★★★ 日本再生ネットワーク 厳選ニュース ★★★

sakura4987.exblog.jp
ブログトップ

◆「天皇発言メモ」が開けたパンドラの箱 (現代ネット 06/8/14)


http://gendai.net/?m=view&g=syakai&c=020&no=27798

【天木直人 ニッポン外交の迷走】

 昭和天皇がA級戦犯合祀に「不快感」をもっておられたことを示す富田元宮内庁長官のメモをめぐっていまだに大騒ぎが続いている。「あれ(A級戦犯の合祀)以来参拝していない。それが私の心だ」という昭和天皇の言葉の持つ意味は、間違いなく重い。

 しかしより重要なことは、天皇発言メモをめぐるその後の論争の過程でこの国のタブーが破られようとしていることである。

 それはもちろん天皇の戦争責任のことである。

 東条英機は天皇に忠誠を尽くし、天皇の戦争責任を回避するためにA級戦犯として絞首刑に服した。天皇がそれを知らないはずはない。

 その天皇がA級戦犯合祀に不快感を示すことがあっていいのかと公然と語られるようになった。


 7月31日の朝日新聞「風考計」でも若宮啓文論説主幹はこう書いている。

 <「戦争の全責任を負う」と一度はマッカーサー元帥に申し出た天皇だ。そうならなかったのは、東条英機元首相らが一切の責任を負ったからではないのか。

 それなのに、A級戦犯の合祀は許せないとか、参拝をやめたなどと、人情として言えるものか>

 天皇陛下の人となりを語る時に確かにこれは我々に複雑な思いを抱かせる。

 しかしもっと深刻なことは、戦後の日本は天皇陛下とマッカーサーの合作によってつくられたのではないかという、昭和史のパンドラの箱を、このメモが開けてしまったことである。戦後の対米従属の原点がここにある。

 「平和に対する罪」という事後法で東条らをA級戦犯と決めつけた東京裁判は、勝者の裁判として日本国民の多くがその不当さを語る。しかしその国民の多くが気づかないことがある。

 あの東京裁判が、昭和天皇を利用して日本を統治しようとしたマッカーサーと、その本心を見抜いた天皇と当時の為政者が、それを逆手にとって天皇免責を勝ち取り、天皇制を維持する取引をしていたとすれば……。

 東京裁判は、勝者の裁判であったから問題なのではない。

 天皇を守ろうとした当時の為政者が日本国民を欺いていたところに真の問題があるのかもしれない。そうだとしたら「東京裁判は不当である」と騒ぐ国民はいい面の皮だ。

 A級戦犯の絞首刑を決定したキーナン検事は、離日直前に皇居に招待されて天皇陛下から感謝の食事を供せられていたという厳然とした史実もある。

 小泉参拝に異を唱える形で流出した天皇メモは、昭和史のタブーに光を当ててくれた。日本国民が真実を知る時こそ日本国民が自らの国を手にする時である。


●あまき・なおと

 元レバノン大使。1947年生まれ、京大法学部中退で外務省入省。イラク戦争に反対する公電を送り、小泉首相の対米追従外交を批判して「勇退」を迫られる。著書に「さらば外務省!」「ウラ読みニッポン」(講談社)など。






◆靖国とA級戦犯 天皇の「心」をどう読むか (朝日 06/7/31)

http://www.asahi.com/column/wakamiya/TKY200607310111.html

http://megalodon.jp/?url=http://www.asahi.com/column/wakamiya/TKY200607310111.html&date=20060818081556

 昨年5月、北京の清華大学で学生たちに話をしたときのこと、ある学生が激しい口調で私に質問した。

 「小泉首相は靖国神社に参拝していますが、かつて中国人を虫けらのように扱い、ひどい目に遭わせた軍国主義の指導者たちに手を合わせ、感謝の祈りでもささげているのか」

 これにはさすがに唖然(あぜん)とした。「いくら何でもそうではない」と説明したが、彼に納得の様子はない。そこで思わずこう付け加えた。

 「首相はともかく、A級戦犯が合祀(ごうし)されて以来、天皇陛下が一度も参拝していないのをご存じですか」

 その瞬間、何と拍手が起きた。約200人の聴衆のうち十数人だったかも知れないが、これで教室の空気が一変した。首相が立てる波風を、まるで天皇が和らげているようだった。

    ◇

 今月、A級戦犯の合祀に不快感をぶつけた昭和天皇の生々しい言葉が、宮内庁長官だった富田朝彦氏のメモで明らかになった。「私(は)あれ以来参拝していない それが私の心だ」と結ばれた発言メモは、天皇が靖国参拝をやめた動機をはっきり裏付けた。

 富田氏から伝わっていたのだろう、実は私も晩年の後藤田正晴氏から似た話を聞いたことがある。

 それは徳川義寛・元侍従長の証言などからも推測されていたのだが、最近はことさら別の理屈をつけて天皇参拝の中止を説明する人もいた。今度のメモが出てこなければ、見当違いの言説がまかり通っていたかも知れない。

 さて、事実がはっきりしてみると、新たな疑問も浮かんでくる。

 「戦争の全責任を負う」と、一度はマッカーサー元帥に申し出た昭和天皇だ。

 そうならなかったのは、東条英機元首相らが一切の責任を負ったからではないか。

 それなのに、A級戦犯の合祀は許せないとか、参拝をやめたなどと、人情として言えるものか――。

 実は、これまでもそんな心情から天皇の参拝中止を複雑な目でながめてきた人たちがいる。

 「みな口には出さないが……」と、ある首相経験者も言っていた。今度のメモに反発する人には、天皇の「広い心」を否定したくないという深層心理もうかがえる。

 一方、天皇の戦争責任を鋭く問う側からは、このメモが天皇の責任問題を薄めてしまう、と嘆く声も出る。右も左も同様に困惑の様子なのだ。

 では、昭和天皇はなぜ「合祀」に厳しい態度を示したのだろうか。

 A級戦犯を裁いた東京裁判は、確かに天皇の免責と表裏一体だった。マ元帥の離任に際し、天皇が裁判への謝意を表したという記録も残る。

 だから合祀が裁判否定につながるのを天皇が嫌ったとしても不思議はないが、それは自らの保身のためではあるまい。

 なぜなら、裁判の受け入れによって保証されたのは天皇の存続にとどまらず、戦後日本の再出発にほかならなかったからだ。天皇は新憲法のもと、日本再生へ自分が新たな役割を担わされたことを誰よりもよく知っていた。

 個々の処刑者に対しては様々な感慨もあったろう。だが、それは私情の話だ。

 国家の命令で出征し、命を落とした兵士たちの慰霊に、戦争を命じた指導者を交ぜてしまったら、天皇が痛感する戦争への反省も、日本の再出発もうやむやになる。

 そんな所に参拝はできない。そう考えたのならわかりやすい。許せなかったのはA級戦犯というよりも、その合祀だったはずである。

    ◇

 今年こそ8月15日に参拝するかどうか、小泉首相はいま迷っているのではなかろうか。「それぞれの人の思いですから。心の問題ですから」と富田メモの影響を否定はしたが、果たしてそれですむだろうか。

 もちろん天皇が絶対の時代ではないし、天皇にも首相にも「それぞれの思い」があってよい。

 だが、天皇は「国民統合の象徴」であるばかりか、過去の経緯から戦没者の追悼に人一倍の責任をもち、その言動が国民に注目される公的存在だ。
 その天皇が「あれ以来参拝していない」のを公然と無視できるのだろうか。

 現在の天皇陛下もつらかろう。沖縄にサイパンにと、慰霊の旅を責務と心得ながら、靖国神社には足を向けていない。昭和天皇の「私の心」を引き継いでいるのだろう。

 首相は自分の「心」にこだわるだけでなく、天皇の「心」にも思いを致すべきではないか。国民統合の象徴である天皇がわだかまりなく追悼に訪れる場所をどう確保するか。それは「天皇の政治利用」どころか、政治の務めというものだ。

 折しも福田康夫氏の不出馬で、安倍晋三氏が首相の座に近づいた。ミサイル発射の北朝鮮に対し、官房長官として国連決議をリードしたのはその前触れか。

 だが、「自由と民主主義」の国際連帯に旗を振りたいのなら、その象徴とかけ離れた「靖国」で、わざわざ連帯に水を差さぬ方がよい。

 昭和天皇の発言メモは「中国の横やり」とは訳が違う。小泉さんも安倍さんも、思い切った発想転換へ、これはよい機会ではないだろうか。
[PR]
by sakura4987 | 2006-08-18 11:53

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


by sakura4987