◆国民の愛で新時代の幕を開こう
◆期待感抱いて生命の躍動へ
平成は、新しい時代を迎えるための「創造的破壊」に始まった。バブル崩壊で国の保護下にあった金融機関が瀕死に陥り、土地担保型の融資一点張りだった銀行は、地価の下落によって巨額の不良債権を抱え込んだ。企業の倒産が相次ぎ、リストラ・失業に加え、終身雇用や年功序列も通用しなくなり、閉塞感ただよう社会の中で行き場を失い、自分の存在価値さえ見失った働き盛りの自殺者が急増している。私たちの目の前で、古い体制がガラガラと音を立てて崩れていく。行き先のない航海をしているような不安が社会に蔓延し、無気力を大量に生み出した。
一方、国は七百兆円もの膨大な借金を抱えており、約四十六兆円の税収では足りず、毎年三十兆円もの借金を増やし続けている。なぜ支出を収入の範囲に抑えようとしないのか、私は不思議でならない。少子化で労働人口が減少していくことは明らかで、税収増額の予測が立たないのに、天文学的数字にまで達している借金を、いったい誰が支払ってくれるというのだろう。国民は今、夢や希望を抱けるような明確なビジョンを心底欲している。「勤勉に働けば明るい未来が待っている」という期待感が生命を躍動させるのだ。
また、わが国の国際競争力は若干回復の兆しが見えたものの、経済自由度では三十五位と振るわない。これは、官僚の権限の強い国家社会主義的な体質が民間の自由を束縛し、潜在能力に蓋をしてしまっている状況を顕著に物語っている。既得権益を守ろうとする官僚こそ、新時代創造を遅らせている張本人であるというのに。
食材の多くを輸入品に頼り、製造業の使用エネルギーの九十数%を中東に依存しているわが国は、今後、諸外国とどう折り合いをつけて平和的解決の糸口を見出していくのか。有事の際、どう国民を守りきるのか。外交手腕と政府の迅速な対応が問われている。
こうしてこれまでの平成を振り返ってみると、目まぐるしい社会変動の中で、借金という「負の遺産」を背負ったまま、目先や自己の利にとらわれて右往左往している姿が浮かんでくる。しかし、坂本龍馬ならばこう言うだろう。「この国を、再び洗濯いたしたく候」と。
日本は贅肉を削ぎ落とし、中性脂肪やコレステロールを減らして、スリムな健康体を取り戻さなければならない。そう考えたとき、これから何をなすべきかが見えてくる。再び気力を呼び戻し、活力ある社会を築くためには、具体的にどうすればいいのだろうか。まず、「努力が報われる社会の構築」について。最近の世論調査によると「努力しても成功できるとは限らない」という人が半数以上占めている。その原因は、根強くはびこっている悪平等思想にある。例えば税制もその一つだ。この不況期に血の流れるような努力をし成功した人に対して、懲罰的な重税を課す今の税制は納得できない。
これでは、努力が空しいばかりか、優秀・有能な人材が海外に流出し、国内が空洞化するだけである。もし仮に所得税を一律一割にすれば五百兆円を超えるGDPの10%、約五十兆円の所得税収が見込め、現在の所得税額よりも上回る。「税金は搾取するもの」という誤った発想を転換し、「努力奨励型」の新税制によって社会に活気をよみがえらせ、総額税収も増えるならば一石二鳥である。
また、デフレの時代は「守りの時代」でもある。鬱(うつ)病や自殺、ひきこもりなど、心を病む人が増え、失業で社会から投げ出され、家庭さえも失う人が後を絶たない。本当は、誰もが家族の絆や愛情・温もりを欲しているのである。不況期に守るのは、財布だけではないはずだ。自分自身の心の健康、そして、愛する家族の心身の健康を守ることが、どれだけ大事なことであるかを自覚したい。社会を構成する私たち一人一人が健康で幸福で愛に満ち満ちてこそ、社会も国も活気にあふれ、新しい時代の幕が開かれるのである。存在価値のない人など一人もいない。みな「何かをなすことを期待されて」生かされているのだ。
◆自己を発揮し社会に貢献を
私も一人の妻として母として、夫や子供たちを大切にし、家族がそれぞれの持ち場で最高の自己を発揮し、社会のお役に立てるよう、自分に期待されている役割を果たそうと思う。これからの時代、活力の最大の源になるのは、「天賦(てんぷ)の資質を最大に生かして社会に貢献しよう」という一人一人の熱意であり公の心であろう。国家とて同じ。国益も大事だが利己主義でもいけない。「利自即利他」の価値観が、世の中を潤していくのだと思う。これまでより、もう一段高い価値観を体現し、新時代創造の大きなうねりを生み出していきたいものである。
※今後、過去の捨て去るにはもったいない良い記事も載せていきます。このサイトをより拡充し、保守の役に立つものとしたいと思っています。

