◆JapanをNipponに変えよう
◆名前も性、名の順で
日本という国名は、ユーラシア大陸の東部にあることと太陽神の崇拝を意味し、「日出づる国」を象徴し、よい名前であるが、外国では日本をJapanという傾向がある。日本人も国名には日本というせっかくの名前を無視して外国人の言うJapanという名を用いている。姓名も日本人は、姓、名の順で書くのに、英語でサインするときは、名、姓となる。しかし、日本人は橋本龍太郎であって、けっしてRyutarou Hashimotoではない。あたかも毛沢東であって、沢東毛ではないのと同じである。この二つの俗を終わりにすべきである。
某国のサッカー監督に、サッカーには国家の威信がかかっているという発言があったが、コミュニティ・スポーツとしてのサッカーには特別の意味があるようであって、サッカーの試合にはサポーターの乱闘が少なくない。我が国のサッカーが厳しい道を通りぬけ、世界大会に出場できたことに岡田監督他の選手諸君に敬意を表する。
日教組教育によって日章旗と断絶したはずのサポーターたちが、「頑張れ日本」と共に大日章旗を振り、中には軍艦旗までかつぎだす人がいて旧海軍としては大変うれしく思った。誠に普通の国になった印象があってすばらしい。健全なナショナリズムだと思う。そもそも国際試合は、すべて国家の威信がかかっているのであって、オリンピックの場合のように参加すればよいということで、この気迫が感じられないのは遺憾である。三百名行って、金メダル三個といった結果は誠に嘆かわしい。参加するということは貢献するということであり、予選に落ちるようでは最初から参加していないのである。
◆大戦で見失った歴史と伝統
それにしてもこの際、日本の英語名のJapanをNipponに変更してはどうであろうか。Japanという言葉には日本人には何の責任もない。昔、マルコポーロが日本をジパングと聞き間違えて以来のことであって、ジャパンは邪班、蛇班に通じ、いかにもコスカラシイという印象もある。英語のjaにもあまりよい語感の言葉はないようである。Japanという名前があるためにJapという蔑称ができたり、タイタニックの際の日本人のような話ができたのではないか。現在のタイ国もかつては、Japanと同様シャムと言われていた。現在のスリランカも以前は、セイロンと言われていた。Japaneseにあたる言葉はどうするか。それは、Nipponeseでもよいが、本当はNipponoまたはNippon jinでよいのではないか。
第二次大戦で日本人は、その歴史と伝統を見失っている。明治維新は王政復古のスローガンのもとに行われた。その後の発展も、その線で行われ、その究極の姿が敗戦であり、敗戦の結果、過去の歴史がすべて否定される一方、明治時代は、今日もなお支持者が多く、アンビバレンスの心情を日本人にもたらしている。しかし、明治時代の体制は、当時の内外情勢がもたらした危機管理体制であり、本来の復古であったかどうか疑問である。歴史的に見ると我が国の支配体制は、天皇と将軍の二本立てとなっていて、中国のように神政府体制ではなく、この間を運動する自由があった。福沢諭吉が唱えているとおりであって、明治憲法は神政府体制をとったことでむしろ伝統に反していたのである。
この意味で言うと、戦後の天皇制論争は実態のないものであった。さらに神道を国家宗教としたのも明治以降であった。その前は、むしろ仏教が国教であった。
◆安保理入りをきっかけに
推古天皇の御代に十七条憲法が次のように定められた。「しかれども上和らぎ下睦びて、事を論(あげつら)ふに諧(かな)ふときは、事由自づからに通ふ。何事か成らざらむ」、「事独り断(さだ)むべからず。必ず衆と論ふベし。少き事は是軽し。必ずしも衆とすべからず。唯大きなる事を論ふに逮(およ)びては、若(も)しは失(あやまり)有ることを疑ふ。故、衆と相弁(あいわきま)ふるときは、辞則ち理を得」
古代において朝鮮に出兵したことがあるが、それは国家、民族の観念もなく、百済という母国ないし兄弟国を守るためのもので、今日の植民地主義と同一に見ることはできない。しかし白村江の戦いに敗れたあとは、全く半島への進出はない。従って天皇制も将軍も外征や植民地に関係はない。秀吉の朝鮮出兵はあるが、秀吉は関白であって天皇でも将軍でもない。日本は列強が世界支配に狂躁した大航海時代に鎖国して全く海外と関係を持たない。
日本が戦争したのは一八九四年から一九四五年の約五十年間だけであった。しかも朝鮮独立と満州の保全と開放を唱えた日清日露戦争は、国際的にも支持された。その後の大陸政策の結果、両戦争の大義まで見失われたのははなはだ残念である。日本はそのもつ民主主義と平和主義の伝統に誇りを持たなければならない。
JapanからNipponへの切り替えの時期は安保常任理事国になるあたりが適当ではないか。日出づる国と武士道と平和主義の国の常任理事国入りである。NipponとNihonについては、概ねNipponで勝負があったと見てよいであろう。
※現在の大勢は「Japan」のようで、オリンピックなどではこの名称が全てのようである。しかし考えてみれば、上記のようにおかしなもので、「日本」には「Nippon」しかないのではなかろうか。次のオリンピックの際、中国に対して、「Japan」ではなく「Nippon」と書けと抗議するとどんな反応が返ってくるのだろうか。考えただけでもわくわくする。一度中国にそして全世界に対してこのようなことを言ってみたいものだ。「これから日本は変わるんだ」、「今までのように弱々しい国とは決別するんだ」と宣言してみたい。

