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◆韓国、植民地時代の被害者の申告受付 真相究明へ

「人民網日本語版」2005年2月2日

韓国政府は1日、日本の植民地支配時代に人々が受けた被害に関する申告作業を開始した。

韓国政府はこのほど、日本が昭和6年(1931年)に中国東北地方への侵略を発動した「9・18事変(柳条湖事件)」から1945年の第2次大戦終結までの被害者を調査し、登録することを決めた。この期間に日本の植民地政府により強制的に軍人、労働者、慰安婦などに徴用された被害者とその親族はすべて、韓国政府の公式ウェブサイト、投書・陳情室、作業委員会などを通して真相調査を申請することができる。申請受付期間は、2月1日~6月30日。

日本の植民地政府による強制徴用の真相解明を目指す韓国の「真相解明委員会」と、2500の地方政府は同日、日本の植民地支配時代の被害者による申告や、被害の真相調査の申請の受け付けを開始した。同日、韓国各地から2000人以上が申請書を提出し、被害の真相調査を求めた。「太平洋戦争犠牲者遺族会」からはメンバー1700人が申請と登録を行った。

「真相解明委員会」の全基浩委員長は、「被害者とその親族すべてがこの機会を利用して被害の事実を申告し、日本の植民地支配時代に韓国人が受けた被害の真相を徹底的に解明し、後世の人々が歴史の教訓を心に刻むよう、内容を歴史教科書に記載するよう希望する」と述べた。



■「天皇」表記「日王」に後退 日韓関係に影響も 韓国有力紙

平成17年2月23日(木) 産経新聞

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 【ソウル=黒田勝弘】日本の「天皇」という呼称に対し韓国ではいまなお否定的な雰囲気が強いが、これまで韓国政府の方針に従い「天皇」と表記してきた有力紙の東亜日報が最近、あらためて表記を「日王」に変え話題になっている。これで韓国マスコミでは朝鮮日報、中央日報を加えた大手三紙がすべて「日王」派となり、「天皇」派はKBS(韓国放送公社)や韓国日報など少数派になった。

 この呼称問題については盧武鉉大統領が先ごろ年頭記者会見で「天皇と呼ぶべきか日王と呼ぶべきか自分は準備ができていない」とあいまいな発言をして関心を集めた。しかし韓国政府はその後、潘基文外交通商相が産経新聞の質問に対し「一九九八年十月、金大中大統領が公式に発表した立場に変わりはない」と答えており「国際慣例に従い相手国の呼称を尊重し天皇と呼称する」との立場を確認した。

 東亜日報は一九九八年十月八日付の社告で「相手国の元首に対する呼称はその国で呼称しているようにするのが外交的慣例だ。米国や中国、台湾、シンガポールなど多くの国も天皇と呼称している」とし、それまで使ってきた「日王」や「国王」をやめ「天皇」にすると発表している。

 ところが最近になって、「しかし立憲君主制の国家元首の呼称は一般的、普遍的に国王ないし王であり、日本についてだけ区別する必要はないと判断し今後は日本国王ないし日王と表記することにした」(十二月三日付)と発表し元の表記に戻した。

 この変更について東亜日報は「政治的、感情的な理由は全くなく“格下げ”の意味もない。単純に国際的な表記に合わせようというもので、他国の元首に皇帝がいても国王と表記する方針だ」(南賛淳審議委員室長)と説明している。

 しかしこれまで韓国の多くのマスコミや世論が「天皇」ではなく「日王」と表記してきたのは、国民感情を理由に尊称とされる「天皇」の呼称は使いたくないためで、「日王」には格下げの意味があった。盧大統領の最近の発言もそうした“世論”への配慮からとみられるが、マスコミでの「天皇」派の後退は日韓関係にも微妙な影響を与えそうだ。





※昨夜、上の記事を読んで、はあ???と思いいろいろ考えたが、要するに満州事変から強制連行があっていたという事を言いたいのかとやっと理解できた。これって支那や反日日本人が言う、いわゆる「15年戦争」という論法に韓国もちゃっかり乗ったということだろう。不勉強の私にとっては、初めて聞く事だったので、しばらく理解できなかった。  

支那は白髪三千畳で、無かった事をあったと言うし、一つあれば一万も二万もあったように言うが、さすがは支那の属国・韓国、親分のまねを始めた。「天皇呼称問題」を見ても、明治初期に逆戻りと言ったところだ。  

この問題は「ぢぢ様のHP」や「日本政策研究センター」の小冊子などに詳しく載っているので、あまり重複したくないのだが、言っておかなければならないだろう。  

「強制連行」という言葉は戦前にも戦中にも存在しない(昭和40年に出版された朴慶植著『朝鮮人強制連行の記録』が初出と言われる)。  

では、何を指して「強制連行」と言われているのかというと、一般的には国家総動員法に基づいて昭和14年に策定された「朝鮮人内地移送計画」によって、朝鮮人労働者が朝鮮半島から日本内地へと集団的に移送されたことを指す。  

朝鮮半島において「徴用」という強制力をもった戦時動員が行われたのは昭和十九年九月以降のことであるが、それ以前の昭和14年7月から日本人は「徴用」されており、当時日本人だった韓国人も当然「徴用」される立場にいた。朝鮮ではこの国民徴用令が昭和19年9月まで実施されず、別の形態の動員がそれまで5年間にわたって実施された。  

まず、昭和14年9月から「自由募集」という形で戦時動員が始まる。これは、炭坑、鉱山など内地の事業主が厚生省の認可と朝鮮総督府の許可を受け、総督府が指定する地域で労務者を募集し、それに応じた人たちが内地に集団渡航するというものである。実は、戦前の日本政府は、朝鮮人の内地渡航に対しては治安や労務面で社会問題があるため就職や生活の見通しを持たない朝鮮人の渡航を制限する行政措置を講じていた。


『鎌田澤(沢)一郎著「朝鮮新話」320ページ』 がこう↓改竄されて、日本人がやったとなった。


朴慶植著「朝鮮人強制連行の記録」1965年未来社発行70ページ

と、ここまで書いてあほらしくなってきた。このような事は政府が厳格に言葉と資料で表せばいい事だし、世界に向けて発表すれば終わる事ではないか。日本人の名誉はほったらかしにして、構造改革もあったものではない。我が国をどうしたいのかさっぱりわからない。  

また、韓国も韓国だ。確かに「日韓併合の恨み」と言うか、呪縛があることは理解も出来るが、そもそもそうなった原因を国内的に解決しないと、前には絶対に進まないし、日韓友好などは絵空事として日本人の嘲笑を買うだけだ。  

過去は変える事は出来ない。過去に対しての判定は、過去の自分はそうであったと覚悟を決めて潔く受け入れ、そこから教訓を学ぶことだ。過去自体を覆すことは出来ないし、あまり過去をひっくり返そうとすると、逆に苦しみが増して来る。  

過去の自分の歴史を塗り替えたいと思っても、それは出来ないのだ。変えることが出来るのは、過去に対する自分の思い、評価だけだ。過去自体は変えることができず、悪い過去に対しては、せいぜい忘れることぐらいしかできないのだ。  

しかし、未来に関しては、過去の影を引きずらなければいけないという理由は全くなく、「別の人間・国になりうる」ということだ。韓国にはこれを強く自覚してほしいと思うが、残念な事に、自らの側に外国による統治を招来させてしまった要因を探り当て、そこに深い反省を寄せて現在から未来への展望を持とうとする気持ちが、解放直後の韓国知識人の間に生まれることもなく、今なお欠落したままなのである。
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by sakura4987 | 2006-06-23 14:01

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