人気ブログランキング |

★★★ 日本再生ネットワーク 厳選ニュース ★★★

sakura4987.exblog.jp
ブログトップ

◆荒川静香にみる新「美人論」 内面の輝き人々を魅了

練習で培った自信、オーラに   (産経 06・4・3)

 七万人を集めた凱旋(がいせん)パレードにプロ野球の始球式、繰り返し放送される“トリノの舞”-。女子フィギュアスケートの金メダリスト・荒川静香さんは相変わらず「もてもて」である。それにしても、五輪閉幕から一カ月が過ぎているというのに、彼女はなぜわれわれを魅了し続けるのだろう。「クール・ビューティー」の秘密とは-。(関厚夫)


≪美白≫

 肌の白さに至高の美しさを求め、しみやそばかすを敵視する「美白」。『「見た目依存」の時代』の共著者、石田かおり・駒沢女子大学助教授によると、いまや中国や韓国などの女性にも浸透しているこの価値観の発祥地は日本だという。

 「世界中で最もお肌のお手入れに熱心なのは日本人女性。欧米では、ほくろやそばかすは魅力の一つに数えられることがありますが、日本では、『きれい』は“汚点”のない肌にあり、というわけです。荒川さんは色白。肌もきれいで、目もとも涼しい。もともと日本的な美しさを持っていたといえます」

 加えて荒川さんはスタイルもすてきだ。昭和五十年代後半、新体操ブームの立役者となった山崎浩子・日本体操協会理事も「日本人の体形はよくなってきたといわれますけれど、外国人に比べるとまだまだ。日本人は成長期に胴が伸びるんですね。だから、小さいころは足が長いなあ、と思っていても、大学生くらいになったら普通の人になっちゃう(笑)。荒川さんはいいですね。“日本人離れ”とまではいえないけど、ダイナミックで鍛えられたプロポーションをしている」と“満点”をつける。

 しかし、である。トリノ前とトリノ後、いや、金メダル獲得を境に、荒川さんの印象が変わった、と感じる人は多いのではないだろうか。

 「恋は女性を美しくする」などという。いやいや、恋が原因ではあるまい。荒川さんを見るわれわれの目が変わったからだけでもないだろう。あの「神々しい」と表現したくなるような輝きの源泉は何なのか…。


≪会心の笑顔≫

 武田美保さん。シンクロのデュエットとチーム演技でシドニー、アテネ両五輪で連続銀に輝いた経歴を持つ。

 シンクロは過酷な競技である。苦しくても笑顔を絶やしてはならない。ジュニア時代から数えると約二十年にわたる競技人生の多くは、「しんどいけど勝ちたいから笑っていた。つくり笑顔だった」と武田さんは回想する。

 が、アジア出身で初めて世界選手権を制した五年前、「窒息しそうなんだけれども、楽しくて演技中に笑っている自分」に気付いた。「芸術性が問われるフィギュアとシンクロは近い」と感じる武田さんは荒川さんにそんな自分の姿を重ねる。

 「まず自分の肉体が『何をもっているか』を徹底的かつ客観的に観察し、練習に練習を重ねて『完成』に限りなく近づける。その結果、五輪という極度に緊張する舞台でも、爆発的なパワーが生まれる。『オーラ』と表現したらよいのでしょうか、その高揚感は周囲の人たちにも伝わります。トリノ五輪の荒川さんがそうだったように」

 元プロテニス選手の神尾米さんは、この「オーラ」の源は「自信」と考える。「自分のやってきたことは間違いではなかった。苦しんで苦しんだけれども、やっぱり自分はフィギュアが好きなんだ-。そんな気持ちからわいてくる自信がオーラというプラスアルファを生んだのではないでしょうか」


≪時を超えて≫

 ここで少し「美人の系譜」にふれてみよう。

 テレビもデジカメもケータイも普及していない明治時代、「美人絵はがき」が写真集やブロマイド代わりだった。登場した「美人」はみな芸妓だったのだが、中でも、維新後に没落した対馬藩士の長女だったという「洗い髪のお妻」は人気をさらった。日本髪ではなく、洋髪のような洗い髪姿。現代にも通じる妖艶(ようえん)な美しさがある。

 続く映画の隆盛によって、絵はがきよりも「動く美人」が人々の心をとらえるようになる。数々の名花が銀幕に登場しては消えていったが、“永遠の処女”と呼ばれた原節子さんの美しさはいまも語り継がれている。

 その原節子さんは「演技は大根」の評が絶えなかった。だが、『東京物語』や『秋日和』などで原節子さんを主役として起用し続けた名匠、小津安二郎はこう反論した。「単に顔面筋肉を動かす迷優は多いけれど、原さんの演技には内面的な深さ、知性や教養があらわれている。国際舞台に出て恥ずかしくない(数少ない)ひとりだ」

 小津は失われつつあった「美しい日本人」を女優・原節子さんの体を借りて銀幕に残したかったのだろう。小津映画の原節子さんは泣き叫んだりはしない。観客をひきつけるのは感情を内に秘めた、彼女の静かな物腰であり、やわらかでやさしい日本語の響きである。

 こうした美意識は荒川さんにも共通するのではないだろうか。「金」を取っても決しておごったり、はしゃいだりはしない。過去の失意は胸に秘め、「周りに流されず、自分をしっかり保っている」(山崎さん)ようにみえる。

 やはり容姿が美しいだけでは、「本当の美人」にはなれないのである。

 


◆【透明な歳月の光】曽野綾子(198) 糧になる失敗

侮辱を受けて耐えられるか (産経 06・4・3)

 産経新聞の文化面に掲載されている「わたしの失敗」という企画を、毎日ではないが愛読している。誰でも他人の失敗談が好きなのは、やはり自分が優越感に浸りたいといういやらしい根性があるからなのだろうか。

 しかし救いは、そのうちに自分の失敗談も淡々と気楽に話せるようになることだ。その時、精神の成長の経過がほの見えるのである。

 三月二十二日付の同欄は「銀河鉄道999」や「男おいどん」などで有名な漫画家の松本零士さんの登場である。若い時に上京して下宿で少女漫画を描いていた頃、或(あ)る出版社で原稿を突き返されただけでなく、編集長から五回も「縁なき衆生とあきらめて」と言われた。漫画家になるのをあきらめて、郷里へ帰れということだった。

 「原稿のどこがいいとか悪いとかじゃない。頭からバカにされ、全否定された」と思い「ちくしょう、覚えていろ、いつか見返してやる」と心に誓った。

 強弱はあるにせよ、創作で生きて来た人には誰でも似たような体験があると思う。ただこの場合の「縁なき衆生とあきらめて」という言葉はどこかピントが狂っている。「うちの社とは縁がないものと思って、お帰りください」だったのかも。そんなことはまあいいとして、松本氏は自分の才能を認めない編集長に腹を立てた。そして「今に見ていろ!」と思い、その通りになった。

 才能を認めてもらえなかった、という意味で、氏はこれを失敗談として話をされたのだろうが、私の印象では、このことがあったから松本氏の今日があったとも言える。

 人間は不運、病気、貧乏、失敗、失恋などから奮発して成功することが多い。とすれば、最高に松本氏を怒らせたこの編集長が氏の才能を延ばした最大の功労者の一人である。

 最近の日本人の不幸は、生ぬるい生活環境にある。文字通りハングリーではない。子供は体罰を受けた経験もない。政府は安心して暮らせる保証を国民に与えねばならない。こういう状態の中では、「ちくしょう、今に見返してやる」と思うような機会などあるわけないのである。

 だから全否定どころか、ほんの小さなことを注意されただけで、親を殺したり、自殺したりする子も出てくる。私は勝ち組負け組などという単純すぎる分け方をする発想も好きではないが、同じ侮辱を受けても、耐えられるか耐えられないかで勝ち組負け組がはっきりして来そうである。もっとも私のような考え方をしていると、現世で「私の失敗」と言えるものは一つもなくなってしまう。

 新聞社に真意を聞いたこともないのだが、案外そこまでひねった意図で企画を始めたとしたら、産経新聞社にはなかなかすばらしいひねくれ者がいるわけである。
by sakura4987 | 2006-04-03 08:40

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987