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◆今こそ家庭生活を重視したい

平成12年12月4日(月) 産経新聞

河合 隼雄氏  国際日本文化研究センター所長  男女協同で「大事業」をわけもて

≪両親の生き方から学ぶ≫

 子どもに関する多くの問題がマスメディアを賑わすにつれて、「家庭教育」の重要性を指摘する人が多くなった。私もその一人であり、小学校に入学するまでに、子どもを家庭においてもう少し教育してもらわないと困る、と主張してきたが、最近は、「家庭教育」というより、「家庭生活」の重視と言った方がよいのではないか、と思うようになった。

 それは日本で「教育」というと、それはせっかく、「教える」「育てる」「育つ」という文字を含んでいるのに、「教える」ことにのみ熱心になる人が多いからである。それで結局のところ、文字や英語を何歳から教えるかとか、どうして「よい幼稚園」、つまり不必要な「教育」をする幼稚園に入れるかとか、どうして、「しつけ」を教えるかなどと、まったく逆効果になるようなことを考える人が、あまりにも多いのである。

 しつけは確かに大事である。だからと言って、それを「教え込む」と思うのは単純すぎる。しつけの根本は両親の厳しい生き方の姿勢そのものから伝わるのである。いかに「教える」かではなく、いかに「生活している」かが問題なのだ。子どもは親の「言うこと」からではなく、「していること」から学ぶのである。どのようにして親子が共に生きているか。このことが本来的な意味での家庭教育の根本にある。

 そんなことを言っても、父親も母親も働いているのに…などと心配する必要はない。親が何のためにどのように働き、家に帰ってからどうしているかを、子どもはよくよく見ているのだ。親がしっかり生きている限り、親が共に働いていても問題ではない。むしろ困るのは、自分たちが子どもに接する時間の少ないという後ろめたさを、小遣いや物を多く与えることによってごまかそうとする親である。愛情不足物豊富、そして思い出したように「教育」するというのは、子どもを歪ませてゆく最高の方法である。

≪「くるたのしい」子育て≫

 社会進出という言葉があるが、「社会」のことをほんとうに考えたい人は、現在であれば、結婚して子どもを育て、一人前の社会人になってもらうのが最大の社会貢献ではないだろうか。

 こんなことを言うのも、現在のように物があまりにも豊富にあり、子どもの数が少なく、人間が好き勝手に行動する可能性が大きくなった時に、子どもを普通に育てることは、ひとつの「事業」とよんでいいほどの大きい仕事である、と思うからである。それを認識せずに、かつての日本の男性たちが「社会」とか「会社」を口実に家庭の仕事をサボっていたのと同じ道を女性も共に追随してゆくなら、日本の社会は足もとから崩壊するのではないかと危惧するからである。

 社長として会社を経営したり、校長として学校内を統率したりするのと同じくらい、あるいはそれ以上に、自分の子どもを独り立ちのできる社会人として育てることは「大事業」である、と私は思っているのだが、どうであろう。

 家庭生活というものは、すべての大事業がそうであるように「くるたのしい」ものだ。「くるたのしい」は遠藤周作さんが自分の創作の仕事について語った言葉なのだが、よく使わせてもらっている。要するに、苦しく且つ楽しいのである。「育児の楽しさ」ばかり強調するのもどうかと思うが、苦しんでばかりいるのも馬鹿げている。

≪お金で買えない価値あり≫

 現在は、小手先だけの楽しみというのが多すぎる。テレビの娯楽番組とか、いわゆるグルメとかいう食事とか、手軽で楽しいだけ。しかし、何であれほんものは「くるたのしい」のではないだろうか。このことが認識されてくると、女性も男性も共に、家庭生活、育児、という「くるたのしい」仕事を協力してやり抜こうという気持ちがでてくるだろう。それは自分たちのためだけではなく、十分に社会のためでもあるのだ。

 家庭外の仕事も、お金もうけも大切である。女も男もそれに努力するのは、何も問題ではない。しかし、お金さえあればできる、と見えることがあまりにも多いので、われわれは何でもかでもお金の価値で測りすぎるのではなかろうか。かくて、私が「大事業」と呼んだ家庭生活は、お金の価値で測ることによって過小評価されすぎているように思う。

 男女協同で「大事業」をわけもつはずのところが、「価値の低い」と思われる、家事や育児を男女のいずれが担うかについて、その分担をいかにして相手に押しつけるか、という戦いの場に家庭がなったりしていないだろうか。そのような「戦場」の真っ只中で大きくなってゆく子どもが、なかなか普通に育ちにくいのもわかる気がする。

 せっかく家庭をもち、共に人生を生きることになったのだから、この世にはお金で買えない価値もあることを認識して、男女協同してこの事業を苦しんだり、楽しんだりしてみてはどうだろう。

 家庭生活を大切にすることが、社会にも貢献することを認識して努力したいものである。




※「くるたのしい」。いい言葉だと思う。振り返ると、子育てについては後悔することが多いが、今にして思うことは、腹を決めて時間一杯、一緒に遊んでおけばよかったということだ。子離れや親離れが出来ないのは、親子とも、十分に腹一杯に良い思い出がないからではないだろうか。子供が親からの愛情に満たされた時に、安心して親離れが出来るのだろうし、親も子供との時間を十分に楽しめたら、子供の成長と親から離れていくことを、目を細めて喜ぶことが出来るように思う。後悔が残ると、その時に戻りたくなるのが、人間の定めではないだろうか。 
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by sakura4987 | 2006-06-23 11:28

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