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◆道徳欠く法治国家が陥る重大危機


平成16年11月03日(水) 産経新聞  お茶の水女子大学名誉教授・森隆夫

高校で急務な「大人の心得」教育

≪危機意識薄い教育の現場≫

 高校生の間に大麻汚染が広がっているという。最近の例では、埼玉の県立高校生十三人が大麻の不法所持や大麻を買う金欲しさの窃盗を働き、警視庁に逮捕されているし、さらに十三人が補導されている。

 だが、こうしたニュースを聞いても、現場では戸惑いはあっても危機意識は薄いようである。というのは、大麻を入手しやすい環境にあることが問題だと社会に責任を転嫁したり、問題を起こした生徒は真面目とはいわないまでも、「普通の生徒」だったと学校側はコメントしていることが多いからである。

 昔は「普通」といえば、特に良くもないが、さして悪くもないという意味だったが、今では法を犯しても普通だったといい、それを聞いても驚かなくなったのが普通になっている。多発している少年事件の場合も、周囲の人は「普通の子」だったのにと普通を連発する。普通の子なら殺人を犯す訳がないのにである。これでは、普通の概念の変化(低下)としかいえない。

 文明が発達すればするほど大人は幼児化(依存心が強まり、こらえ性が低下)すると言ったのはK・ローレンツだが、それは三十年以上も前のことである。現在の子どもは、その幼児化した大人に育てられてきたのだから、普通でなくなっていても当然なのだ。それなのに気付かない。さて、どうするかである。

≪法律と道徳の関係教えよ≫

 先日、講演先で県立高校長の嘆きを聞いた。今時の高校生は何か悪いことをして教師から注意されると、それが、どういう法律のどこに違反しているのかと開き直るというのだ。つまり、法律に違反していなければ、何をしてもいいと思っているのだろう。法律に違反する前に道徳に反していることに気付いていないのである。

 ここで、そういえば高校には道徳教育の時間がないということに思いが及ぶ。

 小中学校には、「道徳の時間」があり、副読本もある。しかし、高校では現行学習指導要領によると、道徳という教科も、それを指導する時間もない。ただ、学習指導要領の総則で「学校における道徳教育は…学校の教育活動全体を通じて行う…」と訓示的に書かれているに過ぎないのである。

 ちなみに学校の教育活動の全体とは、「教科」と「特別活動」(ホームルーム、学校行事等)を指すが、全体を通じての方法論がないので、結局やらないことになる。

 道徳教育を効果的に行うには、道徳の徳目を特化して意図的に行う教育と、日常生活(学校生活を含む)を通じての無意識的教育(知らず知らず学ぶ学習)の両者が必要なのである。

 ところが高校では後者のみに頼ろうとしている。だから道徳という言葉さえ忘れ、法律に違反してさえいなければ、何をしてもよいと思うのである。したがって、まずは高校にも意図的な道徳教育の時間が必要ということになる。その上で、意図的教育と無意識的教育の統合を図る工夫が要請される。

≪「公民」に替え「大人科」を≫

 高校における意図的道徳教育の方法としては、現行の「公民科」に替わって「成人科」あるいは「大人科」という教科を設け、大人になる準備教育をすることである。

 もっと硬い名称を好むなら「法と道徳」でもよいが、そこでは、法の究極にあるのは道徳であるという名言の指導の他、道徳性が高ければ法律は不要といわないまでも、窃盗や殺人があるから刑法が後から出来たということぐらいは教えた方がよい。

 そうすれば、法律に違反する前に道徳に反してはならないことと、「自己抑制」「自己責任」、さらに「権利と義務」「公と私」といった社会道徳へと発展させていくことができるだろう。

 したがって、分かり易く「大人科」とか「成人科」とした方がよいかもしれない。近年、成人式の度にお祭り騒ぎを通り越して暴徒と化する未成年が多いことを思うと、成人科の単位をとらないと大人になれないと意識させるくらいの気概で教師の方も指導に当たってもらいたい。

 そういえば、小・中学校で「よのなか科」とか「市民科」が市民権を得て、その主唱者が民間人校長として活躍しているくらいだから、高校にも「大人科」を、である。さらに満十八歳で選挙権をといわれたりしている昨今、高卒までに大人としての心得を十分に教える必要がある。道徳を欠く法治国家の悩み、危機への対策を考えることこそ、未来に対する準備を本旨とする教育の使命ではないのか。




※道徳教育の事を考えると、気が遠くなってくる。教えるからには、まず教師や親が知らなければならないし、実践できなければならないと思う。言葉だけの教育はすぐに見破られてしまうからだ。私の場合、初めは知識で、その後は実践で20年近く心について勉強してきたが、これで十分だとはとても思えない。教師が実践でき、それを学んだ子供が親になり、家庭で子供を教育する。そのことを考えると、戦後の失われた60年はとてつもなく長く感じるが、それでもやらねばならない。復活させなければならない。自分のためではなく、日本人のために、先人の方々のために、日本という国のために。教師たちよ、目覚めよ。立ち上がれ! 
by sakura4987 | 2006-06-21 12:16

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


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