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◆【昭和正論座】京大教授・会田雄次 昭和48年7月25日掲載



 (産経 2008/6/7)


 □こわい日本人の劣等意識


 ■長所発見ヘタな国民性

 小学生に自分の長所と短所を列挙させる。その場合、子供たちは自分の短所は鋭く見事に数え上げるけれど、長所についてふれることはすくない。遠慮がちということもあるが、事実、長所発見が下手なのだといえよう。

 私は、この傾向は子供たちだけのものではなく、日本人全体について指摘できるいわば日本人の国民性だと思う。

 どうしてこうなるのか。もちろん、それは日本人が自己反省のきびしい国民だということを意味しない。私たちはむしろ真の意味での反省心には極めて乏しい民族性を持つということは、他のあらゆる調査からもいえることである。

 直接的には家庭の訓練、つまり主として母親から、やかましくその欠点をあげつらわれることが原因であろう。しかし、基本的には私たち日本人の“骨がらみ”の性格となっている劣等意識の表現だといえる。それは誰からも指摘される日本人の、例の他人志向型性格と表裏一体をなしている。

 私たちは他人のもの、外国のことは何でもよく思う性癖を持つ。もちろん、隣の花は赤く見えるというのはおそらく全人類に共通した現象だろう。

 が、しかし日本人は自尊心が乏しいだけ、その外国や他人羨望(せんぼう)は、激しいねたみや近親憎悪を伴う途方もなく陰湿でゆがんだ形をとるのが特徴である。

 反骨と自称する人間とか、最近流行の各種の反抗運動者の中に、理解し難いゆがみを認めることが多いのはそのためだ。逆にいえば、理解し難い反抗行為は、そこに劣等意識という基本条件を置くとき、極めて明快に解明できるものとなるのである。

 ■たえず評価待遇に不満

 日本人のこの劣等意識は、自己の社会的存在に関してとくに強く現れる。

 具体的にいえば、自分の能力や働きの割に、自分は会社や周辺から不当に低くしか評価待遇されていないという「損」意識である。つまり、自分はその生れ故に、容貌(ようぼう)ゆえに、反骨精神という正義感ゆえに、不当な待遇を受け、たえず損をして生きて行かねばならないとの思いだ。この意識は各種各様に私たちの思考と行動を規定するが、それを分類・列挙すると次のようになる。

 第一は、理由なき不当待遇だという思いである。

 第二は、自分は正義でその自分を不当な待遇をする周辺、究極的には体制を不正ときめつける心情を持つ。

 第三には、あらゆる機会をとらえて、この損害をうめ合わせようとする衝動にいつもとらわれているということである。特価品や骨董(こっとう)をあさったり、あやしげな投資に誘惑されることは、みなこの衝動が生む行為といえよう。

 第四は、抜きんでようとする仲間に対する異常な羨望と憎悪である。これは戦後の教育によってとりわけ若い層に強烈に叩き込まれた。東大主義や秀才教育をけなすと、ワーッとくる理由もそこにある。

 ■反体制の権威にすがる

 第五は、自分を「正当評価」してくれる機関や組織や人がどこかにありはしないかという強い願望である。だからといって、これは必ずしも現にいま自分の生活を保証してくれる組織や世界の中でのよりよい報酬や地位の向上を求めているということに限らない。劣等意識が強いから、あまり正面から評価されると、かえって不安になるのである。とりわけ自信を喪失するよう訓練された戦後派の人々にはその傾向が強い。

 「出世など責任が重くなるからいや、それより趣味に生きたい」というような若者の意見などその代表である。これを出世を否定しているなどと受けとるのは間違いだ。責任を持ちたくないだけのことなのである。

 しかし、それよりむしろかれらの望みは、組織から外れた世界での評価である。「半」タレントを望んだり、市民運動や組合活動でリーダーシップをとりたがったり、新興宗教の幹部として活躍することに生甲斐(いきがい)を覚えたり、冒険行などで有名になったりから、異様な服装で顕示欲を満足させたり、暴力団に憧(あこが)れたり、すべてそうだ。それをノンビリ行こうという精神だなどというのは誤解も甚(はなはだ)しい。

 こういう欲求に対し、政府や財界が無知無策なことは呆(あき)れるばかりで、逆に共産党などの洞察とそのエネルギーの吸い上げのたくみさには舌を巻くものがある。

 第六は、虚勢を張りたがることだ。

 第七は、仲間を求め徒党を組んでいないと不安になる感覚であり、

 第八は、何かの権威をバックに、いわゆる虎の威を借りる狐をきどる心情である。この種の行動の中で一番巧妙なのは、権力組織の中で十分その権力を利用しながら反体制をきどるというものであろう。もっともこれなら欧米にもよく見られる現象だが、劣等意識が強く、自己責任を持ち得ない日本人は、反体制をきどるときでも国の内外での反体制の権威によりかかろうとする。有名国立大学などの進歩派教官に、そういう芸人たちが数多く見られるという現象は日本だけの特殊性であろう。

 ■最悪の衆愚政治の危険

 このような日本人の劣等意識は全体としてこの日本を異状な危険に陥(おとし)入れることがある。パニックに陥り、欲求不満によって国民が集団ヒステリー状態になりやすいからである。PCB汚染の魚とやらによるあの騒ぎが、小さいがこの危機の典型だった。

 すでにベルツは明治憲法発布の際のお祭り騒ぎについて書いている。「日本中が浮々と大騒ぎである。にも拘(かか)わらず、滑稽至極(こっけいしごく)なことはそれを大歓迎している日本国民大衆の誰一人として、この発布される憲法の内容について全く何も知らないのである」と。

 憲法発布だからよかった。PCBだからまだ救いがあった。これが日本沈没とか現代的蒙古襲来式の騒ぎになったら一体どういうことになるだろう。

 もう一つの心配は愚衆(ぐしゅう)支配である。衆愚政治という現象が最悪の形で出現するというおそれだ。

 人口一千万という都会のまん中で日照権を要求することは、自分の住むマンションの横に高層ビルが建つと眺望権が阻害されると反対することと同じ狂気の沙汰、それが基本的人権と尊重されているのである。

 人影も見えぬ山中に五、六軒で「住宅街」を作った。電気はもちろん、都市ガスも上下水道も、小学校も病院も持ってこい、その一つでも欠けることは体制の悪の表現に外ならぬ。そんなところでも朝夕刊が配達され、刺身が食べられてこそ、シビル・ミニマムが保証されたといい得る。

 そのようないまや牙をむき出した大衆の欲望を、すこしでも制限しようとすれば社会不安がおこる。そんな極限まで日本は到達しようとしているのである。

 ここまできた劣等意識民族のヒステリーをどうしたら沈静させ、正気の状態にもどし得るのか。その困難で、おそらく「殺人的不人気」を招くだろう課題に、まともにとりくもうとする為政者はまだ出現しないようである。(あいだ ゆうじ)

                   ◇

 【視点】この年、東京ゴミ戦争という住民エゴの騒動が起き、美濃部東京都知事が「一人でも反対があれば工事を断行しない」という無責任な発言で都民をあきれさせた。住民エゴはある種の公害反対運動にも、買い占め騒ぎにもあった。

 会田雄次氏はこれらの「反抗運動者」には、不当な待遇を受けているとの「損」意識が背後に潜んでいると見た。

 彼らは組織を否定しながら徒党を組み、反体制を気取りながら反体制の権威によりかかる。

 会田氏のいう「愚衆支配」が正義を振りかざしているときに、それらを「劣等意識民族のヒステリー」と批判するにはかなりの勇気がいる。会田氏の筆になる大盛りの毒気でなければ不可能だったに違いない。(湯)

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 産経新聞「正論」欄の35周年を記念し、当時掲載された珠玉の論稿を再録します。
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by sakura4987 | 2008-06-13 16:08

毎日の様々なニュースの中から「これは!」というものを保存していきます。


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