◆【正論】「美しい国」に逆行する日豪EPA (産経 06/12/09)
衆議院議員、弁護士 稲田朋美
http://www.sankei.co.jp/ronsetsu/seiron/061209/srn061209000.htm
■日本の農業犠牲で国益あるか
≪EPA自体が目的でない≫
日本の農業を犠牲にしてまで得るものは何か。その疑問をどうしても払拭(ふっしょく)できない。日豪間で年明けにも正式交渉に入る自由貿易協定(FTA)を柱とする経済連携協定(EPA)のことである。
日本にも社交ではない「外交」というものがあるとすれば、EPA自体が目的ではなく、EPAによってめざす国益というものがあるはずである。その国益のために日本の農業を犠牲にしなければならないというのなら、それは一つの見識たりうる。ところが、どうもそうではない。
豪州の強い働きかけでEPAについての政府間共同研究が開始され、5回の共同研究会合の後、「最終報告書」が作成された。
豪州側の利益は明白で、対日貿易主要4品目の牛肉、乳製品、小麦、砂糖の輸出拡大と、そのための関税撤廃である。農水省の試算では、4品目の関税撤廃で国内生産の減少額は約8000億円である。
また影響は4品目以外にも、さらに農業以外の関連産業にも及び、日本の農業は壊滅的打撃を受ける。
一方日本側のメリットは、経産省と外務省の説明では資源、エネルギー、食料の安定的供給と安全保障を含む外交戦略的関係の強化(仲間づくり)だという。
しかし、資源エネルギー分野の関税は既にゼロだし、EPAがないと豪州から石炭、鉄鉱石などが輸入できないという状況ではない。輸入による食料の安定的供給というが、関税撤廃により、先進国中最低の日本の食料自給率がさらに低下することは必定である。
一つ確実なことは、豪州の利益を自国の国益よりも優先することで、豪州から日本は「いい国」だと思われることがあるが、これを日本の利益と呼ぶべきだろうか。
≪WTOへの影響を懸念≫
もともと世界の自由貿易体制の基幹は148加盟国による世界貿易機関(WTO)交渉であり、2国間のEPAはあくまでもその補完にすぎない。
WTO交渉は、食料輸入国と輸出国が重要品目の数と取り扱いで激しい対立関係にあり、7月に中断した。ここで日本(輸入国の代表)と豪州(輸出国のリーダー)が農産品の関税撤廃をすれば、WTOの存在意義が問われることになる。
日本は食料輸入国グループの信頼を失うだけでなく、米国からも関税撤廃を要求されることは必至である。
EPAの目的といわれる「仲間づくり」戦略につき、豪州とは農産物についての利害対立はあるが、価値観を共有する強い絆で結ばれた仲間だというが、豪州は既に日本と価値観を共有しない中国とEPA交渉に入っている。
日本では中国の交渉入りにあせりを感じ、早く交渉入りすべきだという本末転倒の議論すらあった。価値観共有が前提なら、豪州と中国の共有する価値観とは何か。また日本は将来にわたり中国とのEPAはないといいきるのか。
≪関税に「体重別」基準を≫
そもそも関税をかけて、国内農産物の重要品目を保護することは「悪」ではない。レスリングが体重別で争われるように、圧倒的な条件格差がある場合、国内農業を関税によって守ることには理由がある。
豪州は日本に対し、国土面積20倍、農地用面積89倍、平均経営面積1881倍、国民1人当たり農地面積573倍とまさに小人と巨人である。この圧倒的な(構造改革などの努力で埋められない)格差での勝負では、関税をかけることこそ合理的である。
しかも日本の農政は戦後最大の大変革期にある。平成19年産から導入される品目横断的経営所得安定対策、農地、水、環境保全対策、新たな米政策は、頑張る意欲と能力のある認定農業者と集落営農組織に焦点をあてて支援し、保護される対象から自立する強い農業へと生まれ変わるための政策であり、農業第一線に携わる人々もその実現へ痛みを伴う改革に取り組んでいる。
仮に「仲良くしたい」という安易な動機でEPA交渉を推進すれば、結局農業を犠牲にすることになる。その結果、農政改革は頓挫し、耕作放棄地は増え、食料安全保障を他国にゆだねる結果となり、日本の安全保障も大きく損なわれることになる。
安倍総理が目指す「美しい国」とは小さくても強く、伝統と文化を重んじる国である。稲作を中心とする農業は日本の文化の原点であり、日本の景観を形作る水田、田園風景は日本の美の象徴である。
また食物自給は安全保障でもあるから、農業を守り強くすることなくして、「美しい国、日本」はない。安易な日豪EPA交渉推進は美しい国づくりに逆行するのだ。

