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◆監獄法改正案の再考必要 東京女子大教授・林道義


  平成17年2月13日(日)産経新聞

 刑務所や少年院は、「罪に対する罰」を与える所であると同時に、更生という教育を与える場でもある。そこにはある意味では厳しい教育の原理が必要である。

 とくに犯罪を犯した者の多くは父性が不足しており、甘えや無規律の精神を持っている者が圧倒的に多い。それに対しては相当に強い厳しさの原理が必要である。

 もちろん最低限の人権は保証されなければならないし、不当な虐待はもってのほかである。しかし、むやみと待遇を改善したのでは、更生にとってむしろマイナスになりかねない。

 情状酌量の余地なく、実刑に服している受刑者たちは、相当な「わる」であり、その更生のためには、まず父性的な厳しさを与える必要がある。過保護な今の世の中に残された数少ないしつけの厳しい施設が刑務所や少年院である。

 その中では、規則を守らせ、規律正しい生活をさせ、秩序を維持すること自体が教育的な意味を持っている。学校の教員でも、ワルガキに対しては強面(こわもて)が必要であるが、刑務官はもっと強面が必要なのだ。

 そういう意味を理解しないで、「人権」をふりかざしてむやみと待遇をよくしたら、甘えを助長し、受刑者の自立する機会を奪うことにもなりかねない。

 一般的に言っても、昨今の教育に厳しさが不足しているが、とくに犯罪を犯した受刑者には厳しさが必要である。

 このたび、法務省は監獄法を見直し、受刑者の待遇を改善する方針と発表された。「受刑者の人権保証を十全なものとする」というのが趣旨である。相も変わらず「人権」「人権」である。

 名古屋刑務所での受刑者死傷事件を受けての「見直し」だそうだが、不当な虐待をなくすことと、待遇問題を混同してはならない。

 具体的な待遇改善策とは、刑務所内で子育てができるようにする、外泊できるようにする、電話使用も緩める、医療も充実する、面会の機会も増やす、人権救済・不服申し立て制度も充実させる。なんとも、至れり尽くせりである。

 待遇よりも、もっと深刻なのが、「人権、不服申し立ての充実」という項目だ。これを盾に、人権派の弁護士がけしかけて、いちいち、「人権侵害だ」「差別だ」と文句をつけ始めたら、いわゆる「しめし」がつかなくなり、刑務所内の秩序を維持することは、きわめて難しくなるだろう。

 刑務所や少年院では、今でも受刑者が増えすぎて、刑務官たちは過労になったり、神経がすり減っているという。

 条件つきとはいえ、「刑務所内で子育てができるようにする」「外泊できるようにする」「電話使用も緩める」「面会の機会も増やす」となっては、外部との悪意ある連絡も易々とできることになる。所内の犯罪防止という観点からも危険である。

 間違った人権思想に基づいた監獄法改正案は、是非とも再考すべきである。



※以前、「21世紀は人権の世紀で、この人権をどの様に理解するかでその後が決まる」と聞いたことがあったが、まさにその方が言われるようになってきた。「人権様」のお通りだ!という事だろう。

数日前もこのような記事が載っていた。 『職員手帳に“六曜”記載 大津市 「人権配慮欠く」回収へ』。

六曜が人権問題というのは一体誰が決めたのだ?非科学的な事が人権問題というのなら占星術や血液型占い、あるいは宗教もすべて人権問題になってしまうのだろうか?細木かずこさんも人権問題でテレビに出られなくなるのだろうか?

そもそも「人権」とは何なのだろうか?そして誰がこの「人権」を定義づけし、逆に我々に押し付けているのだろうか?今日はこれについて以前と重複もあるかもしれないが、改めて書く。

この「人権」の定義だが、読んで字の如く、「人の権利」と書いてある通り、まず、「人」とは何かというところから考えなければ定義できない。つまり、「人権」を口にする前に、「人」についての自分なりの定義を語ってから議論すべきだ。

この定義が出来ていない者や全く違う定義をする者とは、議論する価値もないということだ。そもそもの立脚点が違うものどうしがいくら議論してもかみ合うわけがないからだ。

はっきり言ってしまえば、人は土くれから勝手に出来たものなのか、神という存在があり、神から分かれてきたものなのかということだ。このどちらを取るかで、「人権」の定義は全く違ってくるのだ。

私は自信を持って、「人は神から分かれてきたものだ」と定義付けている。別の言い方をすれば、「神は存在する」し唯物論は絶対に間違っているという事にもなろう。

ここのところをはっきりしないで、「人権」も何もあったものではないが、こう言うと必ず「神の存在を証明しろ」となるのだろうが、それなら「神がいない証明をしてみなさい」と、こちらも自信を持って尋ねてみたい。

結局のところ、現在、我が国の国民に、また世界人類に突きつけられているこの課題は、「あなたは神を信じますか?」という事に尽きるのだ。そして、この問に堂々と「はい」と答えられるかどうかが、今後の世界や日本や個人の将来を決めていくことになるのだ。

情報の取捨選択が非常に大事な情報化社会が到来したが、その取捨する判断基準は、将来、世界が、日本がどうなって行くのかという事に目を凝らして見つめる必要があるが、私が見る限り、今後は精神性への復古運動が必ず起きて来る。

今後その流れの中で、無批判に垂れ流されている、この「人権」という事が問題になってくるし、必ず「人」とは何かという問(とい)を日本人や人類全体に投げ掛けられることになるだろう。

その時のためにも、一人一人が「信じる」という事の偉大さを確認してもらいたいと思うし、探求し続けてもらいたいと思っている。私もまだまだ道の途上であるので、今後ますます不退転の決意で、努力精進を積み重ねていかなければと思っている。
by sakura4987 | 2006-06-12 16:20

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