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◆「竹島」は明確な国家意思の表明を

獨協大教授 中村粲 70(神奈川県鎌倉市) 平成17年3月25日(金)産経新聞

 島根県議会は今月十六日、圧倒的多数の賛成で、二月二十二日を「竹島の日」と制定する条例を可決した。日本の公的機関がこれほどきっぱりと近隣の没義道(もぎどう)を否認する意思を表明したことは近来珍しく、その毅然(きぜん)たる姿勢に快哉(かいさい)を叫びたい。

 それにしても不可解で情けないのは、この快挙を支持するどころか、迷惑がる風の政府の対応だ。

 町村信孝外相は、島根県選出の細田官房長官に「取りたてて今やる必要があるのだろうか」と述べ、右制定に対する韓国側の抗議活動を列挙した文書を島根県側に送付するなど、暗に制定の自粛を促すがごとき対応であったというから、あきれて物も言えない。

 政府は竹島を「わが国固有の領土」とする立場を取りながら、韓国に対して明確な返還要求はせず、「ゆるぎなく友好関係を促進していく必要がある」(細田官房長官)などと右顧左眄(うこさべん)しながら弱々しく繰り返すのみ。これに対して島根県側から不満の声が上がっているのも当然だ。

 政府が竹島を日本領とする立場に立つ以上、「竹島の日」を国の記念日として支持すべきであり、韓国側からの抗議に対しては

(1)武力占領に抗議する

(2)竹島問題解決のための日韓交渉を申し入れる

(3)再度国際司法裁判所の裁定に付託するよう提議する-の三つの方策が考えられる。

 一時の円滑のために明確な主張をせぬことは、竹島に対する韓国の実効支配を黙認する結果となり、わが国益を損なうのみならず、両国間の感情的しこりを恒久化させるばかりであろう。日韓条約中の「懸案」というあいまいな表現が竹島問題の解決を困難にしたのと同様、現内閣の不明確な態度は問題解決をさらに遷延させる以外の何ものでもない。

 韓国の竹島への執心はすさまじく、私は昨年だけでも二つの韓国テレビ局の取材を受け、そのたびに日韓双方が国際機関の裁定に潔く服するのが最良の解決法であることを主張してきた。だが、これは本来政府のいうべき事柄である。問題回避はかえって事態を悪化させる。明確な言葉で日本の国家意思を内外に対して表明することこそ、政府刻下の急務ではないか。

◆いまも脈打つ「国づくり神話」  平成17年3月25日(金)産経新聞

 『古事記』の中に、気に入っている神話がある。大国主の神によるいわゆる「国づくり」神話のひとつだ。

 ある日、大国主が出雲の御大(みほ)の岬におられると、沖の彼方から小舟に乗ってくる神がいる。名前を聞かせても答えず、側近の神々も誰も知らないという。

 そこへヒキガエルが出てきて、それは崩彦(くえびこ)、つまり案山子(かかし)の神が知っているという。崩彦は歩くことこそできないが、天の下のことは何でも知っているという神である。その崩彦が言うには、海を渡ってきたのは、天地の初めに生まれた「神産巣日(かみむすび)の神」の御子「少名毘古那(すくなびこな)の神」である、と。

 神産巣日の神に問い合わせると「我が子に間違いない。このうえは、そなた大国主の神と兄弟となり、この国をつくり固めよ」と命じる。そして、この二柱の神による国づくりが終わると、少名毘古那の神は、海の彼方の常世の国に渡ってしまう。

 何と言ってもこの少名毘古那の神の人柄、いや神柄が魅力的だ。突然、海の向こうからやってきて黙々と国づくりを手伝い、黙って消えてしまう。どこか、道具箱ひとつで全国を渡り歩く、無口で腕の良い職人を思わせる。立ったままじっと世の中の動きを見ているような崩彦も人をひきつける。こんな神話を楽しんでいた古代人たちの想像力には脱帽だ。

 その神話の舞台を訪ねてみた。岡山からJR伯備線と境線を乗り継ぎ、終点の鳥取県境港市から境港水道にかかる橋を越せば、そこが東西に翼を伸ばしたように日本海に突き出た島根半島である。

 その東の突端の地蔵崎という岬が別名美保崎、少名毘古那の神が着いたとされる御大の岬だ。行政区的には島根県美保関町にあり、美保関灯台が立つ。

 岬の周囲は断崖絶壁で、日本海の荒波が打ち寄せている。小舟を着けるには厳しい場所だが、そこは神話の世界、難しいことは言うまい。

 それよりも、この付近は有名な漁場として知られる。岬を南へ回り込めば最近、船舶油濁損害賠償保障法改正にからみ、北朝鮮籍の船の入港が多いことで有名になった境港がある。北の方からこの岬を目印にやってくる船は昔から多かったに違いない。

 少名毘古那の神もきっと、北から来たと考えられていた。天気が良いと灯台から北の彼方に、隠岐の島々が見えるという。その向こうはもう朝鮮半島である。そう考えると、この地方が北に向かって開かれており、人々は神代の昔から北を意識してきたであろうということがよくわかる。

                   ◇

 今月十六日、島根県議会が「竹島の日」を設置する条例を可決した。ちょうど百年前の明治三十八(一九〇五)年、日本の領土として同県隠岐の島町の一部に帰属されていながら、韓国も領有権を主張している竹島の問題を全国にアピールする狙いがあった。

 県議会は、韓国側の猛烈な反発や、日韓友好にばかり気を配って腰の引けた日本の外務省の対応に対し、全く動じることなく、圧倒的多数の賛成で押し切った。県当局や県民の方も、姉妹提携している韓国・慶尚北道との交流事業が途絶え、サッカーの交流試合が中止になるなどの懸念も関係ないとばかり、条例制定を支持する姿勢を崩さなかった。

 国の姿勢に比べ、まことに小気味が良い。驚くほどの決断でもあった。その背景には漁業権という現実的問題のほかに、常に北を意識させられてきたこの地方の地政学的な立場がある。

 松江市で「竹島の日」推進派のリーダー役の一人だった濱口和久さん(36)に会った。この人は民主党から国政を目指している防大卒の元自衛官だ。本籍を「隠岐の島町竹島」に移したほどの熱烈な竹島運動家である。

 「隠岐に行きますとね、ハングルの入ったゴミが海岸にいっぱい流れ着く。それほど韓国、北朝鮮とは近いんです」

 「例えば北朝鮮で政変があったとき、多くの難民がこちらに流れ込むってことも想像できる。そのときどうするのか。政府は何も考えていない。われわれはより強く国の主権ということを考えざるを得ないのです」

 そうした言葉の端々から、他の地域の人にはない強烈な国家意識のようなものを感じた。繰り返すが、それは北へ開かれたこの地の宿命であろう。国づくり神話や国引き神話が脈打っている地方ならでは、のように思えるのだ。





※正直言って、今後この手の話題は今後、掲載したくない。やくざ以下の韓国を相手にイライラしたくもないし、考えたくもないというのが本音だ。盧武鉉大統領が北のスパイだという事は明白な事実だし、そんな人間の言動で揺れる方が負けだと思う。

つい先日も、何かいろいろ御託を並べていたようだが、ほとんど読んでいない。馬鹿らしくて時間がもったいないとはこの事だろう。ただ、竹島を実効支配されていることだけは事実なので、政府は中村先生が仰るようにやれば良いだけの事だ。

こんな事も出来ない政府は、本当に幕末とそっくりで、何の決断も出来なくなっていて、いずれ崩壊していくだろう。心配なのはその受け皿なのだが、それがない。安倍晋三氏に期待する声が日増しに大きくなり、若手もそれをしっかり支えて行こうとしているのがよく分かるが、出来る事なら、新しい政党を作る方向で考えてもらいたい。

今の日本は改革では救えない。腰が入った革命が必要なのだ。「構造改革」・「三位一体の改革」を国民は期待してもいるようだが、そんな甘い状況ではないのだ。借金だけとっても751兆円という事を実感できていない。 

この「桜魂」を綴って来て、また実際の政治活動をしてきて実感する事は、政治はやはり理論だけではなく、結果だという事だ。いくら正論を述べようとも、実際は保守の側は負け続けており、人権擁護法案という舐め切った法律が成立するかもしれないという瀬戸際だ。 

インターネットやブログがなかったら、簡単に成立していただろうし、ここまで騒ぎは大きくならなかっただろう。この事実を何と見るか。この法案が遡上に載ること自体が我が国の現状だし、末期的症状の表れだ。

自民党の改革で済む話ではないのだ。もう、その様な時期は当に過ぎ去っているのだ。本当に国の成り行きを心配するなら、革命という事を念頭において、様々な言動が巻き起こって行かなければならないと考えている。

その為に、今後4・5月はほとんどの予定をいれずに、部屋にこもって戦略を練り、今後の覚悟を固めたいと思っているし、加えて、読書に明け暮れようと考えている。時には充電期間も必要だし、そうしてこそ良い戦略や考えも出てくるし、よい意見や文章も出てくるのだと思う。

最後に竹島問題を初めとする韓国問題の結論を書いて終わりにしたい。 

盧武鉉大統領の韓国が今後も、過去の歴史を持ち出し、日本の屈服とくに金銭的補償を要求し続けた場合はどうするか。まずは無視し続ける事だろう。最近の韓国での文書公開で、個人補償を断わったのは韓国であり、日本の主張通り、請求権問題は外交上完全に解決済みであることが、韓国国民にも示された。

韓国側は大統領も国民も請求権放棄はお互い様であり、日本も請求権を日韓条約で放棄していることの重さを理解していない。実際に、朝鮮半島のインフラ整備等で日本の使ったカネは膨大なものであり、搾取するどころが、半島統治は貧しい内地国民の犠牲の上で成り立っていた。 

日韓交渉においても、当時のまだ貧しかった日本は植民地統治が持ち出しであったことを指摘しており、社会党も金銭支払いに反対していた。もし、我が国の無視をいい事に、今後も韓国が請求権問題を公式に蒸し返し続けるのであれば、日本人の請求権も当然復活させねばならない。

かりに政府資産の請求権は日韓条約で消滅したとしても、盧大統領の論理に従えば、個人補償とくに戦後引き揚げるまでの精神的肉体的被害への補償は請求可能なはずである。 

日本人による過去「精算」要求である。結局、対韓外交は、まず無視を当面続け、それに韓国がそれに応じないのであれば、過去の「精算」を求める。これこそが、普通の関係ではなかろうか。

兎にも角にも、韓国は早く日本から独立してもらいたい。今やっている事は、日韓併合時のままの精神状態で、独立運動をやっているようなものだ。真に独立した人間は、自分を伸ばすために過去から教訓を得るものであり、また外部に「ああして欲しい」と求めないものであり、自分自身の成功に関心があるものであるのだから。
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by sakura4987 | 2006-06-23 14:23

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