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◆【オピニオン】道徳に必要な宗教的精神-加藤 隆 (世界日報 07/7/26)



日本人に影響与えた米大学長


≪■新島襄と内村鑑三が師事≫


 十九世紀を生きた人物にJ・H・シーリーというアメリカ人がいる。特に世紀後半はマサチューセッツ州のアマースト大学で教鞭を執り、長らく学長として有為な人材を育てた人である。また、日本との因縁も浅からざるものがあり、かの同志社を設立した新島襄(彼は海外で学位取得をした日本人第一号)が学んでいたのがアマースト大学であった。明治三年(一八七〇年)のことである。


 当時、シーリーは哲学教授であったが、公私共に新島を温かく迎え入れ、家族の一員のように遇し、道徳的、宗教的に深い感化を与えた。同志社はアマースト大学を模して創設されたものであり、また、新島は生涯にわたってシーリー夫人を「アメリカの母」と呼んでおり、その影響の深さを垣間見ることができる。


 ちなみに、当時アマースト大学で教鞭をとっていた人物に「少年よ、大志を抱け」で有名なW・S・クラークがいる。新島はクラークから化学の講義を受けているが、彼の札幌農学校赴任は新島の仲立ちがなければ実現しなかったと言われており、歴史の妙味を覚えるのである。


 ところで、アマースト大学のシーリーを語るとき、忘れてはいけないもう一人の日本人がいる。内村鑑三である。彼は新島に遅れること十七年後の明治二十年(一八八七年)に同校を卒業している。内村が学んでいたころ、シーリーは学長職にあり、加えて牧師職も兼ねていたが、そのような大学の光景は当時としてはさほど珍しいことではなかった。内村は当時を回顧して、「先生のこの忠告に私の霊魂は醒(さ)めるのである。私はこの時、初めて信仰の何たるかを教えられた。」と記しており、後年に至るまでその圧倒的な衝撃の経験を語っている。


 さて、シーリーに連なる日本と日本人のかかわりは、百五十年余の時を経て天に聳(そび)える峰々と肥沃(ひよく)な大地を形作っている。あたかもシーリー山脈のごとくである。それは何も新島や内村にとどまるものではなく、幾多の人々がその邂逅(かいこう)の中で内的再生を経験しているのだ。


≪■現代の教育改革にも通用≫


 昨今、この国では教育論議がかまびすしい。しかも、議論が多い割には実りあるものを見出しているとは言えない現状である。もっと言えば、改革を叫べば叫ぶほど事態は悪くなっていくように思うのは私だけであろうか。このような喧騒の中で、ときおり思い浮かべることがある。それは、もしシーリーがこの時代とこの社会を眺めたら何と言うだろうかということである。


 われわれは紳士然として、ふくよかな表情をたたえたJ・H・シーリーと出会うことはもうできないが、彼の魂の形である言葉と出会うことができる。内村鑑三が感動とともに回顧したシーリーの教育観を披瀝して読者の判断を待ちたいと思う。


 ――悲しくも悲しき事実というは、教育は人を有徳ならしめざる一事にこれあり候。すべての歴史にして偽りならず……人をして有徳ならしむるために彼をして有識ならしむることの全く無益なることを、吾人は信ぜざるを得ず候。実に道徳なるものは、ひとり宗教的霊感のあるものよりのみ来たるものにして、もしわれわれの学校もしくは教育上の感化を貫くに、宗教的精神をもってするにあらずんば、よしいかほどにその教養をして広きにわたらしむるとも、決して人を敬虔(けいけん)有徳ならしむることあたわず候。――


(北翔大学生涯学習システム学部教授)
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by sakura4987 | 2007-08-01 10:42

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