2009年 06月 12日
(毎日 2009/6/11) http://mainichi.jp/photo/archive/news/2009/06/11/20090611k0000e040081000c.html 第二次大戦中に麻生太郎首相の父が経営していた旧麻生鉱業の吉隈(よしくま)炭鉱(福岡県桂川=けいせん=町)で使役させられた元連合国軍捕虜のオーストラリア人と英国人遺族が14日来日する。使役の事実を麻生首相が衆院本会議で1月に認めた後、その当事者が来日するのは初めて。関係者を通じ麻生首相に面会と謝罪を求めている。 来日するのは元捕虜で豪シドニー在住のジョー・クームスさん(88)とその息子2人、英国人元捕虜(故人)の息子の計4人。クームスさんは元豪陸軍伍長で1942年2月、シンガポールで旧日本軍に降伏。神戸の造船所での使役の後、45年3月に吉隈炭鉱の収容所へ移された。昼夜2交代の12時間労働を強いられたが賃金は未払いで、警備兵に暴行されたという。 クームスさんは、強制労働への謝罪や不公正に対する補償金などを求める手紙を2月に麻生首相に送ったが、返事はないという。終戦で帰国後、初来日となるクームスさんは「日本の首相から直接謝罪を聞きたい。私たちの苦難を認めてもらうことが、仲間も含め私たちの慰めになる」と訴えている。 4人は日本で捕虜問題を研究する有志がカンパを募り、招いた。約1週間滞在し炭鉱跡や当時の使役企業などを訪れるほか、東京や福岡などで市民と交流する。有志の一人で事務局を務める有光健さん(58)は「麻生首相が在任中に謝罪することで本人と日本にとっての名誉回復となる」と訴えている。 厚生労働省が関係資料を公開し使役が裏付けられるまで、日本政府は事実を否定した。同炭鉱は連合国軍捕虜300人や多くの朝鮮人を使役していたことが判明。そのうち豪州人は197人で、4人の生存が確認されている。 2009年 06月 12日
(朝鮮日報 2009/6/10) http://www.chosunonline.com/news/20090610000046 「オランダと日本は400年にわたり、特別な関係を築いてきました。しかしわが国は日本政府や国民・企業に対し、第2次世界大戦当時の日本軍による野蛮な行為で、多くのオランダ人が苦痛を受けたという事実を忘れないよう、引き続き注意を促していかなければなりません。日本は従軍慰安婦の問題をはじめ、戦争中に犯した犯罪行為を認め、心から謝罪と補償をすべきです」 8日午後、オランダのハーグ市庁1階にあるロビーで行われた、北東アジア歴史財団の主催による「韓国・オランダ・ドイツ性奴隷展」の開会式で、オランダの「対日道義的債務基金」(SJE)のワッフタンドン会長がこう祝辞を述べると、場内は一斉に静まり返った。 ワッフタンドン会長は1942年、オランダの植民地だったインドネシアが日本軍に占領された際、祖父と父親を失った。当時4歳だったワッフタンドン会長は、母親や2歳下の弟とともに収容所へ送られた。しかし当時2歳だった弟は、収容所の宿舎の近くで遊んでいた最中に、お粥を炊いていた釜の中に転落し死亡した。 ワッフタンドン会長は90年、日本のインドネシア占領当時に被害を受けたオランダ人に対する道義的な責任を追及する目的でSJEを設立し、92年からは毎月第2火曜日にハーグの日本大使館前で日本の謝罪や補償を求めるデモを行ってきた。 日本は太平洋戦争当時、占領したインドネシアにいたオランダ人30万人を収容所に送り込んだり、殺害したりした。また、収容所へ送られた15-30歳の女性たちは日本軍の慰安婦になった。オランダ国会下院は2007年11月、日本の謝罪や補償を求める「慰安婦決議案」を採択し、同年12月には欧州議会でも同様の決議案を採択に導いた。 2009年 06月 12日
(産経 2009/6/11) 東京都議会議員選挙を前に、麻生太郎首相が自民党系候補者全員を訪ね、激励を始めた。笹川堯党総務会長は、都議選で負けて、本選挙(衆院選)で勝つなどあり得ないと述べ、首相の行脚はまさに総選挙と一体だと述べた。 麻生自民党への支持率は、小沢氏の公設秘書逮捕で民主党支持率を上回ったが、小沢氏辞任でまたもや民主党優位となっている。都議一人一人を励まし、その成果をなんとしても総選挙につなげたい気持ちは分からぬでもない。だが、状況が厳しければ厳しいほど重要なのは、本を正すことだ。 陽明学の泰斗、山田方谷は、「事の外に立つ」重要性を指摘した。政治においても経済においても、指導者は事の外に立たなければならず、「事の内」に屈してはならない。姿勢を正し、心を正して大方針を立てよということだ。 大嵐が襲来するとき、30センチ眼前の壁や50センチ先の穴にばかり気をとられていては、到底、突破できない。手傷を負うのは避けられないにしても、手傷などでは自民党保守は斃(たお)れないことを示すための手を、いま、この苦しいときにこそ打っておかなければならない。そのための大方針だ。 大方針は、国家、国民、国益のための長期展望である。政権政党であり続けた自民党が、長年、この大戦略を示し得なかったために、国際社会における日本の地位は低下し続けた。 日本がどれほど異常な国か、国連安全保障理事会が論じている対北朝鮮制裁決議案をもとに見てみる。周知のように、日本は米国とともに、北朝鮮向けの船の貨物検査と金融制裁を柱とした制裁決議を主張したが、国連安保理が日本の主張に沿った制裁決議を採択した場合、日本は不名誉の渕(ふち)に沈むだろう。このままでは、肝心のわが国自衛隊は、事実上、貨物検査に参加できないからだ。理由は、自衛隊が、一連のばかばかしくも非現実的な法律によってがんじがらめに縛られているからだ。 海上自衛隊の貨物検査実施の法的根拠は「周辺事態に際して実施する船舶検査活動に関する法律」(船舶検査活動法)である。同法第5条によって、海自に許されている船舶検査活動は7段階に分類される。(1)船舶航行の監視(2)船舶への呼びかけや信号弾によって、自己の存在を知らしめる(3)相手船舶の船籍、目的港、積み荷などの照会(4)相手船舶に停止を求め、船長ら同意の上で相手方に乗り移り積み荷検査をする(5)船長に目的地変更を求める(6)説得する。 以上の措置が効果を発揮しない場合は(7)追尾する-とされた。 どの場面でも自衛隊には強制力がない。武力行使も許されない。許されているのは、ひたすら工作船などにまとわりつくことだ。 万が一、相手船舶が攻撃をしてくれば、自衛隊も武器を使用できるが、その場合も、正当防衛のケースなどを除いて「人に危害を加えてはならない」ために、工作員や海賊であっても、負傷させたり、死なせてはならない。これでは、他国の軍艦と一緒に、臨検などできない。日本はまともな国家かと問われ、他国から批判され、侮られてしまうだろう。 ◇ 中国の北朝鮮擁護ゆえに、国連決議に貨物検査が含まれるかどうかは、予断できない。仮に、中国が態度を変えて加盟国に貨物検査が義務化されたとする。その場合、貨物検査活動の制約以前に、日本は活動に参加できないのだ。なぜなら、先の7段階の活動にしても、現状が日本の平和と安全に重要な影響を与える「周辺事態」であると認定されることが大前提だからだ。 持てる力を行使できない自衛隊は、では、現実にどんな活動をしているのか。PSI(大量破壊兵器拡散防止構想)を見てみよう。 PSIは2003年、米国のブッシュ政権が提案した。北朝鮮船舶への貨物検査活動とも密接につながる大量破壊兵器拡散防止の取り組みである。現在90以上の国々がPSIを支持し、参加、協力中だ。 07年10月には、PSI海上阻止訓練「Pacific Shield 07」を日本が主催した。その際の海自の活動を平成20年度版の防衛白書はこう記した。「自衛隊は統合訓練として、洋上における海・空自による捜索・発見・追尾及び海自による乗船、立入検査並びに陸自による港における容疑物質の除染などに関する展示訓練を行(った)」 軍事評論家でシンクタンク、国家基本問題研究所の潮匡人氏が語る。 「政府説明をよく読んでください。日本の活動はパネル展示にとどまったということです」 なんと驚くべき実態だろうか。 持てる力を決して発揮させない仕組み。日本の国家としての力をシロアリのように食いつぶす仕組み。それが憲法9条であり、集団的自衛権に関する内閣法制局の虚(うつ)ろな解釈、さらには、机上の空論の現行防衛法制である。 こうした事態が見えてくるからこそ、国民は訝(いぶか)るのだ。日本国は大丈夫か、と。そして切望するのだ。個々の都議への異例の応援もよいが、首相には日本の行く末について大戦略を考えてほしいと。 首相が決断すべきことは、ほかでもない。安倍晋三元首相が始めた集団的自衛権の行使を禁じた政府解釈の見直しである。幸いにも「安全保障の法的基盤の再構築に関する懇談会」がすでに立派な報告書を出している。同報告書を、来る衆院選で自民党の公約として掲げるのがよい。それが日本の新たな大戦略を切望する国民の期待に応える道であり、自民党の危機を救う道でもある。 2009年 06月 12日
(産経 2009/6/10) http://sankei.jp.msn.com/life/education/090610/edc0906102117005-n1.htm 第2次大戦末期の沖縄戦で守備隊長が住民に自決を強いたとされる「沖縄集団自決」について「軍命による自決ではなく、切羽詰まった住民が自殺した悲惨な事件だった」とする特集記事が沖縄県浦添市文化協会発刊の「うらそえ文藝」第14号に掲載され、波紋を広げている。 特集には、自決現場を目撃した当時の米軍の報告書や住民の証言などが収録され、問題の発端となった地元紙、沖縄タイムス発刊の「鉄の暴風」こそが訂正すべきと結論づけている。 「鉄の暴風」で自決を強いたと名指しされた守備隊長や遺族らは、この記述を元に書かれた大江健三郎氏の「沖縄ノート」に対し出版差し止めなどを求めているが、昨年秋の2審判決では訴えが退けられ、現在、最高裁で争われている。 この特集記事を書いたのは同誌編集長で沖縄県文化協会長の星雅彦氏と沖縄戦ドキュメンタリー作家として知られる上原正稔氏の2人。 上原氏は長く「鉄の暴風」を疑ったことがなく、現地調査した作家の曽野綾子氏が1973年に「ある神話の背景」で疑問を呈したさいも、軍命による集団自決を事実として信じて疑わなかった。ところが、沖縄タイムスや琉球新報などで沖縄戦に関連した連載記事を書くうちに、新たな住民の証言や米軍の報告書などを入手、「(『鉄の暴風』は)現地調査しないまま軍命による集団自決をでっち上げたという結論に達した」という。 上原氏によると、こうした結論を2年前に琉球新報で長期連載中の沖縄戦をめぐる記事に盛り込もうとしたところ、「新聞社側の圧力で断念せざるを得ず、『うらそえ文藝』での発表に踏み切った」と説明している。 また、星氏も沖縄県史編纂(へんさん)で40年ほど前に、集団自決事件の起きた渡嘉敷島を訪問した際、住民の話から軍命の存在に疑問を抱いたが、「鉄の暴風」が沖縄県民の間で定着し、疑問を差し挟めない状況だった。しかし、「今回は勇気を持って真実を知らせるべきと決心した」と、話している。 富田詢一・琉球新報社編集局長の話 「上原氏への圧力はありません」 2009年 06月 12日
(産経 2009/6/11) □“特需”効果は不透明 温室効果ガス削減の中期目標で政府が10日、「2005年比15%減」を決めたことに、日本経団連が「4%減」を求めるなど緩やかな目標を主張していた産業界には、反発の声が広がっている。日本はすでに、大幅な削減を実施しており、さらなる削減は、コスト面での負担が他国より重く、「国際的に不公平」というのが産業界の主張だ。省エネ家電やエコカー“特需”への期待はあるものの、削減負担の重くない途上国への生産拠点の移転が相次ぎ、国内経済の空洞化が加速するとの懸念が高まっている。 ■重厚長大産業 「国内生産の削減を迫られかねない」 国内製造業が排出する二酸化炭素(CO2)の約4割を占める鉄鋼業界は、危機感をあらわにする。 省エネ化が進んだ日本の場合、排出量を1トン削減するのにかかる費用は、政府原案の「14%減」のケースで、最大130~187ドル(1万2700~1万8300円)と、欧米諸国に比べ2~4倍にもなる。 また鉄1トンを製造するのに必要なエネルギー量は、00年時点で日本の「100」に対して、中国は「129」、インドが「132」と約3割も多く、それだけ余分にCO2を排出している。 日本が目標達成のため、生産量を減らせば、その分、中国やインドの生産が増えることになりかねない。鉄鋼連盟の市川祐三専務理事は「世界全体の排出量は結局、増大する」と警告する。 鉄鋼業界は、鉄鉱石と一緒に燃やす石炭に代わり、水素を投入する新技術などの開発を進めているが、「目標の2020年には間に合わない」という。途上国の製鉄所に省エネ技術を供与するなどで自らの排出枠を取得する取り組みにも限界がある。 すでに汎用品工場の海外移転を進めてきた化学メーカーは「ハードルが高くなれば、さらなる移転を議論せざるを得ない」(化学大手)との悲鳴が上がる。 石油業界も、ガソリン消費の減少に伴い、国内で9つの製油所が不要になる懸念があり、「安定供給の責務が果たせなくなる」(天坊昭彦・石油連盟会長)と訴える。 ■自動車・電機 高い目標の達成には、ハイブリッド車(HV)などのエコカーや省エネ家電の普及が欠かせないため、自動車、電機メーカーには追い風となる。ただ、製造過程でのさらなる削減を迫られるため、差し引きでの恩恵は不透明だ。 国内で初めて電気自動車(EV)の量産に乗り出した三菱自動車の益子修社長は「自社の排出量削減には挑戦的な目標を掲げて取り組みたいが、政府の目標は国際競争力に配慮すべきだ」と指摘する。 日産自動車の志賀俊之COOも「どんな対応でもできるが、それはお金をかけることが前提」と、コスト増への懸念を隠さない。 また高い目標設定により、燃費規制の強化などが導入されることへの警戒感も強い。深刻な自動車不況の中、人気のHVでもトヨタ自動車とホンダが激しい価格競争を繰り広げており、規制強化によるコストアップは死活問題だ。 電機メーカーでは、エコポイント制度による省エネ家電への買い替え特需への期待は大きい。シャープの森本弘環境安全本部長は「削減目標が高いほど太陽光発電や省エネ家電が重宝がられる」と話す。 ただ、世界的に需要が急増しても、国内での製造を増やせば、排出量が増えてしまうだけに、「日本での事業拡大は難しい」と、産業活性化の効果は限定的とみている。 ◇ ■「中国参加」「中小支援」経済界求める 政府が2020年の温室効果ガス削減の中期目標を05年比15%減に決めたことを受け、経済界は危機感を強めている。目標達成に向けて多額の設備投資負担を強いられ、国際競争力の低下を招く恐れがあるからだ。 「05年比4%減」を合理的としてきた日本経団連の御手洗冨士夫会長は、中国など主要排出国の参加に向けた「断固とした交渉姿勢」を政府に要求。石油連盟の天坊昭彦会長は「主要排出国などの参加がなければ、新たな目標を国際的にコミットすべきではない」と、国内向けの“公約”とするよう求めた。 一方、日本商工会議所の岡村正会頭は「中小企業の温暖化対策に向けた支援強化」を要望。日本自動車工業会の青木哲会長も、次世代自動車の普及に「政府の強力なイニシアチブの発揮」が必要と強調した。 ◇ ■ポスト京都をめぐる日程 6月12日まで 国連気候変動枠組み条約(UNFCCC)特別作業部会(ドイツ・ボン) 7月 8日~10日 サミット(主要国首脳会議)、エネルギーと気候に関する主要経済国フォーラム首脳会合(イタリア・ラクイラ) 8月10日~14日 UNFCCC特別作業部会非公式会合(ボン) 9月22日 気候変動に関する首脳級会合(ニューヨーク) 9月28日~10月9日 UNFCCC特別作業部会(バンコク) 11月 2日~6日 UNFCCC特別作業部会(スペイン・バルセロナ) 12月 7日~18日 UNFCCC締約国会議(COP15)=ポスト京都で合意?(コペンハーゲン) 2009年 06月 12日
(産経 2009/6/11) 2020年までに日本が目指す温室効果ガスの排出削減の中期目標が、05年比で「15%減」に決まった。麻生太郎首相が裁断した。 世界に先駆けて省エネ努力を行ってきた日本の削減余地は、他国ほど多くない。環境産業分野の成長は期待できるにしても、この中期目標は国の経済と国民生活にかなりの苦痛を強いる数値である。 現行の京都議定書による日本の実質削減義務は、森林吸収量などを適用すると0・6%(1990年比)だ。しかし、これでさえ難しいのが現実である。それより1ケタ以上多い削減を行うには、失業率の悪化や家庭の可処分所得の減少が避けられない。 日本に過酷な重荷がのしかかる中期目標だが、身を削る思いで達成しても地球の温暖化防止には、焼け石に水であるのがむなしい。もともと日本の排出総量が少ないからである。 今後の課題は、今年12月にデンマークで開かれる気候変動防止の締約国会議(COP15)での国際交渉だ。ポスト京都の次期枠組みが決まるこの会議で、日本の中期目標がそのまま義務化されると大変なことになる。下方に数値の幅を広げ、弾力性を持たせることが不可欠だ。 中期目標の設定は、社会の低炭素化を進めるためである。現実に目をつむり、単純に数値の高さのみを競うことではないはずだ。 温暖化を食い止めるための最も実効的な手立ては、米国と中国の参加である。両国で世界の排出量の40%を占めている。しかも削減余地が大きいので、気温上昇の抑制効果は非常に高い。 国内には、より大幅な削減を主張する声もある。日本が高い目標を設定することで、中国などを削減の取り組みに誘い込めるのではないかという期待だが、地球益と各国の国益が交錯する温暖化防止交渉はそれほど甘くない。 日本の実績を踏まえれば「2005年比4%減」が妥当な目標であった。それをあえて15%減にしたのだから未削減国に対する実施要請はこれまで以上に重要だ。 また、将来の10年間には、柏崎刈羽原発を止めたような地震も再来し得る。原発が停止すれば削減への影響は大だ。新議定書には免責条項を盛り込むべきである。 そうした主張もできなければ、他国の「言いなり国家」として世界の笑いものになるだけだ。 2009年 06月 12日
(産経 2009/6/11) 2020(平成32)年の温室効果ガス削減目標(中期目標)について、麻生太郎首相が欧米を“真水(国内削減分)”で上回る目標値設定を決断した背景には、京都議定書に続く13年以降の地球温暖化対策の枠組み(ポスト京都)を決める国際交渉で主導権を確保したいという思惑がある。「リーダーシップを示す」と強調した麻生首相の発言からも意欲がくみ取れる。 省エネで世界の先頭を走る日本がさらに二酸化炭素(CO2)を減らそうとすると他国より多く費用がかかる。その不公平感を取り除くため、産業界などは「限界削減費用」(CO2を追加で1トン削減するために必要な費用)と呼ぶ指標を頼りに、欧米と同水準の削減努力である05年比4%減を支持した。 厳しい国際競争にさらされる産業界にとって「4%減」は生命線の位置づけだった。国内経済への影響を懸念しながらも、それを大きく超える決断に踏み切ったのは「主導権を握れなかった京都議定書の二の舞いを避けたい」(政府の交渉担当者)との強い思いがあったからだ。 EUの中期目標は13%減だが、先進国が同水準の削減を約束すれば削減幅をさらに拡大する姿勢を表明。米国は長年、温暖化対策に消極的とみられていたが、オバマ新政権は方針転換を鮮明にしている。 日本は直接対決を避けて“真水”で勝負に出ることで、排出枠の購入などが加算された目標値を掲げる欧米との「姿勢の違い」をアピールできると読んだわけだ。 ただ、今年12月にコペンハーゲンで開かれる国連気候変動枠組み条約第15回締約国会議(COP15)に向けた交渉で、どこまで日本が存在感を強められるかは現時点では不透明だ。 日本総合研究所調査部の藤波匠主任研究員は「リーダーシップを発揮するには物足りない中期目標」とみる。総排出量の4割超を占める米中印3カ国を加えた次期枠組みの交渉を主導するためには「15%減を出発台に、途上国支援などのオプションを上積みし交渉を有利に運ぶ外交力が問われる」と指摘する。 日本は、鉄や道路交通など各分野に精通した実務専門家が必要な技術と資金をマッチングさせる途上国支援構想や原子力発電技術など“オプション”の外交カードを持つ。削減幅をこれ以上、上積みしにくい日本はカードさばきの腕が試されることになる。 2009年 06月 12日
(産経 2009/6/11) 若き日の林忠崇(中公新書・中村彰彦著「脱藩大名の戊辰戦争」から) ■高楊枝と“桐の下駄” ◆筋を通す意地や信念 「武士は食わねど高楊枝(ようじ)」という言葉もほとんど死語と化したかもしれない。しかし、政治には筋を通す意地や主義主張への信念こそ大事であり、損得や“風”を勘定して政界を遊泳する人はどこか尊敬されないものだ。長い目で見ればブレない政治家の生き方に共感する有権者も多い。 郵政解散時に選挙区へ公認対立候補を立てられ、落選した若い政治家もいる。自民党を離れて4年間、節を曲げずに「武士は食わねど高楊枝」と気張った元議員の返り咲きを期待する声も高い。 幕末にも筋を通した武士(もののふ)は少なくない。なかでも脱藩大名と謳(うた)われた林忠崇は、その気概と信念で他を圧している。今の千葉県にあった請西(じょうざい)1万石の領地を朝廷に返上し、自ら脱藩浪人となって徳川の恩顧に応えるべく、新政府軍と戦った稀有(けう)の人物である。 大名自ら脱藩した例は彼以外になく、いまや浪人となった家臣団とともに一藩あげて徳川家のために立ち上がったのだ。死を予期して明治元年に詠んだ辞世は凄絶(せいぜつ)である。 「真心のあるかなきかはほふりだす腹の血潮の色にこそ知れ」 林家は小禄とはいえ、正月元旦に徳川将軍より最初に盃(さかずき)を賜る名誉の家柄であった。「丸のうち三つ頭左巴に下一文字」の家紋は丸で賜盃、一文字で一番目を強調している。それは「献兎賜盃(けんとしはい)」なる儀式と関係していた。 林家の祖先が貧窮を極めながら、徳川(松平)家の遠祖のために元旦の雪の野で兎(うさぎ)を捕まえ、麦飯と兎肉の吸い物で供応したことを歴代の将軍が徳としたからだ。 ◆義と誇りかけ立ち上がる 加えて林忠崇は、文武両道にすぐれ、将来の幕府を担う譜代大名として嘱目(しょくもく)された逸材であり、徳川を絶家にしようとする新政府の姦計(かんけい)を憎んだのであろう。 義と誇りをかけて立ち上がった忠崇の颯爽(さっそう)とした姿は、中村彰彦氏の小説『遊撃隊始末』の冒頭にもリアルに描かれている。 忠崇の凄(すご)みは、大名として家臣団への責任感や反抗への戦略眼に恵まれていた点にもある。頼った仙台藩も新政府に恭順降伏すると、折から徳川家の存続と最後の将軍慶喜の命が保障されたので、これ以上の抵抗は私戦にすぎないと判断した。これは凡(ぼん)な発想ではない。降伏した忠崇は切腹こそ免れたものの、甥(おい)の忠弘に家を相続させても旧大名としての華族礼遇を与えられなかった。こうして忠崇は、旧大名として政治家や官僚に転じる道を封じられてしまう。 しかし、人間としての本当の凄みはここから始まる。明治5(1872)年に赦免された忠崇は、とても名門の末裔(まつえい)とは思えぬ人生を送る。まず旧領地で鍬(くわ)鋤(すき)を振るう開拓農民となり、東京府の学務課下級官吏、函館の物産商の番頭、大阪府の役所書記などの職を20年以上も転々とした。普通の没落士族でもつらい有為転変である。 ◆世襲なげうった心意気 忠崇のたくましい精神力には驚くほかない。これだけの人生体験をもった旧大名が政治家や官僚になっていたなら、多彩な経験をいかしてどれほどの業績を挙げたであろうか。 天道是か非か、である。忠崇は、どの時代の政治家が望んでも得られない94歳の長寿をまっとうした。雅号は一夢。人生はまことに一炊の夢のようだというのだ。 彼の悟達は晩年に詠んだ句がよく示している。 「琴となり下駄となるのも桐の運」 いま世襲議員の功罪がしきりに取り沙汰(ざた)されている。社会で堅実な下積み経験をもたず、官庁や企業の採用試験も受けずに、20代で家業として政治家を継ぐ若者には、世襲大名を擲(なげう)った忠崇の心意気とまではいわぬが、せめて一時でも“桐の下駄”となる試練だけは味わってほしいものだ。(やまうち まさゆき) ◇ 【プロフィル】林忠崇 はやし・ただたか 嘉永元(1848)年7月、上総請西(かずさじょうざい)=千葉県木更津市=藩主の五男として生まれる。20歳で家督を継ぎ藩主となる。林家はわずか1万石ながら、若年寄など徳川幕府の要職を務める家柄だったため、忠崇も忠誠心に富んでいた。戊辰戦争で、伊庭(いば)八郎らが率いた旧幕府軍の遊撃隊から協力を求められると、忠崇は徳川家や請西藩領民に迷惑をかけまいと脱藩し、出陣したが、敗北。新政府は脱藩を反逆とみなし、忠崇は江戸唐津藩邸に幽閉された。明治5(1872)年、釈放され、帰農した。同26(1893)年、林家の家名復興の嘆願により、華族の一員になった。その後は宮内省や日光東照宮に勤めたが、昭和16(1941)年、都内の次女宅で死去。94歳だった。最後の大名ともされる。 2009年 06月 12日
(産経 2009/6/8) 政府機関などが定期的に公表する統計数値は、政治や行政が動く契機となる。もう10年ほども前になるが、警察庁が公表した平成10年の自殺者数は衝撃を与えた。前年の山一証券などの経営破綻(はたん)で表面化した金融危機が深まったこの年、自殺者は8400人以上も増え、3万2863人に達した。 その後、危機が収束し、景気が回復しても自殺者の目立った減少が見られず、国は対策に乗り出す。18年に自殺対策基本法を制定し、大綱をまとめた。それでも、自殺者が3万人を割ることはなく、昨年は3万2249人が自ら命を絶った。 昨年の自殺者のうち、遺書などで原因や動機が特定できる2万3490人を調べたところ、失業、就職失敗、事業不振など経済・生活問題による自殺は3割を超えた。世界経済危機の影響も大きいとみられ、今年はさらなる増加が懸念される。 警察庁の統計は、原因・動機を50項目以上に分類し、自殺者の心情をきめ細かくすくおうとする姿勢がうかがわれる。 それでも、統計には限界がある。「自殺者自身がどこまで本当の理由を遺書に認(したた)めるか」という根本的な問題はおくとしても、「就職の失敗」や「失業」に悩む人が多い中、なぜ彼らは死を選んだのかを探るには統計から踏み込まねばならない。 投身自殺が多発する和歌山県白浜町の三段壁で自殺志願者を保護し続け、自殺の際(きわ)まで追い込まれた人と数多く触れているNPO「白浜レスキューネットワーク」の藤藪庸一代表(36)は、今後、30代と60代の自殺が一段と増えるのではないか、と心配している。 「保護した30代の方から最近は目標がない、生きる意味がない、ということをよく聞く」。「職がない」「借金がきつい」など具体的な理由を語る他の世代に比べて、抽象的な話をする人が多いというのだ。 20代はアルバイト生活でも、お金があって、仲間がいれば楽しくやっていけたが、30代になると、周囲の目が厳しくなり、求人の内容も限られてくる。 「何かのきっかけで現実を突きつけられたとき、気持ちを奮い立たせるのでなく、もう自分は取り返しのつかない場所にいると考えてしまうようだ」。そして、生きる意味はないと決めつけ、あきらめてしまう。 一方、60代は家族のため、会社のためと懸命に働いた時期が終わるころだ。子は独立し、伴侶に先立たれることもある。 「すると『もう十分に生きた。自分で生きるか死ぬかを決められるのは人間だけ』といった哲学的なことを考え始める。生きるんだ、死にたくない、という感情を思想的なもので覆い、例えば病気になると、迷惑をかけられない、家族のために死ぬ、となってしまう」 なぜ、こんな考え方の人が増えているのか、性急な結論づけは避けたい。一人一人がこの問いかけに答える努力を続けなければならないものだからだ。 統計では捨象せざるを得ない、こうした思考の迷路をたどることが自殺との対峙(たいじ)には必要なのだろう。政治や行政が経済的・社会的安全網の充実を図るのはいうまでもないにせよ、「格差を生み、社会の荒廃を生んだグローバル経済が諸悪の根源」と切って捨ててみせても答えは出ない。 2009年 06月 12日
佐藤栄作内閣の末期だから40年近くも昔の話。「国連は田舎の信用組合だ」と言い放った西村直己という防衛庁長官がいた。当時は元気だった社会党が「国連軽視もはなはだしい」と騒ぎ、ほどなくクビになった。 国連は、わずかなカネでメンバーになれ、自分の利益ばかり主張してまとまらない「田舎の信用組合」みたいなものだ、というのが西村発言の趣旨だ。21世紀の今、そんな意味で信用組合を引き合いに出す政治家はいまい。では、国連は信用組合並みに進化しただろうか。 北朝鮮が2回目の核実験をしたと発表してから2週間以上たつが、国連の動きはあまりにも鈍かった。安全保障理事会はようやく決議案の最終合意にたどりつくようだが、足を引っ張ったのはおなじみの中国だ。 中国が最も嫌がっているのは、北朝鮮船舶への臨検(貨物検査)義務化の決議盛り込みだという。臨検を義務付ければ、「武力衝突を招きかねない」からだそうだが、それこそ北朝鮮の思うつぼだ。この期に及んでまだ金正日ファミリーを甘やかそうとしている。 もちろん、日本には厳しい。崔天凱駐日大使は、日本国内に出始めた敵基地攻撃論や核武装論について「日本の正式な立場、政策に影響を及ぼさないよう期待する」と牽制(けんせい)した。核兵器を持ち、世界第2位の軍事費を湯水のごとく使って軍拡に懸命なのにぬけぬけとよく言えるものだ。 実は、西村発言には次のような前段があった。「中共が入ってくれば国連はますます悪くなるかもしれない」。当時は、安保理常任理事国だった中華民国(台湾)が国連を追われ、中華人民共和国(中共)が取って代わった直後だ。「西村予言」は当たったか。小欄の答えは言わずもがなだろう。 < 前のページ次のページ >
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