人気ブログランキング |

★★★ 日本再生ネットワーク 厳選ニュース ★★★

sakura4987.exblog.jp
ブログトップ

◆何のためのODAか、日本は意思を示せ-日下公人氏 (日経BP 06/6/15)


http://www.nikkeibp.co.jp/sj/column/p/33/index.html

 “ODAの司令塔”が動き始めた 去る5月8日に「海外経済協力会議」の初会合が開かれた。

 小泉純一郎首相を議長として、ODA(政府開発援助)戦略の根本的からの検討を目指したこの会議は、官公庁の縦割りで行われてきたODAを見直して、効果的な外交ツールに変えるために設置された。

 ODAが戦略性に欠けた発展途上国への金の“バラまき”であり、外交効果が薄く、税金の無駄遣いとなっていることは、長年指摘されてきた。海外経済協力会議の主な役割は、政治主導のODAを実現することである。

 なぜならODAは、外務省をはじめ旧大蔵省(現・財務省)、通産省(現・経産省)など、関係各省庁の不正や天下りの温床となってきた背景があるからだ。

 この海外経済協力会議を内閣府に作った理由は、簡単にいえばODAに関する司令塔にするためだ。しかし、もっとも重要な「何を指令するか」については、いまだ明らかにされていない。やはりODAは外務省が主導することが示されているだけだ。

 また、「中国への円借款が問題となる」といった新聞記事も見られた。これは海外経済協力会議の報告書に明文化されているわけではないのだが、中国に対してはODAを少し絞ったほうがいい、といったODAの基本的考え方を再構築することも念頭に置かれている。

 ここには、これまで50年くらいの歴史があるODAを振り返った上での反省があると思う。50年間のインチキの数々。建前と本音がまるで違う、うそで固めたODAを行ってきたという現実があるのだ。


≪相手国からODAを断られる時代≫

 最近のODAにおいては、相手国のほうが変わってきた。例えばタイのタクシン首相は、大津波のとき、日本が22億円のODAを持っていって、「はい、どうぞ」といったら、「要りません」と答えた。

 「津波の援助は自国でやりますから、日本のお金は要りません」と断ったのだ。このように、相手国側の考え方も変わってきている。

 では今まで日本からODAをもらい続けてきたのはなぜか。まず何より国が貧乏だった。それから、各国の独裁政権が腐敗、堕落、汚職の温床として受け取ってきた面もある。

 それが今やそれらの国々も、ようやく立派な国になりかけてきて、援助や賄賂は拒まれるようになってきたのだろう。

 今はまだタイだけかもしれないが、これから同じような国が続出するかもしれない。ODAを見直すなら、「相手国に断られるかもしれない時代」だということを考慮する必要がある。

 変わったのは相手国だけではない。日本国民も変わり始めた。「援助」というのはする側は気持ちのいいものだから、かつては日本国民も税金を使うことに抵抗がなかった。ところが最近はそのあたりの感覚が変わってきた。

 「相手国はちゃんと感謝しているのか、有効に使われているのか」ということを、国民が気にするようになってきたのだ。この国民の気持ちの変化を、これからのODAの理念にもきちんと反映させなければならないだろう。


≪日本は他国の援助で自立したわけではない≫

 考えてみれば、日本は原始以来、今日まで一度も他国の援助など受けていない。明治、大正時代は、外国に援助するような国は世界中どこを探してもなかった。

 “外国は植民地支配をしてピンはねをしよう”というのが国際常識であり、国際感覚だったのだ。

 それでも日本は援助など受けずにここまで立派になった。戦前は軍事大国を目指したが、戦後は経済大国として立派になったのだ。戦後、米国の援助でここまできたと思う人もいるかもしれないが、それは本質的には援助とはいいがたい。

 戦後すぐに米国は援助を行ったが、その後、日本に返済を迫った。その総額は20億ドルだった。日本はそれを3分の1だけ返済し、さらに「終戦処理費」という名目で、日本の国家予算の4分の1を在日米軍などの諸経費として米国に納めていたのだ。

 昭和21年から始まった猛烈なインフレは、戦争に負けたから起こったわけではない。米軍が日本でぜいたくな暮しをしていて、その経費を日本が払っていたから起こったのだ。

 米国にお金を渡すために、日本銀行はやたらとお金を印刷した。だから、インフレになった。

 そのことは当時の米国連邦議会でも問題になっていた。「世界で一番豊かな国の兵隊が、世界で一番貧乏で、焼け野原に住んでる人から金を巻き上げて遊んでいる」という内容でGHQは批判されていた。


≪援助するときは注文をつけてもいい≫

 以前、塩川正十郎さんが財務大臣をしていたとき、ODAは大幅に削減された。総予算1兆円から7000億円にまで削られた。これはやはり不景気の力と、中国に対する不信の念と、塩川さんの人柄と、三拍子そろったから激減させることができたのだろう。

 この調子で毎年1000億円くらいずつ減らせればいいなあと僕は思っていたのだが、塩川さんが辞めたら、また1兆円に増えてしまった。

 「日本外交にはODAしか手段がないし、それしか武器がない。世界の国は感謝している」と、外務省は必死に各所に説いたのだろう。確かに外務省のいうことも正論なのだが、だからといって1兆円を出し続けるのがいいかどうかは議論の余地がある。

 やはり、毎年1000億円ずつ減らすような理論構成をしてもらいたい。それこそが司令塔である海外経済協力会議の役割ではないだろうか。

 以前、外務省の大使を務めていた人に聞いた話だが、日本が国連の常任理事国入りをねらっているとき、外務省は票を獲得するために、アフリカなど国の数が多くて貧乏な地域にODAを配りまくった。

 そして採決のとき、「たぶん味方に付いてくれるだろう」と思っていたら、全然ダメだった。それらの国々は中国へ票を入れてしまった。南米諸国もそうだった。日本がたくさんばらまいた金は、全部ムダになった。

 それで、南米諸国へ行って「あなた方はなぜ日本の国連常任理事国入りに賛成してくれなかったんだ」と聞いた。すると向こうは堂々と答えた。

 「確かに日本国から援助は受けた。何十年にもわたってたくさんもらった。それは感謝している。ただ日本は、その理由として、貧乏で気の毒だから、金持ちになるための元手を貸してあげますといった。私たちはそれを有効に活用して、だいぶ豊かになりました。さぞや日本は喜んでいるでしょう、それでいいじゃありませんか」と。

 中国がやってきたときには、「国連での一票を買いたい」と言ったという。「だから私たちはお金がほしいから売った。どこが悪いんだ」と南米諸国は答えた。

 「主権国が、主権の発動として国連で一票を投ずるのは当然その国の勝手で、日本からとやかく言われる覚えはまったくない。悔しいのなら日本の外務省も、以前から『国連の一票を買う』と言ってくれればよかったのだ。そうしたら、私たちはそのときに、援助を受けるか受けないかを決心したんだ」‥‥。

 「これはまことにもっともである」とその大使は言っていた。僕もそう思う。だから、これから始まる日本のODAは、そういうところから議論をしていかなければいけない。

 相手国に対して、「これはこういう気持ちでやるんだ」と意思表示をして、きちんと約束させること。「約束を果たせば、別に感謝などしなくてもいいから」と伝える。そして注文をつけるわけだが、ではどんな注文をつけるかを真剣に考えてほしい。


≪利権維持のためのODAが世界の常識≫

 世界各国のODAはどの国に対して行われているかという統計があるのだが、基本的にはほとんどが元の植民地に行われている。英国のODAは旧英国植民地へ行う。フランスもベルギーも米国もそうだ。

 ただし米国の場合、ODAが始まった当時は冷戦の時代だったので、植民地というよりはソ連と敵対してくれる国にODAを行っていた。米国の軍事基地を置かせてくれる国には援助をしていたのだ。

 一方、英国、フランス、ベルギーなどが旧植民地にODAをする理由は、それらの国に利権がまだ残ってるからだ。植民地からそのまま独立させたけれども、現地に自国の会社が残っていて、ウランを掘ったり、チタンを掘ったり、鉄道を経営していたりといった状況だったのだ。

 そうした会社を国有化されたくないから、政府を操る必要がある。だから政府に“薬”としてODAを流し込む。この援助を盾に、旧植民地支配を続けたのだ。

 「以前と変わらず英国のモノを買え、日本製のモノを買っちゃいかんぞ」と、縛るためのODAだったのだ。

 日本がODAを見直すに当たっては、こうした世界の“常識”を忘れてはいけないだろう。
by sakura4987 | 2006-06-22 06:28

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987