◆【やばいぞ日本】第1部 見えない敵(4)「あの貪欲さはもうない」
(産経 07/7/19)
ニッポン製造業の象徴である半導体産業が、この20年間でいかに凋落(ちょうらく)したかは、下の半導体売上高ランキング世界10傑の比較表をみていただければ、一目瞭然(りょうぜん)だ。
テレビやパソコンなど幅広い分野で使われる半導体、とくにメモリーと呼ばれる分野で、1980年代に世界の頂点に立っていた日本はいまや、世界シェアについても当時の半分以下の25%に落ち込んでいる。
この没落の原因は何か。
「半導体産業の盛衰にまでかかわっているという意識はなかった。とにかく米国の狼藉(ろうぜき)を思いとどまらせ、被害を最小限に抑えることが先決だった」
日本製半導体の輸出を抑制するため、86年9月に結んだ「日米半導体協定」交渉で、「タフ・ネゴシエーター(手ごわい交渉人)」と呼ばれた元通産審議官、黒田眞(74)=現世界経済情報サービス理事長=はこう述懐する。
当時、DRAM(記憶保持動作が必要な随時書き込み読み出しメモリー)で日本勢の圧倒的な強さに危機感を強めた米国は、日本に外国製半導体の輸入増を求める協定を迫り、貿易摩擦の激化を恐れた日本は受け入れた。
だが、米国は協定が守られていないとして87年、日本製パソコンなどに100%関税を課す報復措置を決定した。
その後、日本は米国製品の輸入増に取り組んだ。黒田は今になって「米国が日本の頭を押さえつけた分、韓国や台湾のメーカーが伸びる余地を作った面はあるかもしれない」と語る。
しかし、日米協定は半導体凋落の序章にすぎなかった。低迷の原因はもっと根深いところにあった。
日本企業、さらに国家としての産業戦略の不足だ。
日本の半導体産業は90年代初頭のバブル崩壊とともに斜陽産業となった。半導体は進化を遂げるごとに設備投資が倍々ペースで膨らんでいく。
バブル後の撤退戦を強いられていた当時の経営者は半導体事業を「浮き沈みの大きい金食い虫」と敬遠し、投資を一斉に手控えた。
時を同じくして、韓国、台湾メーカーの攻勢が始まる。特に財閥系の韓国メーカーは、週末に日本の技術者を呼び寄せて高額な報酬と引き換えにして技術指導を依頼。
当時、日本の大手半導体メーカーは金曜日の夜、羽田空港や伊丹空港に「見張り番」をひそかに置いた。
週末を利用して韓国メーカーに技術指導に出向く技術者に思いとどまるよう説得するためだ。
韓国メーカーは日本メーカーのリストラに乗じ、従来の年収の2~3倍という高待遇で日本の技術者を招き入れた。
韓国大手メーカーに“転職”した日本人技術者は言う。
「待遇面も大きいが、韓国人技術者たちがみな必死でやっていることに感動した。あの貪欲(どんよく)さはもう日本の現場にはない」。
巨額投資を武器にした韓国・台湾勢が日本を追い抜くのに時間はかからなかった。
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■揺らぐ「ものづくり」
「『WHAT TO MAKE(何を作るか)』で米国に負け、『HOW TO MAKE(どのように作るか)』でアジア勢に負けた」
50年にわたる日本の半導体産業の栄華と没落を目の当たりにしてきた東芝元副社長の川西剛(78)=現半導体シニア協会長=はこう分析する。
栄華を極めたDRAMで惨敗した日本メーカーは、家電の心臓部となるシステムLSI(高密度集積回路)に軸足を移した。
しかし、LSIは顧客の要望に沿って開発する特注品だ。手堅く稼げるが量の確保が難しく、「開発費がかさむわりに量産効果が出にくい」(NECエレクトロニクス)。
最大手の米インテルがパソコン向けMPU(超小型演算処理装置)で8割弱ものシェアを握ったのとは対照的だ。
欧米には自社の生産設備を持たない「ファブレス」と呼ばれる半導体メーカーが多い。
自らは製品の開発や販売などに特化し、生産は台湾などの生産受託会社(ファウンドリー)に任せる仕組みだ。巨額投資のリスクを回避できるうえ、開発スピードも上がる。
台湾メーカーは中国進出を加速させ、中国も新たなプレーヤーになりつつある。
一方、日本の研究開発力そのものが低下している、と危惧(きぐ)する声もある。主要な国際学会での日本企業発の採択論文数は長期的に減少傾向にある。「ものづくり」をないがしろにする傾向も否定できない。
「会社に絶望した」。
大手電機メーカーの半導体設計者は最近、半導体とはまったく無縁の機器販売を行う営業職に転じることになった。
会社のリストラに伴い、所属していた設計部門が解散したためだ。入社してわずか2~3年。他社への移籍も考えたが、技術者を募集している同業他社はほとんどなかった。
「より品質が高い製品をより安く」という日本が長い間守ってきた「ものづくり」の伝統は、いま、世界的なコスト競争という壁に突き当たり、大きな転機を迎えつつある。
だが、日本の「ものづくり」への取り組みを改めて見つめ直すことこそ、新たな国際競争力を生み出す糧になるのではないかとの指摘もある。
電子情報技術産業協会(JEITA)によると、日本の半導体産業が生み出す付加価値は3兆円弱。
だが、半導体を使う電子機器などの製造業がもたらす付加価値は32兆円、さらに半導体を組み込んだ電子機器を通じて普及した情報サービスの付加価値は44兆円にのぼる。
つまり、半導体産業は約80兆円にのぼる経済効果を支えている。
日本の半導体産業が揺らげば、日本の産業そのものが揺らぎかねない。
「まだ悲観することはない」と言う川西だが、「半導体だけでなく、製造業は日本の産業界が誇れる唯一無二の存在。これを失えば日本は滅びる」と警告する。

