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◆人間尊厳と「自由」の解明を



     この世の不条理はなぜ/IDに続く理論を構築せよ

 (世界日報 07/12/25)

 評論家 井上 茂信


■神の沈黙嘆くマザー・テレサ


 最近感動したのはインドでハンセン病患者の救済に生涯をささげ「貧者の天使」とたたえられたマザー・テレサが「神の沈黙と不在」に絶望していたとの記事だ。亡くなって十年になるが、このほど生前の書簡内容が明らかにされた。それによると彼女は死に行く多くの貧者の姿を目撃し「なぜ神は彼らを見捨てるのか」「なぜ全能の神は苦しむ人々を救わないのか」との疑問に悩まされた。彼女は「私はイエスを探すが見いだせず、イエスの声を求めるが聞けない」「自分の中の神は空虚だ」と告白し「自分は孤独であり、暗闇の中に生きている」と嘆いていたという。



 この世の不条理に対する苦悶はドストエフスキーの最後の作品「カラマーゾフの兄弟」の中で次兄イワンの口を通じても怒りをこめて語られている。彼は語る。



 「人間の残忍な行為を野獣のようだというが、それは野獣にとって不公平であり、侮辱的だ。野獣には人間のような技巧的な残忍さはない」。彼はいたいけない子供たちが犠牲になるこの世の数々の不条理をあげた上で語る。「僕は神を承認する。その叡知をも目的をも承認する。人間が苦しまねばならないのは、苦痛をもって永遠の調和を贖(あがな)うためだとしても、なんのために子供までが苦しまなければならないのか。僕は神の創ったこの世を承認しない」



 祈りに応えられぬ神への絶望と人間にひそむ残忍さ故のこの世の不条理への怒り、二人の正直な訴えだ。



■なぜ悪や不条理が存在するか


 現在、唯物論的世界観や無目的な生命の進化を説くダーウィニズムを否定し、この宇宙には最初から目的と計画があり、人間は知的存在により創られたとするID理論が台頭している。その理論によればわれわれは、「アメイジング・グレイス」(驚くべき恩寵)によって生かされているという。だが、この世の不条理、祈りに応えられない神の沈黙はどうしたことか。まさに「アメイジング・ディスグレイス」(驚くべきみじめさと恥辱)の世界ではないか。これらの疑問にこたえるためにはIDに続く理論の構築が必要だ。



 イギリスの動物学者リチャード・ドーキンスは「それ見たことか」とばかりにID理論を否定し、人間を含めた生物の個体(身体)は遺伝子が自分のコピーを増やすために作った“乗り物”にすぎないと説く。分かりやすいが、この理論の欠点は、人間には赤の他人のために命を投げ出すことも可能な自由意志が存在することだ。



 現在のID理論では、この世の不条理は説明できない。なぜ知的存在は不完全な人間を創ったのか。なぜ不条理を正すために指一つ動かさないのか。ID理論を補完するためにも、これらの疑問について考える必要がある。



 答えは人間を自動機械的な必然の奴隷にしないために最大の恩寵として自由を与えたためではないか。新約聖書で日本人が理解しにくいのは、自由の重みが説かれていることだ。なぜ死者をも甦らせる力を持ち、裏切りを知っていた「神の子」イエスがユダをとめなかったのか。その理由はユダの自由選択を尊重したためだ。人間のみに善悪があるのは究極の創造物として自由意志が与えられているからだ。最初から「善」のみで動くように創造されていたなら、人間は「善」のロボットとなり、その行為は「善」でなくなる。強制された「悪」は「悪」でないように、強制された「善」は「善」でなくなる。そして、人間の自由性によりこの世の不条理が生まれた。人間の心は「神の高みへ至ろうとする」自由と「悪魔の深淵へ落ちようとする」善悪闘争の戦場となっているからだ。



■人間尊厳の根拠としての自由



 人間は蚊やハエのように死ねば終わりなのか。人間の自由の重みと死後の世界についてのゾジマ神父(カラマーゾフの兄弟)の次のような解釈は重い。



 「地獄とは何か―それはもはや愛することの出来ない苦悩だ。無限の世界での精神的存在である人間は“われ有り、故にわれ愛す”という能力を与えられた。実行的な生きた愛の瞬間をたった一度だけ与えられた。それが地上生活の意味だ。この限りなく貴い賜物を自らの意思で拒んだ人が地上を去ったとき、精神的存在である人間は地上で蔑視した愛の渇望に身を焼かれるような苦悩に苛まれる。地獄の火は物質的なものと説く人があるが、そうだとすれば、そこに落ちた人はかえって心から喜んだに違いない。なぜなら物質的な苦痛に紛れて、一時的にも更に恐ろしい心の悩みを忘れることが出来るからだ」



 肉体を持った故に唯一の愛の実行期間であるこの世で悪を選択して、この世を去ったとき、精神的存在である人間は万物創造の秘密である愛の原理に目ざめ、砂漠で水を求める人のように愛の渇望により塗炭の苦しみにあえぐという。



 マザー・テレサの嘆きとイワンの怒りに対する答えは、ただ一つ、人間尊厳の根拠として、「自由」が与えられたことだ。人間の自由性故にこの世の矛盾、醜悪さ、そしてそれに対峙するものとして、人間世界の深さと崇高さがありうる――ということではないだろうか。
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by sakura4987 | 2007-12-29 15:58

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