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◆海兵75期生からの伝言


【一筆多論】論説委員・中静敬一郎  平成17年2月7日(月)産経新聞 

 最後の海軍兵学校卒業生である第七十五期生有志の世話役、廣田滋氏(77)から「所感集」の冊子が届いたのは、年の始めだった。

 それは、廣田氏ら有志が二年前に刊行した文集「錨のしずく」に対する多くの人たちの読後感をまとめたものであった。

 「錨のしずく」は、戦火が厳しさを増す昭和十八年十二月に海兵に入学し、二十年八月に卒業を余儀なくされた七十五期生有志二十五人のその後の人生と思いを綴っていた。

 読む人の心を揺さぶったのは、「江田島精神」といわれる海兵教育だった。

 「今、管理職として、学校・教員・生徒を預かっている立場ですが、一度たりとも『江田島精神』で本気で取り組み、迫ったことがあるかと自問した時、残念ながら否定せざるを得ません。親方日の丸にどっぷり浸かってきた付けが回っています」

 神戸市内の公立高校長がこう語るように教育関係者の思いは切実だ。「人格の根底を形成する教育の大切さを痛感させられた」と話すのは愛知県教育委員会関係者であり、元幼稚園園長は「今の若い人たちに江田島教育を取り入れてほしい」と訴える。

 江田島教育とはなにか、七十五期生の元九大教授はこう形容する。「心身の限界に挑む生活が続くとどうなるかの見本」であり、「女性への関心と興味が全くゼロになってしまう、きわめて異例の教育環境だ」と。

 これを可能としたのは、最上級生が下級生を厳しく鍛え、時には優しくいたわる全寮制による対面教育があったからだという。

 「常に目の前に生きた目標である最上級生が居た。面構え、鋭い眼光、引き締まった体躯、きびきびした所作、秀でた知能は下級生の畏敬の的でした。いかに厳しくても殴られてもやがて最上級生のようになれる」。廣田氏が振り返るのは、よき伝統と歴史である。 江田島精神については、兵学校校長だった井上成美(しげよし)中将が戦後、海軍の伝統精神を三点語ったことに表れている。

 第一は、常に当面の自分の職務に「全力を尽くす」こと。

 第二は、上下左右の「相互信頼」。

 第三は、率先して難事に赴くこと。

 「言い訳しない」「いさぎよさ」「不撓(ふとう)不屈」なども挙げられよう。

 こうして、「スマートで目先がきいて几帳面、負けじ魂、これぞ船乗り」という海軍士官が誕生する。司馬遼太郎は「海軍は明治以後の日本人が作り上げた最大の文化遺産ではないか。民族の能力と精神をこれほどみごとに形に現したのは他にない」と語る。海上自衛隊幹部候補生学校はこれを引き継ぐ。

 七十五期生は江田島精神をこう回顧する。 「波瀾万丈の五十年であったが、兵学校でみっちり叩き込まれた激しい訓練と勉学のお陰で、娑婆(しやば)の苦しみを苦しみとは感じなかった」(商工会議所副会頭)。

 「紳士の要件とは第一に相手のことを思いやる心であると説かれた。指揮官は常時いかなる心構えで事に当たるか、の教えを常に心に留め、研鑽(けんさん)に努めた」(元副社長)。

 問題は、江田島精神が戦後、ほとんど顧みられなかったことだろう。復古主義や戦前への郷愁などと切り捨てられてきた。

 「日本の良い所も否定することには納得がいかなかった」(元高校教諭)、「国を忘れた戦後教育から早く脱皮を」(元副社長)、「競争と仲間意識の共存こそ、今の日本が必要とするものであろう」(元取締役)。

 七十五期生有志の訴えである。「ゆとり教育」とは対極に位置する江田島教育が、人づくりの原点を示している。





※まさに薩摩の青少年教育で行われた郷中教育そのものといった感じだ。海軍は薩摩閥であったため、この様な徳育・知育・体育を大事にした精神を引き継いで、逞しい心身を育み、新生日本の礎を築いたのだろう。

この郷中教育は、薩英戦争の処理の為に薩摩を訪れたイギリス人が薩摩の師弟教育の存在を知り、それを学んで英国へ持ち帰ってボーイスカウトの始まりとしたそうだ。乃木大将が英国訪問の折にボーイスカウトの活動を視察し、その活動を英国人の指導者に賞賛すると、もともと日本の国から学んだものですとの返事が返ってきたとのことだ。

薩摩の教えは「負けるな」、「うそを言うな」、「弱い者をいじめるな」という事だそうだが、残念ながら、今の日本人にその精神は引き継がれていない。

「負けるな」どころか、支那の名前を聞くと逃げ散らかす卑怯者が増えたし、嘘をついて国民を騙すマスコミ。われわれ庶民がこつこつと貯蓄してきたお金を、どうにかして巻き上げようとする官僚たち。明治の先人たちが今の日本の惨状を見ると、何と言って嘆くことだろう。  

上記の文章を読んで、改めて思うことは、やはり何と言っても、「後ろ姿の教育」が教育の原点だということだ。時代は移り変わり、また人には個性があるので、子供の価値観は、親にとっては意外なところにある場合がある。それを無視して特定の価値観を押しつけ過ぎると、それが家庭内暴力の原因の一つになることが多いようだ。  

親が自分のことを棚に上げて子供に説教をし、お仕着せを着せようとすると、子供は反乱を起こす。したがって、まず親のほうが襟を正し、「自分は人間として立派な生き方をしているかどうか」と考えてみることが大事だと思う。そして、言葉や体罰で子供を導こうとするのではなく、自分の背中、後ろ姿でもって子供を教育するという方針を貫くのがよいのだと思う。  

親が一生懸命に勉強している姿を見れば、子供もいつしか影響を受けて勉強するようになるが、毎晩、酒を飲んで帰り、土日はゴルフばかりしている父親が、子供と顔を合わせるたびに、「おまえは勉強しろ。そうしないと、お父さんのようになるからな」などと言っても、子供は言うことを聞く気が全然しないだろう。

また、母親がお稽古事などに夢中になって家庭を顧みず、子供が学校から帰っても、どこかへ遊びに行ったきりで家にいないという状況であれば、当然、子供はおかしくなる。  

したがって、まず、親がみずからの襟を正し、きちんとした家庭をつくる努力をするべきだし、子供を独立した人格として認め、あまり干渉せずに、信頼して「おまえはおまえの道を行け」と言ってあげることが、教育の要諦であるように思う。

結局、人をどうにかするというのではなく、自分は何が出来るのか、自分は何をするのかが大事だということだ。その生き様を見せることによって人は影響され、感化されていくのだろう。全ては自分に戻るという事を肝に銘じて、努力、精進を重ねて行こうと自分に言い聞かせた。 
by sakura4987 | 2006-06-21 16:52

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