◆靖国A級戦犯の合祀手続き「関与せず」(
http://www.chunichi.co.jp/00/sya/20051031/mng_____sya_____000.shtml
元厚生次官ら新証言
東条英機元首相らいわゆる「A級戦犯」の靖国神社への合祀(ごう
し)をめぐり、旧厚生省援護局(現厚生労働省社会・援護局)が一九
六六(昭和四十一)年に東条氏ら十二人(後に二人追加)の名簿を神
社側に送った際、当時の事務次官らが送った事実を把握していなかっ
たことが分かった。当時の事務次官らが本紙の取材に「知らなかった」
と証言した。
援護局は旧陸海軍の流れをくんでおり、後に外交問題にも発展した
A級戦犯合祀が全省的な検討を経ないまま、旧軍部出身者中心の現場
レベルで進められていた実態が浮かび上がった。
A級戦犯の扱いについては、元同省職員も「一般戦没者と区別なく
課長補佐が課長の代決(代理決裁)をしていた」と証言。七八年のA
級戦犯合祀の前提となる同省の行政手続きをめぐる当時の省首脳の証
言は初めて。
戦没者の合祀は通常、旧陸海軍の名簿を持つ旧厚生省が「祭神名票」
と呼ばれる書類に氏名や所属などを記載して神社側に送付。神社側が
合祀基準に当てはまるかどうかを審査した。
手続きを担当した同省援護局は軍出身者が多く在籍。省内の決裁責
任者は陸軍関係が「調査課長」、海軍関係は「業務第二課長」だった
が、この二つの課は特に軍出身者が多いとされた。終戦時の陸軍相の
側近が四五年から六三年まで局次長などを務め、退官後は陸軍の後輩
が引き継いだ。
東条氏らの祭神名票は、こうした人たちの手で六六年に神社側に送
られたという。
六六年二月当時、旧厚生省事務次官だった牛丸義留氏(90)は
「(是非の)判断を厚生省の中で議論したことはない。援護局の中の
問題だ」と証言。「厚生省の中の一部の軍関係の人たち(援護局内の
担当者)が送った」と述べた。当時、同局援護課長だった藤森昭一・
元宮内庁長官(78)は「所掌上、知る立場になかった」と述べ、同
じ局内でも情報がなかったことを認めた。
省内の上層部に知らせなかった点について、牛丸氏は「文官系統に
相談したらうるさくなってくるからでは。軍人出身者(の援護局職員
ら)は、A級戦犯に対し『悪くないのに東京裁判で戦犯にされたのだ
から合祀すべきだ』と感じていたようだ」と述べた。
当時、援護局に在籍し、後に海軍関係の祭神名票の事務を担当した
元中堅幹部は「通常業務の一環なので、あらためて上司に説明したり、
了解を取ったりする必要はなかった」と話している。

