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◆読売新聞 8月17日付・編集手帳


http://www.yomiuri.co.jp/editorial/news/20060816ig15.htm

 胸の内の戸惑いを、首席弁護人は法廷で口にした。「大地の上に立ちながら、その大地の存在自体を疑わずにおられぬような…」、そういう心境であると

 極東国際軍事裁判(東京裁判)を題材にした木下順二さんの戯曲「神と人とのあいだ」(講談社)の一場面である。勝者が敗者を一方的に断罪する。当時からあり、いまもつきまとう裁判への疑問符を、その言葉が代弁している

 「テキさんは、今や自分を神さまだと思いこんじまってる。…けど、こっちが勝ってたらおれたちも自分を神さまだと思いこんじまうにきまってる」。軍事裁判というものの難しさを語るせりふもあった

 戦勝国が神さまの気分で用意した「裁きの大地」ではなく、みずからの手で設けた大地の上に日本人が立ち、あの大戦を見つめ直さねば歴史は前に進んでいかない。そう考えて小紙は戦争責任の検証企画シリーズを掲載してきた

 いわゆるA級戦犯のなかにも無実の罪を問われた人がいたこと。戦犯として扱われなかったなかにも責めを負うべき人がいたこと。新聞をはじめとするメディアの“共犯関係”を問うたこと。「昭和戦争」と名前をつけたこと…等々

 共感あり、異議あり、記事を読まれた方の感想は、人によってさまざまだろう。甲論乙駁(おつばく)があっていい。生まれたばかりの大地である。


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◆産経新聞 【産経抄】 (06/8/18)

 61年前の敗戦で日本は連合軍に武装解除され、陸海軍は実体も名称も消えてしまったが、民間で名前に「軍」の字が残った団体がある。それは、故・正力松太郎氏が心血を注いだ読売巨人軍だ。

 今の巨人軍が軍隊のように強いかどうかは別にして、正力氏は文字通りの巨人だった。警察官僚出身だが、読売新聞を日本有数の新聞に育て上げたばかりかテレビにいちはやく目をつけ、日本テレビを立ち上げてメディア界に君臨、生前は「大正力」と呼ばれた。

 そんな氏を「巧みに戦争責任韜晦(とうかい)」と書いた新聞がある。昭和20年11月4日付の読売報知(現・読売)だ。当時は労働争議下で、編集局を労組が牛耳っていたとはいえ、「正力氏が戦争に便乗せんとし、軍閥、官僚に積極的に協力した事実を知っている」とは激越だ。

 正力氏は戦時中、内閣顧問など政府の要職に就いた。他紙も大同小異だったが、紙面には「勝利への大道ひらく本土決戦」などといった見出しが躍り、戦後、いわゆるA級戦犯容疑者(不起訴)として一時、巣鴨に収容された。

 こんなことをあえて書いたのには理由がある。読売新聞が日本の戦争責任を問う「検証・戦争責任」を1年間掲載、さきの大戦を「昭和戦争とする」と宣言しただけでなく、最終報告では4ページにわたり東条英機、近衛文麿といった当時の首相や軍幹部を名指しで弾劾しているからだ。ン?と抄子は思う。

 言論界でもうひとりA級戦犯容疑者(同)とされた徳富蘇峰の言動はとりあげながら、「正力」の名はなかった。自分のことは棚に上げて、と小欄もたびたび叱責(しっせき)をいただくが、これも腑(ふ)に落ちない。身内のこともきちんと検証されていたら大連載に深みが加わったのではと惜しまれるのだ。
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by sakura4987 | 2006-08-18 11:48

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