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◆【日本よ】石原慎太郎 理念と現実 (産経 07/9/3)




 夏休みの最中にテレビで見た亡き城山三郎氏に関する番組に強い印象を受けた。同じ文壇で暮らし同窓の先輩でもある彼が、戦争中に海軍兵としてあれほど過酷な体験を強いられてきたと初めて知らされた。


 その彼の述懐に、戦争に負けた時軍隊の規律を含めていろいろな抑圧から解放され初めて、空がこんなに高く明るいものだと知らされたとあった。その言葉には私自身の経験に照らして共感させられた。当時、逗子という美しい海に面した町に住みながら、敗戦の年の夏は、いよいよの本土決戦に備えて兵隊たちが砂浜に蛸つぼを掘り、浜も海も立ち入り禁止となった。それは遊び盛りの子供たちにとっては業苦で、私の家は海から100メートルも離れていないのに目の前に見える海で泳ぐことの出来ぬ不条理に耐えることが出来なかった。


 その一方、敵が上陸すれば子供も女も竹やりを持って玉砕覚悟で戦うのだと宣告され、子供心に死ぬというのは一体どんなことなのだろうかと懸命に考えさせられたものだった。


 そして敗戦となり砂浜を占拠していた兵隊たちは姿を消し、海は私たちに戻ってきた。戦に敗れたという悔しさと相反して、私たちにようやく海が戻ってきたという解放のしみじみした喜びがあった。夏の半ばにようやく全身で味わいなおした海は、こんなにもと思うほど青く深く透明で素晴らしく、自由を表象して感じられた。


 今になって思えば戦争中の日本という国は天皇の神格絶対化を含めて一種の狂気に囚(とら)われていたとしか思えない。そしてその跳ね返りに戦後の日本社会は過剰な個人の自由と権利主張を容認しつづけてきた。その結果が今日の、もはや成熟とはいいきれぬ社会の糜爛(びらん)である。それはともにある種の理念の追求がもたらした結果に他なるまい。


 しかしそうした理念とあいまみえる、場合によっては対立もする現実との相克は、近代以降の文学の基本主題である個人的現実と社会的現実の相克に本質似通っていて、個人的現実の大方が社会的現実に敗れるのに似てもいる。


 前にもこの欄で記したアフガニスタンにおける韓国のキリスト教徒たちの奉仕活動がタリバンの反発を促し、全員が拉致され指導者の聖職者たちが殺されるという悲劇は、宗教を原理化凝固させ政治活動している人間たちの存在という現実からすれば当然ともいえそうな出来事だった。


 人間はそれなりの理念を持たなければ人間としての意味を持ち得ないが、しかしその一方それらの人間たちが作っているこの社会、この世界は、社会運営の原理としてそれらのものを収斂(しゅうれん)し結果、理念離れした現実をつくり出す。理念と現実の相克は人間の歴史そのものともいえそうだ。


 最近読んだ、原爆の父ともいわれたオッペンハイマーの伝記はそういう意味でも極めて印象的だった。ドイツ系のユダヤ人の家に生まれた彼は、意識のどこかに人種問題の軋轢(あつれき)を抱えながらあくまでアメリカ人としての愛国心で原子爆弾の開発を行い成功する。親しい友人への後の述懐で「たまたま私はこの国を愛してしまった」とあるが、自分が祖国のために作った爆弾が広島、長崎でどれほどすさまじい効果を挙げ数十万の人間を一瞬にして殺戮(さつりく)したことにショックを受け、つづけての水爆の開発を拒否した結果共産主義者と疑われ、赤狩り旋風の中で裏切り者として非難されアメリカ社会の中での孤独を強いられた。


 希代の天才といわれた彼にしてもまた凡人と同じように愛国という理念とそのための努力のもたらした無残な現実を前にしての、人間としての悔恨という当初の理念の裏側に潜んだ信条に引き裂かれたといえるだろう。


 理念と現実の相克は決して人間一人にとどまらない。そうした人間たちの作りだす人間の歴史そのものもまた同質の相克に満ち満ちている。久間章生元防衛大臣は「アメリカの原爆はしかたなかった」と発言し失脚したが、その発言の裏に在る原爆投下という歴史の事実がもたらした別の歴史の現実についてある雑誌の巻末言に、怜悧(れいり)な論客の谷沢永一氏が「分断国家」というタイトルで記している。


 太平洋戦争の末期ルーズベルトに参戦し日本を攻めろと迫られたスターリンは敗北が必至となった日本に大軍を送るためシベリア鉄道の輸送力を高めていた。


 しかしルーズベルトの後継者トルーマンは「ソ連が参戦する前に原爆を投下し、ソ連に戦勝国の資格を与えるまいと決意した。広島と長崎の被爆は人類史上に永く伝えるべき悲劇の極致である。日本陸軍は、我が国の全体を焼土と化すまで本土決戦を怒号して一歩も退かない。しかし結果として原爆による屈伏は、ソ連が日本の国土に攻めこむ時間の余裕を与えなかった」。


 その結果日本は、ドイツや朝鮮のようにアメリカとソ連の両者によって攻めこまれ占領されて、東西、南北に分断され同じ日本人どうしが敵対することなく終わった、と。これもまた原爆投下の裏に潜んだ、他国の被った歴史が逆証する事実に違いない。「原爆の悲劇を合理化できる根拠はない。けれども広い範囲に及ぶ悲劇的な尊い犠牲者のお陰を蒙って、我が国は分断国家の惨状に辛吟する地獄絵となるのを免れた」と。


 この事実もまた理念と現実のあい矛盾した相克の原理を証しているとしかいいようない。はたして我々は自らの未来のためにそれから何を学び得るのだろうか。
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by sakura4987 | 2007-09-08 17:04

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