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◆【産経抄】 (産経 06/10/8)

 芥川賞作家、庄野潤三氏の『舞踏』の書き出しは有名だ。「家庭の危機というものは、台所の天窓にへばりついている守宮(やもり)のようなものだ」。不吉で油断がならないのに、ついその存在に馴(な)れてしまう。誰だってイヤなものは見ないでいようとするものだと。

 小説のテーマとは別だが、「家庭」を日本や世界に置き換えると、北朝鮮問題という危機の姿が見えてくる気がする。独裁国家で常識が通用しない北朝鮮が危険な国であることはとっくにわかっていた。それなのに日本や韓国はすっかりその存在に馴らされてきた。

 韓国など馴らされすぎて、援助すれば危機が去るものと勘違いした。太陽政策と言っても、守宮にエサをやれば消えてくれると思ったようなものだ。さすがに、核実験宣言後は「核開発のため北を支援してきたのか」という批判が高まっているというが。

 日本はといえば「イヤなものは見ない」に終始してきた。拉致事件でも長い間「そんなことはありえない」が大勢だった。7月のミサイル発射のさいも、大騒ぎした後は対策すらまともに論じられない。中に先制攻撃論を唱える人がいると、袋だたきにされてきたのである。

 あきれるのは、核実験宣言後の国会だ。今こそ対北について論じるべきなのに、相変わらず「歴史認識」だ。それも必要だが、野党には安倍首相の「右寄り」を国民に印象づけ選挙を有利にしようという党利党略が見え見えだ。それを煽(あお)ろうとするマスコミもいる。

 こんなときに「右」も「左」もないものだが、その間にも守宮の影は大きくなり天窓を破る勢いだ。核実験のやり方によっては放射能が飛来する恐れもある。それでもほとぼりが冷めてしまえば、また「歴史認識」なのだろうか。
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by sakura4987 | 2006-10-08 07:44

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