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◆「感謝の心」大人も忘れていませんか

平成16年10月3日(日)産経新聞

学習院長・田島義博の子育て改革

 キリスト教では「神の愛」と「隣人への愛」は同じ言葉(ラテン語のCaritas、英語ではCharity)です。仏教でいう「慈悲」は仏が人々を哀れんで幸せを与え、苦しみを取り除くこと、「いつくしみ」や「思いやり」です。他人を思いやる気持ちは洋の東西を問いません。

 ただ、私たち日本人は仏様と神様の別なく手を合わせるのと同時に、自然界のあらゆるものに霊=人間を超えた偉大な力=が宿るとするアニミズムをココロの中に住まわせてきたと思います。

 これは一神教徒の目には宗教的無節操と映るようですが、私は日本人の精神性の高さはキリスト教徒やイスラム教徒に劣るとは思いません。少なくとも明治生まれの人たちまでは日本人独特の確かな宗教心が息づいており、それが道徳になっていた。その根底にあったものはすべてのものへの「感謝」でした。

 私はこの欄で折にふれて「ココロを育てる」ことの大切さを書いてきました。それは人間の人間たるゆえんがココロにあり、ココロのもちようによって自分も周囲も幸せになり、社会も円満にいくと思うからです。その根本をかつての日本人は「感謝」のココロだと考えていたのです。

 言い換えれば「他人を愛し、尊重し、他人の気持ちになって考える」ココロ、他人に不愉快な思いをさせないよう、自分がしてほしくないことは他人にもしないことだと言ってもいいでしょう。

 いつのころからか私たちはこの「感謝」を忘れ、そのために日本人全体から謙虚さが薄れ、道徳心がマヒしてきたのではないだろうか。「近ごろの若者は…」と憤る前に、まず大人が胸に手を当てて自身を振り返る必要はないでしょうか。




※心にとって「感謝」と「謙虚さ」は欠かすことが出来ない重大要素。私見では、「感謝」の前に「謙虚さ」があるように思う。「謙虚さ」あっての「感謝」であり、「礼節」であるように思う。日本再生の根本には、何に対して「謙虚さ」を持つかという事が問われる。それにしても、「傲慢」で「慢心」し「自己顕示欲」が強い「増上慢」の日本人が増えすぎた。しかしてその根本には「真実を知らない」がある。そして「知らない人」はすぐに腹を立てる。 
by sakura4987 | 2006-06-21 16:30

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