◆【湯浅博の世界読解】内政のスキ突く北の仕掛け
(産経 07/9/19)
北朝鮮が「安倍憎し」であったことは、かの地の労働新聞や平壌放送をウオッチしていれば容易にわかる。自らを棚に上げて「安倍ならず者内閣は危機に瀕した」と驚喜し、日本の親北勢力に繰り返し同調を求めていた。
いまは自民党の総裁選を意識して、「朝日平壌宣言を白紙化した張本人」(9月17日平壌放送)とあおる。要は、拉致事件を棚上げして、ひたすら「過去の清算」を優先するよう総裁候補者とその支持者にすり込んでいる。
北との対話に傾斜する福田康夫元官房長官か、圧力を優先する麻生太郎幹事長かの選択に揺さぶりをかけるつもりなのか。日本国内の親北勢力は、これに呼応するから要警戒である。
北朝鮮の態度が増長するには理由がある。おそらく北朝鮮にとって、いまのブッシュ米政権の対北融和策は帆を目いっぱいふくらませてくれる追い風なのだろう。
昨年の中間選挙で共和党が敗北して以来、ブッシュ政権の外交政策はすっかり萎縮(いしゅく)してしまった。政権の政治資源をイラク問題の一点に集中して、北朝鮮の核問題は国務省に丸投げ状態だ。
内政でつまずいた安倍首相の悲劇は、支えであるはずのブッシュ政権が距離を置き始めたときに始まっていたのかもしれない。中でもドキッとさせられたのは、今月6日付のボストン・グローブ紙社説であった。大統領がヒル国務次官補の対北交渉を完全にサポートしているとしたうえでこう指摘する。
「ブッシュ大統領は安倍首相に対して、日本が非核化交渉に際して邪魔をするべきでないと通告した」
在ワシントンの研究者、加瀬みき氏によると、これが事実なら安倍首相は内政だけでなく北朝鮮問題でも追いつめられていたことになる。
確かに、イラク問題で手いっぱいのブッシュ政権は、今年に入ってから安倍政権とは距離を置いているようにみえる。あれほど否定してきた米朝の直接交渉に応じ、偽札づくりの北にいわばマネーロンダリング(資金洗浄)で手を貸してしまった。しかも核放棄の見返りとしての重油支援に転じた。
日本政府がテロ支援国家の指定解除はすべきではないと問いつめても、ヒル国務次官補は「北のこれからの態度いかんにかかっている」と煮え切らない。
外務省幹部によると、過去にも米国との政策のすれ違いはあったが、それでも根っこには揺るぎない信頼関係があったという。それがいまは、韓国にばかり顔を向けるヒル次官補との個人的な信頼が欠落していると嘆く。
いまや、日米同盟派のチェイニー副大統領は威光を失い、日米間の調整役だったアーミテージ前国務副長官は情報漏えい事件に絡んで発言力が低下してしまった。
北朝鮮はこれらを「日米離反のチャンス」とみたか、日本のテロ対策特別措置法の延長をもヤリ玉に挙げる。15日付労働新聞はこのテロ特措法を「軍事大国化が目的」と非難を浴びせ、日米にクサビを打ち込もうとしている。
民主党の小沢一郎代表がシーファー駐日米大使にテロ特措法の延長に反対を表明したことも、北はひそかにほくそ笑んでいよう。これで自民党の総裁候補らが、「アジア重視」に傾斜していけば彼らの思うつぼである。
核とミサイルを手にした北朝鮮にとって、“米国離れ”した日本ほど御しやすい相手はない。むしろ、ヒル次官補をけしかけて日本の新政権を懐柔し、「過去の清算」としてカネをはき出させる算段だろう。
日本周辺の権力国家が、内政の混乱に乗じて次々に仕掛けてくることを忘れまい。