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◆巨文島で日本植民地時代の軍事施設発見 (朝鮮日報 06/5/29)

http://japanese.chosun.com/site/data/html_dir/2006/05/29/20060529000023.html

 日本が太平洋戦争末期、全羅南道麗水市巨文島に塹壕(ざんごう、戦場で、歩兵が敵弾を避けるために作る防御施設)やトンネルなど大規模な軍事施設を構築していたことが分かった。これは日本が韓国に作った軍事施設の中で、済州道に続き2番目に大きな規模のものだ。

 28日、日帝強占下強制動員被害真相究明委員会(委員長:チョン・ギホ)によると、日本は1944年12月から1945年6月まで日本人と巨文島の住民100人余、さらに北朝鮮の発破技術者らを強制動員し、巨文島の東島・西島・古島に全長15~25メートル、幅・高さ2.5~3メートル規模のトンネル12カ所、9メートルのT字型塹壕2カ所、長さ80メートルの石の防壁1カ所、地下通路などの軍事施設を作った。この施設は厚さ30センチのコンクリートで頑丈に作られていた。

 東島で発見された9つのトンネルのうちの7つは海岸沿いに建てられており、船を停泊できる接岸施設も整えられていた。この施設は武器などの貯蔵や戦争時の偵察などのために作られたものと見られている。

 真相究明委員会のキム・ユンミ調査官は「巨文島は日本と中国、釜山と済州道を往来できる地理的要衝地である上に、漁獲量も多く、情報収集と共に物資の調達にも最適な地」と分析した。しかし日本は間もなく敗戦し、巨文島の軍事施設を使用することはなかった。

 真相究明委員会はこの軍事施設の構築のために若者から老人までを強制動員し、労働を怠った者には食事を抜いたり暴行を加えたという住民の証言も入手した。

 現在、巨文島には日本式の建物や神社の跡など、日本植民地時代の残骸が各地に残っている。

 真相究明委員会は昨年9月から巨文島で真相調査を行っている。
by sakura4987 | 2006-06-02 13:47

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