◆明確な目標持つ者こそが天才に
筑波大学名誉教授 村上和雄 一途な思いは遺伝子の働き変える
≪3連覇の秘密は強い願望≫
八月はアテネ・オリンピックでの日本人選手の活躍のおかげで日本中がわいた。選手たちには、その偉業を成し遂げるまでの素晴らしいドラマがある。まわりには、選手を支えた多くの人々がいる。
五輪柔道史上初の三連覇を成し遂げた野村忠宏選手の場合は、祖父から三代目の柔道家である。彼の三連覇は決して順調ではなかった。前回と前々回の二連覇後、彼は柔道から一時離れている。
その彼がカムバックして三個目の金メダルを獲得できたのは、技術や努力によるものであるが「明確な目標を持っていれば必ず壁は乗り越えられ、重圧、プレッシャーをむしろ糧にして頑張りたい」と出発前に語った彼の精神力の強さにあったと思われる。
子供の時から具体的な目標を持ってきた人は、その願望を実現させる確率が高くなる。オリンピックに出る夢やメダルを獲る願望を持っている人は、常にそのことを考え人生を送っているため、目的に近づくための行動を起こす。このような思考や行動が、遺伝子の目覚めを促す大きな要素となり得る。
日々の訓練により、それに関する遺伝子がオンになり、その運動に必要な筋肉がつくられ、記録が伸びる。それは眠っていた遺伝子が目覚めた結果である。
≪極限状態が潜在能力誘引≫
素潜りで有名なジャック・マイヨールという人がいる。人間の生理学的見地から考えると、常識では四十メートルくらいしか潜れないところを、彼は五十六歳の時に素潜りで百五メートルも潜った。
百メートル近い水深になると、水圧で肺が破裂してもおかしくない。それを潜ったのだから、まさに超人といっていい。時間にすると、五分くらいかかったようだ。普通の人間は五分も息をしないで生きていられない。
彼が実際に潜っているときに、脈拍や血流をチェックしたところ不思議なことがわかった。普通の状態では七〇くらいの脈拍が、二〇くらいまで落ちた。脈拍が遅くなると酸素の消費量が少なくなるが、普通の人はそこまで脈拍が落ちたら死んでしまう。
ところが彼の場合は、血流でも大きな変化が見られた。脳と心臓以外の血流が極端に減ったのだ。そうすることで乏しくなった酸素を、脳と心臓に集中的に集めた。そのおかげで、すごい水圧の中、五分も息をしないで生き続けることができた。
この事実から分かることは、彼が水中で危機的な状態になったとき、酸素やエネルギーが生命の最も大切なところに集まってきたのである。
これは、遺伝子が生命を守ろうとして、普通とは違った働きをしたからである。人は極限状態におかれたとき、それまで眠っていた遺伝子がオンになる。
マイヨールは若いころ、水族館の飼育係の仕事をしていて、雌のイルカに恋をした。そして彼は、そのイルカといっしょに泳いでいるうちに、気がつくと五分間も潜っていたことがあったという。
息をするのを忘れるくらいイルカと一体化した。一体化することで彼は自分が人間であることも忘れたのかもしれない。人間にとって一番の恐怖は死への恐怖であるが、彼は海の中で「無理をすると死ぬかもしれない」というような恐怖感をまったく持たなくなったのだろう。
彼は潜る前に瞑想(めいそう)をして「自分はイルカだ」と思った瞬間から潜り始めていたという。本気で自分をイルカだと思えれば、人間だったら死ぬ危険のある深さまで潜っても恐怖心がないのだろう。
マイヨールは「潜ると苦しいと思うだろうが違うんだ。感覚が全開状態になって、私が海で、海が私でという境目の分からない感覚になって、宇宙的なバイブレーションを感じて、覚醒(かくせい)状態のピークになる」と話している。
≪暗号の目覚め方こそ重要≫
私は「人の思いが遺伝子の働きを変える」ということを証明したいと思っているが、イルカに本気で恋をするという独特な思いと体験が、彼の遺伝子の働きを変えたと解釈している。
天才と普通の人とは遺伝子そのものに差があると思われているが、遺伝子暗号の差は千分の一もない。眠っている九七%もの暗号の目覚め方の差であると思われる。
多くの遺伝子は心がけによって目を覚ます。明確な目標を持ち、決してあきらめず、どんな時も陽気な心でいれば、良い遺伝子がオンになるはずだ。オリンピックを見て、改めて人間の持つ潜在能力のすごさを思い知らされた。
人間は、素晴らしい可能性を誰もが持っている。

