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◆「信用と自由」について

●反省が出来ない

 昨今の日本人を見ておりますと、反省が出来ない、鎧のような「俺が、俺が」という自我の塊をまとって、人に謝る事も出来ずに、人の責任のみを裁く人が非常に多くなっているように思います。これは老若男女を問わずに見受けられる現象なのではないでしょうか。

 例えば、飲食店などでの態度を見ておりますと、客意識を前面に出して、店員を召し使いの様に扱うお客をよく見かけます。また、ドアを開けっ放しにして出入りする人や大きな声でおしゃべりするお客などもよく見る光景です。

 このような人に限って、傲慢で謝ることを知らず、相手の立場に立って物を考えようともせず、また自己反省も出来ずに、人を威嚇してでも自分の自我を押し通そうとする人たちなのですが、この根底には、「愛が欲しい」、「理解されたい」という、貧しい心が存在するのであり、子供の心を脱却できない寂しい人たちなのでしょう。

 そして、そう振舞えば振舞うほど、残念なことに周りから避けられ、信頼されなくなり、ますますその不満を周りに撒き散らす悪循環を繰り返しているのが、事実なのではないでしょうか。

●自由には責任が伴う=責任が持てる人には自由が広がる

 ところで、人間は成長するにつれて、人の責任にばかりせず、自己責任ということを自覚しなければなりません。自己責任というのは、「自分がもっと努力すれば出来たのだが、結局は出来なかった。これは、自分の考えや努カが足りなかったからだ。」と、結果を自分の責任として受け止め、自分の思いや行いを反省するということですが、実はこれは素晴らしいことで、これが本当の意味での人間としての成長であり、子供から大人への脱却のために必要なことのように思いますが、上記のような人たちはこれが出来ない人たちなのでしょう。

 そこで、自分責任というものを考えてみたいと思うのですが、「責任と自由」とは、裏表一体の関係で、自分に責任を持てる人や、自分の考え方や行いを反省でき責任を持てる人は、実はその分だけ、自由の範囲が広がるのです。これは人生においての、大きな発見です。

 何事にも自分で責任を持ち、反省できる人は、周りからも、「この人は、誠実な人で、間違いのない人だ。」と思われるので、徐々に任される事が多くなり、また自由にやらせてくれるようになっていきますが、反対に、「この人は信用できないな。」と思われると、「あれも止めておこう、これも頼むまい。頼むとしても、この程度にしておこう。」と、行動範囲が非常に狭くなっていきますし、任させる事も非常にまれになっていきます。

●信用をつけるには

 簡単な例を挙げるとすれば、親子の関係です。

 親は、「この子はマンガの本を読んでいても、時間が来たら、ちゃんと勉強に切りかえる子だ。」と思うと、マンガの本を読んでいても、テレビを見ていても、愚痴や指示をしないのですが、油断していると、いつまでもテレビを見たり、いつまでもテレビゲームをやっているとか、遊びに行ったら帰ってこないとなると、親は安心できなくなり、「あれもダメ。これもダメ。」ということになってしまいます。

 子供のころは、この事に気が付かず、親の目を盗んで、自分の自由にしたいと、もがき、反抗したりするのですが、そうすればするほど、逆に自由がなくなり窮屈になっていった経験を多くの方がなさったのではないかと思います。

 これが「信用」と言われるもので、周りの人たちが、どれだけ自分を信じてくれるかということです。

 「社長が、自分に任せてくれない。」と、よく文句を言う人がいますが、自由にさせてくれないのには、理由があります。それは信用がないからです。

 この信用というのは、大人だけでなく、子どもにとっても非常に大事なものですが、「この人は、あの時こうしたから、このような場合もきっとこうするだろう。」「この人はあの時自分の非を認めず、言い訳ばかりをしていたので、次も
平気で失敗するだろう。」と周りは思うものですし、「こういう時に、こういう判断ができた人だから、このような場合もきっとこうするだろう。」というように、信用が出来てきて初めて、人は安心するものなのです。

 そうなって来ますと、かなり大きな責任が与えられて、自由の範囲がぐんと広がっていきます。ところが、「この人は心配だ。」と思われると、周りの人は気が気ではないため、あれもこれも点検したくなるのが当然の法則なのです。

 結局、信用というのは、小さなことの積み重ねで、その積み重ねが、仕事上での信用になります。特に、お金の面での信用というのは、非常に大事ですし、また、嘘を言わないことや、言ったことは誠実に実行するといった、人間関係での信用も非常に大切です。また、むやみに怒らないことも、信用を得るには大切なことでしょう。

●信用のバロメータ

 そして、信用には、お金や人間関係の他にもう一つ、「人が見ていないところで、いかにするか。」ということがあります。ここも信用がつくところです。周りが見ているところで、良識あるようにしているのはある意味簡単ですが、人が
見ていないところでどうするかが大事です。

 「天網恢恢祖にして漏らさず」と言いますが、「見られていないから、大丈夫だ。」と思って隠れてやっていても、世間の人は、見ていないようで、意外とよく見ているものです。子供時代でも、親が見ていなくても、近所の人が見ていて、後から親に叱られることが結構ありましたが、人が見ていないところでも着実な人は、いつの間にか信用が出てくるものなのです。

 このように、信用というのは大事で、自分の責任というものをよく自覚して行動しなければなりません。そして、「自分の行動に責任が取れる人は、自分の自由に出来る範囲が広がる」ということをよく心に刻んでおくことが大切です。

 人からの信用を得るためには、日々の積み重ねが大事ですし、また自分一人の時にどうするか、人が見ていない時にいかにするかということが大事です。これは結局、一日をいかに生活していくかということに繋がっていくものだろうと思います。

 そして、不思議な事に、自分の責任を強く感じる人ほど、感謝の気持ちも強いようです。自分が人からしてもらっていることや、人に面倒を見てもらっていることに対して、感謝の気持ちを持っていますし、その気持ちが強い人ほど、また責任感も強いようです。

 このような観点から考えていきますと、「反省はすなわち自己の成長であり」「自己の成長はすなわち自己反省から始まる」ということがお分かりいただけたかと思います。

 自己責任と自己反省を自らに言い聞かせて、「信用を得る」事によって自由の範囲を拡大し、その自由の範囲の中で、大いに世のため人のために活躍しようではありませんか。

文責:いかるが
by sakura4987 | 2006-06-20 16:33

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


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