人気ブログランキング |

★★★ 日本再生ネットワーク 厳選ニュース ★★★

sakura4987.exblog.jp
ブログトップ

◆育成すべきは知識人ではなく教養人


平成15年6月18日(水)産経新聞

同志社大学フェロー・大阪大学名誉教授 加地伸行  人としての徳と器量磨く教育を

 ≪論語が語る「君子」の真意≫

 近ごろの世情の乱れにうんざりということもあって、いま私が大半の時間を費やしているのは、『論語』の全訳注である。

 十年前、講談社の求めに応じたものの、ほとんど作業は進まなかった。しかし、この半年前から急速に進み、予定の半分近くにまで至っている。なぜか。『論語』の中の重要なことば、今風に言えばキーワードか、それらの現代日本語訳を決定することができたからである。

 そこに至るまで、訳しきれないで苦しみ続けた。たとえば、「君子・小人」。

 これまでの『論語』の訳書の大半は、漢字が日中で共通という理由で、原文の「君子・小人」を漢字そのままに現代語訳に使っている。

 しかし、現代日本語の中で「君子・小人」はどういう地位にあるのであろうか。死語となっているのではないか。それをそのまま使ったのでは、現代日本人に通じない。

 そのため、中には「君子・小人」を「りっぱな人・つまらない人」と訳している。しかし、なにがりっぱで、なにがつまらないのか、よく分からない。文字の上では現代語訳にみえても、中身は訳出されていないではないか。

 ではどう訳せばよいのか。「君子・小人」の元来の意味を学問的に訳すことはできるが、それと後世に広く読まれ、古典となった『論語』における意味とはまた別である。この後者のためが現代語訳で、その訳出に悩んでいたが、現代日本の学校や教育の問題を考えていたとき、はっと気がついたのであった。

 ≪大学すら知識教育の偏重≫

 わが国では、小学校から大学に至るまで、知識教育が中心である。目的は専門家(知識の熟達者)養成であり、その傾向はもっと増加するであろう。なにしろノーベル賞受賞者の数を増やすことがすぐれた文教政策と思っているのであるから。だから、手近ではしつけ、遠くでは見識という、礼節の心得とか人間の器量の充実とかといった、人格教育(人間性や道徳性の養成など)という点では、今の学校教育はほとんどだめである。特に大学教育においては期待できない。

 ありていに言えば、日本の学校教育では、知識人は養成するものの、知識に人格を加えた教養人の養成はなされていないのである。

 ところが、日本語の「教養」は「知識」を指す感じとなってしまっており、「教養がある」とは「知識がある」とほとんど同義語である。テレビのクイズ番組は知識ばかり求めている。大学の教養教育の「教養」も、ほとんど「知識」の意味。

 そうではない。教養人とは、知識と人格(道徳性・人間性など)との両者を併せ持った人材を言うのである。すなわち、教育の目的は、知識人をつくることではなくて、教養人をつくることなのである。これは普遍的な真理である。遠く西暦前六-五世紀、孔子の時代もまた同じではなかったか。

 孔子の学校に、全国から学生が集まり、諸科目を学習した。その知識水準は、当時、最高であった。しかし孔子は、弟子たちに対して「君子儒であれ。小人儒になるな」と戒めている。つまり、同じ儒家であっても、教養人であれ、知識人に終わるな、と教えていたのである。

 はっと分かった。現代日本語に訳せば、「君子」とは教養人、「小人」とは知識人のことではないか。そう気がついた瞬間、私は『論語』訳注の作業へのめりこんだのである。

 ≪明治を拓いた教養人たち≫

 『論語』は「故(ふる)きを温(たず)ねて新しきを知る」と言う。古典を読み透(とお)すことによって現代を知ることができる。その逆もまたありうる。己の力量不足で、十年、訳語に苦しんだ。その不明を恥ずるばかりである。しかし、知識教育・専門家養成教育全盛の今日、教養教育は疎か、古典を読むことさえ、隅に追いやられてしまっている。現代日本には、知識人すなわち小人が溢れている。

 明治人たちはどうであっただろうか。『教育勅語』を引けば「学を修め業を習い、以って知能を啓発し」そして「徳器を成就し、進んで公益を広め」る教養教育を重んじた。知識人は少なかったかもしれないが人々は教養人であろうとした。それがあの時代の数々の国難を乗りきる力となっていた。

 小人で溢れている現代日本に必要な人材は見識のある君子である。知識人ではなくて教養人が必要なのである。そういう〈構えの大きさ〉を、教育基本法の改正に表すことができるであろうか。




※この大事なことを見て見ぬふりをし、適当にごまかし続けてきた教育委員会はもう必要ない。結局首長の言うとおりにしか動かない。もっと言うなら日教組の言う通りに動く機関に成り下がっている。道徳の副教本を教育委員会で作ったという話を聞いたことがあるだろうか?考えたこともないというのが正解だろう。 
by sakura4987 | 2006-06-20 17:06

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987