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◆多極世界の中での自主防衛 【保守再考】西部邁


 (産経 06/7/17)

 北朝鮮が日本海に向けてミサイル発射を行ったことをめぐり、国連安保理において、対朝制裁決議を推し進めようとする日米と、当初対朝批判の議長声明にとどめようとした中露とが、激しく綱引きを続けた。

 その結果はともかく明らかなのは、アメリカのユニラテラリズム(単独覇権主義)という新世紀への世界観にもとづく国連軽視論も、国連に公正中立な審議と決定と行動を期待する国連中心主義も、ともに挫折しているという一事である。

 国際秩序は、各国の国益主張がまず衝突し次に調整される場としての国連において、覇権主義の縦糸と協調主義の横糸とによって織り成される、不断の形成過程である。

 一人前の国家ならば、その過程にたいして、自前の主張をたずさえて、能動の姿勢で参加していかなければならない。その意味で、制裁決議案をかかげた日本の外交団の努力はひとまず多とすべきであろう。

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 しかし、どう考えても解せないことがある。

 そのミサイル発射が日本にとって差し迫った危機であるかどうかはともかくとして、国家の防衛にとって危機としか呼びようのない現実が目前に生起しているにもかかわらず、「自主防衛の路線に進み出よ」と唱える者がほとんどいない。

 聞こえてくるのは、対米依存症と名づけたくなる類の日米同盟強化論ばかりときている。

 だから、この「発射」は日本をアメリカにいっそう強く抱きつかせて米軍再編の費用をいっそう多く負担させるための絶好の機会だ、とアメリカがとらえているかもしれない、という可能性に言及する者もいない。

 アメリカは、その対アジア外交史において、みずからがアジアに配置している(核兵器をはじめとする)戦略兵器はみずからの国防のために準備しているのであって、日本を防衛するという目的のために使用することはない、といくたびも言明している。

 それなのに六十年間にわたる対米依存の姿勢をさらに強めようというのだから、「日本はアメリカの被保護国である」(国際政治学者Z・ブレジンスキー)といわれるのも致し方あるまい。しかもその「保護」すら不確かなものなのだ。

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 自主防衛路線とは、具体的には、防衛費を格段に増やして、それを日本独自の情報網の設立や迎撃ミサイル態勢の拡充や自衛用核武装の準備に用いることである。

 なお、自主防衛は単独防衛と同じではない。

 一人前の国家の防衛体制は、その中心に自主防衛の態勢を敷き、その外がわに友好国との安保条約を結び、そしてさらにその周縁に仮想敵国とも軍事協定を約するといった形での、同心円状をなしている。

 国際秩序は多極化に、正確には(半開半閉の)ブロック化に向かっているというのに、「十年かけて自主防衛の完備を」と訴える者はかくも少ない。それは、この列島がアメリカのテリトリー(准州)であることに甘んじる劣等な国民意識のせいではないか。
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by sakura4987 | 2006-07-17 10:50

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