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◆あえて求めたい国定教科書の採用


平成16年11月05日(金) 産経新聞  ノンフィクション作家 上坂冬子

日本人の一体感取り戻す縁にも

≪胸を打つ児童の唱歌合唱≫

 フランスのシラク大統領が経済使節団を引き連れて中国を訪問したのには私も目を瞠(みは)った。これに焦ってか、小泉首相の靖国参拝に関して、中国への配慮が足りないといわんばかりの質問が国会で出された。首相は淡々と、いずれ中国も他国への内政干渉に気づいてトップ同士の会談が実現されるだろうと言っていたが、あの発言は久しぶりのヒットだと私は思っている。

 今年も十月十八日に千鳥ケ淵戦没者墓苑で秋の慰霊祭が行われたが、いつもと違う点が二つあった。一点は、靖国神社の宮司から千鳥ケ淵の無名戦士に慰霊の一文が寄せられたことである。靖国と千鳥ケ淵とは一体になって国家のために命を捧げた人々を祀(まつ)り、首相がそれぞれに参拝して哀悼の意を表している。日本とはそういう国なのだ。

 慰霊祭では例年通り児童合唱団の音羽ゆりかご会が「兎追いしかの山」に始まる「ふるさと」など数曲の唱歌を歌った。例年と違う二つ目の点は、その曲目の中に「いつ帰る」が加わっていたことだ。「平和の鐘は鳴ったけど、私の父さまいつ帰る」と疑問を投げかけたあと、

 「春夏秋冬 待ったけど

 私の父さまは帰りゃせぬ」

 と続く歌詞に、参列者の中には、

 「子どもの声は、ことのほか胸に響きますな」

 と呟(つぶや)いた人があったし、黙って眼鏡を外して涙をぬぐっていた人もある。

 最後の一節が「遠いシベリア思われる」と締めくくられていることからも分かるように、この歌はシベリア抑留者の帰還を待ちこがれた子どもの思いを歌った戦後の一曲なのだ。シベリアから戻った無名の遺骨は千鳥ケ淵に祀られているし、来春はプーチン大統領の来日が予定されていることなども考えながら私は感慨一入(ひとしお)であった。

 それにしても思うのは、慰霊される側にとっても、する側にとっても、「兎追いし」というだけで無言の共感をさそう歌があることの幸せである。

≪共通の思い出を育む重み≫

 実は先日、新聞広告で『ドンと鳴った花火だ』という本のタイトルを見つけた私はとたんに、バネ仕掛けのように立ち上がって書店に駆け込んだ。六、七十代の人々なら説明はいらないと思うが、このタイトルは国定教科書にあった歌の一節で同世代の人々なら「ドンと鳴った花火だ きれいだな」というメロディーを思わず口ずさむだろう。

 本の中身は単純で、文部省唱歌をはじめとする四十四曲と、その歌詞にあわせて挿絵代わりに表情豊かな子どもの写真がふんだんに添えてあるだけだ。掲載された歌のほぼ半分は国定教科書からの引用であった。

 たとえば「手本は二宮金次郎」や「ともしびちかく、衣(きぬ)縫う母は」など、どのページを開いても馴染(なじ)み深い歌ばかりで、このところ私は日がな一日、本を片手に嗄(しわが)れた声を張り上げて歌いまくっている。

 「ドンと鳴った花火だ」というたった一言によって、これほどの郷愁を呼び覚まされるとは思いもよらぬことで、教科書の影響力を痛感せずにいられない。

 以来、私がしきりに考えているのは、共通の思い出をはぐくんだ国定教科書の重みである。教科書検定の枠組みを用意して、各種教科書の中から自由に選択して使うのは、多様な考えを取り入れることが民主的だという発想にもとづくものであろう。

≪音楽などから順次導入を≫

 しかし、いまになってみれば、各地各校ばらばらの教科書を使っている現状は、全体主義という羹(あつもの)に懲りた戦後の教育改革が膾(なます)を吹くように共通体験をないがしろにした感がありはしないか。

 歴史の教科書だって国定化できないはずはないと私は考えるが、せめて義務教育の中の読み書きソロバンに匹敵する国語、数学、理科、音楽など比較的見解の相違の少ないものからでもいい、国定教科書として統一すべきだと私は考える。その記憶が成人後の癒しにつながると思われるからだ。

 三位一体改革に沿って、全国知事会で義務教育費の国庫補助金(半額負担)の一部廃止が検討されている。一般財源化すれば国は金も出さず、口も出さないだろうから、各県独自の教育が活性化するという意見も述べられたとか。私は逆にむしろこの際、義務教育費の全額国庫負担と教科書の国定化を主張したい。

 共有財産としての教科書によってはぐくまれる同世代の郷愁と快い一体感を失った、日本の教育の欠落部分を痛感するからである。




※「居ても立ってもいられない思いですよ」――教職員OBや有識者で作る社団法人全国教育問題協議会の山田龍太郎理事長らメンバーが一日、新文部科学大臣の中山成彬氏を訪ね、教育改革の要望書を手渡した。教育基本法改正の早期成立と、義務教育費国庫負担の死守の二つが申し立ての主だそうだが、実は、六年前、教基法改正運動に火を付けたのがこの団体だ。「当時は与党のうちにもピンと来ない方が多く、まず政治家の方々にその意義を語り理解してもらうことから始まり、苦労した」(同山本豊理事)という。独自の改正案も公開し「日本の伝統の尊重(愛国心涵養)」や「宗教的情操の涵養」を強調している。 

そう、国の事や青年たちの将来を考えれば、「居ても立ってもいられなくなる」のが普通の人間だと思う。「一年先を楽しむには畑に種をまき、十年先を楽しむには山に木を植えよ。そして、百年先を楽しむなら、人を育てよ」これは中国の春秋時代の政治家、管子(管仲)の言葉だが、どうしてこの様に刹那的な政治家が増えたのだろうか。前例にとらわれるのは役人程度の政治家ということで、本来の政治家は前例にとらわれず、白紙に戻して決断できる人のことを言う。国定教科書、良い事だと思う
by sakura4987 | 2006-06-21 13:15

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