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◆「徳」を食い潰した日本 (メルマガ 頂門の一針)




 加瀬 英明


 後藤新平は明治から大正にかけた政治家だが、大正9(1920)年から東京市長をつとめた。後藤は東京市長在任中の大正11年に、江戸の自治制度を調査して、『江戸の自治制』を題する研究書を著している。



 この中で、江戸が世界における大都市であったのにも拘わらず、市民の「自治精神を鼓吹」したから、「少人数役人を以て之(これ)を処理して猶綽然(なおしゃくぜん)余裕(が)有」ったと述べている。



 そして「幕政の特色たりしは儀礼を以て社会を秩序せること是也(これなり)」と、結論づけている。



 後藤は明治に入ってから江戸の良風と、市民秩序が破壊されてしまったことを、憂いている。 



 「王政(注・明治)維新に際し、嘗(かつ)て一たび地方人衆の征服する所と爲(な)り、精神的には幾ど其(その)蹂躙する所と爲(な)りたるより、(略)之(これ)が爲め一方に旧都市の栄光土泥(どでい)に委(い)し、都風破れ、自治的旧慣亦(また)多く廃されて地を払ふに庶し」と、慨嘆している。



 江戸時代は世界で類例のない、庶民が恵まれた社会を形成していた。世界のなかで被支配階級が支配階級よりも活力に溢れていたのは、日本だけだった。庶民が主役だったが、豊かで、自由な生活を謳歌した。



 江戸時代の日本は、西洋が生んだ機械こそ欠いていたものの、経済、農業、教育、学問、工芸、余暇活動とどの分野をとってみても、世界の先端を行っていた。



 それなのに日本では江戸時代というと、封建制度のもとにあって、暗い時代だったという先入観に、とらわれている者が多い。



 明治初年を指して、開明期と呼ぶことが定着している。開明は文明が開化することを、意味している。



 明治以前が暗かった時代だったという偏見が、広くいだかれている。このような偏見をひろめた、もっとも大きな原因は明治政府がつくった。



 薩長勢力が幕府を倒して天下を握ったが、新政府は新しい御代を宣伝するために、徳川時代を暗かった時代として、否定した。



 島崎藤村の小説『夜明け前』という題名は、その典型的なものである。この作品は幕末の飛騨地方を描いた優れた記録であるが、明治の新時代が”夜明け”であり、開明期だったということを、前提としている。



 それに加えて、マルクス思想にかぶれた、知恵足らずの知識人や、学者が封建時代を暗黒の時代として、マルキシズムの粗雑な型紙に合わせて歴史観を裁断したために、歪んだ見方がいっそう強められた。



 明治以後の日本の発展をもたらした力は、国民がひろく備えていた徳から発していた。徳こそが、日本の国冨であってきた。



 ところが、明治以後に西洋化を強いられ、西洋を模倣するうちに、日本人の生活文化と精神が蝕まれていった。



 今日、日本が力を衰えさせているのは、私たちがこの徳の蓄積を食い潰してきたからである。
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by sakura4987 | 2007-09-29 11:02

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