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◆【正論】問題多い国民投票法案の内容 (産経 07/3/8)



日本大学教授・百地章(撮影・早坂洋祐)


 ■メディア規制削除など大丈夫か

 ≪譲歩しすぎの自民党≫

 「憲法改正国民投票法」について、安倍晋三総理は憲法記念日までに成立させるよう自民党に指示したという。

 気になるのは法案の内容である。昨年12月14日の与党修正案を見ると、問題点が非常に目につく。というのは、成立を急ぐあまり、自民党が公明党や民主党の要求に対して、次々と譲歩を繰り返してきたためで、特に国民投票運動など、本当にこれで大丈夫なのかと思う。

 護憲派は、本音では国会での改憲阻止をあきらめ、国民投票で決着をつけようとしているという。とすれば、彼らが少しでも有利な国民投票運動をと考えるのは自然であろう。

 この点、与党修正案では裁判官、検察官、警察官などの国民投票運動まで自由とされ、国家公務員法や地方公務員法の定める「公務員の政治的行為の制限」も適用除外になった。このため、国民投票運動という名の政治活動は自由となり、自治労などの主導のもと、全国で公務員による大々的な憲法改正反対運動が繰り広げられる可能性も出てきた。また、日教組あたりの反対運動を考えれば、公務員や教育者の地位利用なども気になるところだが、これも禁止規定のみで罰則は削除されてしまった。ちなみに、公職選挙法には罰則も存在する。果たしてこれで国民投票の「公正性」は担保されるであろうか。

 ≪公正なルール作りを≫

 「全体の奉仕者」たる公務員には、地位の特殊性と職務の公共性から「政治的中立性」が要請される。にもかかわらず、なぜ「政治的行為の制限」が適用除外とされてしまったのか。その理由としては選挙運動と違い、国民投票運動は原則として自由であるべきだなどといったことがあげられる。

 確かに国民投票は国民自身が直接「主権」を行使する極めて重要な機会である。しかし「主権の行使」とはいっても、それはむき出しの権力つまり法的な規制を一切受けない「憲法制定権力」の行使とは異なる。あくまで「憲法改正権」という憲法上認められた権限・権利の行使であるから、法的安定性や公正性を確保するために種々の法的制約が課せられる。それゆえ、主権の行使だから無制約な運動を認めよ、などということにはならない。

 また、人物を選ぶ選挙と違い、国民投票運動では国の将来を見据えた国民の自由な議論が必要だから制約などすべきでないといった乱暴な意見もある。しかし、自由な議論を保障することと、真の自由を確保するために「公正なルール」を設定することとは別に矛盾しない。もし政治的に中立・公正であるべき公務員が「自由」の名の下に積極的に政治運動にかかわれば、行政の中立性は失われ、国民投票運動の公正性も著しく損なわれよう。それでも良いのか。

 ≪テレビの規制は必要≫

 もう一点、非常に危険に思われるのは、民主党の主張に押され、メディア規制が完全に削除されてしまったことである。もし、新聞やテレビが連日にわたって、「9条改正は戦争への道」などといった宣伝を繰り返したら、どうなるであろうか。

 最高裁のいうとおり、「事実の報道の自由」は憲法で保障されており、その侵害は絶対に許されない。しかし報道の自由も、あくまで国民の「知る権利」に奉仕するために認められたものであって、報道機関に特権を与えたわけではない。となれば、報道各社が社説等で自らの意見を主張するのは自由でも、報道機関としては当然、公平・中立な報道が要請される。それゆえ報道のあり方については何らかの規制が必要である。公職選挙法では虚偽報道や歪曲(わいきょく)報道が禁止され、罰則まで存在するではないか。

 それにかつてのTBSのオウム報道、テレビ朝日のダイオキシン報道、さらにNHKの「女性国際戦犯法廷」番組、最近の関西テレビによる「捏造(ねつぞう)」番組等、マスメディアの実態を直視するならば、「報道の自由の尊重」などといったきれい事だけでメディア規制を完全に削除してしまうのは危険である。それどころか最近では捏造番組の再発防止のため、放送法改正の動きさえある。それゆえ、少なくとも影響力のきわめて大きなテレビについては「公平・中立な報道」に努めるよう一定の規制を課すべきである。ちなみにフランスやスイスでも、テレビ・ラジオについては規制をしている。

 このままでは、この法案は「憲法改正阻止法」となりかねない。千載に悔いを残さぬよう、自民党内で是非とも再検討を加えていただきたいと思う。
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by sakura4987 | 2007-03-11 08:53

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