◆不穏な中東イランの存在感 (世界日報 06/12/13)
来年の国際情勢は険悪/強気の核開発とイラク攪乱
在米外交評論家 那須 聖
■米政権にイラク泥沼化で打撃
金正日政権が崩壊すれば、北朝鮮を巡る極東情勢は一転して良くなるが、中東のもう一つのならず者国家イランのアハマディネジャド大統領は中東全域に勢力を拡大しつつあるので、来年の中東情勢は第二次大戦以後最大の危機を迎えるであろう。
テロ国家であるイランのアハマディネジャド大統領は、かねてから「イスラエルを地図の上から抹殺する」と公言してきたし、中東イスラム諸国を糾合してその指導権を握り、中東の石油を自分の意のままにして、敵意を持つアメリカはじめ西欧諸国に対して、外交上有利な立場に立とうという野心を抱いている。
アメリカのブッシュ政権はイラクに民主主義政府をつくる計画を進めてきたが、イラクにできた政府は弱体である上に、大多数のイラク国民の支持すら得られない。
そこへもってきて、イラクの西に隣接するシリアと東に隣接するイランとはイラクに対して自爆テロを続けている上に、イラク南部に勢力を張るイスラム教シーア派のサドル師は政治的野心にかられる余り、ものの見事にイラン大統領の手先になって、イラクの治安を撹乱している。
このために米軍の犠牲者は続出し、米軍は出口のない泥沼に足を取られている。その結果、米国内では米軍の即時撤退を要求する声が高くなり、十一月の中間選挙では与党が惨敗した。イランの大統領にしてみれば、自爆テロが見事に成功しつつあるわけである。
そこでブッシュ大統領は超党派による独立委員会「イラク研究グループ」を設けて、今後取るべき政策について審議させた結果、委員会はイランおよびシリアと接触して交渉することを主要な勧告の一つに挙げた。
ところがブッシュ政権は、ライス国務長官の反対もあって、両国との交渉は当分行わないことにした。したところで有利な結果が得られる見通しは全くないからである。
■石油カードで「核」追及を分断
アハマディネジャド大統領はイラクだけではなく、シリアとレバノン南部に勢力を張っているイスラム教武装集団ヒズボラをも完全に彼の配下に入れている。
その上アメリカの超党派委員会が右のような勧告をしたために、同大統領の国際的威信が高まった。このように彼の影響力は、今ではイラン、イラク、シリアおよびレバノン南部を含めて、地中海にまで及んでいる。
イランは数年前から、自国にも核を平和利用する権利があると称して、膨大な施設を地下に造って開発を続けてきた。ところがイランには世界第四位の石油埋蔵量があるから、来る数十年間は原子力発電を必要としない。
従って、諸外国はイランが平和利用と称して核兵器を造ろうとしていると信じている。しかもその開発がかなり進み、最近では原爆に使える濃縮ウランの製造を始めたと報じられている。
イランが原爆を持てば、イスラエル抹殺の可能性が急速にエスカレートするので、アメリカはイランの原爆開発に絶対反対である。
そこでイギリスなどと協調して国連安保理事会でイランに濃縮ウラン製造を中止するよう要求するとともに、しない場合には制裁処置を検討するという決議案を可決した。
ところがロシアと中国とは制裁処置に消極的であるために、この決議は効力を発揮していない。
ロシアはこれまでイランに二基の原子炉を建設し、八億ドルの外貨を得ただけでなく、五十億ドルに上る原子炉建設計画と十五億ドルに上る武器援助計画を持っているし、中国はイランに対して総額一千億ドルに上る石油開発二十五カ年計画と武器援助計画を持っており、イランから大量の石油を購入している。
中国は現在でも急速な経済成長を続けなければ、国内が混乱する恐れがあるので、イランからの石油供給は経済的生命線で、断ち切ることができない。これらの理由でロシアと中国はイランに対する制裁処置に消極的である。
一方、イラク問題が行き詰まっているために、さらなる軍事行動を取ることに消極的なアメリカのブッシュ政権は、外交交渉によってイランに核兵器開発を中止させようとしているものの、今から二十八年前にイランの首都テヘランのアメリカ大使館がイランの暴徒によって包囲された時、イラン政府がこれを黙認したために、包囲は四百四十四日間も続いた。
その時以来アメリカはイランと外交関係を断絶しているだけでなく、ブッシュ大統領はイランを悪の枢軸の一カ国に挙げて、ならず者国家扱いにしてきた。
このためにイランに原爆製造を中止させる外交折衝は専ら英仏独三カ国に任せている。
ところが最近の情勢の進展に強気になっているアハマディネジャド大統領は、去る五日にテレビ演説し「イランの核開発計画は最終段階に入った。もし欧州三カ国がイランの核開発権利を阻止しようとするなら、これをイランへの敵意と受け止め、我々は三カ国との関係を見直す」と述べ、英、仏、独に対して、近くできる核爆弾による脅威および石油の輸出禁止という含みを持った脅迫を行った。
■イスラエルに国家存亡の危機
こうして外交的にイランの核兵器開発を中止させることができないとなると、イスラエルは重大な国家存亡の危機に直面する。
そこでイスラエルとしては、二十六年前にイラクの原子力施設爆破に成功した経験を生かして、イランの施設を爆破することを考えるであろう。
その場合イランはペルシャ湾の出口であるホルムズ海峡を閉鎖して、イラク、サウジアラビア、イランなどからの石油輸送船が通過できないようにする可能性が多分にある。
そうなると世界的な石油不足が起こって、石油輸入諸国の経済は大打撃を受け、世界的な不況が起こることになるから、イランに対する軍事行動も容易には取れない。
そうかといって時間が経てば経つほど、イスラエルにとっても、アメリカはじめ石油輸入諸国にとっても、状況は悪化するばかりであるから、近い将来西側は断固として、重大な決意を迫れらることになるであろう。