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◆【やばいぞ日本】第2部 資源ウオーズ(10)官僚がつぶす石油開発



 (産経 07/8/29)


 巨額の国費を投入しては失敗に次ぐ失敗、死屍累々(ししるいるい)の投資プロジェクトがある。経済産業省出身官僚主導の石油開発がそれに当たる。

 経済産業省の要職を経て、今は石油開発会社の首脳の座に陣取る数人にこんな質問をした。

 「1900億円の欠損を出して2000年に解散した日中石油開発は中国・渤海鉱区を放棄した。そこで日本のパートナーだった中国海洋石油総公司(CNOOC)が有望油田を相次いで発見し、増産にわいていることを知っていますか」

 答えは、一様で「そりゃ初耳だ」。ある首脳は「当社の専門家に調べさせてコメントします」。

 調べるまでもない。この情報は2003年1月17日付、欠損5243億円を抱えたまま、05年に廃止された石油公団の業務を統合した経産省系の独立行政法人「石油天然ガス・金属鉱物資源機構(JOGMEC)」の調査資料集の中に埋もれている。

 重要事に健忘症、又は無関心。まともな民間企業には見当たらない経営者たち。増してや石油資源戦略には、情報、技術、政治という三つの力が集約されねばならないというのにである。

 日中石油開発は1970年代末、日中経済協力ムードの高まりの中で発足した。出資主体は石油公団、中国側はCNOOC。1981年に油田発見。ところが油層は細かく分断され、商業生産には不適だった。日本側は渤海の鉱区を相次いで放棄した。

 CNOOCはあきらめなかった。地下約2000メートルの深層域に油層があると誤診した日本の失敗から学んだ。99年に地下1000メートルの浅層域に着目、米国のフィリップス石油と組んで油層を当てた。以来、日本の放棄鉱区から相次いで油田を発見。渤海での原油生産量はことし日量30万バレルを超える見通しだ。

 この成功で、CNOOCは強固な収益基盤を確立し、子会社は2001年ニューヨークや香港株式市場にも上場、05年には米国の石油会社大手「ユノカル」買収に名乗りを上げてワシントンを慌てさせた。

 日本の敗因は技術力不足だった。旧石油公団の技術専門家は「当時の探鉱技術は深層域が対象。日本には浅層域の探査技術が乏しかった」と言う。欧米を中心に民間企業はコンピューター解析技術を利用して三次元探鉱技術開発投資を競い、90年代に入って浅層域の探査技術を飛躍的に向上させた。CNOOCはその新技術を生かした。

 そのころ、石油公団や傘下の石油開発会社は探鉱技術投資どころではなかった。湾岸戦争後の石油価格の低迷とともに、公団が投融資した開発会社の経営は低迷した。経済産業省内では「石油は一般商品。戦略商品ではもはやない」とする議論が主流を占めた。

 99年末には、石油開発会社293社中、200社が清算又は解散途上。石油公団は3500億円以上の欠損を抱えた。誰一人責任を問われることなく、日中石油開発、そして石油公団も解散。幹部はさらに関係会社に転進した。

 05年には政府が累積債務を事実上引き継ぐ形で財務内容を改善した石油資源開発と国際石油開発の大手2社を優良会社に仕立て上げては新規株式上場させた。そこに経産省の大物OBが首脳となってぬくぬくと君臨する現在の仕組みを完成させた。石油情勢が逼迫(ひっぱく)する今、経産省は再び「石油は戦略商品」と言い出した。失敗から教訓をなにも学び取っていない。(田村秀男)

 ≪天下りと私物化はびこる≫

 2000年2月にサウジアラビアとの利権が切れたアラビア石油のカフジ油田失敗の真相も隠されたままになっている。

 1990年代末、サウジアラビア政府は利権延長の条件として、日本側の資金提供による総額2000億円の鉱山鉄道を敷設するよう要求した。 これに対し、経産省と経産省次官経験者の小長啓一社長は、鉄道は採算性が見込めないプロジェクトだと拒否、結局サウジ側が譲らず、日本側も断念した、というのがこれまで経産省が明らかにした背景である。

 実は経産省が公表を控えてきた重要な事実がある。「サウジ側の条件はそれなりに合理的だったのです。経産省は怠慢さを追及されるのを恐れて口をつぐんだのです」

 内部に通じた日本政府筋が声を潜めて言う。

 サウジアラビア側はもともとアラビア石油の油田操業コストがサウジ国営の「アラムコ」に比べて高いことに不満を持っていた。アラビア石油は期限切れの際の設備接収リスクを恐れ、新技術開発投資を手控えてきた。 その結果、原油の生産コストは高く、その分だけ、サウジ側が獲得できる利益が損なわれる。利権を約30年延長して供与するなら、当時の計算では2000億円以上の収入減になる。その分を日本側は鉄道建設を通じて無償で供与してほしい、というものだった。

 当時、小長社長とともにカフジ問題と取り組んでいた元経産省幹部に真偽を確かめると、「私は聞いたことがない」。が、他の当事者は「サウジ側がコストと鉄道を結びつけたのは99年の春」と認めた。この当事者は「サウジ側の理屈の後付けに過ぎない」と断じるが、期限切れまでまだ1年近くあった。

 サウジ政府は90年代から、カフジ油田の利権は例外的な外国への特別扱いとし、よほどの日本側の見返りがなければ、延長を認めるわけにはいかないと、繰り返しアラ石側に示唆していた。94年、経団連の平岩外四会長(当時)はサウジにミッションを派遣し、投資促進を約束。だが、結果は紙おむつ製造など小規模な投資にとどまり、「雇用の機会を増やしてほしい」という現地の要望からは遠かった。

 経産省の言う「石油は一般商品」という論法は政界にも普及し、「有力な政治家の多くが利権延長にもあまり関心を示さなかった」(アラ石幹部)。鉄道建設に応じようという声は政官財界のどこでも盛り上がりを欠いた。技術は惜しむ、カネは出さない。政治家も動かない。相手がどこであれ、虎の子の資源をそんな国に譲り渡すはずがなかった。

 経済産業省の大物OBが天下っている主要な石油開発会社は3社。アラビア石油、国際石油開発帝石ホールディングス、石油資源開発。

 分散している資金と技術を結集して中国を含む世界の大手石油会社に対抗できる「和製メジャー」をめざすとの期待が一時はあった。だが、「国際石油開発帝石ホールディングスと石油資源開発の首脳は通産省時代からのライバルで犬猿の仲。アラ石はもはや死に体」と別の経産省OBは言う。小長氏の後継者だった経産OBは2006年春、アラ石を傘下に持つAOCホールディングスの社長業を突如放棄した。株主への説明は一切なかった。

 経産官僚出身者による石油開発企業の私物化をやめさせない限り、日本のエネルギー資源戦略の再生は始まらない。
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by sakura4987 | 2007-09-05 17:25

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