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◆【話の肖像画】いま幸之助なら(上)PHP総合研究所社長・江口克彦



 (産経 2009/4/7)


 ■不況時はおろおろするな

 日本も一瞬にして巻き込まれた米国発の不況。そこから脱するには、“経営の神様”松下幸之助氏(平成元年94歳で永眠)の教訓に学ぶのもいいかもしれない。世界恐慌、大戦、オイルショックと数々の不況に直面しながら、それをバネに松下電器(現パナソニック)を世界の企業に発展させた幸之助氏。23年間、側近として仕えたPHP総合研究所の江口克彦社長が、幸之助流の不況に負けない生き方を明かしてくれた。

 --幸之助氏に「不況さらによし」という言葉があります

 江口 それは昭和30年代の言葉ですね。幸之助が創業した松下電器は実は、不況をバネに発展してきた歴史をたどってきています。「好況よし不況さらによし」という言葉ですが、こんな意味がこめられています。不況だと消費者が商品を吟味し、その結果、経営のあり方が吟味される。だからいい経営をしていれば、不景気にはさらに伸びる可能性が大きい。幸之助は不況を発展するチャンスとみて、いい商品づくりをしようと実践していたんです。

 --昭和50年にも危機を迎えた

 江口 それはオイルショックの影響ですね。原油価格が3倍以上に急騰し、どこの会社も原材料費の高騰で経営が立ちいかず、「不況だ」「赤字だ」と悲鳴を上げました。しかし、松下電器は近ごろのパナソニックのように赤字を出すことはなかった。幸之助は当時相談役でしたが、会社はそういう厳しいときも、しっかりと黒字を出していました。

 --その心構えは

 江口 原油が3倍にはね上がるのは経営者にもつらいこと。だが、幸之助は「現実としてしっかり受けとめなければいけない」と言って、「仕事の効率をよくする、いままでの仕事の仕方を変えよう」と指示しました。そして大事なことは「おろおろしない。状況を冷静に考えて安易な策をとらない」と、そう私によく話していました。

 --腹をくくるという言葉も残しています

 江口 不況は大暴風雨と腹をくくるんです。大暴風雨に少しも濡れないようなうまい方法はない。だから、「多少は濡れていこうやないか」と言ってました。不況でもおろおろせず、じっと策を練る。経営者にとって大切なことは冷静さを欠くこと。頭が真っ白になったら、打たなければならない手を打てなくなるというのが幸之助の教えでした。

 --リストラはどうでしょうか

 江口 リストラは、昔は人員整理と言ってました。世界大恐慌(昭和4=1929年)のときも松下はリストラをせずに、危機を乗り越えています。松下は従業員約300人規模の工場を新築するなど第2の発展期を迎えようとしていた時期でした。大恐慌の直撃を受け、まったく売れなくなり、倉庫は商品の置き場に困るほどになりました。

 --そのとき、どんな策を

 江口 幸之助らしい、驚くような手に打って出るのです。「将来、会社を大きくしようと思っている。会社の都合で人を採用したり、解雇したりでは働く者も不安を覚えるやろ。大をなそうとしている松下にそれは耐えられん」と言って一人も解雇しない方針を打ち出しました。売れないなら作らない、と製造部門は給料をそのままにして半日休ませて製造量を減らしました。その一方、販売担当には休みを返上させて在庫の販売に当たらせたのです。他の多くの会社のように解雇を覚悟していた社員たちは大感激して売りまくり、倉庫はまもなくカラになりました。

 --いまはどうでしょう

 江口 松下電器は中村邦夫社長の時代(平成12~18年)にもリストラをやり、パナソニックへと社名を統一した今回も内外で1万5000人規模のリストラを発表しました。だが、私に言わせれば必ずしも“幸之助的”ではない。幸之助は経営者として約70年、極力リストラを避けてきましたから。

 --リストラの代わりに

 江口 幸之助なら、新しい事業を興して人員を投入するでしょうね。テレビが売れないといったら、ワイヤレスやアンテナ不要の新しい時代のテレビを考え、さらにはコンセントのないテレビでさえ開発しようとするのではないか。プラズマのテレビが売れるからといって新機種を開発しないでいると、利益幅が薄れていった。太陽光発電のパネルも屋根一面に張りめぐらさないと、その家の電力をまかなえないのなら、畳半畳くらいで発電できる新技術を目指して技術者を大量配置するでしょう。リストラは後ろ向き。常に前向きで人材を大切にするのが“幸之助的”といえるのです。(大家俊夫)

                   ◇

【プロフィル】江口克彦

 えぐち・かつひこ 昭和15(1940)年、名古屋市生まれ、69歳。愛知県立瑞陵(ずいりょう)高校、慶応大学法学部政治学科卒。松下電器産業入社後、42年PHP総合研究所秘書室長となり、松下幸之助氏につかえる。平成16年、同研究所社長。公職としては内閣官房道州制ビジョン懇談会座長などを歴任。同研究所は幸之助氏の語録を再録し、肉声のCDも付けた「不況に克つ12の知恵」を2月に緊急出版した。
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by sakura4987 | 2009-04-08 09:53

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