軍事知識以外ノ知識ノ著シク低級ナルハ争フベカラズ」と題し、陸軍将校の親睦(しんぼく)会の機関誌「偕行(かいこう)社記事」に寄稿。当時の将校が軍事以外の知識は不要としていたことを批判し、部下を心服させるためには民主主義や一般常識も広く学ぶべきだと訴えている。

 顕彰する会は、栗林大将とともに、中国との和平工作に尽力した同窓の今井武夫少将の功績を広めようと、長野高校OBを中心に今年3月発足。今月8日に開いた勉強会で、会員の川上昭三さん(81)が知人から譲り受けた資料の中から、論文の2次資料を発見した。
 同会は24日、2人の肉親を招いた集会を長野市民会館で開く。長野高校管弦楽班による演奏もある。入場無料。問い合わせは、同会事務局=電026(296)0093=へ。
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by sakura4987 | 2009-05-22 12:39


 (伊勢 2009/5/18)

 http://www.isenp.co.jp/news/20090518/news02.htm


 県と県金融広報委員会は十七日、津市羽所町のアスト津で平成二十一年度消費者月間記念講演会「くらしとおかねのお役立ちヒント~日米の生活体験を通じて」を開いた。タレントで山形弁研究家のダニエル・カールさん(49)が、日米のお金に関する教育の違いを語った。

 米国出身のダニエルさんは、八歳の時に父親から渡された「契約書」にサインをし、家の仕事を与えられた。規則に違反すると、小遣いをもらえなかったという。そのため、「日本で『お金ちょうだい』と気軽に言う子どもを見てたまげた」と話し、「お金はもらうものでなく、稼ぐものだと教えてほしい」と訴えた。

 また、同国カリフォルニア州の高校では運転免許の取得や子育て、クレジットカードに関する授業があると紹介し、「米国の高校は卒業してすぐに大人になるための準備段階で、日本の高校は大学受験のための準備段階になっている」と比較した上で、「日本では誰がお金のことを教えるのか?」と疑問を投げかけた。
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by sakura4987 | 2009-05-22 12:29


 (recordchina 2009/5/19)

 http://www.recordchina.co.jp/group/g31535.html


 2009年5月19日、新浪娯楽は、現在フランスで開催中のカンヌ映画祭で、南京大虐殺を扱った中国映画「南京!南京!」が5月14・16日に上映され、ヨーロッパの配給会社から高い評価を得たと伝えた。 

 米ナショナル・ジオグラフィック・フィルムズ社のアダム・レイプツィ氏は鑑賞後、「第ニ次世界大戦を扱った最もすばらしい映画の1つだ」と賞賛し、モノクロ映像が効果的だと評したという。 

 また、映画誌「スクリーン」によれば、High Fliers社がイギリスとアイルランドにおける同映画の配給権を獲得した。同社が中国映画の配給権を購入するのは初めてだが、同社の責任者はこの映画を見て深く感動し、配給権の交渉も滞りなく進んだと話している。 

 映画「南京!南京!」は、90年代以降に頭角を現した「第6世代」を代表する陸川(ルー・チュアン)監督の3本目の作品。4月22日から中国本土で公開されて以来、大きな反響を呼んでいる。5月7日からは香港でも上映が開始されている。
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by sakura4987 | 2009-05-22 12:28


 (産経 2009/5/14)


 ≪■2人の政治学者の死に≫

 昨年末に国際政治学者の永井陽之助氏が亡くなり、今年2月には同じく神谷不二氏も亡くなった。お二人とも、いわゆる「現実主義」の論客として学界と論壇をリードしてこられた方である。ご冥福をお祈りしたい。

 「現実主義」とは何か。代表的論客だった高坂正堯氏の説に耳を傾けよう。

 それは「…社会・歴史・政治について、それに内在する不可知なものを承認し、簡単な図式でもって置き換えないこと、そして、目的と手段との間の相互関連性を認め、この両者の間の生き生きとした会話を重視することを説くものなのである」。

 インターネットを含む最近の言論界では、「保守」や「保守主義」が標榜(ひょうぼう)されることは多いが、「現実主義」の説かれることは少ないように思う。「保守」は伝統と結びつくこともあろうし、「タカ派」的イメージと重なる部分もある。

 しかし本来、「現実主義」や懐疑主義とも連動するはずである。これらと接点をもたない「保守」は、狭量で硬直したものになりがちである。

 例えば、「あの人は真の保守ではない」といった非難は、保守すべき目標以上に「保守」的な姿勢を自己目的にしてはいまいか。また、複雑な社会・歴史・政治を「保守」と「リベラル」という「簡単な図式」で判別することを、「現実主義」は避けようとしてきた。さらに、ある特定の立場を「真の保守」と断定するような姿勢には、不可知なものへの謙虚さや自らを懐疑する知恵が欠けている。


 ≪■抵抗ポーズにも厳しさを≫

 おそらく、自ら「保守」を標榜する人々の一部は、依然として日本社会が「リベラル」に汚染されていると嘆じ、自称「リベラル」(しばしば狭量で不寛容であるが)は社会の「保守化」を憂えている。いずれもが「過慮」(中江兆民)であろう。「過慮」は言論を過激にし、不寛容を助長する。

 中国や北朝鮮ならいざ知らず、言論の自由の保証された日本社会では、「保守」にせよ「リベラル」にせよ、過激な言論を展開することに、実はそれほどの勇気はいらない。むしろ、中庸な意見のほうが、折衷主義や妥協的、現状追従といった非難を浴びやすいかもしれない。

 「政治権力への抵抗のポーズそれ自身が何かに対するひとつのサービスなのだ、という現代の逆説に厳しい自覚を欠いた言論は、いつかまた、世論や民衆のムードの変化に応じて、たちどころに総転換が始まるだろう」と、永井氏は指摘している。「何か」に激烈に抗議・抵抗するポーズが、実は別の「何か」への迎合や追従でありはしないか。

 去る4月5日の北朝鮮によるミサイル発射実験を受けて、日本の安全保障体制に多角的な見直しは必要である。しかし、ここから安直に核武装論を導き出すべきではない。念のために言うが、筆者は核武装を議論することを否定しているのではない。目的と手段との「生き生きとした会話」の必要性を喚起しているのである。

 北朝鮮の脅威に対応する上で、核武装が最も妥当な選択か、核武装に伴うリスクやコストは何か、さらには、どのような方法でどのような種類の核武装を行うのか-こうした論点を十分に検証しなければならない。核武装は「劇薬」であり、場合によっては日本国の存亡にかかわる。愛国心をもった人間なら、思いつきだけで議論はできないはずである。

 ≪■優先順位の感覚と寛容を≫

 核をもつ意思表示で抑止効果が生じると説く人もいる。

 しかし、意思だけで方法論を欠けば、議論に信憑(しんぴょう)性がなく、抑止効果は生じない。

 まして、日米ニュークリアシェアリング(核の共有)論なら、アメリカの意思も問題になる。在日米軍の大幅削減論や真珠湾コミンテルン陰謀説とセットでそれを論じても、効果は乏しかろう。逆に、意思表示だけで、日本に対するネガティブ・キャンペーンの材料にはなるかもしれない。

 多くの場合、過激な言論を説くことは容易だし、不安や不満の蔓延(まんえん)する現下の社会では、過激な言論に一時的に身を委ねることで、ある種の清涼感が得られるかもしれない。

 しかし、目的と手段との間に「生き生きとした会話」を欠く核武装論では、一時的な清涼感以上のものは期待できない。

 もとより、将来により精緻(せいち)な核武装論が展開されるかもしれない。だが、政治や戦略にとっては優先順位が重要である。安倍元首相が着手した集団的自衛権の行使に関する見直し作業は、未完のままである。その安倍氏も最近の訪米で、バイデン副大統領に包括的核実験禁止条約への調印を促している。

 つまり、核軍縮の潮流を重視しているのである。日本の国連安保理常任理事国入りも果たせていない。地球環境やエネルギー、海洋政策でも国際協力を進めていかなければならない。

 日本の外交課題が山積する中で、「保守」が「現実主義」と再び合流し、優先順位の感覚と寛容の精神を再発見することに、心から期待したい。
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by sakura4987 | 2009-05-22 12:27


 (産経 2009/4/30)


 ■移植臓器の提供先を明らかに

 ≪■ドナーが決定的に不足≫

 今国会に提出の重要法案の一つに臓器移植法改正案がある。

 この法案の主要目的は2点。1点は子どもへの臓器提供機会の拡大。もう1点は、海外で移植手術を受ける日本人が増えたことへの海外からの批判への対処である。

 そのための改正論議とのことであるが、まったくピント外れ。最大問題はドナー(臓器提供者)が決定的に少ないこと、それをどうするかということなのである。

 現行臓器移植法は、成立してから13年目に入るが、その適用はまだ81例とのこと。1億3000万人に対してこれでは法の存在意義すらないに等しい。それほどドナーは少ないのである。

 ではどうすればよいのか、ドナーを増やす方法はあるのか。

 ある。その方法について、私は15、16年も前から述べているのにだれも耳を貸そうとしない。

 私はこう主張している。臓器提供を可能にするのは、日本人の死生観と合致するときである。その合致がないかぎり、いくら法律をいじくっても、臓器提供は増えない、と。

 世界的に言えば、代表的死生観は3種に集約できる。

 移植臓器の提供先を明らかに

 一つは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教すなわち一神教のそれである。この場合は、神を信ずる者には魂の救済があるので、なによりも信仰第一。また、神が天地創造の際、人間の姿を土で造り給(たも)うたとするので、遺体は元の土に帰るだけ。それなら、遺体から臓器提供しても神の意志に反することはない。いや、むしろ他者のために積極的にさえなりうる。

 いま一つはインド諸宗教(インド仏教も含む)の死生観。それは輪廻(りんね)転生であるから、魂は次々と転生してゆくが、どういう世界に生まれるのかは不明なので、肉体は夢幻にすぎず、遺体は火にかけ散骨する。祖先は祭らず、墓も作らない。だから、貧しい者は生きているときでも腎臓を1つ売ったりする。まして遺体の臓器提供に抵抗はない。

 ≪■儒教融合した独自死生観≫

 最後に儒教文化圏、特に日本。インド仏教は中国に伝来して後、儒教の死生観と融合し、それが日本仏教においてさらに深化し独自の死生観となる。

 すなわち、インド仏教的に本尊に対しては輪廻転生の苦しみからの軽減を乞(こ)い、一方、儒教的に祖先(位牌(いはい))に対しては祖先からの連続に感謝する。この仏・儒両儀礼において、実質的には祖先祭祀が中心となる。

 祖先祭祀とは、天空にある魂(こん)(精神)と、墓に眠る魄(はく)(遺体)とを呼び出して合体させる儀礼であり、魂魄は位牌に依りついて遺族、子孫と再会することとなる。このとき、子孫は祖先との生命の連続を意識する。これが日本人の死生観の根元である。

 さて、もし20歳まで成長した子が交通事故に遭い、頭部だけを打って死亡し、首から下は健全であったとき、臓器提供をする条件は備わっている。

 そういうことは理屈では分かっている。しかし、もし身体の一部でも提供するとしたならば、すなわち身体を〈欠損する〉としたならば、祖先祭祀の儀礼(法要)のとき、完全な形の身体で現世に帰ってくることができないという抵抗感、拒絶感があるのである。

 もちろん、それは土葬時代の感覚であり、今日のようにインド仏教風に荼毘(だび)に付す、すなわち遺体を火にかけて焼く以上、原形はどこにもない。

 しかし、おそらくは何千年と続いてきた遺体観はそう簡単に変わるものではない。

 だが、そのような遺体観、延(ひ)いては死生観を乗り越えて臓器提供をしようと思っても、ブレーキがもう一つある。それは、臓器の行き先が不明という点である。


 ≪■提供者の慰霊祭も必要≫

 聞けば、アメリカで臓器提供者側の者が、提供先を知り恐喝的に金銭を要求した事件があったらしく、それ以来、提供先を明らかにしないのが通例となり法律化してきた歴史が今日に至っている。

 けれども、日本はアメリカとは異なる。生命の連続を重んずる感覚の日本人の場合、前掲の死亡した20歳の子の心臓は岡山県の△△さんの中で生きている、肝臓は愛知県の□□さんのところで…とあれば、子を失った悲しみの幾分かは癒やされよう。

 いや、提供を受けた人との劇的な対面がいつかはありえよう。あるいは、亡き子の法要にその人たちの参列もありえよう。

 求められれば臓器提供先を明らかにするということを法案に明文化しないかぎり、日本人の臓器提供が増える可能性はない。

 また、祖先祭祀という慰霊は日本人の根本感覚である。とすると、臓器提供者に対して知事クラスが主催する慰霊祭もまた必要である。

 医学部解剖学教室が行っている献体者慰霊祭は荘厳で感動的である。慰霊は百千万言の議論を越えて説得力がある。

 臓器提供先や慰霊の問題を無視しての今の改正案は、まさに「仏作って魂入れず」に終わることであろう。
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by sakura4987 | 2009-05-22 12:27


 (産経 2009/4/30)


 ■移植臓器の提供先を明らかに

 ≪■ドナーが決定的に不足≫

 今国会に提出の重要法案の一つに臓器移植法改正案がある。

 この法案の主要目的は2点。1点は子どもへの臓器提供機会の拡大。もう1点は、海外で移植手術を受ける日本人が増えたことへの海外からの批判への対処である。

 そのための改正論議とのことであるが、まったくピント外れ。最大問題はドナー(臓器提供者)が決定的に少ないこと、それをどうするかということなのである。

 現行臓器移植法は、成立してから13年目に入るが、その適用はまだ81例とのこと。1億3000万人に対してこれでは法の存在意義すらないに等しい。それほどドナーは少ないのである。

 ではどうすればよいのか、ドナーを増やす方法はあるのか。

 ある。その方法について、私は15、16年も前から述べているのにだれも耳を貸そうとしない。

 私はこう主張している。臓器提供を可能にするのは、日本人の死生観と合致するときである。その合致がないかぎり、いくら法律をいじくっても、臓器提供は増えない、と。

 世界的に言えば、代表的死生観は3種に集約できる。

 移植臓器の提供先を明らかに

 一つは、ユダヤ教・キリスト教・イスラム教すなわち一神教のそれである。この場合は、神を信ずる者には魂の救済があるので、なによりも信仰第一。また、神が天地創造の際、人間の姿を土で造り給(たも)うたとするので、遺体は元の土に帰るだけ。それなら、遺体から臓器提供しても神の意志に反することはない。いや、むしろ他者のために積極的にさえなりうる。

 いま一つはインド諸宗教(インド仏教も含む)の死生観。それは輪廻(りんね)転生であるから、魂は次々と転生してゆくが、どういう世界に生まれるのかは不明なので、肉体は夢幻にすぎず、遺体は火にかけ散骨する。祖先は祭らず、墓も作らない。だから、貧しい者は生きているときでも腎臓を1つ売ったりする。まして遺体の臓器提供に抵抗はない。

 ≪■儒教融合した独自死生観≫

 最後に儒教文化圏、特に日本。インド仏教は中国に伝来して後、儒教の死生観と融合し、それが日本仏教においてさらに深化し独自の死生観となる。

 すなわち、インド仏教的に本尊に対しては輪廻転生の苦しみからの軽減を乞(こ)い、一方、儒教的に祖先(位牌(いはい))に対しては祖先からの連続に感謝する。この仏・儒両儀礼において、実質的には祖先祭祀が中心となる。

 祖先祭祀とは、天空にある魂(こん)(精神)と、墓に眠る魄(はく)(遺体)とを呼び出して合体させる儀礼であり、魂魄は位牌に依りついて遺族、子孫と再会することとなる。このとき、子孫は祖先との生命の連続を意識する。これが日本人の死生観の根元である。

 さて、もし20歳まで成長した子が交通事故に遭い、頭部だけを打って死亡し、首から下は健全であったとき、臓器提供をする条件は備わっている。

 そういうことは理屈では分かっている。しかし、もし身体の一部でも提供するとしたならば、すなわち身体を〈欠損する〉としたならば、祖先祭祀の儀礼(法要)のとき、完全な形の身体で現世に帰ってくることができないという抵抗感、拒絶感があるのである。

 もちろん、それは土葬時代の感覚であり、今日のようにインド仏教風に荼毘(だび)に付す、すなわち遺体を火にかけて焼く以上、原形はどこにもない。

 しかし、おそらくは何千年と続いてきた遺体観はそう簡単に変わるものではない。

 だが、そのような遺体観、延(ひ)いては死生観を乗り越えて臓器提供をしようと思っても、ブレーキがもう一つある。それは、臓器の行き先が不明という点である。


 ≪■提供者の慰霊祭も必要≫

 聞けば、アメリカで臓器提供者側の者が、提供先を知り恐喝的に金銭を要求した事件があったらしく、それ以来、提供先を明らかにしないのが通例となり法律化してきた歴史が今日に至っている。

 けれども、日本はアメリカとは異なる。生命の連続を重んずる感覚の日本人の場合、前掲の死亡した20歳の子の心臓は岡山県の△△さんの中で生きている、肝臓は愛知県の□□さんのところで…とあれば、子を失った悲しみの幾分かは癒やされよう。

 いや、提供を受けた人との劇的な対面がいつかはありえよう。あるいは、亡き子の法要にその人たちの参列もありえよう。

 求められれば臓器提供先を明らかにするということを法案に明文化しないかぎり、日本人の臓器提供が増える可能性はない。

 また、祖先祭祀という慰霊は日本人の根本感覚である。とすると、臓器提供者に対して知事クラスが主催する慰霊祭もまた必要である。

 医学部解剖学教室が行っている献体者慰霊祭は荘厳で感動的である。慰霊は百千万言の議論を越えて説得力がある。

 臓器提供先や慰霊の問題を無視しての今の改正案は、まさに「仏作って魂入れず」に終わることであろう。
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by sakura4987 | 2009-05-22 12:26


 (産経 2009/4/30)


英国に渡航した長州5傑の面々。右上の伊藤博文から、時計回りに山尾、井上馨、遠藤謹助、井上勝(萩博物館)


 ■政治家と「生きた器械」

 “クレオパトラの鼻が少し低かったら、世界史は変わっていたかもしれない”。パスカルの言葉は、歴史における「イフ」(もし何々だったら)という仮定への誘惑をそそってきた。彼女の鼻は手術でもしなければ低くできない。

 ◆「長州5傑」の判断こそ

 しかし、幕末に20代の「長州5傑」(長州ファイブ)がロンドンで実際と違った判断をしていたなら、明治新時代の歴史は想像もつかないほど変わっていたに違いない。鎖国の日本から英国に留学した5人の若者は、外国艦隊の長州攻撃計画を知って苦悩した。考え抜いた末、後に井上馨や伊藤博文と名乗る若者たちは、近代陸海軍の現実をこの目で見て攘夷(じょうい)の無謀さを藩に説くために急遽(きゅうきょ)、帰国の道を選ぶ。こうして2人は、政治と外交の世界で明治新政府をリードする政治家に成長する。

 しかし、自然な任務分担の形で英国に残り、学業を続けた3人の偉さについて知る現代人は多くない。山尾庸三はグラスゴーの造船所で働きながら、アンダーソン・カレッジで工学を勉強した。他方、井上勝はロンドン大学などで鉄道・鉱山技術を学び、遠藤謹助も造幣技術を習得している。

 ことに山尾は品川御殿山に建築中の英国公使館焼き打ちに加わった筋金入りの尊王攘夷派であったが、英国に渡ると、西洋の先端技術の摂取に努めた。早い話が転向したのである。

 ◆橋、鉄道、金貨…貪欲に

 5傑のこだわりのないプラグマチストぶりには驚かされるが、現実に大英帝国の繁栄を見ると、攘夷では国が滅びると実感したに相違ない。この見切りの良さが幕末の志士を明治のエリートに成長させる原動力になった。

 政治家だけで新しい国造りはできない。山尾たちは、テムズ川の堅牢(けんろう)な橋、マンチェスターの工場、ロンドン中心の鉄道網、社会生活の基礎となるポンド金貨などを近代日本国家も摂取すべき不可欠の要素と考えた。

 井上勝は帰国後、新橋・横浜間の鉄道開業に努力し、国鉄総裁に相当する職に就く。高給の外国人お雇いをやめ、大阪に工技生養成所を設けて自前の技術者育成に努めたあたりは、幕末に攘夷の風を吹かした長州人らしい。東海道線や国産車両も井上がいなければ実現できなかった。まさに“鉄道の父”なのである。

 遠藤謹助は、造幣局長など一貫して貨幣鋳造畑を歩む。英国人お雇いと衝突して辞職する気骨は幕末の気風を残していた。再び造幣局に戻った彼は毎年4月中旬に桜並木を一般公開する「桜の通り抜け」を始めた“造幣の父”だ。


 ◆工学教育研究の功労者

 山尾庸三は帰国後、工部省や工部大学校(東京大学工学部の前身)をつくり、国家経営の高級技術者を育てることに腐心した。日本繁栄の土台をつくった工学教育研究最大の功労者といってよく、“工学の父”の名にふさわしい。

 さらに、山尾の偉いのは、英国の造船所で会話が不自由な職工が日々元気で働くのに感動し、耳が聞こえず、目の不自由な身体障害者の教育に取り組み、明治13(1880)年に「楽善会訓盲院」の設立に尽力したことだ。現在の筑波大学付属聴覚特別支援学校などの前身である。

 山尾らを見た英国人は、彼らの礼儀正しさ、真面目さと勤勉ぶり、目標を目指すひたむきな努力、手の器用さを褒めたたえた。山尾らに共通するのは、武士の誇りと使命感であった。彼らは技術や教育という地味な分野で近代国家の建設に貢献したのである。

 伊藤博文や井上馨らの政治家は、有能な専門家を活用する術を知っていた。政治家は、優秀な能力をもつ人間を活殺自在に使う点で器量が試される。良い官僚まで叩くと、政治は成り立たない。山尾らの才能を見抜き、それを新生日本の「生きた器械」として活(い)かした明治の政治家の度量には改めて感心させられる。


【プロフィル】山尾庸三

 やまお・ようぞう 天保8(1837)年、周防国長州藩士、山尾忠治郎の次男として生まれ、吉田松陰らに学ぶ。幕府が開国の延期を交渉するため、文久元(1861)年、ロシアへ使節団を派遣し、随行した。翌年に帰国後、品川御殿山のイギリス公使館を焼き打ちにした。同3年には密航でイギリスに渡航、産業や文化を視察し、各種工業を調査研究した。明治3(1870)年に帰国し、横浜造船所の責任者となり、同13年には工部卿に就任。その後、法制局長官、有栖川宮と北白川宮の各別当の要職を務め、21年には臨時建築局総裁を兼ねた。31年の辞職後は、文墨を楽しみ、金魚を好んで飼育した。20年には子爵に任じられた。大正6(1917)年に脳出血のため、81歳で死去。
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by sakura4987 | 2009-05-22 12:26


 (朝鮮日報 2009/5/14)

 http://www.chosunonline.com/news/20090514000022


 少しでも広く海底の大陸棚を確保しようという国際社会の競争が激しさを増している。

 国連大陸棚限界委員会(CLCS)のホームページによると、排他的経済水域(EEZ)である200カイリ(約370キロ)を越える大陸棚について自国の領土との認定を受けるため、12日現在で50カ国余りが委員会に文書を提出している。大陸棚は海岸から水深約200メートルまで続く傾斜が緩い海底地形のことを指し、魚類資源が豊富で、石油・天然ガス・鉱物資源などが埋蔵されている場合が多く、経済的な利用価値が高い。このため、海を間に挟んだ国の間で領有権紛争がひんぱんに発生する。

 中国は今月11日、大陸棚限界に関する予備情報をCLCSに提出した。中国外務省の馬朝旭報道官は、「東中国海(韓国の西海〈黄海〉・南海を含む)の一部地域は、200カイリを境界線にしている」と語った。

 香港紙『明報』は、13日付の記事で「蘇岩礁と釣魚島の問題で韓国および日本と紛争を起こす可能性がある」と報じた。蘇岩礁とは韓国が実効的に支配している離於島の中国名で、2007年12月に中国は国家海洋局傘下の機関が設けたホームページで離於島を中国領だと主張したが、外交問題に飛び火したことを受けこれを削除したことがある。

 中国は、台湾北東の海上にある釣魚島(日本名:尖閣諸島)に関しては日本と、南シナ海の群島に関しては東南アジア9カ国との間で領有権紛争を引き起こしている。

 フランスとカナダは、カナダ東部のニューファンドランド地方にあるフランス領「サンピエール島」および「ミクロン島」周辺の大陸棚をめぐり衝突している。この島は住民約6000人余、面積約242平方キロに過ぎないが、周辺の大陸棚で油田やガス田が開発される可能性が高い。

 フランスは、この島の他にもニューカレドニア(南西太平洋)やフランス領アンティル(カリブ海)・フランス領ギアナ(南米)など世界各地で大陸棚の領有権を主張している。

 イギリスとアルゼンチンは、アルゼンチン西方の大西洋上にあるフォークランド諸島をめぐり1982年に一度戦争を起こしたが、その後も同諸島周辺の大陸棚の領有権に関して再び衝突を引き起こしている。イギリス政府は今月11日、南米のフォークランドおよびその周辺の諸島の海底120万平方キロに対する領有権を国連に主張したと発表した。アルゼンチンは、これに先立ち先月21日にCLCSへこの地域に対する領有権を主張した。

 大陸棚限界委員会は、各国が提出した大陸棚の領有権に関する資料を根拠として、各当事国が共同で要請する場合には領有権審査を行い、決定を下すことができる。しかしCLCSの決定に拘束力はなく、最終的な大陸棚限界の確定は国連海洋法条約により当事国間の交渉によって決定される。
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by sakura4987 | 2009-05-19 11:20


 (徳島 2009/5/12)

 http://www.topics.or.jp/worldNews/worldInternational/2009/05/2009051201001049.html


 中国政府は12日までに、東シナ海の海洋権益をめぐり、沿岸から200カイリを超える海域に大陸棚の拡張を求める調査資料を国連の大陸棚限界委員会に提出し、大陸棚拡張の暫定的申請を行った。

 日本の外務省などによると、中国側の主張する具体的な範囲は明確ではないが、大陸棚は沖縄トラフ(沖縄近海の海溝)まで、との従来の立場に沿った内容とみられ、日中間の新たな摩擦に発展する可能性もある。

 新華社電は申請について「200カイリ以外に権利がないと誤解されるのは海洋権益にマイナス」と指摘。中国の原則的立場を内外にアピールする狙いもあるとみられる。

 日本側には、日中の境界線が未画定であることなどもあり、審査の対象にはならないとの見方もある。暫定申請から本申請に切り替わる動きなどを注視しながら、必要に応じて国連の場などで意見表明していく構えだ。

 東シナ海をめぐっては日本は互いの海岸線から等距離を「日中中間線」と位置付け、中間線より日本側の海域での中国の権益を認めていない。

一方、中国側は日中中間線よりはるかに日本側に近い沖縄トラフが境界線だと反論している。

 大陸棚拡張では、日本政府も昨年11月に太平洋側での拡張を求める資料を国連に提出した。
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by sakura4987 | 2009-05-19 11:19



 いささか旧聞に属するけれど、アフリカ・ソマリア沖に展開中の海上自衛隊の護衛艦が、民間国際交流団体「ピースボート」の旅客船を護衛した話題を取り上げたい。ネットの世界でも、論議が盛り上がっている。

 ピースボートは、社民党の辻元清美衆院議員が、早稲田大学在学中の昭和58年、客船をチャーターしてグアムなどへのクルーズを実現したのが始まりだ。その後も、反戦の主張を掲げて世界各地への旅を続けてきた。平成4年暮れには、辻元さんを含めたメンバー約70人が、カンボジアを訪れている。

 わが国初の本格的な国連平和維持活動(PKO)に参加していた自衛隊施設大隊を見学するためだ。隊を取材中だったカメラマンの宮嶋茂樹さんによると、基地内で勝手気ままに振る舞う人たちに、声をからして対応する広報担当者は、幼稚園の先生のようだった(『ああ、堂々の自衛隊』クレスト社)。

 「従軍慰安婦を派遣するというウワサがある」「隊内でコンドームを配っているとか」「帝国時代の軍人を尊敬している人がたくさんいるのか」。対話集会でのメンバーの質問は、泥まみれになって道路の補修などに取り組む隊員たちへの悪意に満ちていたそうだ。

 今回の海自の派遣にも反対していた。その海自に、海賊から守ってもらったことを批判するつもりはない。せめてこれを機会に船内で、自衛隊を含めた安全保障の問題をまじめに論じ合ってほしいと願うばかりだ。

 ところで、今のところ小紙しか、ピースボート護衛の事実を伝えていない。辻元さんが、設立を思い立ったのは、侵略を進出と変えたと報じた、例の教科書問題だったそうだ。誤報だったと認めたのも、読者のご存じの通り、小紙だけである。
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by sakura4987 | 2009-05-19 11:18

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