◆11月3日 文化の日
「揺らぐ足元を見つめ直そう」 世界日報
今日は文化の日。わが国の文化をめぐる現状について考えるとき、やはりグローバル化の波を抜きにしては語れない。
世界舞台に伝統文化発揮
今年は、アテネ五輪での柔道選手の活躍や米大リーグの年間最多安打記録を塗り替えたイチロー選手の活躍に象徴されるように、伝統的な日本文化が、世界的な舞台でその真価を発揮することができた年だ。
柔道では「一本を取りに行く」柔道本来の姿を追求することが勝利につながった。また、イチローの偉業は、克己と鍛錬そして技の洗練によって可能となったものであり、米国のマスコミが「芸術的」とたたえるものであった。
これら日本的で伝統的な行き方が、世界の舞台で成功を収めたことの意味は大きい。祖先がはぐくんできた伝統的な価値を、世界の舞台でもう一度普遍的な立場から見直す機会を与えられたわれわれは実に恵まれた立場といえよう。
翻って、日本文化の基盤に目を向けたとき、それが大きく揺らいできていることを認めないわけにはいかない。生活様式の変化や自然破壊によって、日本人が伝統的に築き上げてきた文化や感性の土台は急速に崩れつつある。
もっとも伝統的な価値観などは、教育によって継承が可能だ。しかし日本人の感性をはぐくんできた風土や自然環境は、急速に失われつつある。固有の文化の背景には固有の自然環境があるが、その日本固有の自然が今急速に失われようとしているのだ。
四季の変化と季節感は、日本人に独特の感性を育て芸術や文学を生み出してきた。お月見の風習などもその一つだ。日本人は仲秋の名月やススキの穂に独特の季節感と情緒を感じてきた。ところが今、このススキの野原が、セイタカアワダチソウという黄色い花を咲かせる外来植物によって急速に侵食されつつある。
また、日本の風景美の代表、海岸線を美しく彩ってきた松が、松枯れ病でどんどん枯れていっている。大気汚染がその第一の原因といわれている。白砂青松、あるいはススキの野原など日本的な風景はどんどん消えていっているのだ。
これまで日本人の感性を養い文化の基礎となってきた日本的な自然や風景が急速に消えていっていることに対し、深刻な危機感を持つ政治家や文化人が少ないのは、これら指導者たちの自国文化への愛情と認識の薄さを示している。
プロ野球の一連の騒動も、日本企業の文化やスポーツ事業に対する支援の在り方が、実に底の浅いものであることを明らかにした。球団を持つことが、その企業にとって広告塔の意味しか持たず、スポーツや文化の振興は二の次であったことを図らずも露呈した。
一時期、日本企業がメセナ(文化貢献活動)に盛んに力を入れた時期があったが、それもバブルがはじけ景気が悪くなるや、一気にしぼんでしまった。これも企業人に本当の意味での文化貢献の意思がなかったことを表している。
危うい状況の文化基盤
わが国の文化の基盤は、相当に危うい状況にあることを認めないわけにはいかない。歴史と伝統の中ではぐくまれた文化的遺産を、世界の舞台で発揮するためにも、われわれはもう一度、日本文化の足元を見つめ直す必要がある。
※これを情緒教育と言うのだろうが、一番は、和歌を学ぶことではないだろうか。我々の先人たちは、和歌に自分の心を込めて書き残してきた。日本人は和歌の前で平等だというほど、各界各層の人たちが日本人の心はこの様なものだと我々に教えてくれている。この大事な大事なものが片隅に追いやられ、失われようとしている事に危機感を覚える。季節ごとの和歌には、日本人の感性を学ぶし、道歌には人生の生き方を学ぶ。都都逸には人生のしゃれを学ぶことが出来る。
幾山河越えさり行かば寂しさのはてなむ国ぞ今日も旅ゆく 若山牧水
旅人の 宿りせむ野に霜降らば 我が子はぐくめ 天の鶴群(たづむら) 旅人の宿りの野辺に霜が降りたら、空をゆく鶴の群れよ、私の息子をその翼で守っておくれ(万葉集 作者不詳)~祈るような親心の歌~遣唐使の我が子を見送る母が詠んだ歌である。

