◆【パリの屋根の下で】山口昌子 日本語がわからない
(産経 2009/4/22)
夫がフランス人のため長年、パリで暮らしている日本人女性が一時帰国し、パリへ戻ると「日本語が全然、聞き取れなくなった」と嘆いていた。「特にテレビの場合、大阪弁とも異なる大阪弁もどきの言葉と独特のイントネーションで話していた。唯一、理解できたのは早口ながら、黒柳徹子さんの日本語だけだった」という。
先日、日本から来た知人をホテルのロビーで待っていて、私も同じような経験をした。背後で男性数人が話していたのだが、ふと「これ、日本語なのだ」と気がついた。姿を見ずに話し声だけ聞いていたときは、なにやら知らない「外国語」だと思っていた。
パリを訪問する観光客は年間約7000万人。6000万人余りのフランスの人口を上回る。バカンスの季節の地下鉄の中などは言葉の見本市のようで、外国語しか聞こえてこないことも珍しくない。
後ろを振り返ったら、日本人とおぼしき若者がおしゃべりしていた。確かに、独特のイントネーションのうえ、明瞭(めいりょう)な発音ではないので、聞き耳を立てないと何の話をしているのか理解できない。そろって茶髪でジェルで固めたヘアスタイルはちょっと芸術的。胸にマークが入ったそろいのウインドブレーカーを着ていたから、高校生か大学生の運動クラブのグループのようだ。
ズボンの方はそろってずり落ちそうだ。表情に喜怒哀楽が乏しいから、パリに来たことを喜んでいるのか、つまらないと思っているのかわからない。学校単位にせよクラブ単位にせよ、外国旅行ができるのだから、家庭は金銭的にゆとりがあるのかもしれない。
冒頭の日本人女性もその一人だが長年、パリで暮らしている日本人の中には、最近の流行語の影響を受けていない、かつての日本語が冷凍庫で凍結されているような、きれいな日本語を話す人が多い。そして、なぜかそろって「日本人として恥ずかしくないように振る舞わなければならない」と思っており、言動や服装などにも気をつけている。
誰に頼まれたわけでもないが、「日本」の看板を背負っているとの自負があるからだ。ただ、最近「日本人として本当に恥ずかしい」と思うことが多くなった。そんな感想を若い日本人に述べたら、「ずいぶん、愛国主義者なんですね」と軽蔑(けいべつ)のまなざしが返ってきた。
でもね、日本の菊のご紋章がついたパスポートを持っているからこそ、税関もほぼ素通りでき、外国でアパートもそれほど苦労しないで借りられるなど、さまざまな恩典があるんですよ。
「国家とか国民とか面倒くさい。みんな難民になればいいんだ」と進歩的な考え方を自慢する日本人が言っていたが、「難民」に対して本当に失礼だと思う。こういう人にはぜひ、国連難民高等弁務官事務所にでも勤めて難民の実態と艱難(かんなん)を知ってから発言してもらいたい。