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◆ 【産経抄】  (06/12/10)


 『東海道中膝栗毛』の弥次さん、喜多さんは東海道だけでなく、四国の金毘羅さんや長野の善光寺にまで旅を続ける。だがこれは作品があまりに好評で、次々と続編を出すことになったためだ。最初の2人の目的地は伊勢神宮だったのである。

 ▼江戸時代、庶民の間で親しい者同士、伊勢神宮に参拝にでかけることがブームのようになった。それも数次に及ぶ。だからこの時代、旅と言えば江戸からでも京・大坂からでもまず伊勢に向かう。余裕があればそこからさらに足を延ばすというのが定番だったからだ。

 ▼伊勢神宮は言うまでもなく天照大神などを祭っている。しかし、いつごろからか民間に「すべてはお伊勢さんのおかげだ」という伊勢信仰が生まれた。そのため伊勢への旅は「おかげ参り」と呼ばれるようになった。ひょうきんな弥次喜多も、ここでだけは神妙に参拝している。

 ▼その『膝栗毛』の作者、十返舎一九の書簡が見つかったというニュースがあった。取材旅行で世話になった名古屋の人にあてたものだ。桑名から伊勢参宮までを描いた「五編」について、名古屋の人たちのおかげで完成した、など丁重にお礼を述べているという。

 ▼岩波文庫『東海道中膝栗毛』の解説によれば、一九は「人を賞めることが嫌いな」滝沢馬琴からかなり好意的に見られていた。「人の能をねたまず、おのれを飾らぬ人柄」が評価されているのだ。書簡からもベストセラー作家の謙虚さ、律義さが見えてくるようだ。

 ▼一九も当然のことながらお伊勢参りをしている。軽妙な作品の一方で「おかげさまで」という当時の道徳観が骨にまで染みこんでいたような気がする。「実るほど頭の下がる稲穂かな」が、まだまだ生きていた時代だったのである。
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by sakura4987 | 2006-12-15 15:35

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