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◆【主張】8月15日 深く静かな鎮魂の一日に (産経 06/8/15)


 蝉(せみ)時雨が降り注ぐ酷暑の中、ふたたび終戦記念日が巡ってきた。

 300万を超す死者への慰霊に、津々浦々で無数の人が頭をたれ黙祷するだろう。中国での反日デモが巻き起こした昨年のような喧噪が見られないのは喜ばしい。だが国内で政治的思惑や生者たちの傲慢がなお静けさを奪っているのは残念だ。鎮魂とは本来静かに行われるべきはずのものだからだ。

 富田朝彦元宮内庁長官の昭和天皇ご発言メモも、絶えて久しい天皇の靖国参拝をあらためて願う篤(あつ)い思いに、少なからぬ人々をむしろ駆り立てることになったといまでは思われる。

 列強が覇を競う世界の荒波の中で唯一の非白人近代国家となりながら、栄光の航跡を外れ、存亡の危機にひんしてついにポツダム宣言受諾に至ったのが61年前のきょうである。

 20歳の若者は81歳の老人となり、敗戦後のベビーブームの申し子、団塊の世代が社会の第一線を退くのも目前である。

 戦後61年。誰もが抗(あらが)えない時の堆積により夾雑物(きょうざつぶつ)は洗い流され歴史の真実が浮かび上がる。換言すれば日本人は、「あの戦争」をようやく冷静かつ客観的に検証することの出来る時を持ち始めたと言えるのではないか。


≪過去を上手に思い出す≫

 評論家、小林秀雄は戦時中の作品である『無常といふ事』で、≪上手に思ひ出すことは非常に難しい。だが、それが過去から未来に向かって飴の様に延びた時間といふ蒼ざめた思想から逃れる唯一の本當に有効なやり方の様に思へる。≫と書いている。

 そして本紙「正論」執筆者の新保祐司氏は著書『信時潔(のぶとききよし)』で小林を引用しつつ次のように問いかける。

 ≪「一種の動物」である「多くの歴史家」が「戦時中」の「記憶」を戦後の時代思潮によって染めあげてしまい、「心を虚しくして思ひ出す事が出来ない」でいるように思われる。≫

 信時は日本人の鎮魂曲で戦後は忘れられた「海ゆかば」の作曲家(歌詞は大伴家持)である。新保氏はまたNHK教育テレビで放映された昭和18年10月21日、雨中の神宮外苑での出陣学徒壮行会の記録映像に流れるこの曲を聴きながらこうも書く。

 ≪『海ゆかば』の音楽の奥から、歴史が顕現してくるような感じだった。今日の歴史についての議論の不毛は、歴史を個人の記憶、あるいは様々な記録の集合体としていることによるのではないか。…歴史の意味はそのような人間の記憶の総計より少し上にあるのである。≫

 「あの戦争」も「上手に思い出」されることを待っている。だが小林も新保氏も上手に思い出すことは非常に難しいと言うのである。戦後生まれが7割を超えた日本の社会は「記憶」も「思い出」も持たない世代が大多数を占めるようになった。

 その世代はまたいわゆる戦後民主主義教育を受けた世代でもある。そういう「戦後」にまつわるさまざまなしがらみや刷り込み、予断、思惑を排して、勝者が敗者を一方的に断罪した東京裁判史観を離れ、虚心坦懐(きょしんたんかい)に向き合う時、初めて「あの戦争」は人々に別の顔をもって近づくのであろう。


≪凛として国を整える≫

 いま世界は、第二次世界大戦の時代とは比べようもない光景が広がっている。ソ連邦は解体し、共産主義中国は経済を資本主義化し、軍事増強にひた走る。民を顧みない北朝鮮はミサイル発射や核開発を弄(もてあそ)び、北東アジアの不透明さは深刻化する一途である。

 米国は唯一の超大国としてなお中心に位置するが、多極的で流動的なポスト・ポスト冷戦が始まった(米コラムニスト、トマス・フリードマン)との指摘もある。

 そうした中で戦後61年、内に対しても外に対しても一発の銃弾も撃たず、途上国支援を惜しまず、歴史の幸運を生かし、国民のひたむきな努力で経済大国になったのが日本だった。

 しかし中国の江沢民前国家主席は≪戦後、日本の軍国主義は清算されていない。軍国主義思想で頭の中が満たされている者が存在する≫(『江沢民文選』)と言う。日本には歴史問題を永遠に強調せよとも号令する。こういう言い掛かりをつける強権独裁国家が隣人として存在するのも現実だ。

 8月15日。あらためて維新後の成功譚が国策遂行指導の誤りにより、重大な失敗を重ね、無残な破局に至ったことへの痛切な反省と教訓を踏まえたいと思う。そして今日の繁栄と平和の礎となった戦没者を深く追悼する。凛(りん)として国を整え、厳しい国際環境にのぞむ62年目でありたい。
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by sakura4987 | 2006-08-17 10:43

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