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◆東京裁判開廷60年 (世界日報 06/6/8)


愛国教育に不可欠な理解/歴史を自主的に再検証せよ

 戦前、戦中のわが国の政治家や軍人を裁いた東京裁判(極東国際軍事裁判)が昭和二十一年五月三日に開廷してから、六十年が過ぎた。この裁判で断罪された被告人が「A級戦犯」と呼ばれ、合祀(ごうし)された靖国神社への首相の参拝が政治問題にまでなっている。

 この問題を考える上で不可欠なのが、東京裁判についての正しい理解だが、この裁判があったということすら知らない若い人が多く、国民の70%が知らないと答えた報道もあったようだ。

 教育基本法改正案の国会審議の中で、自民、公明、民主の三党が「国を愛する」ことの重要性という一点では共通しているが、民族の独立心と愛国心を養い、他国からの「A級戦犯」の靖国神社合祀批判と向き合うためにも、東京裁判について正確かつ詳細に学ぶ必要があろう。

 これについて自民党機関誌「自由民主」(六月号)は「『東京裁判』の真実を問う」というタイトルで好企画の特集をしている。

 (1)元駐タイ大使の岡崎久彦氏、山谷えり子参議院議員、稲田朋美衆議院議員の鼎談(ていだん)

 (2)小林宏晨・日本大学教授の論文「『平和に対する犯罪』とは何か」

 (3)牛村圭・国際日本文化研究センター助教授の論考「重光葵という『A級戦犯』」

 (4)東京裁判関連資料

 ――の四本立てだ。

 この中で、指摘したいのは、鼎談の冒頭から議論しているサンフランシスコ平和条約第十一条の条文にある「裁判を受諾し」との一節について、日本が受け入れたのは「判決」(ジャッジメンツ)であって、「裁判」そのものではないという英文の解釈問題である。

 法律的にいえば、判決だろうと裁判だろうと受諾したのは絞首刑などの「主文」にすぎない。

 ところが日本政府は、裁判のすべてを受け入れたのだから、「判決理由」で示されたいわゆる東京裁判史観を認め、かつ裁判の不当性は主張できないとしているわけだ。

 しかし、「日本国の外務省の官僚である以上、自国にとって最も有利な条約解釈をすべきなのに、最も不利な条約解釈をして、恬(てん)として恥じない」(稲田氏)のはおかしい。

 裁判の不当性については、何も日本の保守系の一部が主張しているだけではない。東京裁判の最終判決が下される時(昭和二十三年十一月)に、三人の判事が個別反対意見を表明し、厳しく批判している。


 インド代表のパール判事が

 「勝者によって今日与えられた犯罪の定義に従っていわゆる裁判を行うことは敗戦者を即時殺戮(さつりく)した昔とわれわれの時代との間に横たわるところの数世紀にわたる文明を抹殺するものである」

 と語り、「日本無罪論」を展開したことは有名な話だ。


 また、フランス代表のベルナール判事は

 「裁判所条例は被告に弁護のための十分な保障を与えることを許していると考えるが、実際にはこの保障は被告に与えられなかった。多くの文明国家でそれに違反すれば全手続きが無効となるような重大な諸原則と、被告に対する訴訟を却下する法廷の権利が尊重されなかった」

と述べ、審理の手続きの不備を批判した。


 さらに、オランダ代表のレーリンク判事は

 (1)裁判管轄権、平和に対する罪、不作為の責任

 (2)事実に関する考察

 (3)被告各個人への判定

 ――などについて長文の反対意見書を提出し「自ら正義の法理を適用しているか否かを審査する権能や義務さえ与えられないで、たんに戦勝国の最高司令官の定めた法規を適用しなければならない」としてその不当性を主張した。


 パール判事が判決文の末尾に記した、

 「時が、熱狂と偏見をやわらげたあかつきには、また理性が、虚偽からその仮面を剥ぎとったあかつきには、そのときこそ、正義の女神はその秤を平衡に保ちながら、過去の賞罰の多くにその所を変えることを要求するであろう」

 という言葉を踏まえつつ、東京裁判で却下された膨大な弁護側資料を採用し、歴史の再検証を自主的に行う時が来ていると言えよう。
by sakura4987 | 2006-06-10 08:34

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