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◆【産経抄】 礼節の大切さ

平成16年12月25日(土) 産経新聞 

 きのうの談話室に「せめて目であいさつを」という茨城の主婦(53)の投書が載っていた。師走の午後、買い物を終えて立体駐車場のらせん状の坂道を下りていくと、下の階から飛び出してきた車に接触しそうになった。運転席の女性はこちらを見ようともしなかった。

 次に料金所を出ると、こんどは脇道から出てきた車があり、運転手に「どうぞ」と会釈した。ところが相手はこちらをチラリと見ただけで走り去っていった。「目は口ほどに…」ではないが、言葉が間に合わない時はせめて目で語りたいという趣旨だった。

 年の暮れはただでさえ人の気持ちがせわしなく、慌ただしい。だからこそ小さな気配りや心遣いがほしいのだ。車と車、人と車、人と人とがすれ違う町中の暮らしで、互いへの思いやりが一層大切になってくる。

 前にも書いたことだが、江戸時代には町に「肩引き」「傘かしげ」というルールが自然にできていた。字引には出てこない言葉だが、道ですれ違う時は、肩を引いたり、傘をかしげたりして譲り合う。マナーというか、エチケットというか、暮らしのしきたりだったという。

 ところがいまこの時代では、道で「肩引き」「傘かしげ」をする人は少ない。道を譲っても会釈したり、礼の一言を口にしたりする人がまれになった。狭い道で自転車のためにわきで待っていてやっても、ウンでもスンでもなく知らん顔で走り去っていく。

 われわれはちょっとした心遣いをどこかへ置き忘れてきたらしい。大げさにいうと、日本人は礼節を失った民族になり下がってしまったのか。今年を象徴する漢字は「災」だったが、国家は外敵の侵入で滅びるとは限らない。亡国は社会の内側にあいた小さな穴からも起こるのだ。





※車の運転をしていると、この事は良くわかる。譲っても挨拶をしない人が増えたし、そもそも目を見る人が本当に少なくなった。人はちょっとしたことで気分良くなったり不愉快になったりするが、今の世の中は不愉快の種がどこにでも転がっているし、愉快になることは早々見当たらない。「私たちがみんなで、小さい礼儀作法に気をつけたなら、この人生はもっと暮らしやすくなる。」とC・チャップリンは言ったが、日本は暮らしにくく「殺伐」という言葉が似合う国に成り果ててしまうのだろうか。 

「礼」とは人に対する敬いの心であり、「節」というのは、折り目正しい作法のことだ。つまり「礼節」という言葉によって表されることは、結局、お互いが敬い合い、人間として他を害することなく、節度ある生き方をしていくための作法ということになる。この礼節がなくなってくるということは、我が国が「獣」の社会に近付いて来ているという事なのだろう。そもそも人はなぜ敬い合う事が必要なのかがわからない人がほとんどだろうが、ここに戦後なくしてしまった大切な大切なものが隠されている。 
by sakura4987 | 2006-06-21 16:48

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