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◆【中国暗影 成長の大矛盾】(1)破綻した先富論  平成16年8月10日(火)産経新聞



経済格差13倍「2つの国」

 今月二十二日の故トウ小平氏の生誕百年を前に、中国のメディアは特集を組み、単行本も相次いで刊行された。トウ氏のフランス留学時代を描いた映画も近く公開される。いずれも、改革・開放路線の「総設計師」として中国に市場経済を取り入れ繁栄に導いたトウ氏の業績を賛美している。改革初期当時の広東省党書記で、経済特区の設置に尽くした任仲夷氏は、トウ氏を「中国史上最も傑出した指導者」とまで呼ぶ。
 実際、トウ氏の指導力なくして、今日の経済発展はなかったろう。一九八〇年当時、二百ドルだった一人当たり国内総生産(GDP)は、昨年一千ドルを突破。外貨準備高は日本に次ぐ四千七百億ドルを超え、「世界の工場」とも「世界の市場」とも呼ばれるまでになった。トウ氏の貪欲(どんよく)なまでの成長路線のおかげだった。

 一九八九年の天安門事件がトウ氏と改革・開放路線にとり最大の危機だった。国際的孤立と保守回帰に対し、トウ氏は九二年、改革・開放路線の加速を号令、市場経済化を進めることで危機を乗り切った。中国の憲法に指導思想として盛り込まれた「トウ小平理論」の神髄は「先富論」にある。

 「先富論」とは、すべての国民に手段を講じて富の追求を促し、条件のある人が先に豊かになることを認めたものだ。それは毛沢東時代の平均主義を打破、国民の労働意欲をかきたててパイを大きくし、その後全体を豊かにする「共同富裕論」と一対になっているのが特徴だ。

 天安門事件後から実質的に二〇〇二年秋まで十三年続いた江沢民政権は、トウ小平理論を受け継ぎ、高成長路線を持続した。九七年のアジア通貨危機の影響もほとんど受けず、過去数年、世界経済の低迷をよそに8%前後の成長を維持してきた。世界貿易機関(WTO)加盟を果たした二〇〇一年末ごろから、中国の「独り勝ち」といわれ、二〇三〇年までに「米国と肩を並べる経済大国になる」との予測まで語られた。

 しかし、いま中国経済の脆弱(ぜいじゃく)性が目立ちだした。格差の拡大、腐敗の蔓延(まんえん)、失業の増大、農業の停滞、財政赤字・不良債権の膨張、電力・エネルギーの不足、人材育成や技術開発の遅れ、犯罪の激増、環境破壊の進行など、「古い問題に加え、次々に新しい問題、矛盾が出てくる」(温家宝首相)のだ。

 中国が直面する問題や矛盾は多岐にわたり、複雑な原因があるが、基本的には共産党の支配体制の下で、成長路線を追求した結果とみてよい。米マサチューセッツ工科大学のジョージ・ギルボイ氏は、最近の米外交専門誌フォーリン・アフェアーズで、中国の産業構造を、官僚と商人の結託で工業化を開始した百五十年前の清朝になぞらえる。

 政治改革は停滞、党主導体制下の経済改革も不徹底で、基幹国有企業や金融機関の改革を妨げている。そうした中で、江沢民政権が継承したトウ小平成長路線は、極端な富の偏在を招いた。

 中国の状況について「二つの国がある」とか「欧州とアフリカの併存」とかよくいわれる。沿海部と内陸部の格差の表現だ。中でも突出して発展したのは上海。昨年の一人当たりGDPは五千六百ドルを超え、最下位の貴州省の十三倍である。

 それは先に豊かになる条件のある所に偏った投資が行われた結果だった。大都市や沿海部は産業の基礎もあり、外資を誘致する条件も整えやすかった。これについて、米プリンストン大学の程暁農氏は、江沢民政権が安定を最優先し、都市部の発展に重点を置いた結果と分析する(草思社刊「中国経済 超えられない八つの難題」)。

 天安門事件の再発防止には、教育水準の高い人口が集中し、情報化も進んでいる都市住民の生活を改善、不満を抑える必要があったというわけだ。半面で内陸部農村の貧困は放置され、農民は都市部への出稼ぎに活路を求めるほかない。

 バランスを著しく欠いた成長路線は、いま大きな障害に直面した。胡錦濤政権が打ち出している政策は、江沢民時代の尻ぬぐいに近い。それはトウ小平氏の先富論の実質的な否定でもある。
by sakura4987 | 2006-06-03 10:07

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