◆ここまで来ている、ジェンダーフリー
発言をしたことや、服を褒めたことなどを理由に一部の「女
性が不快な思いをした」ので「言葉によるセクハラ」にあた
るとして、何の弁明の機会も与えられず一方的に職場から隔
離され、その後懲戒処分と同時にその職場を追放されました。
処分者は「セクハラ」定義には男女の役割分担意識も含ま
れ、私の発言は「女らしさ」を求める役割分担の固定化意識
に繋がるもので、よって、わいせつな言動等にあたるものに
なり、それ故「セクハラ」にもあたるのだと主張してきたの
です。
現在大手を振っている、男女共同参画論やジェンダーフリ
ー論=「セクハラ」論の名の定義の行き着いた先を具体に示
したものが私の事件であり、まさに男性への人権侵害の正体
ではないでしょうか。
これらの背景には女性は常に被害者であり、女性側が「不
快という」主張をすれば被害の実態も証明不要であり、問答
無用で男性加害者は反省せよというのです。女権拡張主義者
は常に性別による固定化をひきずる男性は加害者であると位
置づけていますが、それらの結果は、男性に対しての処分判
断は処分者=会社側に一見あるように見せています?
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の個人的主観に判断基準を委ねていることであり、つまると
ころ被害を主張する女性側が生殺与奪権をもっていることを
示しています。
一方、処分者側は事実の調査をしても意味がないなので形
式的な調査に終始し、公平性も自縛していくという歪んだ構
造を生み出しています。こうした姿は真の男女共同参画社会
実現に繋がるものでしょうか。そうではありません。
現に私が追放された職場では、その後男性職員は恐くて何
一つ自由にしゃべることができないとぼやいて萎縮していま
す。これでは結局、女性からの言葉狩りと男性の言論の自粛
に行き着いてしまい、結局は男女が意図しないうちに職場で
の自由な会話を封殺し、男女が協力共同する環境まで奪うこ
とになってしまっています。
私は自分の事件を通じてジェンダーフリー論者の主張がよ
く見えてきました。それは
1.社会活動における人間関係のすべてを男女の関係でしか見ていない。
2.女性は被害者で、男性は常に加害者であるとした男敵論
そのものであるが、女性の側からの権利侵害はどうみる
のかについてはなぜか明らかにしない。一方通行の思考
経路ではないか。
3.男女の役割分担意識形成についても歴史と社会から分離
させて、個人の責任だけに背負わせる傾向にある。また、
役割分担のすべてを「悪」として位置づけるなどです。
私自身はジェンダー論は「セクハラ」定義に含めるもので
はなく、逆に私に対して言ってもいない発言のでっちあげ内
容や「セクハラ」を利用した一部女性集団の追放劇であると
して裁判等で3年以上も争っています。
私は事件を通じて少なくない支援者に恵まれましたが、そ
のうちの7割が女性です。良識ある多くの女性も誤ったジェ
ンダーフリー論の恐ろしさを私の事件を通じて身近に認識し
てきています。歴史に選ばれた男性として裁判の行方等に私
自身歴史的なものと注目しています。それは私個人の行方だ
けでなく、ゆがんだジェンダー論=「セクハラ」論の歯止め
の行方の一つにも絡むものですから!

