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◆軽くなった祝祭日の意味と重み

嘆かわしい連休対策の日付移動  東京大学名誉教授 辻村明 平成16年12月23日(木) 産経新聞

《禍根残した祝日法の制定》

 十二月二十三日は天皇誕生日である。天皇誕生日は戦前には天長節といわれ、明治時代には十一月三日、大正時代には八月三十一日、昭和時代には四月二十九日が天長節であった。

 当日は学校は休みであったが登校はして、校長が厳かに読み上げる教育勅語を拝聴し、多くは紅白の記念まんじゅうをもらって帰宅したものである。そして各戸には「日の丸」の国旗が門や玄関の脇に掲げられ、「旗日」ともいわれた。全国津々浦々どこに行っても「日の丸」の旗がひらめき、祝意にあふれていた。

 戦前の暦には、この天長節の他、紀元節(二月十一日)、明治節(十一月三日)と四方拝(一月一日)の四大節と新年宴会(一月五日)が祝日とされ、他に祭日として、神武天皇祭(四月三日)や大正天皇祭(十二月二十五日)など七つのものがあった。そして祝祭日は休日であると同時に国旗を掲げるように指示されていた。

 このうち明治天皇は特別扱いで、明治四十五年七月三十日に崩御され、大正時代になってからは、天長節が八月三十一日に移されたため、十一月三日は普通の日となった。しかし明治天皇の偉大な業績をしのぶ祝日として、昭和二年に明治節が制定された。

 戦前最後の祝祭日は以上のようなものであったが、全体的に天皇や皇室中心の国家主義的な性格が強かったので、敗戦後、GHQの占領下にあった昭和二十三年七月三十日制定の「国民の祝日に関する法律」によって、大幅に変更された。

 それは時代の趨勢(すうせい)からして自然なことであったが、新しく制定された戦後の「国民の祝日」には、制定後の変更をも含めて多くの問題がある。その一部については、「成人の日」に関連して、平成十三年五月十三日付の本欄『祝日の再検討を提案する』で指摘しておいた。今回はその続編ということになり、多少の重複はお許し願いたい。

《安易で怠惰な風潮を蔓延》

 まず第一に、「〇〇節」という名称はすべて排除されて、単に「〇〇の日」という名称になったことである。「天長節」などの「節」というのは、元来は竹の節(ふし)に由来していて、これは固くて動かし得ないものという意味合いがある。

 天皇にせよ一般市民にせよ、誕生日は誕生日で一回しかなく、一日といえども動かし得ないものであり、それが故に、季節や生活の区切りともなるものであった。

 その重みが失われたために、「国民の祝日」で新たに設置された「成人の日」は、最初一月十五日だったのが、平成十二年から一月の第二月曜日に移されて、土・日・月の三連休に組み入れられた。

 また「海の日」も最初は七月二十日であったが、同じく七月の第三月曜日に移されて三連休、「敬老の日」も最初は九月十五日だったのが九月の第三月曜日に移され、「体育の日」も最初は十月十日だったのが、十月の第二月曜日に移され、三連休が年に四回もできてしまった。

 この三連休は一方で「ゆとり教育」の方針から毎週土・日が連休になったことの延長線上にあり、かけがえのない特定の一日を平気で他に移して休めばよいという、安易で怠惰な風潮を蔓延(まんえん)させてしまった。

《祝日変更より国旗掲揚を》

 日付は忘れたが、この三連休制が国会で議論される直前、自民党と公明党の幹部が国会の廊下を歩きながら「三連休、よろしく頼みますよ」と話し合っている姿がテレビに映り、私はあぜんとした。

 第二に昭和天皇時代の天長節が「みどりの日」として残っているが、どうにも座りが悪いので、「昭和の日」にしようという声が起こりつつあるが、私は反対である。明治天皇でさえも「明治節」が「文化の日」に変えられたのだから、昭和天皇がどんなに在位が長く、高潔な人格者であったであろうとも、今更「昭和の日」を設けることもあるまい。

 それよりも国会議員や公職に在る者は、自宅で果たして祝日に国旗を掲げているのだろうか。漸く「国旗・国歌」法(平成十一年八月)も通り、既に五年も経っているのだから、祝日をいじるよりも自ら範を垂れて自宅に国旗を掲げ一般市民にもそのように働きかけていくべきであろう。

 私は祝日には努めて国旗を自宅の門柱に掲げるようにしているが、三連休にするために移動した祝日には掲げない。なお国旗はどこで売っているのか知らない人も多いようなので、デパートの和服売り場で売っていることを付記しておこう。



※世間ではクリスマス、クリスマスと猫も杓子もクリスマス。自国の祝日のお祝いはせずに、キリスト教でもないくせに、商売人に乗せられた根無し草の若者たちが彷徨しているが、もう一度、自国の基礎から徹底的に教え直さなければ、本当に我が国は溶解してしまう。祝日と言うのは、一年の中の一つの区切りであり、また、過去を偲び感謝する日ではなかろうか。そのような精神を忘れ去り、国旗も揚げずに、日曜日と同じ感覚で遊び回る事を推奨する政治家たちの精神のありかがどの程度なのかは、押して知るべしだ。我が国の政治は「革命」がなければ変わるのは無理だという結論を出さざるを得ない。  
by sakura4987 | 2006-06-20 16:04

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